ソウルヨガ

主流秩序、DV,加害者プログラム、スピシン主義、フェミ、あれこれ

少しの変化  添え物としての若い女性の体

 

少し前の記事ですが、ジェンダーの面での変化の兆しなので紹介しておきます。

 

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フロンティア2.0)見本市から消えたコンパニオン

2015年3月17日

 

 毎年、お正月が明けるとすぐ、電機業界は慌ただしい。1月初旬に米ラスベガスで世界最大の家電見本市(CES)が開かれるからだ。世界の家電メーカーが最新の製品や技術を発表する場として知られ、CD、ビデオレコーダー、DVDなど、歴史に名を残す製品がここでお披露目されてきた。今年は世界から約16万人が訪れ、日本からはソニーパナソニック東芝などが、テレビ、音響機器、カメラなど新製品を紹介した。

 

 取材するのは今年が2回目。今回は周りを見渡す余裕ができたのか、展示場を歩き回るうちに、ふと気がついた。日本でも似たような家電の見本市や新製品発表会はたくさんあるが、CESは何か雰囲気が違う。いったい、これは何だろう。

 

しばらく考えて、はたと気がついた。日本の発表会では必ず見かける「女性コンパニオン」がいないのだ。

 日本でも家電製品やスマートフォンなどの発表会に何度も行ったが、スーツ姿の男性幹部の脇に、アニメから抜け出してきたようなコスチュームやミニスカート姿のコンパニオンが立つのがおなじみの風景だ。ところが、CESはこういう女性たちがどこを見てもいない。

 

 新製品の見学もそこそこに、コンパニオン探しを始めた。たいていのブースには製品の説明をする女性はいた。でも、どのメーカーも、そろいのロゴ付きTシャツやスーツなど、「普通の服」を着た人たちばかり。どこを探しても、コンパニオンはやっぱりいない。

 

 さんざん歩いてようやく見つけたのが、韓国LG電子の有機ELテレビの前でポーズをとっていた2人だった。長い金髪に真っ赤なロングドレス姿。ドレス自体は奇抜でもないが、ほかにこういう女性がいないためか、2人は会場で妙に浮いていた。結局、この日見かけた「それらしき人」はこの2人だけだった。

 

 なぜコンパニオンがいないのか。CESを主催する米家電協会(CEA)に問い合わせてみると、次のような返事があった。

 「過去数年間に、一部の参加者から、出展している会社が雇うモデルの服装について、問い合わせがありました。訪れるだれにとっても居心地の良い環境を提供するため、理事会とも協議の上、2014年のCESから規定を見直しました

 

 これだけでは何が起きたのかわからないが、確かに出展する会社に向けた規則には、「CES展示の服装」という項目に、「出展者は、従業員、スタッフ、モデルなどについて服装を見直すよう注意されることがあり、場合によっては退去を求められることもある」などと書いてある。

 

 過去の米メディアのCES報道を見ると、やはり奇抜なファッションのコンパニオンがたくさん写っている。

 いったい、何が起きたのか。たどってみると、2012年にある「事件」があったことがわかった。出展していたある会社が、下着だけを身につけた女性の体にボディーペイントをして立たせたという。それまでもミニスカートやピチピチのコスチュームなどを身につけたコンパニオンはいたようだが、このときは「やりすぎ」という批判が起きた。

それとともに、「そもそも、コンパニオンは何のためにいるのか」という論争まで巻き起こった。

 

 メディアを中心に「IT系のイベントに登場するコンパニオンは、女性は男性をひきつける飾り物でしかないことを表している」「出展している会社が女性をどう見ているかを示すものだ」といった声が湧き上がり、ネット上でCESでのコンパニオン禁止を求める署名運動まで起きた。

 

声を上げたのは女性だけではない。ある男性記者は「コンパニオンが使われる背景には、業界が、電気製品を買うのはたいてい男性だと考え、電気製品好きの女性に目を向けていないという問題がある。男性向けのマーケティングをするために女性を無視し続ける限り、売り上げを落とすことになる」とも書いた。

 

 たしかに、コンパニオンが女性の目を楽しませるためにいるとは考えにくい。男性が客だと思うからこその発想だったのだろう。

 CEAはコンパニオンを禁止したわけではなく、「主催者が行き過ぎと判断したら退去を求める」という一文を規則に入れただけだ。ただ、この騒動後、各社はほとんど、コンパニオンを使わなくなった。批判を恐れたということもあるだろう。

 

 振り返ってみれば、私も日本の家電ショーや新製品発表会に行くたび、男性幹部の横で、商品を手に無言でほほ笑むコンパニオンをどこまで写真に入れるべきか、ためらいながらシャッターを切っていた覚えがある。

「飾り」としての女性への違和感ももちろんあったが、もっと現実的な問題は、いったい誰が考えたのかと思うような奇妙なコスチュームに気を取られ、肝心の製品の印象が残らないことだったかもしれない。

 

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