ドイツ紙「首相自身の言葉でおわび言わず」 安倍談話
ベルリン=玉川透
朝日2015年8月15日10時20分
安倍晋三首相が14日発表した戦後70年の首相談話について、第2次大戦中のナチスの過去と向き合ってきたドイツの主要紙は、緊張が高まる近隣諸国への配慮や与党内の圧力を受け、歴代首相の言葉を踏襲したなどと分析した。
フランクフルター・アルゲマイネ紙(14日付、電子版)は、「謝罪――しかし疑心は残る」との見出しで、安倍首相が近隣諸国の不快を和らげるため歴代首相の謝罪の言葉などを盛り込んだが、「首相自身の言葉でおわびは言わなかった」と指摘した。「日露戦争がアジアやアフリカの人々を勇気づけた」との箇所については、「侵略がどのような行為か歴史家の議論にゆだねた」と解説した。
一方、南ドイツ新聞(同)は「安倍首相は圧力に対して頭を下げた」との見出しを掲げ、「首相が半年前は侵略や謝罪について話すつもりはなかったが、与党内や歴代首相、多くの国民からの圧力に屈した」と分析。ただし、「首相自身の見解を変えたわけではない」などと伝えた。(ベルリン=玉川透)
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中韓、批判は抑制的 安倍談話
2015年8月16日05時00分
安倍談話をめぐり、米国は内容を評価する姿勢を示し、中国や韓国も、対日関係を考慮して批判は抑制的だ。こうした反応を受け、安倍政権は今後の各国の動向を見極めようとしている。一方、各国の主要メディアの報道は、談話に対する厳しい論調が目立つ。
■中国、強い表現避ける
中国外務省は14日深夜、木寺昌人駐中国大使を呼んで「厳正な立場」を伝えた。その上で華春瑩副報道局長名のコメントを出し、「戦争責任の明確な説明と誠意ある謝罪」を求める一方、「強烈な不満」などの強い批判の言葉は使わず、日中関係全体に影響を与えないよう抑制的な反応を見せた。関係筋によると、同省幹部は「対応が難しい」と困惑していたという。
習近平(シーチンピン)指導部は昨秋の日中首脳会談を機に「コントロールしながら各分野での協力関係を積み重ねる」(李克強〈リーコーチアン〉首相)方針を決定。2012年の尖閣国有化以来となるハイレベル政治対話も復活させ、9月3日の「抗日戦争勝利記念日」に安倍晋三首相を招く意向を示した。談話を強く批判すれば、指導部の対日政策と矛盾していると取られかねず、指導部の求心力低下につながるとの懸念がある。談話でおわびなどを明記したことで「『譲歩』を見せた」(共産党関係者)との見方もあり、中国は安倍首相の言動を注視しつつ、日中関係を前進させる構えだ。(北京=倉重奈苗)
■韓国、関係改善へ苦心
「残念な部分が少なくない」。韓国の朴槿恵(パククネ)大統領は15日午前、日本の植民地支配からの解放を祝う「光復節」の演説で安倍談話をこう評した。一方で、歴代内閣の立場は今後も揺るぎないとしたことに「注目する」とも述べた。
韓国政府は安倍談話の評価に苦心した。村山談話などにあった「植民地支配」などのキーワードは入っているものの、間接的な表現が目立ち、満足できる内容ではない。だが、「関係を壊すほどのものではない」(韓国政府関係者)と判断し、慰安婦問題の早期解決を含め日本に「誠意ある行動」を求めつつ、批判を抑えて関係改善の機運を維持する道を選んだ。
朴大統領は10月、日韓関係の改善を促し続けてきた米国への訪問を控える。任期の折り返しを迎え、新たな外交成果も求められている。韓国政府関係者は「今後の日本政府の具体的な行動を見守るが、日中韓首脳会談を今年中に開き、その際に初の日韓首脳会談を目指す方針に変わりはない」と話した。(ソウル=貝瀬秋彦)
■米、「談話継承」と評価
米国は安倍談話について「痛切な反省と歴史に関する日本政府の過去の談話を継承するとの約束を安倍首相が表明したことを歓迎する」との声明を出し、評価する姿勢を鮮明にした。
米国は首相の靖国参拝や歴史認識で日韓関係が悪化すれば、中国や北朝鮮を利することになり、米の外交戦略を狂わせかねないと警戒し、日韓双方に関係改善を促してきた。4月の首相訪米の際は、日本の首相として初めて米上下両院合同会議で演説する晴れ舞台を用意し、日米首脳会談でも戦後70年を振り返り、未来志向の外交で日米が共同歩調をとる方針を確認した。談話に関し、東アジア外交の専門家で米マンスフィールド財団のフランク・ジャヌージ理事長は「日本の隣国が期待した最低条件を満たすものだ」としつつ、「完全な和解のためには安倍政権が追求すべきさらなる具体的行動が必要だ」と指摘。一方で「中韓も言葉と行動による和解のプロセスに参加する必要がある」と述べた。米政権は談話を機に中韓の対日姿勢の変化にも期待する。(ワシントン=佐藤武嗣)
