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まともな意見 愛媛新聞

 

 

安保法案「違憲」 法治国家の原理原則に立ち返れ

愛媛新聞 2015年06月08日(月)

 

 「憲法は国の最高法規」。いうまでもない大原則を、いまあらためて思い起こしたい。  集団的自衛権行使を可能にする安全保障関連法案について、衆院憲法審査会に参考人として呼ばれた憲法学の専門家3人全員が「違憲」と明言した。

 

 法案は現在、武力行使の具体的なケースなど細部について国会で論戦が続けられているが、上位規範となる憲法に違反しているとの指摘は、法案の正当性を根底から否定したに等しい。きわめて重大な指摘である。国会は重く受け止め、原点に立ち返らねばならない。

 

 参考人質疑では、与党推薦の長谷部恭男早稲田大教授も、集団的自衛権行使容認の閣議決定に関し「従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかない。法的な安定性を大きく揺るがす」と断じ、危機感をあらわにした。指摘はもっともだ。

 

 歴代内閣が維持してきた1972年の政府見解は、幸福追求権を明記した憲法13条を踏まえて、国民の権利が根底から覆される急迫、不正の事態を排除するためにやむを得ない場合の自衛権行使は認めた。だが、戦争放棄をうたった9条により「他国への武力攻撃を阻止する集団的自衛権行使は、憲法上許されない」と結論付けている。

 

 それを安倍政権は「安保環境が大きく変化した」「他国への武力攻撃が日本の存立を脅かすことも起こり得る」との論理で結論部分をまったく逆に解釈変更し、他国の戦争への参加を事実上認めた。政権による9条の空文化というしかない。

 

 中谷元・防衛相は「政府による憲法解釈の裁量内で、違憲ではない」とする。だが、国家権力の暴走を防ぐための憲法の縛りを、当事者である政権が外すなど断じて許されない。国民に問わず閣議決定で済ませる手法は国民主権にも反する。

 

 しかも集団的自衛権行使容認は「憲法をいかに法案に適合させていけばいいのかという議論を踏まえて閣議決定した」(中谷防衛相)。政府の考える法律が先にあり、それに合うように憲法の解釈を変えたという。憲法に従い法律をつくり政治を行うという原理原則が逆転している。このような憲法軽視が通るなら、法治国家の名は返上せねばなるまい。

 

 「違憲」の指摘に自民党二階俊博総務会長は「党の方針は初めから決まっている。あくまで参考意見で大ごとに取り上げる必要はない」と言い切った。国会機関である憲法審査会をもないがしろにし、都合よくあしらう姿勢はあまりに傲慢(ごうまん)で危うい。安保法案の武力行使の要件は曖昧で政権の主観で決まる。聞く耳を持たない政権に武力行使決定の判断を委ね、国民の命を預けることはできない。

 

 参考人だけでなく180人以上の憲法学者、さらには日弁連違憲を訴え廃案を要求する声明を出している。法案や政府の姿勢には懸念が募るばかりだ。あらためて法案撤回を求める。