ソウルヨガ

主流秩序、DV,スピシン主義、フェミ、あれこれ

「が」と続けないで「。」で言い切る。戦争はいけない。

以下の高橋純子さんのエッセイ―もいいところをついている。

私たちの立つタンスは明らかだ。

***** 

 

(多事奏論)ブレーキが弱い国 戦争はいけない。臆病者で結構 高橋純

朝日新聞2022年 2022年5月18日 5時00分

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 ――戦争はなぜ起きるの?

 「人間が愚かだからだよ」

 ――どうしたら愚かじゃなくなるの?

 「ちゃんと考えることだよ」

 そんな絵本を読んだ記憶がおぼろになるのもむべなるかな、この世に生まれてはや半世紀、鼻で笑われた経験は星の数ほどあるのだけれど、なかでも時折思い出してしまうのは外務省幹部によるものだ。

 「『唯一の被爆国として』だなんて、世界で言ったら笑われますよ」

 だって日本は米国の核の傘に入っているんですから――。なるほど、それが本音か。しかし人にも、国にも、立ち返るべき原点というものがあるはずだ。愚かな戦争に突き進んだ敗戦国であり、被爆国であること。そこから足を放して、どうやって日本外交なるものに背骨を通すのだろう?

 そんな問いを携えて当の官僚と食事を共にしたこともあるけれど、憲法9条は殴られている友人を助けられない、恥ずかしいという、いささか素朴な熱弁をふるわれたくらいで、深い話は聞き出せなかった。

     *

 一事が万事そんなふうで、外務省担当としてまるっきり使い物にならない私は省内をぶらぶら散歩して時間を潰し、時に、敷地内にある陸奥宗光銅像と向き合った。

 戦争がまだ「合法」だった時代を生きた陸奥は若かりし頃、しょっちゅう東京・浅草に出向き、雑踏を人の流れと逆に歩いたと伝えられる。やせっぽちで腕力がないから、けんかをすれば必ず負ける。雑踏に逆らって歩き、逃げる練習をしているんだ――それを実践したのが、伊藤博文内閣の外相として対応した日清戦争、三国干渉の受諾だったと哲学者の鶴見俊輔は言う(「言い残しておくこと」)。

 陸奥の日記「蹇蹇(けんけん)録」を読むと、当時の日本社会の様子が垣間見える。以下大要。

 「妥当中庸の説を唱えれば卑怯(ひきょう)未練、愛国心がない者と見られるので声をのんで蟄息(ちっそく)閉居するほかない」

 「国民の熱情は主観的判断のみで客観的考察を入れず、内を主として外を顧みず、進むだけで止まることを知らない」

     *

 ロシアのウクライナ侵攻を受けて、敵基地攻撃能力を持つのだ、核共有も議論しろ、防衛費を増大するぞ、憲法9条を改正すべきだなどと、勇ましい政治家がクイズ番組よろしく「早押しボタン」を連打していてやかましい。

 核の脅威が高まっているこのときに、それこそ「唯一の戦争被爆国」としてやれること、やるべきことは多々あるはずだ。なのにただ他国の不幸に便乗してひとびとの不安感をあおり、進むだけで止まることを知らぬ粗雑な議論で性急に「答え」を出そうとする政治家を、私は信用しない。

 彼らは往々にして、戦争はいけないが……、と前置きしてのち語り出す。しかし、「戦争はいけない」に「が」や「けれど」を接続させるから、つるり戦争の方へと滑ってしまう。「戦争はいけない。」。まずはそう言い切ること。小さな「。」の上にかじりついてでも考え抜くことができるか否か。そこがいま、問われていると思う。

 歴史を振り返っても当世を見渡しても、この国のブレーキは大変に利きが悪い。答えを急がず、歴史を参照し、異なる意見を聞きながら迷ったり悩んだりする姿勢こそがブレーキの役割を果たす。大事が起きてもその姿勢を崩さぬ人はきっと、愚鈍な臆病者とそしりを受けるのだろう。結構毛だらけ、私はそんな臆病者として生きたい。

 

 たとえ誤りにみちていても、/世界は正解でできているのでなく、/競争でできているのでもなく、/こころを持ちこたえさせてゆくものは、/むしろ、躊躇(ちゅうちょ)や逡巡(しゅんじゅん)のなかにあるのでないか。

 何だって正しければ正しいのでない。

  (長田弘「誰も気づかなかった」)

 鼻で笑って頂けたら本望である。

 (編集委員

連載多事奏論

 

 

 

斉加尚代さん インタビュー

主流秩序に従属しない姿勢   

こんなまともなジャーナリストもいる

一方、橋下の横暴に沈黙し、さいかさんが攻撃されているときに 助けない、根性なし、あるいは、「くそバエ記者」が多いことが問題です。

*********

 

インタビュー)萎縮するメディア 毎日放送ディレクター・斉加尚代さん

朝日新聞2022年5月19日 5時00分

「MBSのドキュメンタリーチームはこれぐらいの仕事ができるんだ、と示し続けたいんです」=西畑志朗撮影

 

 政治家の記者会見で、激しいやりとりが減ったと感じる。そんな中、著書「何が記者を殺すのか」を出し、上映中のドキュメンタリー映画「教育と愛国」で監督を務めた毎日放送MBS)ディレクターの斉加尚代さん。「萎縮するメディア」の背景には何があるのか。足を使って現場を回り続ける記者の先輩に、話を聞いた。

 

――映画「教育と愛国」では、政治の力で変化させられていく教育現場が描かれていますね。

 「この映画は、2017年に放送したドキュメンタリーを元に追加取材を加えたものです。私は大阪で長く教育現場を取材してきましたが、10年に大阪維新の会ができて以降、政治主導の教育改革が進みました。その変化が思いのほか速いなと感じていたころ、国が道徳を教科化することになった。そして戦後初めて作られた小学校の道徳教科書で、『パン屋』を『和菓子屋』に書き換える、ということが起きました」

 

 「一見、滑稽な書き換えですが、06年度の高校日本史教科書検定を受け、沖縄戦の集団自決について『軍の強制』との記述が削られた問題とつながると感じました(その後、『軍の関与』などとする記述が復活)。それで教科書会社へ取材を申し込みました」

 

 ――どのような反応でしたか?

 「ほとんどの社から断られました。そんな中、『新しい歴史教科書をつくる会』系の育鵬社で歴史教科書の代表執筆者を務める歴史学者伊藤隆さんが取材を受けてくれました。話が熱を帯びてきたところで、育鵬社の教科書が目指すものを尋ねると、伊藤さんは『ちゃんとした日本人を作ること』とおっしゃいました」

 ――ちゃんとした、ですか。

 「『左翼ではない』と断言されました。歴史から何を学んだらよいかと聞いた時には『学ぶ必要はない』と歴史学者がここまで言い切ることに衝撃を受けました。育鵬社の教科書は『歴史を学ぶ』のではなく、歴史を通じて一部の政治家にとって歓迎すべき『道徳』を学ばせることを意図しているのではないか、と感じました。これでは、子どもたちの内面に踏み込む恐れがあります」

 「それでも、伊藤さんが学者の矜持(きょうじ)を持って取材に応じてくれたことは実はありがたかったのです。『あなたとは立場は違うけれども、また会いましょう』と言ってくれました。相手との垣根を超えていかないと、分断や閉塞(へいそく)感は超えられません」

     ■     ■

 ――17年には沖縄で基地反対運動をする市民に対するネットバッシングも取材されましたが、斉加さん自身、取材を機にバッシングを受けたことがありましたね。

 「12年に大阪府立高校の卒業式で教職員が国歌斉唱をしているか口元チェックをされたことがあり、当時の橋下徹大阪市長へ会見で『一律に歌わせるのはどうか』と尋ねました。当然の質問をしたつもりでしたが、約30分にわたる言い合いになってしまいました」

 「このやりとりが動画で出回り、3カ月ほど『反日記者』とネットでたたかれました。非難メールが会社に1千件以上届き、大半は匿名だった。『勉強不足』『とんちんかん』という橋下さんの言葉を引用した内容が目立ちました。政治家の言葉に乗っかり、相手をたたくことに嬉々(きき)としている。そんな印象でした。この現実を直視しなければと思い、全部読みましたが、苦しかったですね。自分自身の原体験としてはこの出来事がありました」

 

 ――なぜメディアはバッシングを受けるのでしょうか。

 「メディアも事実をちゃんと見極め、提示できているか。メディア企業の経営側もネットに押され、足元の経営を重視するあまり、戦前から失敗を繰り返しつつ作り上げてきた報道倫理を見失っている。それがメディア不信の一因になっていると思います」

 

――沖縄の件では、「基地反対派が患者を乗せた救急車を無理やり止めた」というデマに基づいて、バッシングが広がりました。

 「東京ローカルの『ニュース女子』という番組はそれをそのまま放送しました。私たちはデマの発信者のところまで行って事実でないと確認し、『沖縄 さまよう木霊』という番組で、デマを地上波で流したことを批判しました」

 「後日、放送倫理違反が認定されて『ニュース女子』は打ち切りになりましたが、日々、限界を感じています。デマはその気になれば30秒で作れ、SNSでたちまち拡散する。でも、救急車のデマをデマだと取材で確認するのには3日間かかりました。デマに対して検証が追いつかないのです。それでも私たちは、デマが政治利用されないために根気よくやり続けるほかないのです」

     ■     ■

 ――昔から政治に厳しい態度で向き合う記者だったのですか。

 「政治と向き合いたいと思って向き合ったのではありませんよ。学校の日常風景、子どもの生き生きとした様子の取材が好きでしたし、今も好きです。でも、こんなことがありました。12年に大阪府の教育改革の一環で、入試で3年連続定員割れとなった府立学校が再編対象とされた。対象となったいわゆる『困難校』の府立高校を私が取材した時、ある一人の生徒が言ったのです。『俺たちの学校をいらんってことは、俺たちもいらんってことやろ』と」

 「彼は、政治家が思う『役に立つ人材』から自分が外れている、と敏感に感じとったのでしょう。一人ひとりが自分を大切にし、違いを認め合うことを学ぶ。そんな教育から大きく外れた教育施策が政治主導で進んでいた。こうした流れが教育現場に与える影響を報じ続けることで、『教育とは誰のためにあるのか』を視聴者に問いかけてきたつもりです」

 

 ――斉加さんが作ったドキュメンタリーは多くの賞を取っていますが、通常は深夜枠の放送です。これは仕方ないのでしょうか。

 「番組編成の決定権を持つ編成局は、40年以上続くドキュメンタリーシリーズが局のブランドになっていると言います。でも、視聴率は取れない。だからゴールデンタイムなどには放送されません」

 反原発運動を支えた物理学者・水戸巌さんの番組を撮ったとき、会社は通常通りの広報をしてくれなかった。放送後に、ある役員から『経済からは自由になれない』と言われました。放送局にとって電力会社は大スポンサーです。現実として経済からの自由はないのだと思います。それでも、作り手としては自由があると思って作らなければなりません」

 ――MBSは今年のお正月のバラエティー番組で橋下さん、松井一郎大阪市長、吉村洋文大阪府知事をそろって出演させ、「政治的中立性を欠く」と指摘されました。これも経済原理が背景に?

 「大阪では今、維新の首長たちは視聴率が取れる。ビジネスとジャーナリズムの切り分けができにくくなっている状況にあります」

 「色々問題がある番組でしたが、橋下さんの知事時代について、松井市長が『女子高生も泣かせたし』と笑いのネタにした場面がありました。08年の高校生たちとの討論会を指していると思います。経済的に困窮し私学助成削減に反対する彼女らに、橋下さんは激しく反論し、『あなたが政治家になってそういう活動をやってください』と言った。強者が、声を上げる弱者を『ひっぱたく政治』の象徴のように見えました。それを『討論会で女子高生を泣かせた』というテロップまでつけて流したのには、目を疑いました」

 

 「昨年、私は局内に全員メールを送り、良心に基づく『個』の視点を持つのが大事だ、と書きました。この件も、それぞれのポストにいる人間が『一線を越えてます』って言えば止まったかもしれない。そう言えないこの空気は何だろうと思えてなりません」

     ■     ■

 ――メディアは萎縮してしまったのでしょうか。

 「萎縮しそうな状況が生まれたら、逆にはね返さなきゃいけない。それがメディアの役割です。政治家の声は力があり、しかも今はSNSで拡散される。政治家が『表現の自由』を言い出した時点で、私は世の中おかしくなったと思いました。表現の自由が必要なのは、意見をたたかれたり黙らされたりする人たちです。なのに政治やSNSを前に、今はメディアが自ら縮こまっています」

 「橋下さんと私が言い合いをした時、会見場にはパソコンでメモを打つ音ばかりが響いていた。『あの取材を否定する記者は記者じゃない』と声をかけてくれた人もいましたが、『早く質問をやめれば炎上しなかったのに』という同業者の反応は、その後のバッシングよりもショックでした」

 

 ――記者はどうすべきだと考えますか。

 「ある沖縄の人が、デマを大阪のテレビが暴いてくれて希望を感じたと言ってくれました。民主的な社会を維持する土台として、市民と学校、メディアには、信頼や対話が必要です。メディアは、強い言葉を発せられない人の言葉のスペースを確保する役割がある。失った信頼を築き直さないといけません」(聞き手・宮崎亮

     *

 さいかひさよ 1987年に毎日放送入社。報道記者を経て2015年から現職。テレビ版「教育と愛国」でギャラクシー賞テレビ部門大賞。

白川真澄「ウクライナ戦争にどう向合うべきか」への私の3つの異論点

 

白川真澄「ウクライナ戦争にどう向き合うべきか」への私の3つの異論点

 

白川真澄さんが4月に「ウクライナ戦争にどう向き合うべきか」というメモ的文章で、ロシア侵攻についての見解をバランスよくまとめられている。大きくは同じ感覚のところも多くあるが、日本で論じるときに、日本社会への影響を考える必要もあることや、非暴力主義のスタンスの温度差的違いから、白川さんのまとめ方と私の考えには異なるところもあるので、私の立場から、白川さんの意見へのコメントを「3つの異論点」として述べておきたい。

(私は、表舞台で議論を展開して自説が正しいと言って論争したいと思っていないが、自分のスタンスの確立、そして、一部読者が自分の考えを整理することに役立つならいいなと思って書いているので、興味ある方は、今回のコメントの前提については、私の過去の「ロシア侵攻」に関するブログ記事を見ていただきたい。メディアに出ている学者や防衛省関連の人への批判を書いている。)

 

