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森友問題・加計学園問題(56)―――前川前文科次官会見から

 

 

毎日新聞の「前川前文科次官会見詳報(1)-(7)」記事から一部紹介しておく。

 

民間議員への批判が面白いし説得的です。またNHKが「私に最初にインタビューを行ったのはNHKだった。しかし、その映像はいまだに放送されず、報じられていない。」ということで隠していることも暴露されている。

 

また「報道番組のコメンテーターの中には、いかなる状況証拠が出てきても、官邸の擁護しかしない方がいた。その方の名前は差し控えるが、森友学園のときも官邸を繰り返し行われていた。名前を出すことは控えるが、森友問題で官邸を擁護し続けた中には、ご本人の性犯罪が検察、警察にもみ消されたという疑惑を受けている方もいる。」として田崎史郎と山口敬之 のことも指摘した。読売の個人攻撃記事にも言及。

NHKをはじめとして各メディアはこれらの点もちゃんと報道すべきだ。

 

また、森友問題との共通点があるとして、「すべての行政的な取り組みを収れんさせていくと。こういうことは、私はどこかに司令塔がいなければできないと思うんですね。そこに共通性があると思っています。」と指摘。そのとおり。

 

また「重要な人物で一切、発言をしていない人としては加計孝太郎さん(加計学園理事長)がいるので、早くつかまえて(取材して)ほしいなと思う。」というしてきもそのとおり。

 

最後に、後輩公務員に「自分だけの信念や良心を持ち続けて」 と伝えている。

毎日新聞の「前川前文科次官会見詳報(1)-(7)」記事は全部読む価値があると思います。

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  •  (前回は)5月25日に会見させていただいたが、その際に私が考えたのは獣医学部新設を巡って、私は行政がゆがめられたという意識を持っており、これにつきましてはやはり国民に知る権利があると思った、ということ。またその事実が隠ぺいされたままでは日本の民主主義は機能しなくなってしまうのではないか、という危機感を持っていたということです。 ●その作成の時点で文科省の職員が実際に聞いたこと、あるいは実際に触れた事実、そういったものを記載しているというふうに考えていて、ほぼ100%、その記載の内容については間違いのないものだと評価している。● こういった文書をそれぞれ、現職の職員も行政のゆがみを告発したいという思いから外部に提供する行為が相次いでいるが、勇気は評価したい。こういった文書が次々と出てくることによって国民の中にも、この問題を巡る疑惑というのはさらに深まっているのではないかなと思う。●官邸、内閣府はさまざまな理由をつけて、認めようとしていないという状況にある。そういった姿勢は私から見れば、不誠実と言わざるをえない。真相の解明から逃げようとしている。 特に文科省の文書の中に出てくる「官邸の最高レベルが言っていること」という文言や「総理のご意向」という文言がある。内閣府が自分の口から発した言葉を、いわば自ら否定しているという状況で、これはありえない話だ。 ● 素直に読めば、「官邸の最高レベルが言っていること」「総理のご意向」であるという発言が何を指すかと言えば、「(愛媛県今治市における獣医学部の開設時期を平成30年4月にしてほしい」という1点だ。それが加計学園のことというのは関係者の間では、公然の共通理解だったと言える。

 

  • そのために必要があれば、第三者性が高い組織がプロセスを検証してもいいのではないかと思う。 私は、文科省時代に政策を検証するプロセスに携わったことがあって、新国立競技場の建設計画を巡って最初の計画が白紙に戻った後、「どうして経費が3000億円に達するようなものになってしまったのか」の経緯を検証し、その責任の所在を明確化する検証委員会を設けたときのその事務局長を務めていた。アドホック(目的が限定された)な組織を作り、政策決定を検証することはできる。その際に諮問会議の議員や、内閣府の幹部職員からヒアリングすることもできる。●改革派と抵抗勢力の「勧善懲悪」の構図ではない

 この問題は規制改革を進めようとする改革派と、岩盤規制や既得権益固執する抵抗勢力という「勧善懲悪」の構図で見ようとする方もいる。しかし、これはこの問題の本質を見誤る考え方だ。

 

