ソウルヨガ

主流秩序、DV,スピシン主義、フェミ、あれこれ

ネトウヨ化したケント・ギルバート

 

ネトウヨの正体が、これでもよくわかります。ケントギルバートかは、「それ」にのっているだけです。今後もある勢力がお金も原稿も準備して「有名人」っを利用してプロパガンダ進めるでしょう。

 

ただ、これは驚くことではなく前から自明のことです。


出版などといってもむちゃくちゃなレベルのものがあふれているのが事実で、それを買う輩がいる、「Will」のような極右雑誌や一部極右コメンテーターが堂々とTVで暴論を吐くことがのさばっている、それが安倍政権を支えている、ということです。

安倍政権を支えているのは極右ではない、というのは、右翼と「普通の自民党支持者」を別物ととらえる発想ですが、それはまちがっています。


その思考が感覚的で差別容認的で、安易に操作される点で共通性があるという点に目を向けるべきと思います。米国で共和党支持者のレベルが今露見しているのと構造は同じです。

まさかトランプを選ばないだろうという感覚は、まさか、改憲まではしないだろう、まさか戦争はしないだろうといって、徐々に巻き込まれていくことと同じです。


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ネトウヨ化したケント・ギルバートの文章に“捏造”が発覚、回収へ! ゴーストライター任せの粗製濫造も明らかに
リテラ
2016.02.19
http://lite-ra.com/i/2016/02/post-1992-entry.html

 ネトウヨ文化人として復活したタレントのケント・ギルバート氏の文章に“コメントの捏造”が発覚し、書籍が回収される事態が起きた。


 問題になったのは、ギルバート氏が保守系雑誌「Voice」(PHP研究所)15年12月号に寄稿した「チベット人虐殺こそ世界記憶遺産に」。南京大虐殺の世界記憶遺産登録をめぐって中国とユネスコを批判する文章だが、その中でこう書いていた。

 

神戸大学の梶谷懐先生によると、PRC(引用者註:中華人民共和国)はヨーロッパにおいても反日工作をかなり強めているそうですが、欧米諸国は、「PRCはなぜそこまで日本に絡む必要があるのか?」という疑問しかもっていません〉


 ギルバート氏のいう「梶谷懐先生」というのは、中国経済を専門とする経済学者、梶谷懐・神戸大学大学院経済学研究科教授だと思われる。

 

ところが、当の梶谷教授が自身のブログで、〈私が全く言ったり書いたりしていない内容のことをあたかも私の主張であるかのように記述した〉〈こういった発言の捏造は明らかに物書きとしてのルール違反ですし、私としても大変迷惑しています〉と表明、「Voice」編集部へ抗議したのだ。
 2月12日、梶谷教授はブログで「Voice」宛ての抗議メールを公開。そこにはこう書かれていた。

 

〈私はこれまでに「PRC(中華人民共和国)はヨーロッパにおいても反日工作をかなり強めている」というような発言を行ったことは一切ありませんし、そのような文章も書いたこともありません。それどころか、「中国のヨーロッパにおける反日工作」なるものについていかなる発言を行ったこともありません。〉(梶谷氏のブログより)

 

 実際、ギルバート氏が書いていた梶谷教授のコメントは、完全な虚偽だった。この3日後の15日、発行元のPHP側はネット版「web Voice」で誤りを認め、記事を訂正。また、この文章は年明け1月28日に同社から出版されたギルバート氏の著書『やっと自虐史観のアホらしさに気づいた日本人』に収録されていたため、同書も回収・刷り直しされることになったという。


 それにしても、なぜギルバート氏は梶谷教授がしゃべってもいないコメントを載せてしまったのか? 実は、これには唖然とするような内幕があった。


梶谷教授が17日に自身のFacebookで明かしたところによると、16日午後、梶谷教授の研究室に「Voice」編集長とPHP研究所出版部の人間が来て“捏造事件”の経緯についてこう説明したという。

 

〈端的に言うと、問題の記事はケント氏結局本人が書いたのではなく、担当の編集者がインタヴューしたものをライターが文字起こしして構成したものであり、その過程でミスが生じた、ということのようです。すでに土曜日に受け取ったメールの中で担当の編集者より、口述取材の際に、“KAZUYA”という人物の発言を“梶谷(KAJIYA)”のものと取り違えた、という説明がありました(ちなみに私の姓の読み方は“KAJITANI”です)。〉

 

〈要は、もともとケント氏は彼がYoutubeで流していたネットニュースの内容を根拠にして「PRCはヨーロッパにおいても反日工作をかなり強めている」という発言を行ったのですが、それが聞き取り・文字起こしの際にKAZUYA→KAJIYA→梶谷と誤変換されて、最終的に私が言ったことにされた、というのが真相のようです。〉(梶谷氏のFacebookより)

 

