ソウルヨガ

主流秩序、DV,加害者プログラム、スピシン主義、フェミ、あれこれ

ありゃりゃの10月4日

2022年10月4日 また、おそか過ぎる日

 

 

J アラートを鳴らし全部のテレビ局で警報を出し続け、国民に戦争の危機が迫ってるかのような錯覚を与え、軍事費増強・軍備増強の風潮を作ろうとする自民党政治

こんな策動に協力するマスコミでいいのか。

総理は「最大限の警戒をする」などと言っている。ばかか。

この程度の、日本に全く影響しないミサイルで「最大限」なのか。今は戦時下か?開戦したのか? ミサイルが次々飛んで日本の人々を殺しているのか?

まったくそうでないのに、大げさに政府が言う、それに無批判になって、戦時下のような報道。あほというしかない。

ウクライナの人に笑われる。

米国も、韓国も冷静で、浮足立ってない。当たり前だ。

北朝鮮が、いつも通り、空威張りをし、ただの実験しているだけだから。北朝鮮が日本本土を攻撃するはずがない。ただ、政治的に、こうしたミサイルの実験で、攻めてこられたらこっちは戦うぞと威張っているだけの戦略だ。

北朝鮮が日本を先制的に攻撃するはずがない、という真実を言わないで、すべての番組を止めて、長時間、「警戒してください、たってものに隠れてください」というテレビでアラートを言うのは、つまり必要なのに大騒ぎするのは、うそ報道であり、ロシアのメディアと同じ程度の、国の言いなりの報道ということ。

大政翼賛会的メディアになっているのではないのか。

日本本土に落ちないと分かったから、迎撃もしないのが自衛隊の実際。

迎撃もしないし、はるか上空を通り越し、もうはるか向こうの海に落ちても、いつまでもアラートを出しテレビで報道し続けていた。

北朝鮮や韓国や中国やとの対立を煽り軍事化を正当化する風潮を作ろうとする勢力の、作戦に完全に協力する人々。あるいは簡単に操される大多数の国民。馬鹿な人が多数になっている。

こころある人は苦々しくこの事態を思っているだろう。

 

自衛隊勢力、軍拡路線派、右派、ナショナリストたちは、軍需産業で儲けたい人々、産軍複合体と重なって、こうした策動を続けるだろう。危機を煽り、政治的にも勝利し、経済的に裏で大儲けする人々。軍事費拡大もその一環。

そんなことを考えもせず、歴史から学ばず、簡単に操られるメディアと大衆。

歴史を忘れる人が多数。

トランプ的な極右ポピュリストたちは 排外主義、自国第一主義民族主義的に人を煽っている。そうした策動が世界で広がり、極右的な勢力が伸びて、、世界的な右派と左派の対立・分断が進んでいる。

 

日本国憲法の精神など全く忘れて、「敵がこうならこっちも軍事力だ、先制攻撃能力だ、核武装だ」というような好戦的な態度思考が簡単に広がっていく。思想的な退行現象

愚かすぎる。

戦争の実相を知れば絶対に戦争しないという姿勢が必要だ。そのためにどう努力するのかという憲法のあの精神が全く理解されていない。

おろかな多くの多数派日本人には平和憲法はもはやふさわしくない。

だから愚かな多くの日本人は憲法の崇高な精神を捨てて愚かな国国民になるであろう。

中国の軍事化も、ロシアももちろんおかしいナショナリズム国家だが、日本も同類ということ。それさえ自覚出来ない思考停止。

 

しかしどんな国にも、そのような指導部・政治家、国民の多数に反して、まともに考える人々がいる。

そういう人は軍隊に参加しない。逃げる。徴兵拒否する。

私もそのような世界の平和主義者・人権主義者と連帯しできることをしていく。

戦争に加担しない道を歩んでいきたい。

少数派であっても。

 

それにしてもこのメディアの無批判性。全テレビ局、大多数の新聞で、政府の姿勢に無批判という状況。(まだ確認していないが、たぶん沖縄などの地方新聞や大衆紙の一部はきっとこの状況に批判的な意見も出すだろうし、ネットでも日刊ゲンダイやリテラなどもそのうち批判記事を出すだろうが。(私はまだ見てない)

 

こうしたときに、共産党立憲民主党も含めて、政党が明確な批判をすぐに出さないのが、選挙もある中での現状で、困ったものだ。

ウクライナ問題でも、自民と類似的な政治家が多い現状。

全体主義国家のメディアや政治家とどう違うのか疑わしい。

 

まともなメディアなら、直ちに、生放送時点において、政府の押し付けに対し抗議し、自主的な判断で批判的な意見も入れてミサイル報道もすべきではないのか。

 

しかも笑える自体が、Jアラートに関する「間違い」の報道。私は朝にどうして東京都の南の方の島もJアラートの対象なのか、おかしいなと思ったら、やはり間違いだった。

だが、各テレビ局は、「この警報はおかしいですね」とは誰も言わない。疑問くらい提起してもいいだろうに。

それどころか、ミサイルが遠くに落ちた後も、電車はとまったまま、ヘルメットをかぶったり、頑丈な建物から報告しますと地方の報道者が話をしている。

あほか。

 

 松野官房長官が4日午後、記者会見で、北朝鮮弾道ミサイル発射に関するJアラートなどの情報伝達について、「ミサイルに注意が必要となる地域でないにもかかわらず、東京都の島しょ部の9つの町と村に、ミサイルが発射された旨の情報伝達が行われた」とようやく述べて、メディアはそれを報ずるも、政府への批判も、自己批判もなし。

中国やロシアや北朝鮮のメディアと同じじゃないか。

 

