ソウルヨガ

主流秩序、DV,スピシン主義、フェミ、あれこれ

精神科医・森川すいめいさんの話を聞いて

NHK「 活動の原点にある“壮絶な生い立ち”~精神科医・森川すいめい~」(『こころの時代』2020年5月31日放送放送)をみた。

ガタロさんの番組を見た時以来の深いものを受け取った。僕は遠く及ばないが、この人がたぐい稀な“まともなひと”であるということはわかる。

 

以下は、内容を自分なりにまとめながら感想を書く。

 

最初は、野宿者支援をしている、いつもの活動紹介という程度にみていた。優しい語りだな、顔つきに影があるけど、深く優しい人だろうとは思ったが、それ以上ではなかった。知っているという程度の思いで見ていたが、途中からぐっと深くなった。

 

ん? この人の深さは何だ? どこまでの深さなのか。足がつかない深さだということが分かり引き込まれ、たたずまいをただした。

 

すいめいさんは、自分の過去を語り始め、それと並行して自分の生き方、学び、医者として武器を持つ思想そのものを見直すレベルでの科亜変わり方を語るのをみた。

いくら酒を飲んでも酔わないような別次元の意識レベルへ引き込まれた。

 

彼の言葉の選び方、声の出し方、間合い、声量、その総合は、ガタロさんのように本物だった。たましいのレベルが深かった。

 

彼は言う。「偉い人になろうとした。支配されないために。絶対的な力をもとうとした」

子どものころDV/虐待の家庭に育ち、大学生になってもその暴君の支配に立ち向かえなかった。

母の終末にも悔いを残した。

猛勉強して医学部に行き、医者という肩書、専門能力、治療の技術・技法という鎧を身に着けて、生きなおそうとした。それは、弱者が主流秩序の中で上昇する「生き延び生きなおす道」だった。

それが悪いわけではない。それだけでも「そこそこいい医者」になれるだろう。野宿者など弱者を助けるいい医者になれただろうし、なっていた。

だがすいめいさんは、進み続ける。野宿者との出会い、話を聞き続けてバケツに水が溜まっていった。そこに東北の大震災。その被災者支援にむかう中で一段深く自分に向き合い傷つき、自分の限界にぶち当たり、そこから這い出すために、オープンダイアローグ的なものとも格闘し、自分の鎧と心の奥底のふたをはがしていく。

それを伝えるとき、それは深い哲学や思想の語りとなる。結論は、言葉では届かない領域。

だから、このレベルに到達する人は少ない。分からない人がほとんど。

 

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儒者支援という夜回りをしはじめて、多くの人と出会い変化していく。虐待家庭に育ち、どうしたらいいかが見えていない中で、「誰かの役に立つ」というはじめて経験から何かを見つける。だが最初のそのレベル(質的段階)は、人権派的な活動家などのレベル。

まず彼は、社会的弱者に耳を傾け支援する中で「生きてるなー」と感じた。もともと鍼灸の大学に行っていたこともあり、野宿者へのマッサージをする、からだをさわるから、だんだん気持ちが近くなる。

まずこの「体をさわる」、そして気持ちが近くなるというのが、変化の第一歩。一段深い。専門というレベルでとどまる学者や専門家、医者は多いが、「さわり、気持ちを近づける」ような専門家は、ぐっと減る。

 

すいめいさんは、かかわりを続ける。この「続けること、経験する数が増えること」、それによって質的な変化にいたる。針やマッサージの治療から、「話を聞く」ようになる。りんごからこどものころのはなしをしてくれたひと。人生を語る時間に同伴する経験。

 

さらに、野宿している人が、なぜできあいの行政の支援に適合しないのか。逃げたりするのか。応じたりしないのか。

集団生活がダメというが、その理由が最初は不明。よくきくとウォシュレットがいるという。なぜか。そのホームレスのひとは痔だった。しかも知的障害が影響してうまくふけない、という特徴も持っていた。すると施設などで下着を汚したり迷惑かけたりしてやっていけないから、一人で、ウォシュレットがある公共トイレのある地下で野宿して生きていた。

「施設が嫌」とかウォシュレットは贅沢でもっわがままでもなかった。

聞かないとわからない。聞いても言ってくれない。

だがすいめいさんは、それを深く受け止める。

自分のスタンス・姿勢に視点を移す。専門家としての上からの治療や支援でなく、

人生のむつかしいことで、なにもできないまま、横にいて話を聞くことの大事さ。自分の武器・技能を持つ上昇志向的な、主流秩序的な生き方の見直しにいたっていく。

 

社会問題がある。いじめがあり、貧困があり格差があり差別があり、不正や不当弾圧があり、人権侵害がある。

すいめいさんは、最初は「そうした問題の解決のために、人の上に立とうとして」勉強した。武器をもとうとして睡眠を削って勉強し資格を取り、技法を学んだ。悪を切りつけ、弱者のためにがんばるとおもって権力を持つ専門家になった。

だがそれは“過去”がある彼には、当面の逃げの解決の道だった。ある意味楽な道を進んだ。頑張ればいいので楽だった。正義の道。

 

