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主流秩序、DV,スピシン主義、フェミ、あれこれ

オリンピック災害おことわり連絡会 反五輪の会の声明

 

オリンピック災害おことわり連絡会 反五輪の会の声明

 

<声明>水戸、武蔵野ー「聖火」リレー抗議者への不当逮捕に抗議する!

 

オリンピック・パラリンピック弾圧を許さない!五輪を即時中止せよ!

 

梅雨明けと同時に猛暑、4度目の緊急事態宣言下の東京では、連日1000人を超え

るコロナ感染者数、コロナ・パンデミックのど真ん中にある。

 

まさに無謀とも言えるこの状況下、7月23日から東京オリンピック・パラリン

ピックが開催されようとしている。

私たちはパンデミック以前から2020東京五輪の開催に反対してきた。それは、オ

リンピック・パラリンピックが「平和の祭典」などではなく、「排除の祭典」であり、IOCはじめ五輪貴族、開催都市やその国の政府、スポンサー企業、開発業者等々、一部の人たちの利益のために、私たち民衆の生活を破壊して、生きることさえ困難にするものだからだ。

コロナ・パンデミックはそのことをより鮮明にした。

 

「復興五輪」を掲げた東京大会が、コロナを理由に一年延期され、新たに「コロナ克服五輪」の装いで開催強行を目指し、3月25日には一年遅れで福島Jビレッジから「聖火」リレーがスタートした。「福島」を利用し切り捨てる五輪の政治に福島の人々は怒り心頭、以後、長野・・・沖縄、広島・・・静岡、神奈川、千葉、茨城、埼玉、東京、「聖火」が訪れる全国津々浦々で抗議行動が起こっている。「聖火」で祝祭を演出し、盛り上げようという目論見は見事に破綻した。

 

隠し、封じ込めることのできない民衆の怒りに、権力は暴力を対置、7月4日、茨城県警は、水戸市の「聖火」リレーで、トーチの火に水鉄砲で水をかけようとした人を逮捕、を逮捕、二週間経つ現在も不当な勾留が続いている。

また、開会式予定一週間前の7月16日、武蔵野市で開催された「聖火」点火セレモニーに抗議した一人が「威力業務妨害」で不当逮捕された。ふたりとも命を蔑ろにして強行する五輪に対して、真っ当な怒りをぶつけただけに過ぎない。

 

2020東京五輪は、空前絶後の警察官6万人を動員、都庁を訪れたIOCバッハ会長警備には、 自衛隊まで出動させるという物々しさだ。

過剰な警備と不当な弾圧は、無謀な開催を強行するものたちの後ろめたさの証明でもある。

二人に対する見せしめ弾圧に私たちは満腔の怒りを表明する。

 

「聖火」リレーだけではなく、毎週金曜日の組織委員会前で、札幌・東京の「テスト大会」で、バッハ会長宿泊の高級ホテルに、バッハの広島訪問に、歓迎レセプションの迎賓館に・・・、新橋で、新国立競技場周辺で、新宿都庁前で・・・、連日抗議行動が起こっている。

民衆に「犠牲」を払わせても五輪を開催するIOCや日本政府に対して、もっともっと大きな怒りが今、爆発寸前なのだ。

 

私たち反五輪運動の仲間のAさんに対しても、警察による嫌がらせ、執拗な監視・付きまといという人権侵害がずっと継続している。

オリンピック反対の声をあげる人々を抑えこむために、ちょっとした隙を突き、徹底的に嫌がらせをする。理不尽な人権侵害を絶対に許さない!

 

警察と軍隊に守られなければ五輪はできない。どれだけ弾圧しても「聖火」の現場、五輪会場に、沸き起こる抗議の声は封じ込められない。

権力は肝に銘じよ。不当な弾圧を今すぐやめろ!

茨城県警と警視庁は二人をいますぐ解放しろ!

オリンピック弾圧粉砕!

「聖火」を消せ!オリンピック・パラリンピックを中止しろ!

NO Olympics Anywhere

2021年7月20日

 

オリンピック災害おことわり連絡会

反五輪の会

 

小山田圭吾氏問題

小山田圭吾氏問題において、差別・いじめ・ヘイトに甘く鈍感な日本政府・政治家たちの姿勢は、オリンピックがいう「平和の祭典、多様性・人権」がいかに建前だけのイベントかをまた示してしまった!