  •  私が(文科省で)現職中に携わったもので言えば、たとえば不登校の子供たち。今でも12万人の規模でいるが、学校という仕組みになじめない、そんな子供たちのために学習指導要領によらない特別な教育課程を編成する仕組みができた。最初は特区でやったことだった。この特区制度ができたおかげで救われた子供たちはたくさんいた。後に全国に広がるが、特区で始まり、全国展開した非常に良い事例だった。

 

 

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  •  また、昨年12月には、教育機会確保法という法律ができた。これも一種の規制改革の方法で、学校外での不登校の子供たちの学習を正面から認めていこうというもので、これまで「ままこ」扱いされたフリースクールを、大事な存在として認めていくということで、大きな一歩を踏み出す改革だったと思う。

 

 

  • 加計ありき 規制の「穴の開け方に問題」

 「私は行政がゆがめられた」と思っているのは、今治市における加計学園獣医学部開設を認めるに至るプロセスだ。そこに不明瞭で不公正なものがあった。

 具体的に疑問点を言えば、まず「加計ありき」だったのではないかという問題。初めから加計学園獣医学部を作らせるという結論があって、その結論に持っていくために、さまざまなプロセスを経由していったのではないかと思う。

 また、そのために最後の段階で、さまざまな条件が付け加えられた。「広域的に獣医学部が存在しない地域に限る」とか「平成30年4月に開学できるものに限る」といった条件のことだ。さらに最後で「1校に限る」という条件を設けて、最終的に加計学園しか該当しない形に持っていった。強力なライバルだった京都府京都産業大学を排除した。

 これは規制緩和をしたように見えるが、規制緩和にさまざまな規制を乗せることによって、最終的に一つの主体だけが恩恵を被る形になっている。その根拠や手続きがきわめて不透明である。

 

  •  それから、第2点としてはこの検討を進めるべき、責任を負っていた国家戦略特区諮問会議、および諮問会議のもとに設けられていたワーキンググループが本当にちゃんと検討したのかということもある。本当に専門家や関係者の意見を反映させるような審議をしたのか。この点については非常に問題があるのではないかと思う。

 特に国家戦略特区という制度のことを考えてもらうと分かると思うが、国家戦略特区という制度は、特定の場所の特定の主体に特別なチャンスを与える仕組みになっている。その主体にだけ恩恵を与えるという制度だ。それだけに、決定のプロセスにおいては透明性や公平性の要請が高い。それらを十分確保しながら、きちんとした検討を進めることが必要だ。

 

 

 では、どういった検討が必要だったのか。一つには国家戦略特区の目的である国際競争力の強化や、国際経済拠点の形成というもの。国家戦略特区法の第1条に書いてある。そういうものに資するものを「特別扱い」することになっているので、本当に加計学園獣医学部がそれらに資するものなのかという検証がされたのか。

 また、国家戦略特区は、閣議決定された「日本再興戦略改訂2015」の4条件というものがある。この4条件を満たしているということについて、きちんとした検討がされているのか。

 特に、獣医師が新たに対応すべき分野の人材需要とその規模が明らかにされているか。そして明らかにされた前提で、その人材養成は既存の大学では対応できない、もしくは困難という条件が、満たされているか。逆に言うと加計学園獣医学部でしかできないことをすることになっているか。この検証が必要だ。

 

  • また、既存の大学だけでなく、同じく提案が出てきていた京都府京都産業大との提案と比べて、十分な比較、検討が行われたのか。この点も疑問が残るわけです。さらに人材需要に見通しを立てるということは農水省の実質的な参画は不可欠だが、そうであったか。私としては、実質的な参画はなかったと言わざるをえない。

 またライフサイエンスという新しい分野の人材需給ということならば厚労省の参画もえるべきだったは、厚労省は終始一貫、関与していない。

 

  • そした意味でも、プロセスには疑問が残る。諮問会議は5人の民間委員が記者会見をした。私もつぶさに見た。その中で、5人の民間議員がペーパーを作って提示した。八田(達夫・アジア成長研究所所長)委員の言葉を借りれば、「このプロセスには一点のくもりもない」とした。

 しかし、私から言わせてもらえば、一点のくもりもないという客観的な事実ではなく、民間議員の方々から見て「くもりが見えていない」「見ないようにとしていた」「見せられていない」としか思えない。一方で八田議員は「政治のプロセスは不透明」と発言している。その部分に問題があるのだが、諮問会議ではスルーされていると私は思った。