東京都の島にJ アラートが間違いというのは素人でもすぐにわかるじゃないか。

それを無批判に流すメディアは、まったく自分の頭で考えられないということで、

これで権力チェックができるのか。

権力の監視など全く考えてない馬鹿メディアということが露呈。

****

 

それは玉川氏を処分する朝日テレビ問題についても、同じような思考停止、全体主義国家化が見て取れる。

玉川は安倍晋三元首相の国葬菅義偉前首相が読んだ弔辞について、「これこそが国葬の政治的意図」とコメント。続けて「僕は演出側の人間として、テレビのディレクターをやってきましたから、そういうふうに作りますよ。政治的意図がにおわないように制作者としては考えます。当然これ、電通が入ってますからね」などと演出だったと主張した。

 

これに対し、ネトウヨが騒ぎ、非派が多くあったので、

玉川は9月29日の同番組の放送で「昨日、私が安倍元総理の国葬電通が関与しているとコメントしたんですが、この発言は事実ではありませんでした」と誤りを認め、謝罪した。そして10日の謹慎処分とされた。

保守・右翼系のテレビ言論人が、目立とうと思って、これにかみつく。橋下徹氏が別の番組で「許せない」と発言。アルピニスト野口健氏がSNSで「退場処分を検討すべき」とし、お笑いタレントのほんこんも「菅前首相に謝ったんか」と怒りのコメント。ネトウヨが大さわぎ。まあ予定通り、でもそれに負けて朝日テレビが処分するとは。

そしてこの処分をおかしいという人がいないのがおかしい。

プチン批判した人が処分されれて当然というロシア国内の状況と重なる。

 

私は、この玉川批判、玉川処分動きはおかしいと思う。

 

玉川が言ったことは「電通がかかわっていた」という部分がおかしいだけ。

裏で電通がかかわっていたかかどうか私は分からないが、だれかによって演出があったということ自体はおおむね間違っていないと言える。したがって、謝罪するとしても一部のみであり、それほど大きな問題ではない。

政治家が一定の配慮や計算で様々な発表をするのは当然のこと。其れは安倍国葬という、自民党、右翼保守勢力が政治的に設定した茶番劇であったのであるから、そこでの発言も計算されているのは当然。

そうでなく、純粋な菅の思いと見るのが間違い。

例えばス少しでも政治を本気で学べば、そしてせめてテレビドラマである程度の政治の裏を知れば、当たり前の話である。

韓国やアメリカの大統領を扱った「サバイバー」を思い出せば良い。

大統領が、全ての場面でどのような発表するのか。それはそれ自体が政治であり配慮であり、言い方も話の内容も、服装も、すべて計算してなされる。修辞的な表現も当然考える。スピーチライターがいるのも当然であり、どのように人々の気持ちを掴むのか、どのように政治的な危機を脱出するのか、真実を隠したり、一定公表したりどこまで言うのか、すべて、状況に対する政治的な判断だ。対メディア対策も、だますのも隠すのも、政治だ。感動的に話す力は政治家個人の資質もあるが、それも含めて、政治的能力であり計算である。

全て計算づくである。其れが政治家だ。

博報堂電通でなくても、スピーチの原稿を書くのがうまい人物を身近に置くのが政治である。

今回、菅の弔辞など私には、陳腐で、何ら感動などしないが、あれで感動する人がいるのもわかる。それはどういう小説やドラマや歌や映画やアニメ・マンガで感動するか、人それぞであるからだ。

問題は、菅が一人で書いたとしても計算があるし、身近なスタッフにみて貰ったりチェックしたりした可能性はかなり高い。話し方の練習もしただろう。周りから、そこはもう少しゆっくりとか、こういう表現にしたほうがいいとか、指導された可能性は高い。そうしてできたあの弔事に「演出がある」と指摘した玉川の指摘は、あながち間違いでないので、すなおに「感動した」という人に、計算もあるよと指摘するのはあってもいだろう。「感動した」というだけでは全体主義国家の、テレビ局と同じだからだ。

 

裏をとれてないなら、「演出が多くの場合あるので、今回も、周りと相談したり、練習して、作り上げただろう。どうしたら効果的か、相談した可能性は高い」とでもいえば、間違いではなった。

それを「電通が入っている」と断定的に言った点だけがおかしかったのである。

 

つまり、菅、本人以外のかかわりがあって、そうした演出があるのは当然であり。そのことを指摘したこと自体は間違いではないということである。

 

それに対し「菅さんの純朴な友人としての心のこもった弔辞を批判した」と言ってネットではネトウヨ及び右派言論人が騒ぐ。驚くことに、「刺さった、感動した」という人もかなり板ということ。

なんだかなあ。あんな程度の文章に感動するのか。

「操るのが簡単な人」が多いんだなあと思う。

ドラマでも映画でも、小説でも、もっと深く、繊細で、素晴らしものが多くあるというのに。

たとえば、つい最近、身近にでも、「初恋の悪魔」のような作品があった。「ドライブ・マイ・カー」もあった。

そしてもっともっとすごい作品はあまたあった。

愛が、ひとつだけあげるなら「あなたになら言える秘密のこと」、のような。「マイディアミスター、わのおじさん」のような。

そうしたレベルで私たちは人の痛みや人権を考えようとしてきたし、戦争に反対してきたのだ。

 

メディアが権力をチェックするなら、玉川の発言で、権力やネトウヨに少し批判されて、すぐに処分することをおかしいと言うべきなのに、誰も言わない。(まだ私はなにも見ていない)

いい加減なファクトに基づかない報道をこれから発言したものは、では今後どうするのか。産経や読売や、テレビでの、橋下など 皆の発言に対する、テレビ局などの姿勢を見ていきたい。

 

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