まず、1点目の異論点は、今回の戦争には2つでなく3つの性質があるという点である。白川は「ウクライナ戦争は、(1)ウクライナの民衆自身の侵略に対する抵抗戦争、(2)NATOとロシアの間の代理戦争(米国の武器支援を受けた戦争)、という二重の性質・側面を持っている」というが、私は、そう見ていること自体が不十分で、「3つ目の性質」が見えていないと考える。

私が最初から考えているのが、一つの国の中には多様な人がいるということであり、ウクライナの政権側とは異なる思想や生き方のひとがウクライナの中にいるということである。私は、ロシアの侵攻に対する抵抗・自衛の中にも、権力側のナショナリズム・軍事的思考からのものと、民衆側の自発的なもの(ナショナリズムにはあまり囚われていないが自らの自発的な意思で銃を握って抗戦に参加した人)があるとみており、この区分は重要と思っている。

したがって、この視点からは、「ウクライナ戦争の3つ目の側面・性質」として「ウクライナの政権・主流体制と一体化しない人々が「ウクライナとロシアの対立」戦争に巻き込まれているという側面」があるということを指摘したい。

 

  ロシア侵攻がひどいのは自明だが、ゼレンスキーをはじめとして、ウクライナ国内・政権内には、「ナショナリスト民族主義者」的な思考の人がかなりいると思われる(右派もいるが右派とあえていわなくても)。すくなくとも、「国・領土・国民を守るために、武力で対抗するのだ」というマッチョな「軍事的思考」の人が主流で、日本国憲法のような「非暴力・非武装で、平和的な存在なっていこう」「ナショナリズムは危険なので捨てよう」「人を殺したくない」という思考は政権内では力を持っていないようだ。見解は別れるが、ウクライナの政治・政権が、ナショナリスティックであったことが今回のロシア侵攻の背景にある、その意味で、ウクライナの政治にも責任があると思っている。

私は、過去の戦争でのナチスユダヤ人などの収容所虐殺を含め諸経験を学ぶなかから、とにかく早い段階から逃げることに重要性を見るスタンスを形成してきた。その感覚から、なぜ権力者の闘いの中に巻き込まれないといけないのか、死にたくないという感覚がある。本来もちろん、郷土を捨てて逃げなくてはならないことが不条理だが、馬鹿な政治家を隣及び自国に持った国にいる中で、運命的に不条理に巻き込まれることはある。その中で、最悪よりは少しマシな選択として、郷土を捨ててでもとにかく逃げて、命を守るという選択が、私が考える「私がこういう状況になったとき」のリアルな対応である。

 だから私は、とにかくできるだけ皆が逃げるのがいいとおもっている。非暴力・平和教育を受けたうえで、ナショナリズムに煽られてではなく、洗脳ではない中で、本当に闘いたい人が闘うのはいいが、男性、軍人も含めて、誰でもが安全に逃げられるような道を保証する政治こそがウクライナには必要と思う。

 

その点で、戦争になったときに最初からウクライナ政権が、人命を第一に、とにかく皆を逃がすことを政治的目標の第一に置いたかというと、ウクライナはそうではなかった。ゼリンスキーは、非常時のリーダーらしく、武器を持って戦うことを国民に“雄々しく”呼びかけ、愛国心を煽り、男性は国内から逃げるなと制限した。フェミ的ニュアンス・非暴力主義者のニュアンスは見られなかった。

白川は、後半で日本の話と絡めたときには「民衆の抵抗権、個人の正当防衛権を認めるが、国家の自衛権をフィクションとして否認する立場に立つ」といっているのに、「ウクライナ戦争の性質を2側面に限定している点」ではこの3点目を忘れてしまっていると感じる。

 

私は、以上の「政権と国民各人の生き方にはギャップがある場合がある」「馬鹿な政治家によって戦争に巻き込まれてしまった」という視点を前提として――ここから異論点の第2になるのだが――白川さんが、「障がいを持つ人や高齢者など逃げることのできない人も多くいる。」「自分たちが住んでいる町や村から逃げることのできない人は大勢いる。逃げるという方法は、多くの人にとって可能な選択肢というよりも特定の人びとにとって可能な方法である。」というように、逃げる路線への積極性が見られない記述をしていることに反対する。

ウクライナ政府は必死で、全力で、国民を逃がそうとしたか。していないだろう。病人、障害を持つ人や高齢者、子どもなど、「社会的弱者」こそ逃がすことを戦争開始直後から第一優先課題として本気でやろうとすれば、かなりできるはずである。ロシアと交渉して、ロシアの「協力」も使って戦場から逃がすことをやろうとしたかというと、「ロシアに捕まると殺されたりレイプされる」ということで、ロシアに投降したり逃げることも制限してきた。人道回廊の議論でも、ロシア側への選択肢は排除していた。選択肢を狭めていた。病院などへの攻撃を非難はするが、本当に病人や施設高齢者・障碍者を助けたいと思うなら、それを第一課題としてロシアと交渉すべきであるがしなかった。

だから白川が「逃げることができない人がいるのが必然」のように書くのは間違いと考える。それは政治による変化を見ずに、運命のように認識している間違いである。この「弱者は逃げられない」というのが2点目の異論点である。

 

私が、以上のような点で白川の主張に違和感を感じるのは、日本で万が一外国からの本格的な侵攻があったときに(私は尖閣列島など遠隔の島以外では侵攻はないと考えている)、私は政府の軍隊(自衛隊)と一体となって武器をもってえ戦うことはないと思うからで、その感覚は大事だと思っている。

白川さんもそういう感覚は日本では考えているようだが、ウクライナでは、ウクライナ国内が一枚岩でないという視点が欠如し、「雄々しくロシアと戦い続けると宣言する政権」と反体制(非暴力)の民衆、戦争で巻き込まれて命が危なくなる人々との区分が甘くなっていると感じた。そこに、ウクライナの政権を含む、ナショナリズムへの批判性(嫌悪感)や、非暴力主義への深い共感の面(軍隊・武力的なものへの嫌悪感・拒否感)での私との温度差を感じた。

 

 

次に、第3の異論点であるが、白川は「日本における軍事力強化の大合唱に屈服することにはならない。いまこそ、非軍事・非武装を積極的に主張すべき時である。」「国家の自衛権をフィクションとして否認する立場」と後半でのべている。

私はそれに賛成であるが、今ウクライナ戦争への意見を日本で言うことは、日本国内の各人の思想的スタンスを醸成する契機になるので、だからこそ、自分の言説の、日本での影響も考えなくてはならないと考える。

日本で主流の言説は、「ロシアが悪くて、ウクライナの抵抗戦は全面的に正しい」として、「政治判断して、妥協・降伏してでも国民の命を守れ」「ウクライナにも悪いところがあった」というような意見をつるし上げて叩くようになっている。また「現実政治は武力で決まる」「ロシアを交渉テーブルにつかせるためには、軍事的にロシアを追い詰めるしかない」「武力には武力でという思想で、日本は今こそ軍事力を高め、台湾有事などにも備えていかなくてはならない」「敵基地を先制攻撃してでも自衛しないといけない」というようになっている中で、白川のように「ウクライナの抵抗戦を支持する」というニュアンスが強い主張は、「非軍事・非武装を積極的に主張し、その理解を広げる」に資するよりも、足を引っ張るのではないか。

テレビで防衛相防衛研究所なるところの人物が何人も出て、武力主義(戦術発想)の思想を振りまいているのである。そのなかで、白川のスタンスは、そうした「ロシアを交渉のテーブルにつかせるためにもウクライナが戦争で反撃し優位な状況を作るしかない」という防衛研究所のスタンスと重なるところが結果的に多くなっている。

私は、今こそ、非暴力の思想が問われていると思うので、防衛研究所のスタンスとは全く異なる思想もあるのだとし、『逃げること』をもっと前に出すことが大事ではないか、それを「お花畑」と嘲笑する空気と対抗することが必要ではないかと思っている。「武力的に攻撃されても武力的に対抗する以外を考える」という思想を深めることが大事と思っている。

そうした視点で、これまでも、今回も、自説を書いてきたし、自分の生き方としてきたし、DV論・ジェンダー論を展開してきた。この観点から、白川さんの後半の主張は、前半のウクライナ支持の主張と後半の左翼的主張の間に、「実際に日本社会・読者個人に与える影響」を感がると矛盾した面があると感じた。

DV加害者は「相手が襲ってきたら暴力的に対抗する」「相手がメンチ切ってくるとか偉そうに言ってくるとか、肩がぶつかるなど、調子乗ってきたら「はぁ?」という感じで対抗する」ような人が多い。その延長に「妻が攻撃的なので我慢しきれず切れた」というような人がプログラム参加初期には多い。それに対して、そういう時に暴力を選ばずに、非暴力的に生きるということを考えていくのが、「DV加害者プログラム」である。そうしたことの積み重ねの上に、もし「尖閣列島が占領されたら」「台湾有事が起こったら」にも、平和的な対応を考えられる力が醸成されなくてはならない。

以上が、白川さんの4月メモを一読したコメントである。

 

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ウクライナ戦争をめぐる論点(メモ風に)」

http://www.peoples-plan.org/jp/modules/article/index.php?content_id=240

 

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ウクライナ戦争にどう向き合うべきか

2022年4月24日      白川真澄

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ながい窖 - 手塚治虫 (日本語版)

ながい窖 - 手塚治虫 (日本語版)

 

手塚治虫さんがこんな漫画を描いていたということを、

WAM のMLで教えてもらいました。

ながい窖 - 手塚治虫 (日本語版)

https://trashbag.tistory.com/209?fbclid=IwAR2ts6c_JTE-13FMxxfxEaSFGY9TWc9PC9

5PK4rk0oviQPSeX7Qffm-tgx

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AV出演被害防止・救済法の実現を求める会  声明

「AV出演被害防止・救済法の実現を求める会」から声明が出ました。

 

https://sites.google.com/view/astatement/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0

 

声明                       

                                        AV出演被害防止・救済法の実現を求める会

                                                

1 5月13日に 与野党実務担当者会議においてAV出演被害防止・救済法法案の素案がまとまったとの報道に接しました。

私たちは、与野党実務者が取りまとめた法案を、被害者の尊厳や人権を守り、被害の予防や救済を実現するために必要な法律であると評価し、一日も早い全会一致での成立を望みます。

 

2 AVをめぐっては、出演による甚大な被害が発生しています。密室で行われる制作AVプロセスにおいて出演者が脆弱な立場に置かれ、意に反する性行為をさせられる危険性が高いうえ、自らが被写体となった性行為の映像がインターネット等を通じて販売・配信・拡散されて不特定多数の者に視聴され、半永久的に残ることに対する精神的苦痛が極めて深刻です。ところが、AV を直接の対象とした監督官庁や法規制は存在せず、被害を受けたことの立証責任を被害者が負うため、警察や裁判所による救済も十分に機能せず、被害者はPTSD罹患・自死など深刻な状況に苦しんできました。

性行為動画の拡散を止めるほぼ唯一の確実な救済手段であった18歳、19歳の未成年者取消権が、成人年齢引き下げによって奪われることになり、新たな被害の増大が懸念される中、私たちは、未成年者取消権と同等の被害者保護の存続を求めてきました。

全年齢を対象とする法案検討が始まった後は、支援団体等6団体が5 月 9 日に提出した要望書の実現を中心に、法案の課題解決を粘り強く求め、国会議員と対話を重ねてきました。

 

3 私たちの働きかけの結果は真剣に受け止められ、格段の前進があったことを評価することができます。法案は、AVの被害がいかに甚大かを十分に踏まえ、通常の契約法理を越えて、被害者に寄り添った被害救済を規定しています。

「出演者に対して性行為を強制してはならない」(3条)ことを前提に、契約締結段階で事業者に詳細な説明義務・契約書交付義務を課し(4~6条)、撮影は契約書・説明文書の提供から1か月経過後と定め、出演契約に定めた行為でも全部又は一部を拒絶できるとしています(7条)。撮影終了後、出演者に対し、撮影された映像を確認する機会を与えなければならないとされ(8条)、撮影終了後公表までの間に4か月を空けなければないとし(9条)、幾重にも出演者に対する保護を定めています。

事業者の義務に反する場合、出演者は無効、解除・取消が可能であり(10~12条)、さらに重要なことは、出演者は、公表後1年間(但し、施行後2年間は2年間)はいつでも無条件で何らの違約金も課されずに解除することができ(13条)、その結果、事業者は回収を含めた原状回復義務を負い(14条)、出演者は公表の差し止め請求ができ(15条)、さらに拡散防止に関する規定も導入されています(16条)。さらに実効性確保のため、規定に違反した事業者に対する罰則規定が定められ重い法人処罰も規定されています(20~22条)。

こうした法案の規定は、被害者に対し、人権と尊厳の回復を実現できる強力な法的手段を付与するものであり、被害防止と被害救済にとって画期的なものと言えます。

とはいえ、これら規定が適切に運用され実効的な救済が図られるかは早期に検証され不断に見直されるべきです。その意味で2年以内に見直すとの規定を設けたことも評価できます(経過措置第4条)

 

4 本法案をめぐっては、性交及び性交類似行為他性行為と称される行為が全て合意によって合法とされてしまう懸念が指摘されました。

 与野党はこの懸念に応え、①「性行為を行う人の姿態」の表現は「性行為に係る人の姿態」と改め(2条2項、3項、4条3項4号、7条2項、3項、4項)、②第1条に「性行為の強制の禁止並びに他の法令による契約の無効および性行為その他の行為の禁止または制限をいささかも変更するものではないとのこの法律の実施及び解釈の基本原則」が示され、第3条に「売春防止法その他の法令において禁止され又は制限されている性行為その他の行為を行うことができることとなるものではない」と規定されています。

本法の罰則規定や、関連する刑事法規定を厳格に運用することにより、上記懸念を払しょくする努力を進める必要があります。

法制審議会では、刑法性犯罪規定の改正、性的姿態の撮影罪の導入に関する議論が進んでいます。出演者が意に反する性的行為および撮影の被害にあった場合に、加害者を確実に処罰する規定を実現することも重要な課題です。

以上見てきた通り、画期的な意義を有するこの法案を葬り去ることにより、再び被害救済が否定される状態を生むことは許されないと私たちは考えます。法律の制定が遅れれば遅れるほど新たな被害者が生まれる現実に私たちは責任を負うべきです。

この法案について現在議論されている課題は、法制定後2年の見直しにむかってさらに議論を重ね、より良い改正をはかっていくこと、この法律の制定を第一段階として、速やかにAV等における性的搾取や人身売買の根絶のために取り組んでいくことを、この問題に心を寄せる全ての人に呼びかけます。

                         

  2022年5月15日

AV出演被害防止・救済法の実現を求める会

 

伊藤和子 内田絵梨 岡恵 大谷恭子 納田さおり 金尻カズナ 北仲千里 後藤弘子 近藤恵子 周藤由美子 寺町東子 橘ジュン 皆川満寿美 山崎菊乃 山崎友記子 雪田樹理 (アイウエオ順)

 

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労働問題への対応の知恵――プレリアートユニオンのYoutub

 

労働問題についての基礎を以下、分かりやすく説明する動画などの紹介です。

プレカリアートユニオンの清水直子さんからの情報です。

 

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プレカリアートユニオンのYoutubeちゃんねる、プレカリちゃんねるで動画を公開しました。

https://youtu.be/DmO5Uovd4BU

なぜ、労働組合の団体交渉で問題を解決できるの?