 

  • 結果的に京都産業大の排除する効果を持った11月9日の諮問会議決定の表現がある。「広域的に獣医師大学の存在地域に限り」という言葉だ。これについて、諮問議員のペーパーを見ると「反対勢力の抵抗があったので、実現に向けて妥協点を探るためにこの文言を入れた」という話になっている。

 

「極端な限定がされないような妥協策を提案するのが動機だった」「京都産業大をはじく意図はなかった」と八田さんは話している。

 内閣府の意図と、諮問会議の民間議員のこの文言を巡る意図は食い違っていたのではないか。(民間議員は)京都産業大を排除する意図を認識していないと考えざるをえない。

 

  • もう一つ、平成30年度4月開設という条件もあるが、これも京都産業大を排除する効果を持っていた。そのことについても、諮問会議の民間議員の方々は全く認識を持っていない。

 

  • 民間議員の方が発表した文書では、「総理が特定事業者を優先する意向を示した。あるいは内閣府文部科学省に伝えたという根拠はない」と断言している。しかし,断言できる理由を問われ、八田議員は「一切、知らない。こういったことはないと思う」と話した。「知らないから無い」ということでも、「無いというから無い」というものでもない。根拠はきわめて薄弱だ。改めて政策決定プロセスは検証される必要がある。

 

 

  • 読売の出会い系バー報道は「私ははっきりと官邸の関与があったと思う」

 もう1点付け加えると、獣医学部を巡る問題で、私としての発言を1カ月前に行った。そして、全く別の問題として認識を新たにしたのは「国家権力とメディア」の関係だ。ここには日本を代表するメディアが集まっている。

 一つは私に対する個人攻撃と思われる記事が、5月22日の読売新聞に掲載されました。私としては不愉快な話だったが、その背後に何があったのか。それはきっちりとメディアの中で検証される問題だと思う。私ははっきりと官邸の関与があったと思っている。

 

 

  •  また、文書の存在や官邸からの働きかけについて、私に最初にインタビューを行ったのはNHKだった。しかし、その映像はいまだに放送されず、報じられていない。

 

 

  •  また、真相を示す内部文書の中でも非常に決定的なものに、9月26日の日付のものがある。「官邸の最高レベルが言っていること」という文言を含むものだ。これは朝日新聞が報じる前夜に、NHKは報じていた。しかし核心の部分は黒塗りされていた。NHKを責めているわけではないが、これはなぜなのだろうか?
  •  また、報道番組のコメンテーターの中には、いかなる状況証拠が出てきても、官邸の擁護しかしない方がいた。その方の名前は差し控えるが、森友学園のときも官邸を繰り返し行われていた。名前を出すことは控えるが、森友問題で官邸を擁護し続けた中には、ご本人の性犯罪が検察、警察にもみ消されたという疑惑を受けている方もいる。

 

  •  こういったことを踏まえて考えると、私は今の日本での「国家権力とメディアの関係」に非常に不安を覚える。国家権力と「第4の権力」とまで言われるメディアの関係を国民の視点から問い直す必要性、またメディアの方々の中で自浄作用が生じることを強く期待したい。

 

  • (これが問題とならなかったら、)文科省で設置認可のために大学設置審議会に諮問しているわけだが、大学設置審議会における審査に何らかの政治的圧力が加わってしまう危険性はあったかと思う

 

  • この文書を作成したと思われる課長補佐は、私も十分よく知っている人物で、極めて優秀でしっかりした人物、もちろんあえて虚偽の内容を盛り込むことはあり得ないし、聞き間違い、取り違いといったこともまず考えられない人物ですから。

 

  • その中で農水省は「了解した」という話だったが、農水省は、私が現職中の感覚としては、最後まで持ってきてくれなかったわけです。

  ええ。必要なデータを出してくれなかったし、つまり「了解した」というのは、「農水省はコミットしないから勝手にやっていただいて結構です」と。また、内閣府あるいは官邸側も「農水省はコミットしなくていいから、とにかく文句は言うな」ということで了解したと思っている。

 

