ソウルヨガ

主流秩序、DV,スピシン主義、フェミ、あれこれ

セクハラを目撃した時にできること

 

以下の2つの記事を偶然目にした。

 

●コップを倒すだけでも大丈夫。セクハラを目撃した時にできる「3つのD」とは

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180608-00010000-bfj-soci


●セクハラ、もう見て見ぬ振りをしたくない。誰にでもできる3つのこと

https://www.buzzfeed.com/jp/saoriibuki/sexual-consent-handbook?utm_term=.pvWn2VX0zd#.ctqvqnwoyW

 


いずれもその内容はいいものと思うが、できることとして紹介しているセクハラを目撃した時にできる「3つのD」というのが狭いなと思ったので、先ほどのブログ記事関連でここに少し書いておく。

 

 

『主流秩序にいかに囚われているか―――学生たちの実態と本音、そして少しの突破』(電子書籍、2016年3月発行)に紹介したように、カツアゲとかセクハラとか、何か問題を目撃したときにできることはたくさんある。

 

「カツアゲ目撃」で書いたのは以下のような事であった。


直接節介入以外の間接介入のいろいろ

 

間接介入とは、自分は直接介入しないが他の人の力を動員することで介入するというものである。この間接介入にはいろいろあり、これをすることは現実的に可能である(一種の「社会化する対応」という言い方もできる)。これをして逃げるのも「一歩前に行ってから逃げる」の一つといえる。
間接介入の例
A:自分で救援を頼みにいく。(警察、駅員などに)走っていく、電話する。
B:近くの人に言う。近くの人を見つける。その人にAを頼む。分業する。
C:非常ベルを鳴らす
D:大声を出す。遠くから「誰か助けてくださーい」「どうしたんだー」「大丈夫かー」「やめろ」「警察来るぞー」「警察を呼んで―」と叫ぶ、等
E:写真を撮る、録音する、映像を撮る。
F:(犯人たちが逃げる時に)追いかける、どこに行くかをみておく、逃げる車[種類、色、ナンバー]を見る、写真を撮る、特徴を覚えるなど
G:周りの人を集め、その人たちと一緒になって近づく
H:注意をそらす。たとえば「どうしたんですかー」とのん気な感じで聞く。ただ近づく、間に入る、唄を歌う、大声で笑う、こんにちわーというなど。何かを投げて注意をそらす手もある。


これを使って「セクハラを見たとき」のことを書けば

 

直接介入 「今のはセクハラです」と言ってその場でセクハラ行為をした人に言う。すぐに止める。謝らせる。
すぐに録音し、証拠をとりましたという、など。

 

 

間接介入の例 目の前でセクハラ的行為がある、あったという場合

 

●自分で誰かセクハラ対応力がある人を探して、相談し、そのひとにセクハラ対応をしてもらう。引き継ぐ。


●セクハラ被害者の相談に乗る。一緒に記録を作る。そして一緒に相談先に行く。(職場関係の場合、コミュニティユニオンが一番実践的でよい)場合によっては、信頼できる人、警察、行政関係、弁護士などに一緒に相談にいく労働局とかはそのあとの一つの選択肢。


●被害者の希望で、気持ちを聞くだけで終わる場合もある。その場合も共感的に聴く。被害者とともに、その人なりの解決策を一緒に考える。

 


●次回同じ様なシチュエーションの時に何をなしうるかを被害者と一緒に考えたり、相談いいって聞いて決めていく。

●近くの人に小さな声で「これってセクハラだよね」と言う。
●近くの人に、「誰か呼んできて」と言ってしっかりした人、頼りになる人を呼んできてもらう。あるいは自分で呼びに行く。


●誰か証人になるとか、目撃者を増やすように、ほかの人を呼んでくる。

 


:●証拠を残す。ひっそりと録音する/映像を撮る。メモをとる。


●その場を離れた後すぐに、記憶でセクハラ状況のメモを作る。

 


●周りの人と一緒に、少しセクハラ状況を変えるように、正面からセクハラだと批判するのではなく、ずらす、ごまかす、冗談のように「奥さんがしっとしますよ」とか「ちょっとやりすぎですよー」とか「それをぼくがやったらなぐられますよー」とかへらへらという。

 


●何かを別の話を被害者あるいは加害者にはなしかけて、セクハラ状況を変える。加害者と被害者の間に物理的に入っていく。そしてお酒くださーいとか、まったく違う話をするとか、急に歌いだすとか、意表を突いた行動をとる。その中に、加害者にお酒をつぐとか、コーヒーいれるとか、お酒をこぼして素っ頓狂な声で謝るとか、テレビをつけるとか、サッカーの話をしだすとかトイレに誘うとか、もある。

 


●そっと電話をして、どうしたらいいか誰かに相談する。


●「不愉快なので帰ります」という。


●あるいはそこまで言えないので「あの、ちょっと、なんかしんどい感じなので、帰りますけど、●さんも帰りません?」という


●その場にいる人(加害者や被害者含む)に聞こえるように、「違うかもしれないけど、これってビミョーにセクハラっぽいような感じもしますけど・・・ね違うとは思うんですけど。。私、そのあたり詳しい人を知っているので、相談してみようと思うんですけど。会社の人事にも聞いてみようかな」という。


●「さあさあ、仕事しましょう」「さあさあ、食べましょう、乾杯しましょう」という。

 

 

などなどいろいろある。ケースごとにできることはいろいろあると思う。

 

というようなことで、上記記事の「3つのD」というだけではないなと思いました。

 

この話、主流秩序にどうむかうかという大きな話の一部です。

 

日本の教育で足りないのは、権利を守るために戦う主体になるための「身を守るノウハウ教育」です。ユニオンに入って交渉するということを教えない、証拠を残すということを教えない、相談するということの重要さを教えないのが大問題です。