神奈川新聞「時代の正体」
神奈川新聞「時代の正体」が頑張っているということは前に紹介した。
http://hiroponkun.hatenablog.com/entry/2015/12/24/134226
今回 朝日新聞で、神奈川新聞デジタル編集委員の人の記事が載ったので紹介する。マトモな意見だ。公正中立がいいのではない。
)
(憲法を考える)報道、これでいいのか 石橋学さん、林香里さん、山崎拓さん
朝日新聞 2017年5月23日05時00分
憲法が保障する「言論の自由」。ネット空間にはフェイクの情報が飛び交い、報道への不信や抑圧も増している。いま、マスメディアに求められているものとは。
■信じるまま書き、世に問う 石橋学さん(神奈川新聞デジタル編集委員)
2013年9月に始めた1ページの論説・特報面に、デスクとして携わりました。安保法制への抗議やヘイトスピーチの問題などを書いた連載「時代の正体」はいまも、その面に掲載しています。
デスクになり、パターン化した記事が多いと感じました。場面から入ってコメントで締めるとか、地方紙だから地元に絡めたものじゃなきゃだめだとか。定型文のような感じがとても嫌でした。
記者を続けていると、取材内容を切り貼りする職人芸みたいなことが身についてきます。でも、誰もそういう風に書けとは言っているわけではない。読者にお金を払って頂きながら、読み物としては物足りない。それなら書きたいものを書こうと思いました。
そうして始めた「時代の正体」に対して、「記事が偏っている」という批判を受けました。続報で「『ええ、偏っています』と答えるほかない」と書いたら、「開き直った」「偏向新聞」とさらに批判を浴びました。
でも、やや乱暴な言い方かもしれませんが、記事への批判は「あなたの言っていることは気にくわない」という程度に過ぎない。私たち記者はとかく、批判が何件寄せられたかを気にし、部数減と結び付けたがる。でも、本当に部数減と結びついているかはわからない。私たちが耳を傾けるべき批判や指摘は、記事の視点が足りないとか、考えが浅いといったもののはずです。
報道には公正中立、不偏不党が求められると言われます。ただ、多くの記事がそれを意識するあまり、視点がぼやけていないか。読者に判断を丸投げし、自分で判断して主張することをサボっていないか。そう問いたいのです。
ヘイトスピーチの問題もそうです。他の新聞では、公正中立を意識するばかり、ヘイトをしている側の言い分を聞き、両論併記の原稿が載ることも多い。ヘイトしている彼らがいう「表現の自由」にくみし、面倒な抗議や衝突を避けようとする意識が透けている。妙な「バランス感覚」が働いて、結果的に事実をゆがめる形になっています。
ヘイトスピーチについては司法判断も出ており、表現の自由として認められていないのです。報道への圧力という前に、メディア自身が萎縮していると感じます。私はヘイト側にネット上で顔写真をさらされ、「朝鮮人の手先」などと攻撃を受けています。でも、なんてことはない。彼らの言い分に理は一つもなく、私は差別を受けることのないマジョリティーだからです。
メディアとは物事を発信し、よりよい社会に変えていく主体であるべきです。信じることを信じるままに書き、世に問うていく。私たちは決して傍観者ではないのですから。(聞き手・岡村夏樹)
*
いしばしがく 71年生まれ。94年に神奈川新聞に入社。2014年7月に始まった「時代の正体」シリーズを執筆。