 

前回は、団結権を使って、労働組合を作れる(加入できる)ことをご説明しました。

労働組合って何? 個人加盟の労働組合(ユニオン)はなぜ(組合員個人の待遇も含め)職場の問題を解決できるの?

https://youtu.be/bA7XAuf-0Rg

 

今回は、私たちプレカリアートユニオンのような労働組合は、団体交渉によって、なぜ問題を解決できるのか、をお話しました。

 

プレカリアートユニオンは、誰でも1人でも加入できる労働組合です。

職場のあらゆる問題の相談に対応しています。

労働組合は、働く人どうしの助け合いの組織です。

 

雇う人と雇われる人では、どうしても雇う人の方が力が強くなりがち。そこで、憲法労働組合法で、労働組合を作る権利、団体交渉をする権利、団体行動(争議行動・直接行動)をする権利などが認められており、労働条件をもっとよくしたり、「クビ」「給料が払われない」「職場でいじめられる」など働く上でのトラブルや権利侵害を解決するために力を発揮することができます。

 

憲法28条「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」

 

労働者が2人いれば労働組合を作ることができますし、どんな職場で働いていても、私たちのような個人加盟の労働組合に1人から加入することができます。

もしあなたが1人で、会社に問題解決のための話し合いを求めても、会社側は、応じる義務まではありません。

しかし、労働組合に加入し、労働組合が正式に団体交渉という協議を申し入れたら、会社は拒否することができません。

 

労働組合は、話し合いで問題を解決し、利害を調整することを目指しています。

 

しかし、下手に出てお願いをするような話し合いをするわけではありません。いざということきは、争議権を行使し、直接行動を行います。在職であれば、仕事をしないという「ストライキ」、それ以外にも、会社の前でビラまきをしたり、拡声器を使ってアピールしたりしながら、問題を社会的に訴え、会社に圧力をかけます。

 

これを個人でやってしまうと、営業妨害などとして、損害賠償を請求されたり、刑事罰を科されたりします。しかし、労働組合が、争議権の行使として行う場合は、刑事上も民事上も免責されるという特徴があります。

 

プレカリアートユニオンは、1人から加入できる(個人加盟の)合同労組とよばれる労働組合です。労働組合は、働く人どうしの助け合いの組織。

会社や行政からお金をもらったりしないで、自分たちの力で運営し、労働条件を守ったり、よくしたり、働く上でのトラブルを解決するために活動します。

 

労働組合とは何か→https://www.precariat-union.or.jp/information/method.html

 

こちらの動画もぜひご覧ください。

【(6)LGBTQ+暮らしに役立つ情報シリーズ12選】労働組合ならLGBTQの職場の問題を解決できる

https://youtu.be/jwjkhssMzwE

【(7)LGBTQ+暮らしに役立つ情報シリーズ12選】誰でも1人から加入できる労働組合とは「解決できた具体例」

https://youtu.be/-MWA70niB8A

 

 

【2022春闘のテーマソング「賃金を上げよう」公開しました】

https://youtu.be/C5Vine3IprM

 

【労働相談は】

誰でも1人から加入できる労働組合

プレカリアートユニオン

〒160-0004東京都新宿区四谷4-28-14パレ・ウルー5F

ユニオン運動センター内

TEL03-6273-0699 FAX03-4335-0971

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AV業界に有利なAV新法に反対する急アクション

 

 

AV業界に有利なAV新法に反対する緊急アクション

 

以下のようになっているということです。いつもながら自民党、何しとるんや です。

**************

みなさま

 

【緊急拡散!】AV業界に有利なAV新法に反対する緊急アクションへの呼びかけ

 

AVに関する新法が、今国会でとんでもないスケジュールで通されようとしています。

自民党による骨子案では、その内容が業者にとって大変都合がよく、このままでは売春防止法にも反する「性交」を金銭取引の対象にすることを法的に認め、国家的に認められた AVが誕生することになります。

もともとは成人年齢引き下げに伴い、1819歳の契約の取消権を求める被害当事者や支援団体の声に応えて検討が始まったものですが、いつのまにか業者側に都合の良いものになり、通されようとしています。

 

この動きに気づいた民間支援団体につながる方がヒアリングの場を設けるように働きかけ、5月9日に与党と各党の実務者会議に民間団体が呼ばれました。これが、最初で最後のヒアリングでした。

ヒアリングには AV業界団体も呼ばれており、「AV出演強要は一件もなか った」など、被害当事者や支援団体の見ている現実とは全く違う主張をしていました。

また、「AV は 3000 億円の市場であり、厳しい法規制がかかると、AV 業界がつぶれ、それだけの市場が海外に流れることになるかもしれない。AV は大企業でありビジネスとしてやっている。業界で「稼げた」という人は最低でも1 億円は稼いでおり、スカウトも2千万円 は稼いでいる」などとAV 業界の実態を紹介し、「人権」ではなく「ビジネス」の問題として主張しています。

AV業界団体は、性搾取をビジネスとして正当化するための「自主規制」を行っており、この新法は、それを参考にして作られています。

 

民間支援団体 6 団体で要望書を届け、このままでは到底受け入れられないことを伝えましたが、世論の後押しがなければこのまま新法が成立してしまいそうです。 被害の実態もよく知られないまま、ほとんど議論されないままに突然でてきたこの法律では、さまざまな点で、業者や消費者たちに都合の良いものとなっています。

私たちは、この法案のまま新法ができることのメリットは一つもなく、ますます性搾取を深刻化させると考えています。 このまま新法が成立しても、被害者救済につながらないどころか、被害を拡大し、さらなる女性差別や人権侵害が生じることにつながります。

このように性搾取を正当化する法律の強行を止めるためには、私たち市民が反対の声をあげることが必要です。 なんと、今月中には衆議院を通過させるスケジュールで動いています。時間がありません。

以下の緊急アクションを有志で企画しました。

一緒に声をあげましょう!

 

AV 業界に有利な AV 新法に反対する緊急アクション】

  5 22 () 17 時半〜新宿東口広場にて

  当日は紫のものを身に着けて集まりましょう!

#AV新法に反対します」で、SNS でも反対の声をあげましょう!

AV 業界に有利なAV 新法に反対する緊急アクションTwitter → @StopAVlaw

https://twitter.com/stopavla

 

【呼びかけ人(順不同)】

北原 みのり(NPO 法人ぱっぷす 副理事長)

仁藤 夢乃(一般社団法人 Colabo 代表理事)

角田 由紀子(弁護士)

石川 優実(俳優・アクティビスト)

小川 たまか(ライター)

菱山 南帆子(市民運動家)

太田 啓子(弁護士)

辛 淑玉(人材育成コンサルタント)

山田 不二子(認定 NPO 法人チャイルドファーストジャパン 理事長)

郡司 真子(AV 出演対策委員会)

宮子 あずさ(看護師・コラムニスト)

小野沢 あかね(立教大学教員)

阿部 真紀(認定 NPO 法人エンパワメントかながわ 理事長)

金 富子(東京外国語大学)

黒澤 いつき(明日の自由を守る若手弁護士の会)

梁 澄子(希望のたね基金 代表理事)

甲斐田 万智子(認定 NPO 法人国際子ども権利センター(シーライツ ) 代表理事)

 

 

小泉悠氏の意見を批判する

小泉悠氏の意見を批判する

2022年5月5日

前回は高橋氏を批判したが、よく似た論理の小泉氏を今回は取り上げる。小泉悠氏(以下、敬称略)はテレビや新聞によくでている人物であり、ネットでも以下のようなことを語っている。

小泉悠「ウクライナ戦争、終結のジレンマ」 https://youtu.be/Cn4c7X2w7Eg

小泉悠×池内恵×千々和泰明「戦争の終わらせ方」 #国際政治ch 119

https://www.youtube.com/watch?v=Nl8D8gsJ3nA

 

この種の意見が幅をきかせていると思うので、批判しておきたい。

私は彼の感覚、意見、考え方に反対だ。自分の意見だけが正しいという姿勢はおかしいと思うが、小泉は視野(思考の枠)が狭くなって自分の正しさに閉じこもっている。「ジレンマ」という言葉でごまかしている。そのことに自覚がない。自分と異なる意見を見くびっている、その意味で無知である。

以下、いかに視野が狭くなっているかを指摘しておきたい。

 

小泉だけでなく、ロシア侵攻問題での意見の違いで、相手を馬鹿にするような風潮が一層激化している。それ自体が問題と思う。

****

小泉らの主張は単純で同じ視点で1つの主張を繰り返している。

それは「ウクライナは軍事的に、徹底抗戦し、一定勝たないと、ひどいことになる!ほかに選択肢はない。」という主旨である。

その主張だと、チキンレース状態になって戦争が拡大していくこと(大規模戦争、第3次世界大戦、核戦争)については、ジレンマといって、思考停止しているだけである。主観的な希望的観測でそうはならないだろうと思い込んで「徹底抗戦しかない」と主張している。

 

以下、それを、まず確認しておく。

小泉および千々和泰明等の主張

停戦はテーブルの上でおこなわれるのでなく、戦場の力関係で決まる。だからウクライナが抵抗し、一定の勝利を収めないと、まともな停戦にならない。

闘って交渉条件を有利にしないと、停戦にならない。戦うことが停戦には必須の条件。

ウクライナが「支配されていいですよ」というなら外野の我々が言うことはないが、一定のまともな停戦になるには闘いが絶対に必要。

占領された後、虐殺されているので、負けたら拷問、虐殺、レイプが行われる。領土が奪われ、祖国が亡くなる。その意味でウクライナはロシアに降伏できない。してはならない。ウクライナにしたら抗戦しかない。 

米国も支援しているし、一方的に負けるとは限らない。核戦争になるかもしれないのはジレンマ。でもロシアとしてもNATOが参戦するのは困る(から、ムチャをしないだろう)。

核を使っても、その後、ロシアは優勢でなくなるから(使わないだろう) 

核を使っても戦争は終わらないで、ロシアが終わる(だから使わないだろう)

政治的目的の達成にならない(だから核を使わないだろう)

(だからウクライナの徹底抗戦はしてもいいだろう) 

「戦争終結なら何でもいい」のでなく、どのような条件によってもたらされた終結かが大事だ。

「平和の回復にとって重要なのは それがどのような条件によってもたらされた戦争終結であり、それによって交戦勢力同士が、お互いに何が得られ、何が失われるかということである。ここに戦争終結のジレンマを問う意味がある。」千々和泰明著「戦争は以下に集結したか」p275

 

ウクライナが屈服すれば戦争は終わるが、それは本当の解決ではない。

すぐに終わらせたいのはやまやまだが、どういう形での終結かが、戦後の世界の政治、世界のあり方を決めるから、今、ウクライナが闘うことには意味がある。戦ってもらわないと困る。

第二次世界大戦でも、ドイツが勝った後の世界をどうするのか、ということで、第二次大戦は、下手に集結させずにドイツと徹底的に戦った。今回、ロシアが勝ったら、たいへんなことになる。だから世界(日本や西側諸国など)は、とにかく戦争を終わらせるためにウクライナに降伏しろとは言うべきでなく、徹底抗戦させて、ロシアをやっつけないといけない。(戦後のよき世界のためにも、ロシアを勝たして、自由にさせてはいけない)

小泉らの主張、終わり

注:「( )」の中は、明確には言わないが文脈上、それを言っているという内容

 

「小泉悠×池内恵×千々和泰明」の3人は、こうしたことを繰り返して言うだけ。

この程度の話で、「なるほどそうだ」と思う人がいるのが現実だ。

私とは大きく、「今まで何を考えて生きてきたか」が違うと感じる。

これは、私(伊田)から見れば、同意できない意見だ。どっちが正しいではなく、少なくともいえることは、意見の違いがあり、どちらかだけが正しいと言えるものではないということだと思う。私を含め、非暴力主義の側の意見を理解していないという意味で、視野が狭い意見をいっているが、エラそうに自分が一番わかっているというように論じ、「降伏すべき」「停戦すべき」というような傾向の意見を、よく知らないで、浅い意見と見下して批判している。

小泉らの思想、政治路線があることは私は当然、承知するし、それもあるということは分かる。リアリズムということで、多くの人がそれに囚われている。歴史はほとんどパワー・暴力武力・陰謀・買収で動いてきた。私の言葉でいうと、主流秩序に沿った思考の人が多いことは分かる。だがそれは、正しいということではないし、私もその意見に同意しないといけないということにもならない。伊田の考え方が間違っているといわれるものでもない。

小泉らの思想・路線は、「力で正義を実現させようという思想」であり、それがリアリズムだということで、そうでないものを「お花畑」「空論」とレッテルを張って馬鹿にするスタンスだ。

私は、それも一つの現実主義と認識するが、しかしそうでない道が見えているので、見えていない人のくちぶりには困ったものだと思う。ウクライナの政治家や軍人や一般庶民も、多くは、「戦争を経験して、非戦・非暴力のような思想と格闘して到達した」というのでなく、いまだ素朴に、武力には武力で、そしてナショナリズム的なものに引っ張られているなと思う。

小泉や高橋、それと類似のインテリやメディアたちの発想は、単純だなと思う。そこに悩みや迷いや複雑さがない。政治だけでなく、一人の命の重みの前で悩む姿勢、過去にいかに暴力と非暴力で悩んだのかの深みが感じられない。

言っているのは

「今回は、プーチンは、ウクライナを屈服させて支配するまで戦争を辞めないだろう、そういう場合、話し合いでは落としどころは見えないから、プーチンは話し合いに応じない、パワーで抑えないといけない、それしかない」

ということだけだ。

しかし、矛盾がある。もし「プーチンウクライナを屈服させて支配するまで戦争を辞めない」としたら、ロシアが勝つまでは終わらないということにもなる。それに対して、そういう「暴漢」「悪魔」を力で抑える以外に、そういうものから逃げるというのが現実的な選択肢としてある。小泉たちはそこの選択肢を考えず、チキンゲームに応じて相手を屈服させるしかないという。馬鹿相手に、こっちの強さを見せつけてやるというチキンゲームで勝とうとしているのだ。相手に勝てるのか。チキンゲームの結果はどうなるのか、ということを考えないといけない。以下そのあたりを、伝えていきたい。