 

 

東京オリンピック(五輪)・パラリンピック組織委員会が7月14日に発表した五輪開閉会式(国立競技場)の制作メンバーに、作曲家として名を連ねた小山田圭吾氏(52)の過去発言が問題となったが、オリンピック開催側は問題としないままとしており、オリンピック・パラリンピックの理念と矛盾していることが明らかになった。

 

障がい者をいじめていた学生時代を、邦楽誌「ロッキング・オン・ジャパン」(ロッキング・オン)の1994年1月号やサブカル誌「クイック・ジャパン」(太田出版)1995年8月号の「いじめ紀行」で「話して」いた。障がい者などにひどいいじめ・虐待をしたことや朝鮮人差別発言していたことなどを本当に反省している様子はなく、悪びれることなく笑って話しており、その後も自分の恥ずべき人権侵害言動を反省した態度をとらないまま現在(7月19日)に至っている。

27年間、反省の行動や活動をまったくしないままであったが、今回問題となって初めて、小山田氏はコーネリアス名義のツイッターで過去のいじめ告白について型通りの「謝罪」を出したが、オリンピックの仕事を辞退することなく居座り続けている。〈注:後掲の「追記」参照〉

 

東京2020大会のコンセプトの1つは「多様性と調和」であるが、こうした人物をオリ・パラに起用し続けるすることは、理念の「平和、多様性、人権尊重」と矛盾する。

問題が分かっても、組織委(東京オリンピック(五輪)・パラリンピック組織委員会高谷正哲スポークスパーソン)は、「貢献は大きなもの」だとして小山田圭吾氏を留任させるとした。組織委員会武藤敏郎事務総長は17日の会見で「小山田さんが謝罪されたのを、わたくしどもも理解しました。彼は現時点で十分に謝罪し、反省をしている。我々は当初、そういうことを知らなかったのは事実だが、小山田さんに引き続き、貢献していただきたいと考えています」とした。

 

事前に調べもせず、分かった後も辞任もさせない点で日本政府・オリンピック開催関係者の人権感覚は国際的に認められない低レベルであることが露呈してしまった。パラリンピックもある中で、障がい者などへのいじめの問題を重大な問題と考えていく姿勢をみせるべき時に、真逆の対応をとってしまうという愚かさ。

米国内で五輪放送権を持つNBCは「このような差別的で暴力的な行為をした人物が五輪やパラリンピックに関わる資格はあるのか」と批判するツイッターの投稿を紹介。小山田さんは謝罪したが、ネット上では「許されているとは言いがたい状況だ」と報道している。

 

小山田の差別言動 (1995年8月号の「クイック・ジャパン」、邦楽誌「ロッキング・オン・ジャパン」(ロッキング・オン)1994年1月号より)

掲載当時、小山田氏は26歳。分別のつく成人が、ダウン症の生徒が通う特別支援学校を笑い話にしたり、本人いわく「朝鮮人」という男子へのいじめを悪びれず「告白」している。

◆(障がい者のAさんに対して)「みんなで脱がしてさ。(局部を)出すことなんて(Aさんにとって)別に何でもないことだからさ」「障害がある人とかって図書室にたまる」「きっと逃げ場所なんだけど」と認識しながら「みんなで見に行こう」と行動していたこと、体育倉庫で「マットレス巻きにして殺しちゃった事件とかあったじゃないですか、そんなことやってたし、跳び箱の中に入れたり」

◆「ちゃんとビニールのひもを(ティッシュの)箱に付けて、『首に掛けとけよ』とAの名を箱に書いておきましたよ(笑)」

◆「マットの上からジャンピング・ニーパットやったりとかさー。あれはヤバいよね、きっとね(笑)」

◆「掃除ロッカーの中に入れて、ふたを下にして倒すと出られないんですよ。すぐ泣いてうるさいから、みんなでロッカーをガンガン蹴飛ばした」

◆ガムをたくさん持って来たBさんに「羽振りがいい時期があって。そんで付いて行って、いろんなもん買わせたりして」

◆修学旅行で同じ班だったBさんに「みんなでプロレス技かけちゃって。それは別にいじめてる感じじゃなかったけど。ま、いじめてるんだけど(笑)」

◆「僕っていじめてる方なのかなあ?自分じゃ分かんないっていうか。全然こう悪びれずに話しちゃったりするもんね」

◆学生時代に近くの特別支援学校の生徒がマラソンをしていたことを回想し「ダウン症の人が来るんだけど、ダウン症の人ってみんな同じ顔じゃないですか?「あれ?さっきあの人通ったけ?」なんて言ってさ(笑)」