■首相、国内外の反応注視 日中会談「重ねたい」
従来の主張を抑え、バランス重視の談話をまとめた安倍首相は、国内外からの反応に注目している。岸田文雄外相は談話発表直後から、談話のねらいや首相の考えを伝えるため、豪州、フランス、韓国、英国の外相と電話で会談。15日には首相公邸に首相を訪ね、各国の反応を伝えた。政府関係者は「北京からもソウルからも、比較的に抑制されたメッセージが出てきた。激しい反発はなかったので、全体的にみれば前向きに動いていくのではないか」と期待する。
今回の談話には、特に中国に対する配慮がにじむ。「中国に置き去りにされた3千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた」など、終戦直後の中国人の対応に感謝する表現をわざわざ盛り込んだ。
首相は、中国が9月3日に開く「抗日戦争勝利式典」の前後に訪中し、習近平(シーチンピン)国家主席との首脳会談に臨むことを検討している。安全保障関連法案などの影響で内閣支持率が低下する中、日中関係の改善は政権にとって数少ないプラス材料だ。14日夜、首相はNHK番組で「(習氏とは)今まで2回首脳会談ができた。3回、4回と重ねていきたい」と意欲をみせた。
バランスに配慮したことで周辺外交への影響は抑えられたが、あまりの妥協は中国や韓国に強硬姿勢をとる保守層の離反を招きかねないとの懸念が政権中枢にはあった。だが、首相支持層はバランスとは別の理由で談話を評価する。
「国の名誉を守る政治」を目指す日本会議などは15日、安倍談話が「先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と記した部分について、「日本が謝罪の歴史に終止符をうち未来志向に立つことを世界に対して発信したことを高く評価したい」との声明を出した。
15日、靖国神社で日本会議などは戦没者追悼集会を開催。大勢の参加者が見守る中、あいさつに立った自民党の稲田朋美政調会長が「大変意義のある談話だった。未来永劫(みらいえいごう)、謝り続けるのは違うのではないか」と訴えると、大きな拍手が起きた。(冨名腰隆)
■「自らの謝罪、示さず」「おわび続けぬ、暗示」 欧米メディア、厳しい論調
安倍首相の談話に対しては、イギリスやフィリピン政府も歓迎する立場を示した。ただ外国メディアには、安倍首相が「おわび」に慎重な姿勢だと指摘する論調も目立った。
多くのメディアが指摘したのが、「おわび」が歴代内閣の立場を引用する形になった点だ。米ニューヨーク・タイムズ紙は、歴代内閣の謝罪を首相が是認したと報じつつ、「安倍氏自身の新たな謝罪は示さなかった」と指摘。米ワシントン・ポスト紙は「歴代首相の『おわび』を明確に繰り返すことを避けた」と報じた。
この「おわび」への言及ぶりと、「先の世代に謝罪を続ける宿命を負わせてはならない」という言葉を合わせて、謝罪に終止符を打とうとしているという分析も目立った。英フィナンシャル・タイムズ紙は「国家が永遠に謝罪を続けるつもりはないということを自らの支持基盤である右派に暗示した」と報道した。
独フランクフルター・アルゲマイネ紙は「近隣諸国の不快を和らげるために様々なキーワードを使ったが、一方でナショナリストのことも納得させようとした」と分析した。(ロンドン=渡辺志帆、ベルリン=玉川透)
■<考論>「アジアに勇気」容認できぬ 韓国・国民大、李元徳(イウォンドク)教授(韓日関係論)
談話は、首相個人の後ろ向きな歴史認識に比べると前向きだと評価することもできる。
ただ、韓国を軽視していると言わざるを得ない。日露戦争がアジアの民族に勇気を与えたという我田引水的な記述は、韓国人としては容認できない。特に植民地支配とは永遠に決別するという一般論を掲げながらも、日本自らが行った朝鮮半島の植民地化の過程や過酷な統治については触れていない。
それでも朴槿恵(パククネ)大統領は15日の演説で、安倍首相が歴代内閣の歴史認識はこれからも揺らぐことはないと国際社会に明らかにした点を、悩みながらも積極的に評価した。
今年中に韓中日首脳会談を韓国で開催し、その中で、安倍首相との首脳会談を実現させて悪化した韓日関係を改善させようとする朴大統領の意志が演説に盛り込まれていると解釈できる。(聞き手・東岡徹)