 

小泉的な人たちは、リアリストだということで「リアルなパワーが必要」といっているだけ。単純な頭の持ち主の考え方である。そういうひとは、理想主義、ユートピア主義は空論で意味がないというし、そうとしか思えない。其れは視野が狭く、軍事的にしか世界を見ておらず、知性の欠如だと思う。

愚かである。それならば、戦国時代と同じである。

小泉の言うようにロシアが絶対にひかないなら、ゲーム理論が示すように、妥協したほうが自分の利益になる。だが小泉たちは、そんな事をしたら世界(の勢力関係)がひどくなるので、ならず者の横暴を許さないようにしないといけないという。だが、ロシアは屈服しないので、小泉たちの議論は矛盾にぶち当たる。ウクライナがロシアに戦争で勝利するのはなかなかむつかしいので、実は小泉の路線に展望はない。非合理的かつ主観的に、何とか、ロシアが戦争で不利になる中で停戦に応じてほしいと思っている。願望的には軍事的に勝ちたいと思っている。とにかく力でロシアを抑えるしかないという発想だ。つまり、結局は「パワー、それしかない」という昔ながらの暴力主義のままで、しかし、ロシアには勝てないし、プーチンは妥協しないので、小泉たちは展望を示せない。米国の武器でロシアに勝ちたいという方向ばかりに目を向けている。とにかく軍事的にしか考えない。

それなのに、何か真実を言っているような口ぶりで、結局、「抗戦しかない」と繰り返すだけだ。あとはウクライナの抵抗する人への共感の気持ちという精神主義での、「戦い・戦争の美化」だ。戦争映画を見て感動するあれだ【それは右翼も、左翼も、ヒトラーも好きなもの。戦意高揚はいつも為政者が考えるもの】。それがリアリズムだと言っているだけ。

この理屈だと、相手が絶対的な武力主義者だと、こっちも力で抑えるしかないということになり、戦争はエスカレートするしかない。核戦争の危機も出る。プーチンが絶対にひかないおかしな奴というのが小泉の主張の出発点だから、デッドエンドまでいくしかない。小泉のプーチン観だと、小泉に答えは出ない。

***

それに対し、いくら相手がプーチン(暴力主義・ひどい奴)であろうと、何とか「話し合い」をしていこうとするのが、交渉による政治なのではないか。 

それでもうまくいかないかもしれない。しかし、交渉しかない。 そしてその中では、妥協、敗北、がある。 敗北しても、無限の戦争のエスカレートよりもマシということを選択肢に入れる必要があるのは当然である。ゼリンスキーの言うように「最後まで戦う」というのは、まさに日本が言っていた精神主義であり、命の軽視である。ゼリンスキーは「とにかく武器をくれ」と言っている。ウクライナの中で、どの路線で行くかの話し合いを重ねようとしていない。戦うみちしかないということを国民に押し付けている。

「逃げる、負ける」という選択肢を理解する人が少なすぎる。それは、世界中で積み重ねられてきた、非戦の努力、紛争解決の努力、和平プロセス、そして日本国憲法の精神が忘れられている。知らない無知。

それは「戦争はもうこりごりだ」というところから生み出された多くの経験値が、忘れられているということ。「国が亡くなる、郷土が奪われる、こんなひどいことをしたやつらが憎い、ゆるせない、死んでもいいから相手と戦いたい」などという、過去にあった感情の動員によるナショナリズム的な戦争の思想でとどまっている。

 

だが、その結果はいつも悲惨である。ひとりの人間にとって人生は一回きりであり、愛する家族や知人を失ったり大けが・障害に至らせる戦争は、とにかくしないこと、減らすこと、早く止めることである。

暴漢にナイフや銃をちらつかせられて「金出せ」と言われたら金を出すのも生き残りの方法である。レイプされそうになったら、「命を懸けて貞操を守れ」ではなく、レイプされても生き延びる道もあるという選択肢を残すのは当然である。もちろんレイプなど許せない、ひどいことである。加害者は許せない、殺したいほど憎い。でも、現実的には、悪いのは加害者であり被害者は抵抗しない選択で生き延びてもいいのである。

そんな中で死刑制度も論じられ、徐々に死刑制度は廃止されてきている。個人の復讐・リンチも禁止されている。「目には目を」ではない、修復的司法の視点での刑法の改革も、囚人への教育的かかわりも進みつつある。

そんな時代にそういうことなどないかのように、リアリズムは、銃を持ってロシアと闘うことだという。武器は異常に発達し、戦争のレベルは高度化している。最新化され組織された軍隊に武力で勝つのは昔以上にむつかしくなっている。だから政治闘争も武力革命ではなく非暴力的な政治闘争が指向されている。 

***

今の日本でも差別する人がいるし、ひどい政治が無数にあり、それに怒りがある。今、日本でも不当弾圧、不当逮捕などもある。だがそれが許せないからこちらも銃を持って反政府勢力となって戦うか、ゲリラをするかというと、それはしないという立場だ。昔と違って今はそういう戦いで社会を変える、革命するということが適さない時代と思う。つまり今でもひどいことをされる人はたくさんいるが、それでもだから爆弾やナイフを持って戦えとはならない。言葉によるいじめ、集団いじめが「ロシアの侵攻」よりも軽いと言える感性に私は反対である。もちろん、戦争、爆弾・爆撃で人を殺すなど絶対に許せない。しかし、命を奪わなくとも、殴ったり、皆に笑われたり、リンチされたり、無視されたり、誹謗中傷されるなどひどい人権侵害はある。性暴力、いじめ、DV,パワハラ、セクハラで許せないレベルのものがある。それを軽視することなどできない。加害者に対しては、デスノートに名前を書いて抹殺したいと思う人は多いだろう。拷問して苦しめたい、同じ苦しみを味わわせたい、と思う人は多いだろう。当然だ。

だが、しかし、でも、今の時代、そうした犯罪者や加害者、悪質なものに対して、殺すとかリンチするとか、武器で抹殺する、拷問するような戦い・報復という解決策を私たちはとらないはずだ。そうした加害者を死刑にも処さないというのが、私の、そして死刑反対派のスタンスだ。

そこには、深い、暴力への「忌避する感覚」がある。動物の「と殺」にさえ、今やアニマルライツとして、その命をとることを見直そうという人が増えている。

殺すことには痛みがあるのだ。人を殺すこと、動物を殺すことへの躊躇がないことへの違和感を持つかどうか。

戦争の経験は、そして、軍人・兵士は、徐々に殺人や死体に慣れていく。軍隊内の暴力や理不尽な命令やいじめにも慣れていく。軍隊とはそもそも、相手を倒す訓練をするのだ。銃だけでなく様ざまな武器の使い方を訓練する。標的を破壊する訓練。爆弾投下、ミサイル発射、ドローン攻撃。街を破壊し、人を殺す訓練…。

そういうことに違和感、忌避感、おぞましいとおもう感覚、怖い感覚、できない感覚、そういうことを大事にしたいとおもう人が、人権やフェミや非暴力や反戦争、死刑制度見直し、入管制度の改善を語っている。軍隊があるとしても、不当な目入れには従わないための「兵士の抗命権」の確立を求めている。

そこでいのち、人権を大事にするからこそ、暴力・軍事・攻撃を忌避するからこそ、人権抑圧にも、武力・暴力ではない形で対抗しようとしている。「新撰組」的有り様を気持ち良いとは思わない。

映画やドラマだから何とかヒーロー/ヒロインが相手をばったばったと殴り倒したり、銃を乱射したりするのを娯楽としてみているが、敏感な人はそういうものにも少しずつ違和感を感じている。そういう「目には目を」「武力にはより強い武力でやり返す」ではない物語を好むようになっていく人は多い。

過去は、それでも負ける闘いでも身を投じるしかない時代もあった。私はそれは素晴らしいとおもうし、美しいと思うし、その犠牲の上に今の社会があると思うので、闘いを引き継ぎたいと思う。

だが、2022年の現在、ひどいことに対して、こちらが銃や武器を持って戦うことは選ばない。加害者と同じような感性では、戦わない、戦いたくない。同じ世界に堕ちたくない。それがは暴力への従属であり敗北だ。軍人的世界観への堕落だ。私たちは、その「戦い方」に違いを見出すだろう。いま、暴力には、非暴力で戦おうとするのだ。たとえば、軍事力・武器を放棄し、無防備地域宣言をだすことで。兵役拒否をすることで。

昨日、テレビドラマ『悪女』で わかりやすく女性差別問題を扱っていた。1980年代のこのマンガが、今ほぼ同じ内容でドラマになっても古びないという、この40年の停滞。そこに怒りを感じるのは私だけではない。こうした差別・抑圧には腹の底から怒る人がいてもいい。私もその側だからフェミニストだ。

 だがだからといって差別するやつを殴るかと言うとそういう戦い方を選ばないのが私たちのスタンスだ。

そうした基本に関わるのが、「外国から侵攻されたときどうするか」であり、「尖閣などの領土問題や台湾有事で、軍隊での戦争参加に賛成するかどうか」である。それは奴隷になるということではない。ロシアと戦わないと、レイプされ、虐殺され、シベリア送りだという単純な言い方で、あれかこれかを決めつけるのは、和平プロセスや交渉の丁寧なあり方(それによる結果の多様性)を無視した、議論の仕方だ。その発想だと、どんな戦い・争いも「勝つしかない、負けたら終わりだ」となる。そういう人は「勝った」ときに傲慢になるだろう。勝ったこと(武力を行使したこと)への反省が生まれにくいだろう。

どこまでも同じ単純な論理だけ。それを防衛省の下部機関の人間たちがテレビで広めまくっている。日本国憲法など全く無視して。

戦争の経験を忘れている日本になってしまった。

***

ミスチルの「タガタメ」(アルバム 『シフクノオト』2004年 所収)は言う。

 

この星を見てるのは

君と僕と あと何人いるかな

ある人は泣いてるだろう

ある人はキスでもしてるんだろう

子供らを被害者に 加害者にもせずに

この街で暮らすため まず何をすべきだろう?

でももしも被害者に 加害者になったとき

出来ることと言えば

涙を流し 瞼を腫らし

祈るほかにないのか?

 

タダタダダキアッテ (ただただ抱き合って)

カタタキダキアッテ (肩たたき抱き合って)

テヲトッテダキアッテ (手を取って抱き合って)

 

左の人 右の人 

ふとした場所できっと繋がってるから

片一方を裁けないよな

僕らは連鎖する生き物だよ

 

この世界に潜む 怒りや悲しみに

あと何度出会うだろう それを許せるかな?

明日 もし晴れたら広い公園へ行こう

そしてブラブラ歩こう

手をつないで 犬も連れて

何も考えないで行こう

 

タタカッテ タタカッテ (戦って戦って)

タガタメ タタカッテ (誰がため 戦って)

タタカッテ ダレ カッタ (戦って 誰 勝った?)

タガタメダ タガタメダ(誰がためだ?誰がためだ?)

タガタメ タタカッタ (誰がため 戦った?)

 

子供らを被害者に 加害者にもせずに

この街で暮らすため まず何をすべきだろう?

でももしも被害者に 加害者になったとき

かろうじてできることは

相変らず 性懲りもなく

愛すること以外ない

 

タダタダ ダキアッテ (ただただ抱き合って)

カタタタキダキアッテ (肩たたき抱き合って)

テヲトッテダキアッテ (手を取って抱き合って)

タダタダタダ (ただただただ)

タダタダタダ (ただただただ)

タダ ダキアッテイコウ (ただ抱き合っていこう)

 

タタカッテ タタカッテ (戦って戦って)

タガタメ タタカッテ (誰がため 戦って)

タタカッテ ダレ カッタ (戦って 誰 勝った?)

タガタメダ タガタメダ(誰がためだ?誰がためだ?)

タガタメ タタカッタ (誰がため 戦った?)

 

***

ミスチルの歌を含め、そこで格闘されている水準に立ちたいと思う。

こうしたことにかかわるので、非暴力主義のそうした点を考慮しないで、ユートピア主義、空論だと馬鹿にする人たちこそ、愚かだなと思う。

たとえばネット記事で見たが、伊藤千尋というジャーナリストは、「周囲の人が侵略者と戦っているときに逃げるのは、はっきり言って卑怯だ」「抵抗もせず手をあげて相手の言うなりになるのは「奴隷の平和」であり、「悪」を認めることです。人類の歴史を後退させることだ」という。上記と同類である。あまりに浅くて、言葉を失う。

 

またMLで岡林さんが、非暴力主義派を批判しているが、その内容も、口調も相手を見下す感じで、すこし暴力的だなと感じる。

岡林は、「丸腰で抵抗しろと言っているようでは日本の平和運動は誰も相手にされず壊滅していく」「国家権力を獲得することを目標にした政党の見解やその選挙政策では、徹底したリアリズムで妥協もした政策を示して支持を得なければならない」「どうやって具体的に現実的な国民合意にできるか」「観念的な非戦論では今の日本では選挙で多数派になれない」というように、とにかく国民の多数の支持を得ないといけないという考えにとらわれている。

それは政治や運動の一部の話であって、暴力にどう自分は向き合うのか、スタンスをとるのかという話のすべてではない。それなのに岡林は、政党の話や選挙の話こそが中心課題かのように決めつけている。「政治的に勝たないと実現しないでしょ」という発想だろう。

ある種の人が、政治的にどう影響力を持つか、選挙でどう勝つか、いかに多数派になって権力を握るかに関心があるのは分かる。でも、私が今、暴力にどう向かうかという話をするのはそれとは違う次元なのだということ。政治的に勝つのはむつかしいという現実というところから出発し、それでもどうするかが大事で、それが市民国民一人一人には大事なことだということが岡林には見えていないのだと思う。

だから言い方が、「違う分野の話をしているという謙虚さ」や優しい伝え方がなく、何でも自分の土俵でないとだめという切り捨て方になっている感じがある。

言い換えれば、選挙に勝つかどうかの話だけが大事と思うのはそれは一つの政治的なスタンスであって、生き方としても思想としても私とは異なるスタンスだ。私が言っているのは多数派になるための戦いのことではなく、自分の生き方のことなのだ。それは常に主流秩序にどう向かうかという問いがあるという感覚。

 

他の人に理解されなくてもいい、賛成されなくても、それはそれであって、自分の生き方が揺らぐ問題ではない。私はそうした生き方はしないし嫌いだということ。

このように言うと、「ああそうですか、それならご自由に」、と言って、自分たちはまた政治の話をするのだろうけれど、話はもう少し入り組んでいて、私は、政治にそのように期待したり中心化すること自体に問題があるんじゃないかと思っている。