  • 文科省がそういう自らの責任を自覚して慎重な姿勢をとっていたことを「おじけづいていた」と表現されたと思う。

 

  • 「藤原審議官いわく」となっているから、藤原審議官から聞いた話になっているが、それにしても萩生田副長官のお名前が出されているのだから、何らかの関与、まあ示唆なのか提案なのか、そういったものがあった可能性は高いと思っている。また、こういった文言を加えることによって、「四国全域で獣医学部がないのだから今治に作っていいんじゃないか」と。こういう理屈になるわけで。これは10月7日のクレジットのある「萩生田副長官ご発言概要」というペーパーがある。ちょうど2週間前になるが、10月7日のそのペーパーでも萩生田副長官は「四国にないからそれが理由にできるのでは」と示唆をされている。10月7日のご発言と平仄(ひょうそく)が合う。そういった意味でも一貫性があると思う。

 これはあくまで想像なんで、想像の域を出ない条件付きで申し上げれば、萩生田副長官の何らかの関与があったのではないかと思っている。

 

  • 核心に迫るためには内閣府の中の調査が必要だと思う。

  私の目から見ると、和泉首相補佐官が一番キーパーソンではないかなと思う。

  まず、私に直接働きかけがあったのは和泉さんから。9月上旬、和泉首相補佐官に官邸の執務室に呼ばれまして、そこでこの特区における獣医学部解禁といった課題について文科省の対応を早くしてほしいというお話があった。その際に、「総理は自分の口から言えないから私が代わって言うんだ」という言葉もあったわけで、「総理に代わっておっしゃってる」ということであれば、これは一番、総理のご意志に近いところからお話が出てるというふうに思う。

 

  • また、10月21日の萩生田光一副長官のご発言の内容を見ても、萩生田さんは和泉さんと話をした結果、その結果を文科省に伝えている。従って、やはり情報発信源になっているのは和泉さんではないかと思われるので、私は補佐官が一番全体のシナリオを書き、統括もしているという立場にいたんではないかなと思っている。

 

 

  •  文科省から見たときに、萩生田さんは大変頼りになる文教族の先生だ。10月初めのころの文科省の気持ちとしては、なかなか実質的に関与してくれない農水省厚労省を引き込みたい、それからものすごく性急にことを進めようとしている内閣府に対して、もう少し時間の余裕を持ってゆっくりと検討する時間をもらえないかという気持ちを持っていたわけで、副長官のところに調整してもらえないかと頼みにいっている。農水省厚労省を引き込んでほしい、調整してほしいと。

  加計ありきという前提は、暗黙の前提としては、その時点でもあったと思う。それにしてもやはり農水省厚労省が入ってくれないと、きちんとした説明がつかないし。それからどうしても平成30年4月開学というのは、かなり無理のある日程であると。その調整を副長官にしてもらえないかという気持ちを文科省は持っていた。これは大臣も副大臣も事務方もみんな。その状況は10月7日のペーパーには見てとれる。

 

 

  • 10月7日のペーパーでは萩生田副長官は自分が調整すると。それは文科省にとっては心強い話であって、農水省の協力が必要だなということも分かっているし、「30年4月は早いんじゃないか、無理だと思う」ともおっしゃってる。「私のほうで整理しよう」と言っており、官房副長官としての調整機能に期待していた。

 

  • ところが、10月21日になると、話が違ってくる。むしろ和泉補佐官とも話した結果として、とにかく早くやるんだと、「30年4月開学は総理がおしりを切っているんだ」とかですね。農水省の関与の仕方についても和泉補佐官のところで仕切ったことを前提として考えろ、ということになっていますから。文科省として期待した調整機能は果たしていただけなかったんだと。むしろ、10月21日の時点では文科省を説得する側に回っているというふうに思う。

 

 

成田市の医学部新設に関しては、まず、かけた時間は今回の獣医学部よりも長い時間をかけて検討している。さらに決定的に違うのは、厚労省が新たな分野の人材需給についての見通し方針を立てたところがある。国際的な医療人材の育成という新たな人材の需要があるんだという立場を明確にした。その上で内閣府文科省厚労省の3府省による人材育成に向けた方針というものを作成して、その方針に従って特例を設けるんだと、こういう考え方に立っていたわけだ。だからこそ、一般的に禁じられている医学部新設について、この部分については穴を開けられるという正当性が説明できた。

