「ひよっこ」交錯する3つどもえの想い
脚本の 岡田惠和がいいバランスで人間を描いていると何度も書いてきたが、今回も、なかなかだった。
谷田部みね子(有村)の母・美代子(木村佳乃)が、行方不明だった父・実(沢村一樹)とくらしてきた女優 川本世津子(菅野美穂)にお礼を言いつつも、途中から本音でなじりはじめる。どうしてもっとはやく警察に言ってくれなかったのかと。残された家族の苦し思いを想像できるかと。
それを黙って聞いている実と川本。川本はすみませんと謝る。このままでいたかったからと、自分の責任にしつつ、愛していた本音を少し語る。
通常の多くの脚本家なら、川本がもっと居直ったり怒ったりする展開にするだろう。実さんが警察に自ら行きたがらなかった、自分の過去を調べようとしなかった、彼が自分の遺志で暮らしていたのだと。またこの2年半でもう私たちは雨男と私という新しい人物の間で愛し合い、今は別の人生を歩んでいるのだと。 だからエゴかもしれないが、彼を渡したくないとか、実さんの気持ちで決めるべきだとか、すがったり泣いたりわめくこともできただろう。
だが川本はそうはしなかった。飲み込んで身を引いた。
妻。美代子は、夫=実の気持ちを聞かなかった。聞くのが怖かった。川本と夫の二人が愛し合ってりと知るのが怖かった。だから有無を言わさず連れて帰ると決めつけた。家族の写真を見せ攻撃的に結論を導いた。それは怖かったからだ。必死だった。自分と家族を守るために、力づくで連れて帰る覚悟だった。夫の思いを封殺した。
その二人の思いがあったので、記憶を失った雨男=実は迷いつつも、自分の気持ちではなく、つまり川本との暮らしを選ぶのではなく、田舎に帰ることを選ぶ。川本がそれを望んでいるからだし、妻や子供や親のことを思うと責任を取らないといけないと思うからだ。戸惑いつつ、選んで、妻についていく。 ここも、別の脚本家ならこの男にもっと抵抗させるだろう。悪いけれど今の生活を選びたいとか、記憶のないところに戻るのが嫌だとか、もう無理だとか、いろいろあるだろう。
だがそうではない。
川本も実も、相手をおもやる力のある人だ。そういう人たちのレベルで3者の関係を描いたから、岡田の脚本は見ていられる。
総理夫妻をはじめとして皆が平気でうそをいって政治や仕事をし、松居一代や豊田議員のように攻撃的暴力をふるい、元スピードの今井議員と橋本市議の愛し合い方が現実のレベルであるなかで、 「ひよっこ」の3者の思いの深さとせつなさには、安堵できる。
誰に自分を重ねるかだが、私の好みは川本世津子が一番で、2番目が実、3番目が妻美代子だ。この順序は人によって違うだろう。