 

そこを 伝えるために、分かりやすく言えば「私に政治的な答えはない。そのなかでどうするのか」ということ。

どうすれば選挙に勝ってこんなクソみたいな自民党政治を止められるのか、私にはわからない。現実的に考えて、難しいなと思う。自民党のやりかたのような、主流秩序にのって勝つ方法は分かるが、そうではないスタイルの勢力が勝つのはむつかしいと思う。だから「私たちが選挙で勝つ道がわからない」。それが私のスタンスなのだ。(それに対して、敗北主義だ、厭世的だ、そうではなくこうすれば展望が持てる、という、その展望について、話し合うならわかるが、それが、政治的に選挙で勝つ話だと、私は、展望を持てない。その背景には、主流秩序にかかわる深い問題があると思っているから。)

多くの人が自民党に投票したり主流秩序に流されており、安易にナショナリズムに流されたりし、自分はそうはなりたくないと思い、そういう人の生き方に嫌悪感を持つが、それをどう変えたらいいかは分からない。難しいと思う。(フィリピンの大統領選を見ても、トランプ支持と同じものをみる)

 

歴史的に人々は、絞首刑をショーのように喜んで見てきたが、そして戦争に勝ったと喜ぶようなところがあるが、そうした群衆の熱狂を私は嫌うが、群衆とはそういうものだろうと思う。これをどうしたらいいか、わからない。それはトランプや、プーチンや、安倍・菅・橋下(維新)、マルコスの息子を支持する人がいるという、その“どうしようもない感じの”大衆をどうしたらいいか、わからない。

そもそも、「戦争に勝った」と喜ぶことがおぞましいと思う。愛国心の多くを怪しいと思う。

 

企業では不正がしばしば起こっている。多くの人は長いものに巻かれて犯罪的行為にたいし見て見ぬふりをする。これをどうしたらいいか、わからない。内部告発の制度とかの話はできるが、あまりに多くの人が口をつぐんできたことに対して、ひとの多くはそういうものだと思ってしまう。情けなくて嫌になる。

核兵器を持ち、軍事力を持ち国際政治をパワーゲームで行う人たちがいるのは分かるがそれを現実的にどう止めるかは分からない。

野党を批判する人は多いが、私は、自分が政治家になっても、今の野党以上のことができるとは思えない。リベラル・野党のような理想に近い方の主張を通すのはむつかしいのだ。与党もダメだが野党もダメというような奴らこそ、自分はしていないのにと思う。自分が政治家になれば、今の時代、いかに、この「悲惨な状況」を変えるのがむつかしいかがわかるだろう。悪い政治ならいくらでもできるが。

 

つまり、主流秩序にそって生きている人がいるのはよくわかる。だがそれを止めるなんてことがどうしたらできるか、わからない。

(ちなみに、小泉さんたちに、「私が分かりたいこと」がわかっているとか実現能力があるとも思っていない。ほとんどの学者は語って仕事にして金儲けしているだけである。テレビに出ている、言い切れるような学者は主流秩序にべったりで見ぐるしく胡散臭いと思う。)

 

分かっているのは、教育とか、素晴らしい作品とか、個人的かかわりとか、良質な治療とか、社会運動などで少しは、変わる人がいるということ。でもそれは少数だろうなと思う。静かに一人一人が内省的に変わっていくようなことが大事と思うが、それは静かで、個別で、小数であって、大きな政治的な熱狂とはかけ離れていると思う。

そして、もうひとつ、わかっているのは、こちらも相手に対抗して武力やその他「様々な現実的な手段」で戦えば解決するというのではないということ。

このあたり、意見は分かれると思う。『グッド・ファイト』第3シーズンでは、トランプを再選させないために、汚い手使ってでも勝たねばならないという人たちが出てくる。相手がやっているんだから、コッチはいつまでも「きれいな手」でやっていては勝てないというスタンスだ。

そのように考える人が出てくるのは分かる。リアルに勝つには、基本、そっちだろう。だから実際に政治に携わっていると、米国民主党のようになるだろう。だが、私は、緑の党も、市民運動NPOも、少数意見の反体制の思想家もいてこそ、民主党などもましな政策を徐々に取り入れていくだろう、と思っていて、私は、そういう民主党の外側の役割で良いと思っている。

共和党に対して、民主党的とか、汚い手を使って現実的に勝っていく、というような、そういう現実主義もいるが、私は、そういうことに興味を持てず、自分は違うところで生きたいと思う。私は、自分の生き方としても、自分が周りに伝えたいこととしても、それとは違う道を選んでいる。そういう話だ。

 

長期的には矛盾が大きくなって変わっていくと思う。でも少なくとも当面の勝ち方はわからない。当面、「答え」がみえない中で、悩みながらそれでもやれることをしていくという生き方があると思う。それは身近なところで丁寧に、非暴力的に、生きていくことにつながる。

そういう世界観であるので、「これが正解でしょ」と言って、その「正解」に賛成しない人を見下すような言い方をする人が「暴力的」に見えて嫌いという話だ。

ロシアの侵攻の中で、銃を持って国を守るという徹底抗戦路線をとり、各国が軍事武器や経済的支援を続けて戦争が続く、犠牲者も増える中で、私は自分ならどうするかと考えているのである。私は、銃をとってロシアと戦わないだろう。みんなに逃げようと呼びかける。逃げることは卑怯なことではないというだろう。逃げたうえでの生きかたが問われていると思うというだろう。

 この感覚が分かるかどうか。小泉や高橋らと、違う水準で生きているというのはそういうことだ。

「答えがあるかのような水準」で生きている人とは話が合わない。

若くて愚かだと、勇んでいろいろ言えるだろう。でも、年齢をとると、大きな話で何かできるというようには思えなくなる。若さのメリットもあるが、欠点もある。私は、自分の認識の変化に見合ったスタンスをとるということだ。

 

当面、政治的に「勝てない」としても、私は、投げやりや絶望になるのでなく、今ここから未来社会を先取りするようなことはできるし、自分の生き方も変えていけるというスタンスで生きている。社会全体のDVを全部なくすようなことはできないが、目の前の一つのDVカップルの状況を変えることを、当事者とともに考えて行くことはできる。

死刑にも戦争にも暴力にも反対で、できるだけのことを今ここからしたい。そのためにまず自分が加害者的な面を見直すこと。エラそうな支配的なことをしないようにしたいと思う。主流秩序の上位で幸せと感じるような生き方をやめようと思う。

だから銃はとらないという。「抗戦が当然だ、一択だ、ほかに道はない、勝つまで武器は置くな」等とは言えない。 そうではなく、「一緒に逃げよう」というだろう。

主流秩序の世界も変えられないし、戦争もとめられない。それでも自分の道で生きていく。とにかく戦争は嫌だ。後の世界地図(世界の政治状況)のことなど関係ないと思う人がいてもいい。庶民に、そんなことまで変える力はない。先ずはじぶんと身近なところだ。

それを政治学者や防衛省の宣伝マンや政治家たちが、見下す。だがそんなことは関係ない。自分の道は自分で決めていくだけだ。

抗戦するしかないと息巻いている人は、命をもてあそんでいると私は感じる。正しいかどうかではなく、感覚の問題だ。

死刑制度に反対、ということとつながる。だが「死刑制度」について迷ったり考えたりしないで躊躇なく、受け入れるような人、そこまで考えていない人とは、話が合わない。

私のような異物、主流秩序への抵抗物を、嫌がる人がいる。私は、私の自由を抑圧する人と戦うだろう。でも銃・暴力は使わない。

米国の中で銃規制に反対する人もいるが私は銃規制に賛成の立場である。

トランプ支持派で銃社会肯定の人が銃を持つことは、私には鬱陶しいが、だからといって自分もいつも銃を持って対抗するかというと、それはしない。

***

ということで「どういう方針をとるかは国家の専権事項」なので他国が口出しすべきではない、などという発想自体を、私は批判しているのである。家族の中に個人の領域があるとみるのがシングル単位なので、国家(家族)を一つとみて、他国(家族以外のひと) が口を出すなというのはまさに古臭いという主張だ。私は、家族内の人権侵害に介入するように、他国の国家・社会にも、口を出す。人権侵害には口を出す。自決権だ、他国は口出すな、内政干渉だというのは、Dv加害者の思考感覚に過ぎない。自決権は、各個人にある。

誰もが、おかしなことには口を出していいのである。

犠牲者を数字でとらえるのでなく、一人から見ていくのである。為政者の視点をなぜあなたはもつのか。地面の虫の視点で生きたいと思う。

(5月9日に字の変換ミスなど修正のうえ、加筆)

中島みゆきさんはやっぱり・・・

 

 

大学の講義でのスピリチュアリティの理解の参考に中島みゆきさんの「誕生」

を紹介しようと準備。

その他、シングル単位的感覚で「二隻の舟」

 

「世情」や「ファイト!」も。

 

また最近、NHK中島みゆき特集があって、そこであらためて、弱きものにやさしいなと。

 

「命の別名」

最後まで覚えられない  言葉もきっとある

何かの足しにもなれずに生きて  何にもなれずに消えて行く

僕がいることを喜ぶ人が  どこかにいてほしい

石よ樹よ水よ ささやかな者たちよ 僕と生きてくれ

 

命につく名前を「心」と呼ぶ  名もなき君にも 名もなき僕にも

 

けれどもひとには 笑顔のままで泣いてるときもある

 

石よ樹よ水よ  僕よりも誰も傷つけぬ者たちよ

繰り返すあやまちを 照らす灯をかざせ

**************

「空と君とのあいだに」

君が涙のときには 僕はポプラの枝になる 孤独な人につけこむようなことは言えなくて

君を泣かせたあいつの正体を僕は知ってた ひきとめた僕を君は振りはらった遠い夜

ここにいるよ 愛はまだ  ここにいるよ いつまでも

空と君とのあいだには今日も冷たい雨が降る

君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる

 

憎むことでいつまでもあいつに縛られないで

ここにいるよ 愛はまだ  ここにいるよ うつむかないで

空と君とのあいだには今日も冷たい雨が降る

君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる

 

 

*********

で、「誕生」

 

ひとりでも私は生きられるけど でもだれかとならば人生ははるかに違う

強気で強気で生きてる人ほど 些細な寂しさでつまずくものよ

呼んでも呼んでもとどかぬ恋でも むなしい恋なんて ある筈がないと言ってよ

待っても待っても戻らぬ恋でも 無駄な月日なんてないと言ってよ

めぐり来る季節をかぞえながら めぐり逢う命をかぞえながら・・・

 

けれどもしも思い出せないなら

私いつでもあなたに言う 生まれてくれて welcome

 

******

「二隻の舟」

時よ最後に残してくれるなら

寂しさの分だけ愚かさをください

おまえとわたしは たとえば二隻の舟

暗い海を渡ってゆくひとつひとつの舟

 

風は強く 波は高く 闇は深く 星も見えない
風は強く 波は高く 闇は深く 暗い海は果てるともなく
風の中で 闇の中で たかが愛は木の葉のように

わたしたちは二隻の舟
ひとつずつのそしてひとつの”

 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

ロシアのウクライナ侵攻の問題 追記

ロシアのウクライナ侵攻の問題 追記

 

いろいろ議論はありますが、私の基本的立場はこえまでも記述したので、追記として。

 

ウクライナも約束を守っていない、NATOに近づくなどロシア侵攻の口実を与えたから悪い」が間違いなのは、口実を与えられても、侵攻しなければいいのに、暴力的方法を選んだ点で100%ロシアが悪い。これはDVや児童虐待やいじめやパワハラのケースで考えると分かりやすい。(DV問題でなんでも考えるのは適さない場合もあるが、重なる点も多いので、考える価値はある)

パートナーがもし何か問題言動をしたとしても、だからと言ってDVをしていいわけではない。いじめでも同じ。

だからロシアが100%悪いというのは当然。

だが、それにたいしてナショナリスティックに、ウクライナの主流派が軍事的に戦う方針を選んで国民の犠牲が出ている現状を支持するということにはならない。私はどこの国でも、戦争・武力行使によって死ぬ人が出てくるので、マッチョに戦うことを肯定しない立場であるということです。『逃げる』「負ける」ということの大事さを考え、そのうえで、長らく主流秩序に対抗する非暴力的な戦い方をとる立場であるということ。

****

次に、ロシア・ウクライナ問題にかこつけて、日本国内の右翼、防衛産業とつながっているナショナリストや軍事増強派が、火事場泥棒的に防衛費GDP2%化(倍増)や敵基地の先制攻撃可能化、核武装や核シェアリングをもくろみ、みんながそれにのせられている。

平気で、もし日本が「中国やロシアから攻めてこられたら」といっている。絶対におかしい。

ヨーロッパとは異なって、日本がまともな政治・外交をしていれば、中国やロシアが日本にウクライナのような、都市にミサイルがバンバン飛んできたり戦車が来て支配されるというような侵攻をうけるはずがない。

あるのは、尖閣や独島・竹島や保峰領土の争いだけである。そこは外交で交渉し続ければいいのであり、それをもって大事(軍事対立・戦争)にしないことが大切である。戦争をしないことが大事ということがわかっていない。

対立を激化させないためにも、軍事費等減らしていけばいいのである。集団的自衛権など持たないこと。それが憲法の精神である。軍事費を増やして、緊張激化させるなど愚の骨頂である。今の日本でさえ、軍事大国で自衛隊はかなり強い軍隊となっている。これ以上軍事化するのは不要である。

だがさらなる軍事大国化を狙う勢力は外国から責められるかもしれないと緊張激化を望み、慰安婦問題や拉致問題を悪用し、国民感情を外国憎しにもっていく。今まさにそれが今、行われている。専守防衛というのも憲法9条も危うくなるような状況である。戦争をしたがる勢力は、まるでウクライナのようなことが近々起こるかもしれないというような嘘を言って、国、領土、国民の命、民主主義と自由を守るためにも闘わないといけないかのような主張を言う。

架空の「侵略されるかもしれない」という幻想を煽り、そのうえで、小さな領土問題を過剰に扱い、それをもって国と国の戦争だと言って大きな戦争に拡大したがるのである。そして実際は戦争をしたいというより、右翼勢力や軍需産業と結びつき、自衛隊など軍隊勢力と結びつき、自分たちの利権、勢力を大きくしようとしているのである。軍拡して、ナショナリズムを煽り、軍事大国化したいと思っている人たちが、ロシア侵攻を好機ととらえて、自分たちの勢力を大きくしようとし、予算を大きく取ろうとしているのが現状である。

