ソウルヨガ

主流秩序、DV,スピシン主義、フェミ、あれこれ

「私はこの講義を受けるまで深く考えたことがなかった」出版

 

学生さんのレポート集の本ができました。


2016年前期の学生さんたちのレポート本が2016年12月に出ました。
表題は「私はこの講義を受けるまで深く考えたことがなかった
―――主流秩序と私」というものです。


https://www.amazon.co.jp/dp/B01MXUR5MR/ref=sr_1_4?ie=UTF8&qid=1480957189&sr=8-4&keywords=%E4%BC%8A%E7%94%B0%E5%BA%83%E8%A1%8C

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「アマゾン」のHPで「伊田広行」あるいは「私はこの講義を受けるまで深く考えたことがなかった」で検索してもらえると見つかります。
https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Daps&field-keywords=%E4%BC%8A%E7%94%B0%E5%BA%83%E8%A1%8C

 

1ドル程度で入手できます。無料アプリをダウンロードすればPCでもスマホでも読めます。


12月から1月の間にほかにA大学、B大学のものも出します。


まえにもお伝えしましたが、去年の講義のレポートの紹介は、
電子書籍『主流秩序にいかに囚われているか―――学生たちの実態と本音、そして少しの突破』(1)(2)(3)
でやっています。

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以下、「はじめに」の一部


はじめに
本書は、ある大学(一部、別大学)の講義を受講した学生さんたちの2016年のレポートを紹介したものである。講義では主流秩序についての考えを提起し、それを踏まえて、次のようなテーマのいくつかを選ぶレポートを提出してもらった。


課題1●自分が囚われている「主流秩序的なもの・ジェンダー秩序的なもの」を見つめる。
課題2●「社会の多数のためには、少数の犠牲は仕方ない」といった功利主義への自分のスタンスをまとめる。
課題3● 長いものに巻かれるのでいいというドランクドラゴン鈴木さんの意見に対する考察および、「リプレイ&デストロイ」の中年おじさんカツアゲ映像についての考察
課題4● 「態度価値」について考える
課題5● 会社の不正を知ったらどうするか
課題6● 主流秩序にどういうスタンスをとるか

 

本書では、面白いと思ったレポートの中で、本人が掲載を了解してくれたものだけを載せている。1人の学生さんのレポートの全部ではなく、その一部を載せていることを断っておく。
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本書がどんなものかを伝えるために、読者の皆さんに伝わるであろう点のいくつかをあらかじめ簡単に書いておく。
それは、まずは、いまの若い人はこんな風に主流秩序の影響を受けて苦しんで不自由なんだということである。今の日本社会は特に大きな問題はないように見えたり、政治や経済、社会には問題があるとしても、個々人にはそれはあまり影響していない、人は個人的な悩みはあってもおおむね幸せに生きていると思っている人は多い。しかし、それは主流秩序に沿って思考を停止しているからであり、主流秩序という物差しを手助けとして自分や社会を見つめていくと、いろいろな問題が見えてくる。本書でそれが浮き上がってくると思う。

 

各レポートを読めば、こんな風に悩んでいるんだということを教えてもらえる。また、こんな風に、主流秩序に縛られているのが当たり前になっているんだなということもわかる。したがって大学でいろいろ学んでも、多くの学生は、主流秩序に合わせるだけで、社会運動にかかわろうとか、弱者のために動くとか、社会を変えようとか思わない。そういう社会になっているということもわかってくる。社会をよくしようなどと思う人はほんの一部だけというのは、こういうことだったんだなとわかる。

 

しかし一部レポートにもあるように一部の学生には正義感や「弱者のために」といったシンプルできれいな心がある場合もある。自分の加害性・加担姓に心を揺らし始める人がいる。また迷う中から、グラデーションではあるが、主流秩序に少し抵抗し始める人、間接的介入・中間的態度をとる人がでてくることもある。


ジェンダー秩序についても同じで、からめとられている人が多数だが、批判するとか離れようとする動きもみえてくる。

 

私は、主流秩序論を踏まえての学生さんたちの反応等を見て、自分が見えていたものは一部だったなと思う。何が日本社会のこの閉塞感・固定感を作っているのかもみえてくる。トランプ米国大統領や橋下維新代表や安倍首相が人気を得ることの一因も見えてくる。この主流秩序の支配力の強さを問題としなくては、社会は良くならないだろう、個人の解放も自由もないだろうと思う。


読者の皆さんはどうだろうか。

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学生さんたちのレポート(授業の感想文)によくでてくる言葉として、「・・出来る人が何人いるだろうか」「ほとんどいないと思います」「多くの人は・・だ」「みんな・・だ」「だれだって・・・・」というような表現が多いことに気づく。たとえば「誰でも自分の身の安全が第一で面倒なことには巻き込まれたくないというのが本心だと思います。」「人は皆他人に対して優越感を感じたい生き物である。そしてそれはわたしも例外ではない。」「誰でもお金はほしいもの」「女の子ならだれでも痩せたい」というような言い方をする。

 

 これは、みんながそうだからということで自分の選択の責任をごまかす発想だと思うがそれに気づいていない。主流秩序にとらわれている、主流秩序しかないという思考といえる。勝手に本質主義的に決めつけているのだ。自分と違う考えや感性の人がいることへの想像力の欠如。


主流秩序論は、そうした状況に気づいてもらう装置だが、その厚い壁を突き崩すのは難しい。徐々に変化する人がいるのが希望だ。レポートには、多様な意見があるし、主流秩序の理解の程度も様々だ。認識をゆがめたり、理解を阻むものがあること自体が、主流秩序の支配の状況と思う。「だれだって・・・・」という形で自分の意見を言うことに疑問を持つ人が増えてほしいと思いつつ、講義を行った。本書はその過程の途中報告といえる。しかし手ごたえはある。


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主流秩序という枠で一定の学生さんが、次のように言うことがあるので紹介しておきたい。


「私は偶然にも主流秩序の真ん中より上に位置しているため、下位にいる人を、努力が足りないなどと考えていたが、ある意味自分自身が下位の人を下位たらしめていることに気づかされた。」
「むしろ、主流秩序で上に行くためだけに生きてきたのではないかというぐらいだ。その生き方になんの違和感も感じていなかった自分に違和感を感じたし、自分の生き方や考え方を考え直さざるを得なかった。」


「主流秩序という考え方について、私は本講義を受けるまで深く考えたことがなかった。意識すらしていなかった、というのが正しいと思う。それくらい自然と自分の中に刷り込まれている概念であった。一生懸命に勉強していい大学に入り、そしていい会社に就職して大金を稼ぎ、結婚して子供を産み、家族で幸せに暮らすことが、全てではないが「理想の幸せ」だと考えて生きてきた。全員が同じように頑張ることで経済もまわり、成長していく。それこそが社会全体の効用を増加させると経済学部で学んだとき、その努力によって蹴落とされる人間に対して注意を払いなどしなかった。」

 

しかし、皆がそういうわけでもないのが現実だ。私から見れば主流秩序という概念を理解さえしないままの学生さんもいる。一定理解しても、多くの学生さんが、自分に正直に、自分の主流秩序への加担性を悪いと思わず、自分の利益中心に主流秩序の上昇を目指したいという。功利主義的思想、能力主義的思想は根深く浸透している。


だがそういう人も少し、考えはじめる。主流秩序という物差しの意義と限界を感じながらまた改善を目指していきたいと思う。

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