 ところが、加計学園獣医学部に関する限りは、責任ある省庁による、責任ある見通しを示していない。この成田市の医学部の際に作られたような3府省による基本方針は作られていない。これは人材需給についての見通しが立てられていないからだが、その中で獣医学部を解禁することについては、文科省としては根拠がないのでは、根拠が明らかにされていないのではないかという疑念はふっしょくできなかった。そこでずっとちゅうちょしていた問題がある。

 

 

  •  --今回の事態は単なるお友達優遇だったのか。それとも一線を越えた利益誘導だったのか。

 今は行政官の立場ではないが、退職公務員の立場からいけばコメントできない部分だ。そこは国民の皆さんが判断する部分だと思う。もちろん国民の1人としての私の判断はあるが、それは私の立場でここでは申し上げないほうがいい。

 

  • 「出会い系バー」報道「官邸と読売のアプローチ、連動していると感じた」

 --5月22日付の読売報道について「官邸の関与があった」とおっしゃられた。その根拠は何か。

 もともと私がそういうバーに出入りしていることについて、官邸は承知していた。杉田和博副長官からご注意を受けたことがあるので、まず官邸で知っていた情報だ。それがまず一つ。それから読売新聞の記事が出たのは5月22日だが、20、21日の両日にわたって読売新聞の記者からアプローチがあった。私の私的な行為、活動について「報道するつもりがあるんだ。ついては私のコメントが欲しい」とアプローチがあった。私は答えなかった。ま、正直申し上げて、読売新聞がそんな記事を書くとは思わなかった。

 同じ21日だが、一方で、和泉首相補佐官から文科省の某幹部を通じて「和泉さんが話をしたいと言ったならば応じるつもりがあるか?」と打診があった。5月21日の日曜日。私は「ちょっと考えさせてほしい」とそのままにしておいた。私は何か報道が出てもかまわないというつもりだった。報道が出ることについて、何かそれを抑えてほしいとか官邸に頼もうということは思っていなかったので、私はこの読売新聞からのアプローチと官邸のアプローチは連動していると感じた。それは一つの根拠だが、もしこういうことが、私以外の人にも起きているとするならば、それは大変なことだと思う。

監視社会化とか、あるいは警察国家化とか言われるようなことが進行していく危険性があるのではないかと。あるいはさらに権力が私物化されて、「第4の権力」と言われているメディアまで私物化されることになれば、これは日本の民主主義が死んでしまう、その入り口に我々は立っているのではないかという危機意識を私自身が持った。そのことがこの問題の大きなインパクトだと思っている。

 

  •  加計学園の問題と森友学園の問題は、非常に構図が似ている。小学校と大学という違いはあるが、学校の設置認可、そして公的な財政支援。両方に、何らかの政治的な力が働いているのではないかという疑惑が生じている点で非常に似ている。

森友学園の場合は設置認可をするのは地方で、財政支援をするのが国だった。加計学園の場合は、これが逆転していて、設置認可が国で財政支援が地方だった。両方がうまくペースを合わせないと、最終的な学校の開設までいかないという意味では、全体を取り仕切る、全体を調整する機能がどこかに必要だ。地方と国、さらに国の中でも省庁をまたがる問題、森友であれば財務省国土交通省、加計であれば内閣府文科省農水省。こういった複数の役所にまたがっている問題。こういった問題を一つにまとめて、一つの結論に持っていく。

 森友学園であれば、今年4月の小学校開設を目指していた。加計学園獣医学部であれば来年4月の開学を目指していた。そこにすべての行政的な取り組みを収れんさせていくと。こういうことは、私はどこかに司令塔がいなければできないと思うんですね。そこに共通性があると思っています。

 

  •  --大学設置・学校法人審議会が8月に結論を出すことになっているが、この結論はどうあるべきだと思うか。

 大学設置審議会というのは非常に権威ある審議会で、大学を設置するうえでの、学問的、専門的、学校法人の経営という側面からきちんと審査をする場です。大学設置認可の可不可保留という判断をするわけで、この判断には文科相といえども従うという確立されたルールであり、このルールは崩されていない。

