ソウルヨガ

主流秩序、DV,加害者プログラム、スピシン主義、フェミ、あれこれ

映画 『沈黙』  いまこそ見るべき映画


パク・スナム監督「沈黙」(2017年、117分版)をみた。 元慰安婦の戦い、存在の仕方を描いたドキュメンタリー映画だ。 絶対に皆が見る価値のあるドキュメント作品だ。 12月2日から渋谷アップリンクで上映される。

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ネットでは、「従軍慰安婦問題は朝日新聞の捏造記事が発端」、 「<性奴隷><数十万(人)><捕らわれのまま亡くなった>など、全く証拠もない虚言に過ぎない」 「朝日新聞は捏造を認め、謝罪した」 「ありもしない日本の人権侵害」 といった言説が飛び交っている

(ここで引用したのは「田中ねぃ」という人物の「みずからの捏造報道を棚に上げて『米の慰安婦像を認めよ』と言う朝日新聞の罪悪」2017/11/26 12:00 デイリーニュースオンラインの中の言葉) 。

つまり、いつの間にか、朝日新聞やほかの新聞が吉田証言を使っていたこと自体を取り消したことを、「慰安婦問題全体がなかった、慰安婦問題全体がねつ造だった」というように完全にすり替わった言説がまかり通っている。

少しでもまともに勉強すればその間違いが分かるが、ネットには無知な素人の完全に間違った意見が幅をきかせている。 それを読んで、無知で少し右翼的な考えの人たちが、産経新聞や右翼雑誌の受け売りだけのネット記事を信じて拡大再生産している状態。マスメディアもそれを取り上げ、今やメディア全体が慰安婦問題では真実を言わないようなおかしな状況になっている。

これはトランプのあまりにおかしな嘘情報を信じるトランプ支持者があふれている状態と同じ、異常な状態になっているということ。危険なポピュリズムの状態だ。

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そんな中、真実を記録した映画ができあがった。それが「沈黙」である。元慰安婦の人たちの証言を聞いたことがないひとたちは、まずそれを聞くべきだ。 この映画では、慰安婦の人たちの本気の声が一部ではあるが見ることができる。

まずそれをみて、「意に反して慰安所につれてこられ強制的に兵士たちの性欲処理に利用され逃げることもできなかったという性奴隷にされたという事実」 を認めるべきだ。

本、判決、研究、報道、ドキュメンタリーや映画(注)などでも慰安婦制度の実態があきらかにされているが、そういうものをまったく一冊もよまずに、馬鹿な間違ったことをかいている「素人」ばかりだ。そんな輩はまずは、知ったかぶりで話したり書いたりするのをやめて、まずは謙虚に勉強すべきだ。元慰安婦の人たちの証言を聞くべきだ。

注:たとえば、『鬼郷』 『ガイサンシーとその姉妹たち』『オレの心は負けてない  在日朝鮮人慰安婦」宋新道(ソンシンド)のたたかい』  『“記憶”と生きる』 『日本鬼子 リーベンクイズ』 などなど

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この映画の特徴と意義は、

第1に、1995年のアジア平和国民基金の策動に当時の慰安婦たちがどう、どれほど反対していたか、その熱気、論理、運動の一部がわかる点だ。日本では当時の運動を知らない人が多く、アジア平和国民基金への反対がどのようなものであったか、当時から/そして今も理解されないことが多く、マスメディアやインテリは国民基金の策動に加担したものが多かった。近年でも、当時のことを忘れて「結果から見て国民基金は正しかった」といってしまう有名なフェミニストが出てしまうような状況である。 その時、「挺対協」系および(とくに)「従軍慰安婦被害者の会」系の人たちが激烈に国民基金を批判していたことを思い出させる(教える)点でこの映画には記録を残した価値がある。右翼側の歴史修正主義だけでなく、「リベラル、中道、人権派フェミニスト」系による「国民基金美化という歴史修正主義」もあるので、それへの批判としての事実の記録といえる。

