ソウルヨガ

主流秩序、DV,加害者プログラム、スピシン主義、フェミ、あれこれ

映画『サーミの血』

映画『サーミの血』(スウェーデンノルウェーデンマーク 2016年)を見た。なかなかよかった。A評価。

北欧の北、ラップランド地方でトナカイとともに暮らす先住民サーミ人は、長らく差別されてきた。1930年代のスウェーデンで、サーミ人は差別されていた。その時代に、そこで生まれ育った少女がどう生きていったか。彼女は差別に甘んじたくなかった。だがではどうするのか、何ができるのか。その必死の生き様が切ない。

監督・脚本がサーミ人の血を引くアマンダ・シュ-ネル。 f:id:hiroponkun:20170804192821j:plain

それにしても列島民族として見下す当時のスウェーデン人はひどい。学問と称して標本のような扱い。同じ人間とみていない。

だがそのありようは黒人を見下す白人と同じ。 部落民を見下す非部落民と同じ。 沖縄を切り捨てる本土人と同じ。 性的少数者を見ない多数派と同じ。

差別が強い中で、整形したり金儲けしたり、学力をつけたりして、のし上がろうとする人がいるのも、いつの時代も同じ。 名誉白人になろうとする黒人はいた。 部落出身であることを隠して生きている人もいた。 内面・内心から黒人であることや部落民であることを恥じる人さえいた。少なくとも、皆の前ではそうふるまうことで自分を守る人もいた。

厳しい現実の前で、そういう選択をした人たちがいたように、当時のスウェーデンでも、サーミ人であることを隠して生きる人もいた。サーミ人は馬鹿だと自らいう人もいた。

そして少なからぬ人がみずからのサーミ語を捨ててスウェーデン人になってったのだ。 捨てさせられたともいえる。 国は同化政策を進めた。サーミ人を集めて、サーミ語を使わせず、スウェーデン人としての教養を注入した。ただし、劣等民族だからとして高等教育には優秀でも進学させなかった。動物を扱うように、スウェーデン人の先生は生徒をあつかった。

アイヌ民族、沖縄民族に日本人がしてきたように。 侵略占領した植民地で日本語教育をして日本の名前に変えさせたように。 ゲイやトランスの人に、「普通」「ストレート」「異性愛」になるように強制した様に。

トナカイと暮らす少女は自分の名前を捨てて、クリスティーナという名で都会に出て生き抜く道を選んだ。親や姉妹、故郷を捨てて。 f:id:hiroponkun:20170804192913j:plain

この物語は、ありのままの自分を誇るのではなく、自分を押し殺して生きていく、という話だ。 それは主流秩序に合わせて生きていくということ。

女性の中には、自分はフェミニストだと公言して生きるのではなく、 ジェンダー秩序にあわせて「私はフェミニストではないです」といって世の中に媚びていくひとがいる。むしろ多数だ。 そのように、生き延び方は主流秩序と戦わずに生きるという道がある。

だが、主流秩序と戦うとか外れる道もあるのだ。

だが当時の北欧において、主流秩序と戦う道など、幼い少女にはわからなかった。ただやみくもに走るしかなかった。その愚かな、むちゃな、挑戦には心が痛む。金も人脈も知識も経験も年齢も学歴も何もかもがない。ただ、この故郷を離れるしかない。細い細い糸にすがるしかなかった。

ぎりぎりで手を伸ばしたのが、ダンス場で出会ったスウェーデン人の青年。 だがその親は「サーミ人にかかわるな」という。一瞬、サーミ人という枠を超えかけた青年は、簡単に主流秩序に負けて彼女の手を離す。

絶望。それでも主人公は故郷で身の丈(差別されるサーミ人、おとなしく下を向いて目立たないように生きる)に合った生き方をしていこうという、ある種の主流秩序に合わせる道を選ばない。

また故郷でも、差別をなくしていく活動という、自分の誇りを捨てずに、主流秩序に対抗するみちも困難ながらあるのだがそれも選ばない。そんな高度な道が彼女には見えなかった。 ただお父さんの遺品である銀のベルトという唯一の財産を使って都会に出ていくことしか考えられなかった。

それにしいても当時のスウェーデン人は学問(人類学)という名で観察物としてサーミ人にひどいことをしていた。強制的に骨格のサイズを測り、裸にして写真を撮る。なぜそれをするのかという質問を無視して。

今でもそうした差別視点は標本採集という視点とか参与観察とか、あらゆるところに残っている。

1930年代のサーミ人の物語は、今の社会の私たちの、主流秩序へのスタンスを私たちに問いかける。 クリスティーナはある意味負けたが、挑戦はした。ただ田舎で下を向いたままではいたくなかった。よく頑張ったと思う。 そして最後に、妹に許しを請う。

それも人生だ。 私たちはその上に生きていかねばならない。

クリスティーナと同じ負けを繰り返さないように、生きられるなら生きていきましょう。

●この映画は、関東では9月16日からアップリンク渋谷などで、 関西では9月23日からテアトル梅田で上映予定です。