設置審議会の結果が出れば、その通りの設置認可をするのが当然なんですけど……ただですね、設置審議会はすでに存在している設置基準や審査基準に照らして審査をすると。しかし、国家戦略特区で新設を認めらた理由は、また別のところにあるわけです。先ほど申し上げた国際競争力の評価とか、国際経済拠点の形成、そういう目的にかなっているのかどうか、ここは大学設置審議会は審査しません。

 それから、閣議決定されている4条件に照らして、条件を満たしているかどうかも、大学設置審議会が審査する観点ではありません。ここのところは改めて問われなければならない。大学設置審議会では審査できない部分であります。ここはもう一度、国家戦略特区諮問会議に、最終的な仕上がりの姿を見てもらって、これで特区で認めてもいいということになっているか確認してもらう必要があると私は思っている。

  •   私は、今回の再就職規制違反の発端になった吉田大輔・元高等教育局長の早稲田大学への再就職の経緯は、事務次官として人事課から報告を受けるまでは承知していなかった。また、その他の案件については、違法な事例があるとはその時点では承知していなかった。再就職等監視委員会の指摘を受け、違法行為が明るみに出て、その時点で私は違法行為の認識をしたわけで、知っていたのに是正しなかったというのは当たらない。

 

 

  •   私は事務次官の立場で、もっとできることもあったと、今の時点では反省している。一方で、何らかのアクションを私が起こしたとしても、結果は同じだったんじゃないかという気持ちもある。加担したという指摘は、ある意味、正しいと思います。11月9日に、国家戦略特区諮問会議が開かれ、そこで決定されることで、事実上今治加計学園獣医学部が作られることが決まったが、そこに至る経緯においては、1週間から10日くらい前からの時点では、文科省としてはですね、なんといいますか、敗戦処理的な、まあ、それを加担と言われれば加担なんですけれども、どうしたらつじつまが合うかたちにできるかという方向性をもって考えていた。それは、明らかになっている文書の中からもうかがえるところがあると思います。

 

 

  • --閣議決定の4条件では、大学を作りたい側が需要を証明することになっている。ところが諮問会議では、民間議員は「規制している文科省の側がその合理性を証明しなくてはいけない」と言っていた。挙証責任が逆転しているが、どちらに正当性があると思うか。

 私は、政府の中でどっちに挙証責任があるかという議論をするのは、実は不毛ではないかと思っている。協力しながらお互いが持っている情報を突き合わせて、どうするのが一番いいか考えるべきだと思っている。裁判のように挙証できなければ負けだとか、挙証責任を負わない方に正当性が推定されるという論の立て方自体が、ちょっとおかしいのではないかと思っている。

 たしかに、国家戦略特区の諮問会議、あるいはワーキンググループではそういう議論の仕方をされた。大学設置の認可基準という告示を持っているのは文科省だと、そして告示をもって医師・獣医師などの分野の学部新設を制限している、と。たしかにその通りだが、文科省として言えるのは、多額の投資が必要な人材養成の分野は、一定の計画性を持って人材養成すべきだという考え方。医師、獣医師、歯科医師、船舶職員、こういった特定の分野の人材養成は、それぞれ人材養成に6年かかり、初期投資が大きく必要だということもありますから、それぞれの国家資格を持っている役所、医師なら厚労省、獣医師なら農水省、船舶職員なら国交省。そういったところと協議しながら、将来的に人材需要が増えるのか減るのか、そういったことを考えながら、新設を認めるか認めないか、あるいは従来の学部の定員を増やすか減らすか、そういう検討をしながらやってきた。それがこの何十年のやり方なんですね。

 そのやり方で、文科省はおかしくないと思っていたし、獣医学部を作るということであれば、新たな獣医師のニーズがあることが明らかにならなくてはいけない。明らかになるということは、私ども文科省の立場で言えば、獣医師の国家資格を所管している農水省がやはりメインに立ってもらわなきゃいかんという気持ちを持っていた。そこを、農水省はいいんだと、文科省の規制なんだから、文科省が挙証しなければ規制緩和OKだという、単純な理屈を諮問会議のワーキンググループでは立てられたので。そういうルールで、文科省は挙証しなかったから負けと言われたので。それはちょっと乱暴な判断の仕方ではないかと思っています。

