ソウルヨガ

主流秩序、DV,加害者プログラム、スピシン主義、フェミ、あれこれ

斉加尚代さん インタビュー

主流秩序に従属しない姿勢   

こんなまともなジャーナリストもいる

一方、橋下の横暴に沈黙し、さいかさんが攻撃されているときに 助けない、根性なし、あるいは、「くそバエ記者」が多いことが問題です。

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インタビュー)萎縮するメディア 毎日放送ディレクター・斉加尚代さん

朝日新聞2022年5月19日 5時00分

「MBSのドキュメンタリーチームはこれぐらいの仕事ができるんだ、と示し続けたいんです」=西畑志朗撮影

 

 政治家の記者会見で、激しいやりとりが減ったと感じる。そんな中、著書「何が記者を殺すのか」を出し、上映中のドキュメンタリー映画「教育と愛国」で監督を務めた毎日放送MBS)ディレクターの斉加尚代さん。「萎縮するメディア」の背景には何があるのか。足を使って現場を回り続ける記者の先輩に、話を聞いた。

 

――映画「教育と愛国」では、政治の力で変化させられていく教育現場が描かれていますね。

 「この映画は、2017年に放送したドキュメンタリーを元に追加取材を加えたものです。私は大阪で長く教育現場を取材してきましたが、10年に大阪維新の会ができて以降、政治主導の教育改革が進みました。その変化が思いのほか速いなと感じていたころ、国が道徳を教科化することになった。そして戦後初めて作られた小学校の道徳教科書で、『パン屋』を『和菓子屋』に書き換える、ということが起きました」

 

 「一見、滑稽な書き換えですが、06年度の高校日本史教科書検定を受け、沖縄戦の集団自決について『軍の強制』との記述が削られた問題とつながると感じました(その後、『軍の関与』などとする記述が復活)。それで教科書会社へ取材を申し込みました」

 

 ――どのような反応でしたか?

 「ほとんどの社から断られました。そんな中、『新しい歴史教科書をつくる会』系の育鵬社で歴史教科書の代表執筆者を務める歴史学者伊藤隆さんが取材を受けてくれました。話が熱を帯びてきたところで、育鵬社の教科書が目指すものを尋ねると、伊藤さんは『ちゃんとした日本人を作ること』とおっしゃいました」

 ――ちゃんとした、ですか。

 「『左翼ではない』と断言されました。歴史から何を学んだらよいかと聞いた時には『学ぶ必要はない』と歴史学者がここまで言い切ることに衝撃を受けました。育鵬社の教科書は『歴史を学ぶ』のではなく、歴史を通じて一部の政治家にとって歓迎すべき『道徳』を学ばせることを意図しているのではないか、と感じました。これでは、子どもたちの内面に踏み込む恐れがあります」

 「それでも、伊藤さんが学者の矜持(きょうじ)を持って取材に応じてくれたことは実はありがたかったのです。『あなたとは立場は違うけれども、また会いましょう』と言ってくれました。相手との垣根を超えていかないと、分断や閉塞(へいそく)感は超えられません」

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 ――17年には沖縄で基地反対運動をする市民に対するネットバッシングも取材されましたが、斉加さん自身、取材を機にバッシングを受けたことがありましたね。

 「12年に大阪府立高校の卒業式で教職員が国歌斉唱をしているか口元チェックをされたことがあり、当時の橋下徹大阪市長へ会見で『一律に歌わせるのはどうか』と尋ねました。当然の質問をしたつもりでしたが、約30分にわたる言い合いになってしまいました」

 「このやりとりが動画で出回り、3カ月ほど『反日記者』とネットでたたかれました。非難メールが会社に1千件以上届き、大半は匿名だった。『勉強不足』『とんちんかん』という橋下さんの言葉を引用した内容が目立ちました。政治家の言葉に乗っかり、相手をたたくことに嬉々(きき)としている。そんな印象でした。この現実を直視しなければと思い、全部読みましたが、苦しかったですね。自分自身の原体験としてはこの出来事がありました」

 

 ――なぜメディアはバッシングを受けるのでしょうか。

 「メディアも事実をちゃんと見極め、提示できているか。メディア企業の経営側もネットに押され、足元の経営を重視するあまり、戦前から失敗を繰り返しつつ作り上げてきた報道倫理を見失っている。それがメディア不信の一因になっていると思います」

 

――沖縄の件では、「基地反対派が患者を乗せた救急車を無理やり止めた」というデマに基づいて、バッシングが広がりました。

 「東京ローカルの『ニュース女子』という番組はそれをそのまま放送しました。私たちはデマの発信者のところまで行って事実でないと確認し、『沖縄 さまよう木霊』という番組で、デマを地上波で流したことを批判しました」