またこうした運動に対して日本政府、首相、政治家・官僚たちがいかに冷たい対応をとったかも記録されている。そうした行動をとったことを恥と感じる感性があれば、映っている人は自分を恥じることになろう。またその家族も真摯に「加害者となったもの」に対して何かしら言っていく責任があろう。

第2に、「挺対協」の運動とは一線をかくしていた、「従軍慰安婦被害者の会」の活動が示されたところにこの映画の特異な意義がある。日本での政府・首相に対しての座り込みなどの活動、アジア平和国民基金に抗議に言った活動をしていたことが記録されている。それを生々しく見ることができるる点がほかの映画などにはない点で、この問題に詳しいひともみておくべきものだいえよう。(私はちゃんとは知らなかった)

「100年200年生きて、幽霊や鬼神になっても日本国に対して責任を追及し続ける」というその気迫を記録したことには意義がある。

第3に、1991年の金学順(キムハクスン)さんのカミングアウトと日本政府への提訴があったが、その前に沖縄で自分は慰安婦だったとカミングアウトしていたペ・ホンギさんがいたこと、その発言を記録し示した点にある。(これはすでにパク・スナム監督によって映画と本で伝えられていたが私は知らなかったし多くの人も知らなかったと思われるので、意義がある)

第4に、「挺対協」が「従軍慰安婦被害者の会」の人に対して、妨害的な態度をとっていたこと、国民基金の見舞金を受け取った7人に対して「自ら公娼になった」と非難したことが示された点である。「挺対協」がおこなってきたことには意義があるし、労働運動でピケ破りしたものに対して怒りを爆発させることがあったように、、社会運動では、しばしば路線の対立の中で激烈な対立が起こるから、理解できる点はある。 怒るほうの気持ちもわかるが、ケン・ローチの映画でも温かい目で見られているように、様々な時事上の中でスト破りにかかわるものもいる。

国民基金見舞金受け取りはストやぶりとは別の性質の問題だが、運動の路線上において、仲間を激烈な言葉で非難するという点で共通性があるし、そのことの問題点は、いまなら冷静に言える面があると思う。

しかも「従軍慰安婦被害者の会」の活動は、けっして妥協しすぎていたとか、敗北したとか、懐柔されたというようなものでないことは、この映画で短刀を懐に入れて交渉に行ったそのゲキレツさや国民基金への批判性、天皇制への批判性、求めていたことが日本政府の公式謝罪と賠償(補償)であったことなどを見ても明らかだ。

そのような「闘う仲間」を裏切り者としてしまったこと、日本で「挺対協」とつながっていた「社会党」などの日本側の運動支援者が、日本にきた「従軍慰安婦被害者の会」の慰安婦たちを支援しなかったことにも問題があったといえよう。

それと一体だが、「従軍慰安婦被害者の会」に寄り添っていたパク・スナム監督を、韓国の運動側が「民族反逆者」というレッテルを張って排除したことも問題であった。

さらに「挺対協」の批判の仕方に、「公娼となった」という表現があったことは、運動反対側側が「慰安婦は金をもらって商売していた公娼に過ぎない」と批判していたことを受けたものという面はありつつも、「公娼=セックスワーカー」への差別、蔑視、女性の分断という重大な問題をはらんでいた。時代の制約も一定あるがそれで済ませるわけにはいかない。

以上の意味で、映画『沈黙』は、運動側の問題点を記録したこと、それを乗り越える未来を考えさせ作品であるる点で意義がある。運動に路線の違いがあることは多いが、大局的に見てだれが主たる敵かを考えることは重要な視点である。「挺対協」と連携しつつも、より統合的な運動になっていくべきという提起と受け止められる。

