ソウルヨガ

主流秩序、DV,加害者プログラム、スピシン主義、フェミ、あれこれ

「女性議員が少ないのがジェンダー平等が進まない原因 」は、だめな結論

  • ジェンダー論講義録の中に書いたものを示しておく。
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  • 女性議員が少ないのが「ジェンダー平等が進まない」原因?

以下の短い動画は、gender平等が国際比較において日本が低位であることを紹介するもので、入門としてはいいと思うのだが、ジェンダー平等が進まないのは日本の国会で女性議員が少ないからという結論になっていて、問題を感じた。

 

「111位って何? ~なぜまだ男性と女性には差があるのか~」
 (https://www.youtube.com/watch?v=w-T55a_6dnY&t=11s)

 

動画内では、問題を指摘した後「、こうした現状を変えるには国会でももっと女性目線の意見が必要です。しかし国会議員のうち女性は約1割だけです。女性議員が少ないままでは女性が本当に望んでいる制度やサービスは実現されないのです。ジェンダーギャップ指数が111位である理由、納得できましたか?」という指摘が結論となって終わっている。

動画の途中では保育所が少ないとか、非正規になる女性が多いとか、意識が古いとかの指摘も少しあるのですが、結論は女性の議員が少ないのが主たる原因のような構成になっている。

私は、これは完全な間違いとまでは思わないが、日本での議論ではこういうものが多く、大事なものが欠けていると考えている。それは、どういう政策がいるのかをもっと深く追求していくことがいろのが大事なのに素行が弱いという問題で、だから私はシングル単位社会にすべきという話をしてきた。

というのは、女性議員だったら「女性が本当に望んでいる制度やサービス」がわかっているのかとお言うとそうではないからである。自民党の右派議員である山谷えり子高市早苗杉田水脈議員などは、むしろジェンダー平等の足を引っ張る人たちといえるであろう。そしてジェンダー平等を含め、社会の格差を縮めるとか、人権重視の議員は男女関係なく少ないし、そうした点で議員を選んでいる国民も少ないし、選挙制度も問題だらけ(二世議員が通りや水仕組み)である。そして少子化問題一つとっても、非正規労働問題ひとつをとっても、個人単位型の社会民主主義の社会にする大きな構想(賃金も社会保障民法も税制度もすべててシングル単位化)が必要で、そうした視点が日本全体(政治家でも政党でも、メディアでも教育でも)に非常に少ないのである。だから今回の第6回講義では、この点を扱う話をしている。つまり、女性議員が少ないのはもちろん問題だが、そして女性議員が増えたほうがいいのはもちろんそうだが、それなら北欧の様に比例代表制選挙制度(リストは男女半々にするもの)にすべき問題で、そうした対案をはっきり言わないのが日本の弱さである。

言い換えると「女性議員を増やす」と言うのは、gender平等を実現するための「途中の一つの手段」でしかなく、そうした議員を増やして、「どういう政策・法律を作るのか」が具体的に語られる方が大事なのに、そこの具体化が決定的に弱いし、フェミニズムジェンダー論でも、個人単位型の社会民主主義の仕組みにすべて変えていくという人が少ないのが問題なのである。意識改革や教育にジェンダーを入れるとか、保育所を増やそうとか、クオータ制度導入などは、全て部分であり、大きな個人単位化ですべて変えるという構想が欠如しているのである。この講義で示すように、年功賃金をやめて個人単位のものに変えるということ、最低賃金の全国一律化と水準を個人単位レベルに変えること、非正規雇用差別の撤廃のために真意同一価値労働同一賃金制度にかえるために構想を持っている人がどれだけいるだろうか。税金も年金もすべて個人単位化し、蹴婚制度も民法関連(夫婦別姓、戸籍など)もすべて個人単位で変えていく、年金や健康保険などの社会保障もすべて個人単位化が必要なのである。社民主義で個人単位化すると、税金においても多くの人がもっと税金負担を高めないといけないが、そういう連帯社会のために皆で助け合うための増税および、過去のいい加減な財政政策を変えることを言う人がどれだけいるであろうか。愚かな赤字国債発行で矛盾を繰り延べしている事を放置している人が大多数で、駄目な議員を選んでいる状態なのである。

今の社会が家父長制的で女性差別があると指摘するのは、正しいが、一部でしかなく、ではジェンダ^平等にするとはどういうことかという点での「対案」の提示・ビジョンが日本では弱すぎるのである。

個々を強く意識化する人がフェミニストでも少ないし、ましてや、ジェンダー論と言う教育をしている人にも弱い。まして多くの教員、多くの議員などで、こういう社会の変革の構想(個人単位型の社民主義にするという話や主流秩序にとらわれないようにするというビジョン)をもっている人は非常に少ない。

そういうことを示すのがこの講義で、そこにこの講義の特徴がある(「伊田からの新たな提起」)。14-4「社会は変わる」で、この問題について再検討している。