第二次世界大戦・太平洋戦争の直前の時代と同じく、異論を言いにくい空気が醸成されつつある。日本が攻められるはずがないということは全く考えに入れずに、「攻めてこられたきどうするか=軍事的な話」から始めるのが当然とされているのである。自衛隊幹部の発想が国民に広がっている。右翼勢力はほくそ笑んでいる。

おかしな状況である。

*****

次に、テレビなどのメディアに非常に多く登場している高橋杉雄(防衛省防衛研究所 防衛政策研究室長)氏のような考えが大手を振って歩いているが、私には、おかしいなと思えることが多くある。

それはいわゆる右翼系だけでなく、リベラル系でも、ウクライナの軍事抵抗を自己決定と民族解放の闘争として評価し、武力抵抗を全面応援すべきという人がいる。そういう発想の延長で、北朝鮮がミサイル実験をしたり、中国の船が尖閣周辺の領海に入ってきたら北朝鮮や中国を批判しないといけない、慰安婦問題でも日本の立場を言っていかねばならない、自衛隊を認めて攻めて来られたら軍事的に戦うのでいい、米国との軍事同盟で日本の防衛をするのがいいというような人が増えている。

 

高橋などの主張は、各国には主権がある。国際社会の最高の権力と権威は主権国家だ。だから各国に選択の権利がある。自国の軍事力を大きくするとか、どんな兵器を持つとか、軍事同盟に入るとか、長いものに巻かれるとか、どの道を選ぶかはその国が決めればいい。他国が口出しすべきでない、というようなことを言う。力による差があると主権は守られないので、小さな国などはNATOなど軍事同盟に入るなどしなくてはならない。ことを決めるのは軍事力だというのが前提として強くある人だ。

また、世界観として、力と力で現実の政治は動いている、軍隊の戦略として勝たねばならない、日本が攻めてこられることや台湾有事なども考え、日米軍事同盟と集団的自衛権でかかわらなければならない。日本だけ守ってね、でもほかのところは助けないではだめという。

この発想だと道はただ一つ、今後台湾有事や領土問題やどこかで争いがあると日本は自衛隊を出して一緒に戦うことになる。敵基地攻撃も絡まって、攻められるかもしれないから先制攻撃的にどんどん相手国を攻撃するということも行うことととなる。軍事費は当然もっと大きくしていこうとなる。2%化というのは米国と中国に次ぐ、世界第3位の軍事大国にしようというのである。

 

こうした高橋氏のような主張の「前提、間違い、見えていないもの」を確認しておきたい。

各国が安全保障を自分で決めて好きにすればいいというが、国連改革を含め、世界的地域的に各国が連携して平和をめざそう、そのために何をするかという世界全体での平和追求の発想がない。高橋には、そのようなことは無理だ、国連や国際法には限界がある、国と国はパワーゲームで戦うしかない、大事なのは軍事力だと思い込んでいる。

また高橋には、1国のなかの国民の間に意見の違いがあることが尊重されていない。国の中は一色のおなじ考えではない。一国内に複数の民族がいるかもしれない。野党も左翼も民族主義者もいる。議論しても意見の一致を見ないことがある。選挙で勝った方が何でもしていいとはならない。だが高橋は、議論が必要と言いつつ、そのうえで、軍事的に強化する道を選ぶべきだという立場である。だがこの発想だと、強い者たちが多数となって、少数の弱者の命を軽視するということがあるので、障がい者や高齢者や体力的にたくましくない者たち、所数は民族、また非暴力主義者たちが、国の方針に反対することがあってもいいのだが、高橋にはそうした異端者、少数派の意見の尊重とか、弱者が戦争を嫌がることなどへの配慮がない。弱者は戦争で死ぬのである。だが高橋たちの発想では、そうした犠牲は仕方ないとなる。「国全体で議論して民主主義手続きで決めたことでしょ」となる。まさにウクライナで今、民間人が多く死んでいるのも、自由主義体制、ウクライナという国を守るために必要な犠牲とみられている。それは、主流の支配者の視点でのものの見方なのである。

 

また上記とも絡むが、高橋にはそもそも、非暴力主義の思想の歴史を受けての深みがない。軍事増強化が相手との緊張を高めるので、その逆に武器を持たないことが緊張をやわらげ、日本と軍事的に対立しないように仲良くしようという空気を作っていく、それが日本の安全を高めるという視点がない。「強さを示さねばならない」という発想は、チキンゲームの発想である。それはどちらかが引かねば最終的な地点、つまり、核保有国間のより広い世界戦争に突入する可能性を高める。高橋の発想は、戦争拡大への道を止められない。チキンゲームから先に降りて、「自分(日本)は戦おうとは思わない、武器も持たない」というのが、日本がとるべき国際社会への貢献の道であろう。

最後に、高橋のようなものの見方は、軍事中心で、その他のことを含めた総合的視点で考えるという点が弱い。歴史も、地政学的なことも、民族のことも、国内の政治的な勢力の多様性も、福祉国家としての道のあり方も、予算の制約も、累積赤字の拡大も、様々なことを含めて、国防費をどうするか、憲法をどうするか、政治・外交交渉をどうするかが決まる。高橋は、軍事力を高め、日米軍事同盟をさらに強化し、力を見せつけて、近隣国と対立してでも日本の主張を通すというスタイルである。軍事発想に偏りすぎている。

私はまさに、憲法の精神を生かすような、私たち国民のひとりひとりが非暴力主義を身に着け、主流秩序に従属しないような存在になる方向を目指すようなことが大事と思っている。もちろんそれは安易ではない道だ。だがそういう人がいてもいい。

それを大雑把な話で「議論の上で選挙して選ばれた国会議員が決めたのであるから従うべきだ」というのは、私は認めない。民主主義だから多数決と選挙を認めて従えというのは全体主義国家の発想である。そんな国は、「愛国を煽るロシアの現状」と同じではないか。国旗国歌を押し付け、従わない教員を処分し、一人一人が従順に従っているかチェックし、文句があるなら公務員をやめろ、日本を出て行けというのはファシズムの国である。愛する国のために若者よ命をかけて戦えというような国はおぞましい。各国の徴兵義務化の中で、兵役拒否を選ぶ人々の運動を私は支持する。

高橋にはそういう感覚が感じられない。

テレビなどのメディアと政治分野で、高橋的なものが跋扈していることは異常である。せめて賛否両論の論者が出るべきであろう。偏った情報しか流さないのは、ロシアと近いということである。

***

ゼレンスキー大統領は、「ほしいのはフルーツでなく武器だ、最後まで戦う」と言って尋常ではない精神状態になって来ている。「私たちは、領土、こども、家族を守っているので、武器を置くつもりはない。勝利するまで!」といっている。今後、妥協的な交渉をする可能性もあるが、本当に犠牲者を減らすための本気さが感じられない。チキンゲーム化している。

ロシア・モスクワ経由で日本に来ているウクライナからの避難者がいる。ロシアに逃げた人が皆「奴隷」「虐殺」になっているわけではない事実も見るべきである。

ロシアがしていることはひどいが、国際的な監視を含めてうまく対処すれば、病人や子供や高齢者などが『攻撃されている戦争の街』から逃げるということはできる。ロシア経由でも命大事にすべきではないか。だが西側は武器をドンドン送って「ロシア対ウクライナ」の戦争という武装対立を援助している。

ウクライナの中にも反戦活動家、左翼、非暴力主義、親ロシア、などの人もいる。ウクライナを一色とみるべきでない。

国という抽象的なものや領土へのこだわりは 多くの犠牲を伴う。いま、ウクライナとロシアはチキンゲームで「勇気を示す強気戦略」をとってしまっている。それは正しいのか。

それは政治的な戦いになっている。犠牲者がいることの評価・重みが私と好戦論者で違う。

 

今、どんどん、ウクライナの民間人や軍人の犠牲者が出ている。こういうひどいことがあるから狂気の相手に戦争を続けること自体が間違いではないのか。

先ず戦争回避の外交がいるし、戦争が始まっても何とかして外交、妥協してでも停戦、そして皆をとにかく逃がすことが大事であろう。「逃げるな!闘え!」という号令ではなく、命を助けるため逃げる道、最悪ロシア側にでも逃げることを推奨すべき。

もちろん、そのかわり安全を確保するための保証がいる。レイプや虐虐殺、へき地送りなどがないような交渉とあわせて。

政治家は短期的な自分の人気取りのために、むつかしい課題から逃げるべきでない。国民に非暴力思想を啓発すべき役割もあるだろう。国民の側から、自らの生き方の延長として、非暴力を提起していくことこそ、憲法の精神だろう。

共産党立憲民主党も選挙目当てで、はっきりものが言えなくなっていて、現実の政党はむつかしいものだと思う。

非暴力主義に対して、「占領されることの意味を知らないのか」と馬鹿にして切り捨てる発想がはびこってきている。しかもその時、論者は、日本がソビエト・シベリアでされたことを言うが、日本がアジアで行った占領の残酷さ・非人道的なことは言わない。天皇ヒトラーと並んでファシズムリーダーであったという世界の認識にも、パールハーバーの話にも怒る。日本がファシズムでアジア侵略国で、南京などの虐殺をした国であったことさえ認めない空気だ。

 

「国を愛する」というのが、今のロシアを見ていてもグロテクスだ。

「あなたにならいえる秘密のこと」のような感性を理解できないひとには、私の言葉も届かないだろう。戦争に対して、私が支持するフェミニズムは、「女性も軍隊に入って昇進すればいい」ということではなく、それも一つではあるが、戦争で多くの女性が被害者になり、またこどもたちが死んで悲しいという親の視点を思い出して反戦争になるような感性である。高齢者や障碍者がじゃ者扱いされる社会を忌避するのが私のフェミである。国という旗のもとに命を懸ける、ぎらぎらしたマッチョへの嫌悪感側のフェミ的感覚である。軍隊の指揮命令の強権性が嫌いである。「命令は絶対だ」は嫌いである。軍隊を使っての政治は嫌いである。

今、テレビには男性だけでなく女性もこのことを訳知りに「国を守るためには‥・・・」と語るような人が多く出ているが、そうしたひとの感性を私は信じない。第二次大戦を思い出す。戦争体制への大衆の加担は主流秩序への加担の典型である。

誰が朝鮮を「北朝鮮」と「韓国」分けたのか。

誰が朝鮮を「北朝鮮」と「韓国」に分けたのか。

 

ウーマンラッシュアワー村本大輔さんのインタビュー、紹介しておきます。

 

行ったことないヤツが言った「猫投げられる」 ウーマン村本大輔さん

行ったことないヤツが言った「猫投げられる」 ウーマン村本大輔さん:朝日新聞デジタル https://digital.asahi.com/sp/articles/ASQ3T4QTSQ3SPTIL02P.html?iref=sp_ss_date_article 

朝日新聞 聞き手・宮崎亮 2022/3/28 16:30

 

ウーマンラッシュアワー村本大輔さん。大阪市の「隆祥館書店」主催の独演会では、トークがさえ渡った=2022年2月4日、大阪市中央区、宮崎亮撮影

 

 

 お笑いコンビ・ウーマンラッシュアワー村本大輔さん(41)は近々、アメリカへ活動の場を移します。なぜ渡米するのでしょう。その理由を聞くと、これまで漫才のネタにしてきた原発や沖縄、朝鮮学校をめぐる「差別」の問題と深い関係があるようでした。インタビューを、前後編2回に分けてお届けします。

【後編】先輩芸人が「左翼からお金もらってるのか?」 ウーマン村本大輔さん

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「憲法9条で日本が守れるのか?」への返答の一つ

「9条で日本がまもれるのか?」への返答の一つ

 

【つながる市民@東京】がロシア―ウクライナ戦争に関するチラシを作りました。

「9条で日本がまもれるのか?」という質問を意識して作ったということです。

以下のHPで見られます。

https://tunagaru-tokyo.jimdofree.com/

----- 引用 ------------

日本は平和構築に動くべし

 

ロシアの暴挙は、かつての日本の姿だ。

 

私の父は23歳で徴兵され、

他国の村々や街を砲撃し、

南京から武漢まで侵攻した。

 

■ 侵略歯止めの憲法を持った国

 日本は、自存「自衛」といいながら大陸に侵攻した反省から、どんな指導者や議会が現れても、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやう」憲法第9条で権力を縛った。

 

■ 一方、集団的自衛とは他国間の戦争に自衛隊を差し出すこと

 だがしかし、安倍政権により、集団的自衛権という、他国の戦争に巻き込まれるシステムがつくられた。自民党案は、自衛隊憲法上の軍隊とし、更に「緊急事態」時には、政府が議会を越えて法律を乱発できる条項を加えるという。

 

■ 軍拡競争の悪循環「やられる前にやる」矛盾から脱却しよう

 もしウクライナが中立国であれば、ロシアの「やられる前にやる」という犯行動機は無かったかもしれない。ひるがえって、南西諸島にミサイル基地を並べ、核配備、先制攻撃まで口にするのは、 戦争の動機をあおる愚策である。 

 先人は、この恐怖の悪循環を断ち切る高度な平和構築ツールを創ってくれた。この貴重な立場を活かし、ウクライナ戦争の仲裁に奔走することを国会と政府に求める。国際平和に貢献することが、日本の信用を高め、安全にもつながる。

 

【つながる市民@東京】

 

「あなたの中の最良のものを」

色平さん(IROHIRA Tetsuro  )が紹介してくれた言葉で、改めて、いいなあと思うものをここに記しておきます。

 

==================
戦争だけはダメだ
お前たちに何がわかるか!
「戦場」体験者 若月俊一
====================
『あなたの中の最良のものを』