 

 

 

  •  --個人的な質問になるが、前川さんのご家庭で、特にお父上からのどういう教えが、胸の中にあるか。あるいは心に留めている教えは何か。

 私の六十何年かの人生を振り返って、人間形成に影響を与えた人はいろいろいるとは思う。父からの影響を考えると、少年時代から仏教には非常に関心を持っていた。私は大学時代、「仏教青年会」というものに入っていたのですが、仏教と言っても特定の宗派ではなく、仏教一般、特に原始仏教とか根本仏教とか言われるもの、またそこから派生する大乗仏教の中でも禅仏教ですね。そういうものには関心を持って、実際に座禅の修行をしたこともあるし、今でもお寺巡りが好きだ。仏教の学習を通じて学んだ、培った世界観、人生観は非常に大きい。それは父から受け継いだものが大きいと思っている。

 

  •  読売取材申し込み後に和泉補佐官からアプローチ

 

読売報道前、和泉氏側からアプローチがあった   読売新聞が取材したいという申し込みは、記事が出る前々日の5月20日からあった。5月21日にもより詳しい質問などが送られてきたが、対応しなかった。一方で、5月21日だけれども、より正確に記憶を呼び戻してみると、文科省の後輩に当たる某幹部から「和泉さんが話をしたいと言ったら、応じるつもりはありますか」というような言い方だったと思う。そういう言い方で打診があった。私は「ちょっと考えさせてくれ」とだけ返事してそのままにしておいた。私自身の中では、この二つのアプローチが、読売新聞と和泉さんの話に連動しているんだろうと意識はした。おそらく、想像ですけれども、嫌な報道をされたくなければ、言うことを聞けば抑えてやると。こういうことを言われるのではなかろうかと、想像だが、思った。

 

  •  --前川さんは現役職員の勇気を評価したいと言う一方で、義家(弘介)副文科相は文書の存在を証言した現役職員について国家公務員法違反にあたる可能性があるという認識を示した。これについてどうお考えか。

 

 善意に解釈すれば、義家副大臣文科省職員を萎縮させようという明確な意図を持っておっしゃったのではないと思っている。国会答弁も拝見すると、書かれた紙を読んでいたので、これは事務方が作ったペーパーをそのまま読んでしまったのではないか。守秘義務違反というのは、単に上司の許しを得ずに情報を出したからといって守秘義務違反になるのではないので、私が事務方であれば、ああいうペーパーは作らない。より秘匿性が高い、実質的に秘密として扱わなければならないものに限って、守秘義務違反の対象になる情報だと思うので、あの答弁自体が不正確だったと思っている。私は副大臣が意図的に職員を萎縮させようとしたものではないと信じたい。

 

  • 国民の権利や自由を制限、戦前回帰の危険性を感じる

 私は昭和30年生まれで、戦前の日本の社会や政治については、学校で勉強した、あるいは本で読んだ知識しかありませんが、その知識に照らして考えて、私も同様な感じを持っている。それは世界的にそういうことが起こっているような気がしまして、一国中心主義的なものが広がり、また、ナショナリズムが強まって、テロ対策というような名目で国民の権利や自由を制限するということが正当化され、内外に何らかの敵をつくることによって国民を統合していこうというような方向性とか、私は1930年代に近い状況が生じる危険性があるのではないか。必ずそうなるというのではないが、その危険性があると思っている。

 

 