 ようするに、ギルバート氏は原稿を書いているわけではなくただしゃべっただけ。それを編集とゴーストライターが文章にする過程で、別人の発言だと勘違いしてしまったということらしい。

 

 なんとも間抜けな話だが、しかし、問題はギルバート氏の姿勢だ。日本の政治や安全保障、歴史問題をエラソーに語っている御仁が、こんないい加減なやり方で本を作っていいのか。

 

 たしかに、出版業界では、芸能人のエッセイ、財界人の自伝はもちろん、評論家の時評や新書などでもゴーストライターが原稿化する、というケースが少なくない。
 だが、その場合でも、上がってきた原稿については著者本人が一度はチェックするのが普通だ。そうすれば、ケアレスミスはともかく、今回のように、重要コメントを間違ったままスルーするというのはありえない。

 

 ようするに、この間違い方を見ると、ギルバート氏は原稿をゴーストライター任せにしただけでなく、内容のチェックも編集部に丸投げしていたとしか思えないのだ。
 さらに驚かされるのは事後の対応だ。前述のように、梶谷教授の抗議を受けて、「Voice」編集部と発行元のPHPは謝罪と訂正を行った。が、当のギルバート氏は一切謝罪していないのだ。


 ギルバート氏のブログをみると、とりあえず「web Voice」へのリンクを貼って、〈「やっと自虐史観のアホらしさに気づいた日本人」(PHP研究所)のP170にも同様の誤った記述がありますので、すでに同書をお持ちの方はリンク先の訂正のとおり読み替えて下さい。また、今後の増刷分については速やかに修正されるそうです。〉(16日)と、それだけ。

 

まるで他人事というか、“編集が悪くて自分は悪くない”という態度が見える。
いっておくが、ゴーストライターが書き、チェックも編集部に丸投げしていたとしても、本に著者として自分の名前を載せ印税をもらっている以上、責任はギルバート氏にある。この態度は、いくらなんでも無責任すぎるだろう。

 

 ギルバート氏といえば昨年、日本会議を中心とする改憲大集会で護憲派を「アヤシイ新興宗教みたい」と批判。さらに「放送法遵守を求める視聴者の会」なる団体の代表呼びかけ人となり、安倍政権に批判的な報道番組を「極めて幼稚なプロパガンダ」などと攻撃している。


自身の発言にこんな無責任な人間が、憲法や報道の問題をどうしてしたり顔で語ることができるのか、その神経がまったく理解できない。


 しかも、今回の一件にはさらにもうひとつ、大きな問題がある。それは、編集部とゴーストライターが梶谷教授のものと間違えたコメントが、あの“KAZUYA”氏の発言だったことだ。

 

 KAZUYAこと京本和也氏は、YouTubeニコニコ動画反日攻撃動画を続々と配信しているネトウヨ・ユーチューバー。その動画は、典型的なフレームアップの手法で、いたるところで“反日”の動きが起きているかのような印象を与える煽り動画がほとんどだ。近年乱発している著書をみても、有象無象のネトウヨまとめサイトと見まごうような陰謀論が展開されている。

 

 たとえば、KAZUYA氏は昨年8月に「ポーランドで見つけた中国による反日プロパガンダ」なるタイトルの動画を公開しているが、内容は、ワルシャワへ行ったKAZUYA氏が、町の中のモニュメントのひとつに、中国語で「抗日と世界の反ファシズムへの勝利70周年記念」と書かれたものを目撃したというだけ。

 

 ようするに、ギルバート氏は、こんな人物の主張をひいて、もっともらしく「PRCはヨーロッパにおいても反日工作をかなり強めている」などと宣っていたのである。
 そういう意味では、今回の“捏造”騒動は、このテの嫌韓反中本、歴史修正主義本、反日攻撃本がいかにいい加減なやり方で作られているかを改めて証明したとも言えるだろう。

 

 実際、被害にあった当の梶谷教授もその構造的な問題を指摘している。
〈ただ、今回の件ではこちらの抗議に対するVoice側の対応は確かに速かったのですが、説明してもらった一連の経緯はあまりにお粗末であり、ミスが修正されればそれでいいのか、というモヤモヤした気持ちはずっと残っています。


たとえば、ケント・ギルバートゴーストライターがいるのはまあいいとして、そのライターや編集者にも中国や韓国の問題に関する知識が明らかに不足していること、嫌中・嫌韓本の記述のエビデンスとして挙げられるのが同じく嫌中・嫌韓ネタで売っているブロガーやジャーナリストの発言だったりすること、そういったお手軽なつくりにもかかわらず出版されればかなりの程度売れてしまうこと・・などなど、今回の件はこうした日本の出版界が抱える問題点がたまたま顕在化しただけ、という気もしています。今回の件を通じて、そうした状況に一石が投じられればいいのですが・・〉(梶谷氏のFacebookより)

 

 この梶谷教授の言葉を、版元のPHP研究所、そして出版界はどう受け止めるのだろうか。