第5に、2015年の「日韓合意」が「当事者=元慰安婦」不在の反動的なものであることを改めて示した点にある。

第6に、(これは映画パンフレットの中で尹明淑氏が指摘していたことだが)、「従軍慰安婦被害者の会」の運動において、天皇に対する責任追及がなされていたことを示している点である。2000年の「国際戦犯法廷」では天皇に対する責任追及もなされたが、そうであるがゆえに、その報道に政治介入がなされてNHK番組は無残にも改ざんされた。慰安婦支援の運動においても、天皇の責任には触れないものも多い。たとえば国民基金などは完全にそこを無視するだろう。だが戦争当時、天皇万歳、何事も天皇がらみで位置づけられ教育されていた事実からは、その天皇の責任を慰安婦が問うのは自然であることが示された。バックラッシュ、右傾化の中でこの点に触れない物が多い(タブー化される)中、映画『沈黙』はそのタブーにも触れている点で意義がある。

第7に、最後に、最大の意義を再確認しておきたい。

それはこの映画の登場人物たちであるそれぞれの元慰安婦の人が、自分の体験を《たましい》の声でしぼりだして語ったことが映像として記録されていることである。それを聞いて、それでも「慰安婦問題などでっちあげだ」「日本(軍)はかかわっていなかった」「強制性はなく、慰安婦は売春婦で金もうけのために自分で選んでしていた(だから性奴隷ではない)」と言えるん人はいまい。ちゃんと聞けばの話だが。

最初に述べたように、「意に反して慰安所につれてこられ強制的に兵士たちの性欲処理に利用され逃げることもできなかったという性奴隷にされたという事実」 というようにみるべきだ。

多くの当事者が語っているように騙されて連れてこられた。いやいややるしかなかった。抵抗して殺されたものもいた。地獄のような状況だった。 勝手に狭義の強制性に限定して議論をごまかして、結局、慰安婦制度全体を否定するというような大衆だましのことをいつまでもするのは犯罪でしかない。 あらためて、一人一人の証言を聞いてそう思える映画である。歴史を直視しよう、当事者の戦いに耳を傾けよう、そういう原則が貫かれた映画である。

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分かりにくい人がいると思うので3つの立場ということでザクっとまとめると(十分に正確ではない)

1995年の国民基金・見舞金や 2015年日韓合意による支援事業としての一人当たり1000万円支給に対して韓国のなかにも、元慰安婦の人たちの中にも、3つの立場がある。

1: 「挺対協」に代表される、原則的な、基金の見舞金を完全拒否する路線、

2; 11の路線と一線を画する、「従軍慰安婦被害者の会」の路線、つまり国民基金や日韓合意には反対するが、当事者主体であるがゆえに見舞金・支給金を受け取ることも批判しない立場、

3: 運動にあまりかかわらず、国民基金・見舞金や日韓合意支給金を受け取る立場

の3つがあり、この映画は今まで知られていなかった2番目の立場を見せたということ。

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なお、大阪でこの「沈黙」を見に行ったときに、「未来のための歴史パネル展」(みれぱ)が併設されていた。そのパネル展の図録が『ミレパ ガイドブック 2016』で、売っていたので買った。

わかりやすくQ&A形式で慰安婦問題などに答えている。

この程度の基礎知識をほとんどの人が持っていない日本の現状。なげかわしい。 「慰安婦問題など朝日新聞のねつ造だ」なんて無茶苦茶な言い分を言う人が増えているこの嘆かわしい状況。 私も微力ながら伝えていくが、「みれぱ」のような情報が広がることを心から望んでいる。

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私のブログで慰安婦関連のことは時々書いてますが、最近力を入れたものとしては以下のものがあります。

2017-03-17 NHK・クローズアップ現代+「“少女像”問題」のひどさを確認するーーその1 (全4回) http://hiroponkun.hatenablog.com/entry/2017/03/17/234158

2017-03-18 NHK・クローズアップ現代+「“少女像”問題」のひどさを確認するーーその3

2017-03-17 NHK・クローズアップ現代+「“少女像”問題」のひどさを確認するーーその2

2016-11-12 慰安婦問題のドキュメンタリー映画『沈黙』 クラウドファンディング http://hiroponkun.hatenablog.com/entry/2016/11/12/024028