  •   --昨秋、杉田和博官房副長官から(出会い系バーの出入りについて)注意を受けた際、写真を提示されたという情報があるが事実か。  そんなものはなかった。 ● --なぜ現職の時でなく、5月のタイミングで発言したのか。また、獣医師会の意向を受けて既得権益を守ろうとしたのは文科省ではないか。  それが非常に単純な図式と先ほども話した。「規制改革」対「岩盤規制」の勧善懲悪の話ではないということだ。私は規制改革に「絶対反対」といった覚えはない。きちんとした議論をした上での新設ならば、結構なことだと思う。ただ、そのときに特定の主体を排除し、特定の主体だけが恩恵を受けたのではないかということを問題視している。規制改革と岩盤規制というのは議論のすり替えと思っている。また、私は現職の時にもっと関与した方が良かったと思っているが、最後の政治的な判断は大臣がすることなので、結論は同じだったと思う。 ●-「平成30年4月開学とおしりを切っている」という記述がある文書の日時の2週間前に、萩生田さんは「その時期の開学は無理だ」と言っている。この2週間の間で内閣府に何が起きたのか。  これは私も分からない。まさに内閣府や官邸の当事者に説明してもらわないと分からない部分だ。あまり想像で話すことはできないが、萩生田副長官の発言がこの2週間で変わったことは事実だ。この時期に考えを固めたと見てとれるが、その理由は分からない。私の説明の能力を超えている。 ● --今回のケースは特殊なケースなのか。それともよくあるケースなのか。  おそらく古今東西、いつの世も、権力のもとで不正が行われることはあったと思う。100%清潔な政府はどこの国のどの時代にもなかったと思う。そうした不正な部分、ゆがんだ部分をいかに少なくするか、起こりにくくするかの知恵が必要だ。人類は長い歴史の中で、そうした知恵を少しずつ育んでいると思う。  学校で勉強する三権分立というのも権力を分けることで腐敗を防ぐことが目的と思う。現実には、さまざまな独立した機関を作ることで権力が集中しないようにしたり、チェック機能を働かせたりする仕掛けはある。 ● --菅義偉官房長官もなかなか今回の問題に関する質問に答えてくれないが、どういうふうに私たちメディアは戦うべきか。  「頑張ってください」としか言いようがない。重要な人物で一切、発言をしていない人としては加計孝太郎さん(加計学園理事長)がいるので、早くつかまえて(取材して)ほしいなと思う。 ● 官邸と文科省の関係はヘビとカエルみたいなものですから。ヘビににらまれたカエルは言いたいことを言えない。松野大臣をカエルと言うわけではないが、言える最大限のことを言っていると私は思います。その意味で100%ではないが、力の及ぶかぎりの100%と思っている。

 

 

  •  内閣府が進めている、特区における規制改革のプロセスに非常に問題があると思っていたわけで、それは文科省の中ではなく内閣府の中で起こっていたことだった。内閣府に対して文科省は言うべきことは言っていた。「アリバイ」と言われたらそうかもしれないが、「このままでいいのか」「正しい判断をしていないのではないか」という意見は言い続けていた。しかし押し切られて、11月9日の諮問会議の決定になってしまった。

 我々は「おかしい」という気持ちは持っていた。しかし最終的な責任は内閣府で、担当は山本幸三・地方創生担当相だが、その一番上の長は総理大臣。その責任で行われたことなので、内閣府に検証の場を設けなければならないと思う。

 

 

  • 「個人の尊厳 国民主権」に込めた思い 「自分だけの信念や良心を持ち続けて」

 --この会見前に恒例で一筆書いてもらった。「個人の尊厳 国民主権」とある。これについて聞きたい。

 私は38年間、国家公務員をしていて、やっとその身分から解放されて一私人になっている。仕事をする中で感じたのは「国家公務員が自分を捨てて仕事をしているのではないか」「滅私奉公のようなことをしているのではないか」ということだ。それはいけないのではないか。国家公務員の仕事をしているとはいえ、一人の人間として尊厳を持った存在ということを忘れないようにしなければならない。

 自分の信念、思想、信条、良心はきちんと自分自身だけのものとして持っていなければいけない。これが個人の尊厳ということを訴えた理由です。後輩の文科省職員に伝えたい言葉です。

 「国民主権」もそうです。国家公務員として、全体の奉仕者として仕事をする一方で、主権者の一人という国民の立場であるわけで、その立場でおかしいと思ったことは、何らかの形でこれはおかしいと言わなければならないのではないか。

いきなり内部告発して首を切られても、それで仕方ないとは私は思わない。そこは粘り強く、しなやかに、強靱(きょうじん)にやっていく必要があると思う。一人の個人であること、一人の国民であることを忘れないずに仕事をしてほしい。これは後輩の国家公務員に贈りたい。

 --今後はどう過ごすのか?

 これから考えます。天下りはしないと思います。ボランティアは楽しいのでいろいろしていきたい。

 

 

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