人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく、人を愛しなさい
あなたが善を行なうと 利己的な目的でそれをしたと 言われるでしょう
気にすることなく、善を行ないなさい
目的を達しようとするとき 邪魔立てする人に出会うでしょう
気にすることなく、やり遂げなさい
善い行ないをしても、 おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなく、し続けなさい
あなたの正直さと誠実さとが、 あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく正直で、 誠実であり続けなさい
あなたが作り上げたものが、 壊されるでしょう
気にすることなく、作り続けなさい
助けた相手から、恩知らずの仕打ちを 受けるでしょう
気にすることなく、助け続けなさい
あなたの中の最良のものを、 世に与えなさい
けり返されるかもしれません
でも、気にすることなく、最良のものを 与え続けなさい
最後に振り返ると、あなたにもわかるはず
結局は、全てあなたと内なる神との間の ことなのです
あなたと他の人の間であったことは 一度もなかったのです
マザーT
==================
私は失望するといつも思う。歴史を見れば、真実と愛は常に勝利を収めた。暴君や残忍な為政者もいた。一時は彼らは無敵にさえ見える。だが、結局は亡びている。それを思います。
マハートマ・ガーンディー
==================
時は過ぎ去るけれども、ひとたび発せられた言葉は、永久にあとに残る。
トルストイ
==================
世界の運命を暴力によって蹂躙させない唯一の方法は、私たち一人ひとりがあらゆる暴力を肯定しないことにあります。
マハートマ・ガーンディー
====================
若者を確実に堕落させる方法がある。違う思想を持つ者よりも同じ思想を持つ者を尊重するように指導することである。
ニーチェ
==================
政府は、自らが奴隷状態におき抑圧している臣民に対して、軍隊を必要とする。
トルストイ
======================
何年もたち、時が流れ、君の意見の多くがその逆になることもあるのだよ。
プラトン
====================
間違った意見は一般に考えられているほど世の中には多くありません。というのは、たいていの人々は意見をぜんぜん持たず、他人の意見か、あるいはただの伝聞や人の受け売りで満足しているからです。
ジョン・ロック
==========
我々は刑法を活用する前に、囚人を罰する前に、こういう不幸な人間が作られていく環境そのものを絶滅するように努めねばならない。
トルストイ
====================
我々一人ひとりの気が狂うことは稀である。しかし、集団・政党・国家・時代においては、日常茶飯事なのだ
ニーチェ
======================
好きなことを仕事にすれば、一生働かなくてすむ。
孔子
==================
自分の信念に忠実に生きる少数の人々の生涯は、あらゆる書物よりもはるかに役に立つ。
トルストイ
========================
未来は、「今、我々が何を為すか」にかかっています。
マハートマ・ガーンディー
==================
高貴な人間は自分自身に 平俗な人間は他人に 要求を課するものです。
孔子
====================
金は新しい形式の奴隷制である。それが古い形式の奴隷制と異なるところは、奴隷に対してなんら人間的な関係をもっていない非人格的なところである。
トルストイ
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この世における使命をまっとうせんがために、我々の仕事を明日に繰り延べることなく、あらゆる瞬間において、自己の全力を傾注して生きなければならない。
トルストイ
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人間が若い時に何かを学ぶということは、たとえその期間が、その人の人生の中のほんのひとときであったにせよ、教える人の誠実な姿勢を、学ぶものに素直な姿勢があれば、長い年月が過ぎ去った後でも、その教えは学んだ者の胸の中に刻まれ消えることがない。
若い人に学問(仕事、物事と言い換えてもいい)を教える行為と、それを教わろうとする若い人の向学心(探求心、志しでもいい)の間にあるものは、私たちが生涯で経験するものの中で、かなり上等なものだと私は思う。
伊集院静
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憲法改正に賛成ですか。反対ですか」という質問が来たら「その質問、アホじゃないですか」と言ってあげてください。  「法律の改正に賛成ですか、反対ですか」と聞かれたら、みなさんどう答えます。「そんなもん、中身を教えてもらわなければ、賛成も反対もないじゃないの」と言うに決まっていますよね。なのになんで憲法は中身も聞いていない、中身も決まってないのに、賛成か反対か聞かれて、賛成だとか反対だとか言うんですか。こんなおかしな議論にだまされちゃいけない。  「憲法改正に賛成」って単に言っているとしたら、これはおかしな話です。中身がわからないのに賛成。これは賛成のための賛成、改正のための改正。こんなことはみなさんの生活を考えていることにはなりません。  政治家の手柄とりです。大きいことをやりたい。戦後一回も行われたことのないことだからやってみたいとか。そんなことよりも生活を守ることのほうがどれだけ大事か。生活課題に一生懸命取り組むことの方が大事です。(奈良市での街頭演説で)
https://bit.ly/38EOneX
野党の国会議員は「私が総理だったら」という司令官の目線ではなく
「私に安倍総理から赤紙が送られてきたら」という国民目線で考えてほしい

また安倍の腰ぎんちゃく記者が不法為

 

また安倍の腰ぎんちゃく記者が不法行為

 

安倍晋三元首相は、強権的に右翼活動・メディア統制をしてきた人物である。安倍は20000年、女性国際戦犯法廷関連のNHK番組に圧力をかけて改ざんさせた。

元TBS記者でジャーナリストの山口敬之(のりゆき)氏(当時51歳)にレイプされたと、海外でジャーナリスト活動をしていた伊藤詩織さん(28歳:当時)が訴えた事件では、なんと、この山口記者は安倍首相と近いことを利用し、逮捕をやめさせるなどを行った。

 山口敬之氏は、安倍晋三首相を密着リポートし安倍首相を美化した著書『総理』などで知られる。安倍政権に近い立場からテレビ番組などでコメントを続けてきたジャーナリストで、『週刊新潮』(2017年5月18日号)の記事では「『安倍総理』ベッタリ記者」と書かれるような人物であった。また右翼の花田紀凱などが雑誌で何度も登場させるような、保守系の人物。山口氏は2017年4月だけで4局8番組、延べ47回のテレビ出演をこなし、当時、森友問題などで安倍政権批判をした元文科省の前川氏の会見に対して、安倍政権擁護を繰り返す位置だった。伊藤さん事件で、逮捕を取りやめさせたのは菅義偉官房長官の秘書官経験のある警視庁刑事部長(当時)だった。

安倍政権下では、NHKの岩田明子記者や田崎史郎記者なども「安倍の犬」と揶揄されるようなあからさまな安倍政権擁護の言動を繰り返した(主流秩序とメディア、加担者については拙著『閉塞社会の秘密』『主流秩序社会の実態と対抗』で言及)。

 

さて、2022年4月、また安倍勢力によるあからさまなメディアへの強権的介入が明らかになった。安倍の事実上の指示を受けて、朝日新聞の峯村記者が、公表前の安倍元首相の記事見せるよう週刊ダイヤモンドに要求し、内容を変えるように圧力をかけたのだ。

 

安倍元首相と親しい朝日新聞編集委員の峯村健司記者(47)が安倍晋三元首相にインタビューした雑誌社に対し、発売前に誌面を見せるよう求めた。そのため、朝日新聞社は停職1カ月の懲戒処分(編集委員も解職)をだした。

峯村健司記者は、週刊ダイヤモンド編集部が2022年3月9日に外交や安全保障をテーマにしたインタビューを安倍元首相に実施。翌日、峯村記者が副編集長の携帯電話に連絡し、「安倍(元)総理がインタビューの中身を心配されている。私が全ての顧問を引き受けている」「とりあえず、ゲラ(誌面)を見せてください」などと要求した。さらに「ゴーサインは私が決める」などと話し、公表前の誌面を見せるよう要求した。が副編集長が断ったため、峯村記者は安倍元首相の事務所とやりとりするように伝えた。記事は3月26日号(22日発売)に掲載された。

その後、ダイヤモンド編集部から「威圧的な言動で社員に強い精神的ストレスをもたらした」と抗議を受け、朝日新聞が調査を実施した。峯村記者は「安倍氏から取材に対して不安があると聞き、副編集長が知人だったことから個人的にアドバイスした。私が安倍氏の顧問をしている事実はない」と説明。また、「安倍氏とは6年ほど前に知人を介して知り合った。友人の一人として、外交や安全保障について話をしていた。安倍氏への取材をもとに記事を書いたことはない」と話した。

 朝日新聞社は峯村記者の行為について、報道倫理に反し極めて不適切と判断し、処分を決めた。当時の上司だった多賀谷克彦・前ゼネラルマネジャー兼東京本社編集局長も譴責(けんせき)処分を受けた。

 

峯村記者は、以前から退職の準備を進めており、4月20日に退社予定といい、4月7日、インターネット上で「重大な誤報記事が掲載されそうな事態を偶然知り、それを未然に防ぐべく尽力した。処分の不当性については法的にも明らかにしていく」と反論している。

 

だが、安倍首相と仲良くなり気に入られようと、安倍のために尽力したとみられても仕方のない行為だった。関係ない第3者が、特定政治家、しかも大物の意向を受けて、記者の基本姿勢に反する圧力的なことをやってしまったのだから処分されてもしかたない。相手から「編集権の侵害」「中立性を欠いている」と言われているのに、居直るのがおかしい。

権限もなく関係ないのに、「私が全ての顧問を引き受けている」「ゴーサインは私が決める」などと話したのは、うそを言って、相手がその記事を出してもいいかどうかを自分がコントロールしようとしたという、恐ろしく介入的なことであった。

 

宮田喜好・朝日新聞社執行役員ゼネラルマネジャー兼東京本社編集局長は「編集委員の行為は、政治家と一体化してメディアに圧力をかけたと受け止められても仕方がなく、極めて不適切。深くおわびする。報道倫理についての指導を改めて徹底する」とコメント。

 

 また、山口圭介・ダイヤモンド編集部編集長は「安倍晋三氏へのインタビュー記事について、朝日新聞編集委員から編集権の侵害行為があったのは事実であり、私たちはその介入を明確に拒否した。メディアは常に権力との距離感を強く意識しなければならず、中立性を欠いた介入があったことは残念でならない」とコメントした。

 

安倍元首相の事務所は「今回の件については朝日新聞社と峯村氏との間のことであり事務所としてコメントは差し控えさせていただきます」と無関係を決め込んでいる。依頼したのに無責任だ。

 

峯村健司記者は、今回、自分の言い分を述べる中で以下のように、安倍氏と近いことを告白している。

「かねがね政府高官らから相談を受けることがあり、安倍氏にも外交・安全保障について議員会館定期的にレクチャーをさせていただいていました。安倍氏が首相特使としてマレーシアに向かう前日の3月9日も、ロシアによるウクライナ侵攻など最近の国際情勢について説明をしていました。」
また安倍氏及び事務所からの依頼があったことも告白している。「安倍氏からは「明日朝から海外出張するので、ニュークリアシェアリングの部分のファクトチェックをしてもらえるとありがたい」と言われました。安倍氏との面談後、安倍事務所の秘書からも「A記者から3月13日までに修正をしてほしいといわれた。」というような関係であることも示された。

安倍事務所自身も、朝日新聞社の取材に対して「事実の誤りがないかどうかについて確認を依頼した。峯村氏からは電話で『インタビューの内容について確認はできなかった』と聞いている」との回答が寄せられた。」と答えている。

また峯村記者はツイッターで、講師を務める大学の講義に安倍元首相がゲストスピーカーとして来てくれたと嬉しそうに書いているような人物でもあった。

つまり、峯村記者は安倍氏および安倍事務所と時報に近い関係の人物であった。

 

また峯村記者は慰安婦問題に言及して「私の頭によぎったのが、朝日新聞による慰安婦報道です。誤った証言に基づいた報道が国内外に広まり、結果として日本の国益を大きく損なった誤報でした。」と述べている.

これはもちろん、私の立場からは誤った認識だと指摘できる。朝日新聞部の一部に問題はあったが、日本軍慰安婦問題自体は存在しており、右派が言うような「慰安婦問題全体が捏造」などではまったくない。朝日の報道では日本の国益を損なっていない。誠実に事実や被害者にむきあわずに、慰安婦問題を否定していることこそ、国益をそこなっている。

朝日新聞の総括は圧力に屈して全く不十分なものであった。この記者は安倍と同じく右翼的な立場をとっているということである。

 

峯村記者は言い訳として次のように書いているが、ここでも自ら自分の間違った言動を告白している。

「(ダイヤモンド社の)A記者からは「安倍氏に取材したのをどうして知っているのか」「ゲラをチェックするというのは編集権の侵害だ」などと強く反発されましたが、私も重大な誤報を回避する使命感をもって、粘り強く説得しました。「全ての顧問を引き受けている」と言ったのも、安倍氏から事実確認を依頼されていることを理解してもらうためでした。」

つまり関係ない第3者が圧力をかけ、その際に「顧問している」と嘘も言っていたのである。

 

 

「理由は「アベガー」?謝罪します。朝日新聞の「良心」こと峯村健司記者が退職1週間前にひどい仕打ちを受ける!|上念司チャンネル ニュースの虎側」

 youtu.be/ROXdhU_MJNg @YouTube

 

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ウクライナの非武装主義者ユーリ・シェリアジェンコ氏からの情報

 

 

以下の「ウクライナの非武装主義者」の情報をしたので、紹介します。戦争をエスカレーションさせるなという、この当たり前のスタンスが今までほとんど多くのメディアで取り上げられないことこそ問題です。私がこれまで指摘してきたように「ウクライナを一色」と見なして、ウクライナは国を守るために戦っている、抵抗権、民族自決権があるから「戦うのでなく逃げたり非暴力の道を探る」など絵空事だという決めつけの問題性です。当事者が決めたらいいので、外部が口を出すべきでないといってウクライナの武力での戦いを支持・応援することの問題性です。

ウクライナには非暴力的な生き方を追求する人たちがたくさんいます。」「ウクライナ内でもロシア内でも、兵役に対して良心的拒否の人がいる」「ヨーロッパ各国での非暴力主義者の活動」「軍隊経験のない18歳から60歳までの男性のウクライナ出国を許可すると題した請願署名に59000筆が集まった」という情報に希望を持ちました。そこに希望があるのです。

日頃、野党側左派側にいて憲法擁護の側だった人達の中でも、日本国憲法の精神をこうしたいざというときに、忘れてしまう人が多いことが分かりました。付け焼刃は簡単に折れます。

911のときに、ブッシュはテロと戦うといって報復主義的戦争をその後し続けました。それで人気が高まった事実があり、危機的状況に対し報復主義で戦うリーダーを好む人はいます。しかし、911の遺族の中には、そうした報復主義は解決にならないと言って、「敵」を「憎まず、報復せず、許す」という非暴力の方を選んだ人がいました。フランスなどでのテロに対しても同じです。

「目には目を」という考えで死刑存続の国もありますが、世界的には死刑は人権意識にもとるということで、廃止に動いています。通じない人もいますが、それでも、こちらは非暴力で行くというスタンスがあるのです。

「国際政治の現実は、軍事力で抑えないといけない」というのはあまりに単純な頭の思考です。テレビには防衛省関係の研究機関の人物が、「今はロシアが退却すればいいのです」「ロシアを軍事的に排除するしかない」と単純な武力路線を語っています。それに誰も批判しない状況。憲法など知らない、理解できない人ばかりがテレビに出ています。

日本も防衛力を高め、先制攻撃もできるようにしよう、核武装もしよう、憲法も変えて軍事力を持って戦争できる国にしようという人が増えています。

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憲法「第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」というのをどう解釈するかはもちろん諸説あります。

 しかし私は「戦力の不保持」と「交戦権の否認」はすなおに考えて、非暴力主義で行くことを示していると思います。政府は、自衛権まで否定するものではないという見解を示していて、自衛隊は「我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織であり、憲法に違反するものではない」としています。これに対し、多くの憲法学者は、「憲法を文字通りに読めば、自衛隊違憲としか言えない」という主張をしています。