これには僕も思い当たることがある。

私が主流秩序論に至り、自分の過去の「いい人」「人権派、左翼、労働組合運動側、フェミ、リベラル、反体制的な正義の側の人」である道への見直しという話のレベル。

私はそれを40歳前後から考え始め、正規職を退職し、そのあたりの経緯を『主流秩序社会の実態と対抗』にまとめた。

***

すいめいさんの話に戻す。

東北の大震災の支援に行って、精神科の医者としてPTSDなどになっている人を助けようおもっていた。しかしその“現実”は想像以上に過酷で、彼は立ちすくむ。やれることをしていくが限界も感じる。

すいめいさんレベルの人の凄さは、その自分の支援のダメさを感じれる繊細さがあること。

通常は、あの震災支援でも、多くの支援者は、いいことをしていると思ってそこにとどまっている。それもいい。そんなもんだろう、ふつうは。

だが例えば私はそのとき、無名の一人として末端で自腹でボランティアにいっている人を多く見た一方、組織から送られた専門家や組織人を見て、その待遇さに疑問を持った。寝るところも移送も給料も保証されての支援。一方通常のボランティアは全部自前。この話は別のところに書いたから割愛するが、多くは鈍感なのある。あの震災支援で有名になった人、上昇した人、儲けたひとがどれほど多かったとか。

 

だがすいめいさんは傷つく。絶望的な無力感をもてた。

避難所で被災者の話を聴く活動をするが、そこで活発に動いていたある女性が

「先生、どうして生きなきゃいけないの」と問いかける。そして泣く。

家族など皆が亡くなったのにどうして生きないといけないのかという声。

 

すいめいさんはそこで感じる。いや、わかる。

ここで、医者として培い身に着けた道具、技、技法、治療法、薬を使ってはだめだと。

「生きる希望をみつけるように」と通常の支援のかかわりをすることは、今ここに本当に必要なことではないと思う。適切ではないと思う。

それは、いま目の前の人の横にいるということを拒否することとおもった。

技法を使ってはだめとおもった、というこの感覚こそ、通常の学者や医者・専門家では到達できないレベルへの入口だ。

 

私は この番組は、通常の予想レベルと違うと思った。

 

そうだからこそ、すいめいさんはそこで行き詰まってしまう。それで東京に戻り、部屋にとじ込もって泣いていたという。

なぜ女性の苦しみに寄り添え続けられなかったか

 

そして 投薬に頼らず対話を続けるオープンダイアローグを知る。

それを学びにンランドに行く。

そこでわかったのは、テクニック・やり方ではなく、自分を語るということだった。同じ地平で。

 

椅子の位置を対面から横にすわるサークル形式に変えて、専門家が複数できくような形。

専門家の権威ではなく、対等、答えは一つではない。

同じ目線で「人生の問題に答えなんてないよね」という謙虚さにとどまる力に気づいていく。

一人の人間としてそこにとどまるということには、深い洞察がある。

とどまる力。

 

私は今、DV加害者プログラムにかかわっているが、このすいめいさんの大事にしたいところは、とても重要だが難しいところだとおもう。それぐらいはわかる。

どうしても専門的な知識や経験からのかかわりになりやすい。カウンセラーとて同じ。このやり方でいいというかかわりは、じつは技法に頼っているのだ。

それを捨ててお互いのおもいを交感していくという実践。

専門的答えを言うようにならないで、自分を語る。聞くという対話。

 

***

フィンランドでオープンダイアローグを学ぶ中、

自分の家族のことを話す必要性に迫られる。それは虐待被害者としての彼が蓋をして心の繰底に押し込んでいた領域。

彼は話をした。まわりはそれを聞き、温かく受け止めてくれた。

この経験から彼はオープンダイアローグの神髄を学んでいく。自分の無意識の鎧を脱いでいく感覚にゆき当たる。

今までは丸裸でそのひとの横にいなかった。

技法をもって助けようとしていた。そのまちがい。

「その人の横にいる」とは何か。口で言うのは簡単だが、それをどのレベルで実践するかが問われる。

 

今回の番組では、すいめいさんの言葉でそのリアルな深さを伝えてくれた。私の手も及ばない深さだった。

 

彼は壮絶な被害者としての人生において、鎧を身に着けて生きてきた。だがそんな自分を本当には肯定できていなかった。ずっと嫌いな自分だった。

それを語り認め、そしてそのままの自分を許そうというところに行く。

それは他者をそのまま認める、横にいるということと重なる。

人にかかわるとは、ひとりの人間とひとりの人間として出会うこと。

「上」にはいかないこと。

 

****

 

すいめいさんは愛する母が最後に言った言葉を語る。

自分の一番つらかったこと。それを自覚していなかった

自分を許せなかった。自分を肯定できなかった。だから逃げたり武器をもったりしていた。

その場にいなきゃいけないときに逃げてた。そういう人間だった

それを無意識に心の奥底におしとどめ、活動していた。

許せない自分、大嫌いな自分、そうでないように表面でつくろっていた、

そこをみて自分をうけいれ許した

 

その経験を通じて、次のステージになっていく。

逃げなくなっていく。

自分の気持を話せるようになっっていく

「にんげん 対 にんげん」になってきたという

 

***

最後、すいめいさんはこれからも野宿者の話を聞くることを続けるという。

新しいタイプの野宿は次々出てくる。

話しをきいたら心配になるし、友達のように思うという。

それだ。