 「後日、放送倫理違反が認定されて『ニュース女子』は打ち切りになりましたが、日々、限界を感じています。デマはその気になれば30秒で作れ、SNSでたちまち拡散する。でも、救急車のデマをデマだと取材で確認するのには3日間かかりました。デマに対して検証が追いつかないのです。それでも私たちは、デマが政治利用されないために根気よくやり続けるほかないのです」

     ■     ■

 ――昔から政治に厳しい態度で向き合う記者だったのですか。

 「政治と向き合いたいと思って向き合ったのではありませんよ。学校の日常風景、子どもの生き生きとした様子の取材が好きでしたし、今も好きです。でも、こんなことがありました。12年に大阪府の教育改革の一環で、入試で3年連続定員割れとなった府立学校が再編対象とされた。対象となったいわゆる『困難校』の府立高校を私が取材した時、ある一人の生徒が言ったのです。『俺たちの学校をいらんってことは、俺たちもいらんってことやろ』と」

 「彼は、政治家が思う『役に立つ人材』から自分が外れている、と敏感に感じとったのでしょう。一人ひとりが自分を大切にし、違いを認め合うことを学ぶ。そんな教育から大きく外れた教育施策が政治主導で進んでいた。こうした流れが教育現場に与える影響を報じ続けることで、『教育とは誰のためにあるのか』を視聴者に問いかけてきたつもりです」

 

 ――斉加さんが作ったドキュメンタリーは多くの賞を取っていますが、通常は深夜枠の放送です。これは仕方ないのでしょうか。

 「番組編成の決定権を持つ編成局は、40年以上続くドキュメンタリーシリーズが局のブランドになっていると言います。でも、視聴率は取れない。だからゴールデンタイムなどには放送されません」

 反原発運動を支えた物理学者・水戸巌さんの番組を撮ったとき、会社は通常通りの広報をしてくれなかった。放送後に、ある役員から『経済からは自由になれない』と言われました。放送局にとって電力会社は大スポンサーです。現実として経済からの自由はないのだと思います。それでも、作り手としては自由があると思って作らなければなりません」

 ――MBSは今年のお正月のバラエティー番組で橋下さん、松井一郎大阪市長、吉村洋文大阪府知事をそろって出演させ、「政治的中立性を欠く」と指摘されました。これも経済原理が背景に?

 「大阪では今、維新の首長たちは視聴率が取れる。ビジネスとジャーナリズムの切り分けができにくくなっている状況にあります」

 「色々問題がある番組でしたが、橋下さんの知事時代について、松井市長が『女子高生も泣かせたし』と笑いのネタにした場面がありました。08年の高校生たちとの討論会を指していると思います。経済的に困窮し私学助成削減に反対する彼女らに、橋下さんは激しく反論し、『あなたが政治家になってそういう活動をやってください』と言った。強者が、声を上げる弱者を『ひっぱたく政治』の象徴のように見えました。それを『討論会で女子高生を泣かせた』というテロップまでつけて流したのには、目を疑いました」

 

 「昨年、私は局内に全員メールを送り、良心に基づく『個』の視点を持つのが大事だ、と書きました。この件も、それぞれのポストにいる人間が『一線を越えてます』って言えば止まったかもしれない。そう言えないこの空気は何だろうと思えてなりません」

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 ――メディアは萎縮してしまったのでしょうか。

 「萎縮しそうな状況が生まれたら、逆にはね返さなきゃいけない。それがメディアの役割です。政治家の声は力があり、しかも今はSNSで拡散される。政治家が『表現の自由』を言い出した時点で、私は世の中おかしくなったと思いました。表現の自由が必要なのは、意見をたたかれたり黙らされたりする人たちです。なのに政治やSNSを前に、今はメディアが自ら縮こまっています」

 「橋下さんと私が言い合いをした時、会見場にはパソコンでメモを打つ音ばかりが響いていた。『あの取材を否定する記者は記者じゃない』と声をかけてくれた人もいましたが、『早く質問をやめれば炎上しなかったのに』という同業者の反応は、その後のバッシングよりもショックでした」

 

 ――記者はどうすべきだと考えますか。

 「ある沖縄の人が、デマを大阪のテレビが暴いてくれて希望を感じたと言ってくれました。民主的な社会を維持する土台として、市民と学校、メディアには、信頼や対話が必要です。メディアは、強い言葉を発せられない人の言葉のスペースを確保する役割がある。失った信頼を築き直さないといけません」(聞き手・宮崎亮

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 さいかひさよ 1987年に毎日放送入社。報道記者を経て2015年から現職。テレビ版「教育と愛国」でギャラクシー賞テレビ部門大賞。