 

「交戦権を認めない」というのは、「こちらから仕掛ける他国侵略や先制攻撃を認めない」というのと違って、攻撃された時に軍事的に対抗すること自体を否定すると考えるべきでしょう。だから「戦力」を持たないといっているのです。これは「やられたらやりかえす」という思考を否定していると考えるのが素直な見方でしょう。

とすればなんと今の日本の政治家やメディア人、そして一般国民は、こうした平和主義・非暴力路線を選んだ日本国憲法をないがしろにしていることかと思います。体に染みついていないのです。過去の戦争でのあの悲惨な体験から生み出された崇高な姿勢を理解できない、低下した精神レベルとなっています。

それはロシア指導部やウクライナ指導部や中国・米国指導部と同じく、軍事的思考にとらわれています。それは以下の論考でも示されているように、右翼的民族主義者や戦争で儲けている軍需企業と同じ思考とも言えます。

 

そうした中で、非暴力思考の人びとの言葉や活動を聞くのは希望です。ウクライナ人全体・全員が闘いを選んでいるというのはうそです。日本が自民党一色でないのと同じです。主流秩序に従属するだけではないという視点をいつも保持することが大事と思います。少数派・野党・反体制派がいることに目を向けないのは主流秩序的な思考的怠慢です。

ロシア侵攻・ウクライナ戦争から、私たちがすべきことは何か。ウクライナ軍の戦争を軍事的経済的に応援して戦争をエスカレーションさせることでなく、非暴力路線を訴え、戦争停止を求めることです。避難民を支援することです。ロシアやウクライナの脱走兵に連帯して良心的兵役拒否を支援することです。自衛隊を災害救助隊にし、日米軍事同盟を破棄し、NOTOも解体し、戦争の下部構造を変えていくことこそすべきことです。ウィル・スミスのように、怒りがあれば暴力を選んでいいという思考をまずは自分が身近なところから変えることがすべきことです。日本政府の軍事大国化・戦争志向を批判することがすべきことです。軍事予算を削減し、集団安保など安倍政権が進めた軍事化制度を修正させるべきです。ナショナリズムの風潮を批判し、近隣諸国と平和共存する努力をしていくことです。慰安婦問題などでひどいことをするのでなく誠実に謝罪し責任を取って連帯していくことです。自民党憲法改悪を許さないことです。

それらが、ロシア・ウクライナ戦争から導かれる非暴力主義者の結論です。

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回ってきた情報

ウクライナのユーリー・シェリジェンコ氏:すべての側が戦争を煽ってきた。包括的な和平交渉だけが戦争を終わらせることができる

(2022年3月22日付デモクラシー・ナウ!)

http://unitingforpeace.seesaa.net/article/486314475.html

 

シェリジェンコ氏はウクライナ戦争を西側と東側の対立と見なした上で、ロシアや中国に対する憎悪を煽るのではなく、包括的な和平交渉を戦争当局だけでなく市民も追求するよう求めています。米国からロシア、米国から中国への脅しの政治を止め、あらゆる覇権を排除して調和を確立するための交渉をバイデン、ゼレンスキー、プーチン習近平に求めています。ドンバス内戦に先立つNATOの拡大、暴力的なマイダン革命、ミンスク合意違反、ウクライナの軍事的対応、好戦的なウクライナ市民社会、戦争を煽る軍需企業をも当然のように批判しています。またコードピンクの呼びかけで4月28日に行う国際デモ「ストップ・ロッキード・マーティン」やNATO反対連合による6月の反NATO首脳会議デモ、「平和のためのヨーロッパ」キャンペーンが非暴力平和キャラバンを紛争地に派遣して平和維持に当たる活動、兵役拒否支援の請願署名などを紹介しています。

 

日本のウクライナ反戦運動がくれぐれも米国によるロシア崩壊、対中国戦争の準備に荷担しないようにしたいものです。

 

 

キエフ在住のウクライナ人平和主義者:すべての側が戦争を煽ってきた。包括的な和平交渉だけが戦争を終わらせることができる

(2022年3月22日付デモクラシー・ナウ!)

Ukrainian Pacifist in Kyiv: All Sides Have Fueled the War. Only Comprehensive Peace Talks Can End It | Democracy Now!

https://www.democracynow.org/2022/3/22/yurii_sheliazhenko_russian_invasion_week_4

 

ウクライナのケルソン市では月曜日、非暴力の反戦抗議者数百人が集まり、ロシアの占領に反対するとともに、非自発的兵役に異議を唱えました。ロシア軍はスタングレネードや機関銃で群衆を解散させました。一方、バイデン大統領はブリュッセルで今週開催されるNATO首脳会議に向けて出発する予定で、西側同盟はロシアが核兵器やその他の大量破壊兵器の使用に転じた場合の対応について協議する準備を進めています。

キエフ在住のウクライナ人平和活動家ユーリー・シェリジェンコは、戦争の両当事者が歩み寄って事態を緩和させなければならないとして、「私たちに必要なのは、さらなる武器やさらなる制裁、ロシアや中国に対するさらなる憎悪による紛争の激化ではなく、もちろんその代わりに、包括的な和平交渉が必要なのです」と語っています。

 

エイミー・グッドマン:こちらはデモクラシー・ナウ!です。フアン・ゴンサレスとお送りします。

 

今日の番組はウクライナキエフで終わります。キエフから、ユーリー・シェリジェンコに参加してもらいました。彼はウクライナ平和主義者運動の事務局長であり、欧州良心的兵役拒否協会の理事でもあります。また、ワールド・ビヨンド・ウォーの理事、ウクライナキエフにあるクロック大学の研究員も務めています。ロシア軍は占領している南ウクライナのケルソン市で、スタングレネードと機関銃を使用して、ロシアの占領に抗議すべく月曜日に集まった数百人の群衆を解散させましたが*、ユーリーはケルソン市からの報告を入念にフォローしています。

 

*訳者注記

Russian troops use stun grenades and gunfire to clear Ukrainian protest in Kherson - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=QqWgkdRaYJg

 

ユーリー、デモクラシー・ナウ!にまたようこそ。あなたはまだキエフにいますね。今、何が起きているのか、何を求めているのか、お話していただけますか。特に興味があるのは、ロシアが都市を破壊できないように、飛行禁止区域を求める声でほとんど一色のようですが、西側諸国は飛行禁止区域の設定を強制すること、つまりロシアの飛行機を撃ち落とすことが、核戦争につながることを深く懸念しています。これに対するあなたの立場を教えてください。

 

ユーリー・シェリジェンコ:エイミー、ありがとうございます。平和を愛する世界中のすべての皆さん、こんにちは。

 

もちろん、飛行禁止区域は現在の危機に対する軍事的な対応です。そして、私たちに必要なのは、さらなる武器やさらなる制裁、ロシアや中国に対するさらなる憎悪による紛争の激化ではなく、もちろんその代わりに、包括的な和平交渉が必要なのです。そして、米国はこの紛争に無関係な当事者ではありません。それどころか、この紛争はウクライナを超えたところにあります。西側と東側の対立と、ロシアとウクライナの対立という二面性があるのです。NATOの拡大が先にあって、2014年にキエフで西側がスポンサーとなったウクライナ民族主義者による暴力的な権力奪取が起こり、同じ年にクリミアとドンバスでロシアの民族主義者とロシア軍による暴力的な権力奪取が起こったのです。

つまり、2014年というのは、もちろん、この暴力的な紛争が、最初から、政府と分離主義者の間で始まった年だったのです。そして、大規模な戦闘の後、和平協定のミンスク合意が締結されましたが、双方がこれを順守せず、双方での停戦違反に関するOSCEの客観的な報告書があるわけです。

これらの停戦違反は、ロシアがウクライナに不法に侵攻する前からエスカレートしていました。そもそもの問題は、国連安全保障理事会が国際的に承認した平和的解決策が、当時は順守されなかったことです。そして今、バイデン、ゼレンスキー、プーチン習近平が一つの交渉のテーブルにつき、この世界をより良く変える方法、あらゆる覇権を排除し、調和を確立する方法を話し合う代わりに、米国からロシア、米国から中国への脅しの政治、戦争に夢中のウクライナ市民社会による飛行禁止区域の設置という要求を目の当たりにしているのです。

 

ところで、ウクライナにおけるロシア人に対する憎しみはすごいもので、この憎しみは、戦争屋の政権だけでなく、ロシアの人々に対しても、世界中に広がっています。しかし、私たちはロシアの人々が、その多くがこの戦争に反対していることを目の当たりにしています。そして、私は、戦争や戦争屋に非暴力で抵抗するすべての勇気ある人々、ロシアによる占領に抗議したウクライナのケルソン市の人々に感謝します。そして、侵略軍であるロシア軍隊は、これらの人々に向かって銃を撃ちました。残念なことです。

 

ご承知の通り、ウクライナには非暴力的な生き方を追求する人たちがたくさんいます。ロシアの侵略前に代替任務に就いたわが国の良心的兵役拒否者の数は1659人でした。この数字は、欧州良心的兵役拒否協会(EBCO)が発表した良心的兵役拒否に関する2021年年次報告書( https://ebco-beoc.org/sites/ebco-beoc.org/files/attachments/2022-03-21-EBCO_Annual_Report_2021_0.pdf )からのものです。

この報告書は、2021年にウクライナ、ロシア、ロシア占領下のクリミアとドンバス、トルコ、トルコ占領下のキプロス北部、アゼルバイジャンアルメニアベラルーシなど幾つかの国で、多くの良心的兵役拒否者たちにとってヨーロッパが安全な場所ではなかったと結論付けています。

良心的兵役拒否者は、訴追、逮捕、軍事法廷での裁判、投獄、罰金、脅迫、攻撃、死の脅し、差別に直面しました。ウクライナでは、軍隊に対する批判や良心的兵役拒否の主張は反逆罪とみなされ、処罰されます。ロシアでは、反戦集会で何千人もの人々が逮捕され、罰金を課されました。

 

EBCOの年次報告書から、「ロシアにおける良心的兵役拒否者運動」の声明文を引用したいと思います。「ウクライナで起きていることは、ロシアが引き起こした戦争である。良心的兵役拒否者運動は、ロシアの軍事侵攻を非難する。そして、ロシアに戦争を止めるよう要求する。良心的兵役拒否者運動は、ロシア人兵士に敵対行為に参加しないよう呼びかける。戦争犯罪人になるな。良心的兵役拒否者運動は、すべての新兵に兵役を拒否するよう呼びかける。代わりの文民活動を申し出るか、健康上の理由で免除されるよう努力せよと」。そしてもちろん、ウクライナ平和主義者運動もまた、ウクライナの軍事的対応と、軍事的解決策を追求した結果であるとみている この交渉の停滞を非難します。

 

フアン・ゴンザレス:ユーリー、あと数分しかないので聞きたいのですが、あなたは既に米国とNATOの直接的な関与について話していますね。西側からウクライナに供給された武器の問題だけでなく、明らかに、ウクライナ軍が西側から受け取っている可能性が非常に高い実際の衛星監視データに関しても、ほとんど報道されていませんね。何年か後には、ロシア軍へのドローン攻撃はネバダなどのアメリカ基地から遠隔操作されていたとか、ウクライナ国内に既に相当数のCIAや特殊作戦部隊が存在していたとか、そういうことが分かってくるのではないかと推測します。おっしゃるように、ロシア、アメリカ、ウクライナのすべての側に民族主義者がいて、今の危機を煽っています。この戦争に対するウクライナの人々の抵抗はどのようなものなのか、あなたの感覚はいかがでしょうか。抵抗はどの程度広がっているのでしょうか。

 

ユーリー・シェリジェンコ:ご存じのとおり、このエスカレーションは、これらの軍需企業の働きかけによるものです。私たちはアメリカの国防長官ロイド・オースティンがレイセオンとつながっていることを知っています。彼は取締役でした。レイセオンの株価はニューヨーク証券取引所で6%の伸びを示していることも知っています。ウクライナにスティンガーミサイルを供給し、ジャベリンミサイルの製造元であるレイセオンは、38%の成長率を記録しています。そしてもちろん、このロッキード・マーティンもあります。F-35戦闘機を供給しています。14%の成長率です。彼らは戦争から利益を得て、戦争を推進し、流血や破壊からさらに利益を得たいとさえ思っています。何とか核戦争の規模にエスカレートしていませんが。

 

そして、人々は政府に対して、戦うのではなく、交渉するように迫るべきです。アメリカやヨーロッパでは、戦争屋に反対する多くの行動が行われています。WorldBeyondWar.orgのウェブサイト( https://worldbeyondwar.org/ )では、「ロシアはウクライナから撤退せよ。NATOは廃止を」というバナーがある告知を見つけることができます。

 

コードピンクは、バイデン大統領と米国議会に対し、エスカレーションではなく交渉のための請願を続けています。またコードピンクは、4月28日に世界規模のデモ「ストップ・ロッキード・マーティン」を行う予定です。NATO反対連合は、2022年6月にこの件とマドリードでのNATO首脳会議に反対してデモ行進を行うと発表しました。イタリアでは、Movimento Nonviolento(非暴力運動)が良心的兵役拒否者、兵役登録拒否者、ロシアやウクライナの脱走兵に連帯して良心的兵役拒否キャンペーンを開始しました。ヨーロッパでは、「平和のためのヨーロッパ」キャンペーンが、ヨーロッパの非暴力平和主義者がプーチンとゼレンスキーに最後通告を出すと述べました。戦争を直ちに止めよ、さもなければ、ヨーロッパ中から非暴力平和主義者のキャラバンを組織し、あらゆる手段を使って非武装で紛争地域に行き、戦闘員の間で平和維持者として活動する、というものです。例えば、ウクライナでの抗議行動については、このような恥ずべきものがあります…

 

エイミー・グッドマン:ユーリー、あと5秒です。

 

ユーリー・シェリジェンコ:OpenPetition.euで「軍隊経験のない18歳から60歳までの男性のウクライナ出国を許可する」

https://www.openpetition.eu/petition/online/allow-men-aged-18-60-without-military-experience-to-leave-ukraine )と題した請願署名が59000筆集まったことをお伝えしたいと思います。

 

エイミー・グッドマン:ユーリー、もうこの辺で失礼します。参加いただき大変ありがとうございました。ウクライナ平和主義運動事務局長のユーリー・シェリジェンコでした。

 

そして、今入ったニュースです。ロシアの野党指導者アレクセイ・ナワルニーに9年の追加懲役が言い渡されました。

 

 

太田光征