◆「(転校生が)初日の授業で発表の時に『はい』って手を挙げたんだけど、(挙げ方で)教室中が大爆笑になって、それでからかわれ始めた。でもそれは朝鮮学校の手の挙げ方だったのね」

Aさんとの高校卒業式での会話。進路を聞き「ボランティアをやりたい」と答えたAさんに対し、小山田氏は「おまえ、ボランティアされる側だろ」といった。

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学生時代に、いじめに加担していたことを認めた上で「全裸にしてグルグルにひもを巻いてオナニーさしてさ。ウンコを喰わしたりさ。喰わした上にバックドロップしたりさ」「だけど僕が直接やるわけじゃないんだよ、僕はアイデアを提供するだけ(笑)」

 

 

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東京オリンピック開閉会式の音楽制作を手掛ける小山田圭吾氏が、94年に「いじめ告白」をした音楽誌「ロッキング・オン・ジャパン」の山崎洋一郎編集長は、2021年7月18日、同誌の公式サイト内のブログで謝罪した。

山崎氏は「その時のインタビュアーは私であり、編集長も担当しておりました」と告白。「インタビュアーとしての姿勢、それを掲載した編集長としての判断、そのすべては、いじめという問題に対しての倫理観や真摯さに欠ける間違った行為であると思います」と反省した。

さらに「27年前の記事ですが、それはいつまでも読み続けられるものであり、掲載責任者としての責任は、これからも問われ続け、それを引き受け続けなければならないものと考えています」とした上で「傷つけてしまった被害者の方及びご家族の皆様、記事を目にされて不快な思いをされた方々に深くおわび申し上げます」と謝罪した。

 

なお、27年前だから仕方なかったというニュアンスが上記の言い訳には見られるが、50年ほど前の1970年代には日本でも「青い芝」などによる障がい者運動の大きな質的転換が起こっており、1994年段階にこんな発言をすることは全く時代のせいにはできないことを付記しておこう。

 

追記《7月19日23時》

上記のように7月19日の昼の段階でまとめていたところ、7月19日の夜(毎日新聞、19:11、最終更新 7/19 22:45)、以下のように小山田氏が辞任したという報道がなされた。

東京オリンピックパラリンピック組織委員会は19日、4日後に迫る五輪の開会式で楽曲を担当するミュージシャンの小山田圭吾氏(52)の辞任を発表した。同級生をいじめていたとする過去のインタビューなど一連の騒動を受けて小山田氏から辞任の申し出があった。組織委は小山田氏に続投を求めていたが、批判の高まりを受けて一転、「誤った判断」として受け入れた。 小山田氏はツイッターで「私がご依頼をお受けしたことは、様々な方への配慮に欠けていたと痛感しております。組織委員会の皆様へ辞任の申し出をさせて頂きました」とつづった。」

 

つまり小山田氏から申し出があって事態が動いたということであって、組織委員会側から解任や辞退させたわけではないということである。

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2020年に延期になる前に、NHK番組でリオ・オリンピックを振り返って示していた「オリンピック開催の5つのメリット」

1:国威発揚、2:国際的存在感、3:経済的効果、4:都市開発、5:スポーツ文化の定着

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「国際社会における地位向上」、「経済効果」、「市民へのスポーツ振興と普及」「東北大震災からの復興を世界に示す」「コロナに打ち勝った象徴として祝福する」などリターンがなくなり、逆にコロナ蔓延の中でも人命を軽視し、金もうけにしがみつき、医療関係者や国民の声も無視し、商業主義に全く抵抗できず、IOCなどに従属し、女性蔑視発言が相次ぎ、財政的なマイナス(無駄な建築含む)を後の世代に押し付け、ナショナリズム的目論見で選挙に有利に使おうとして、開催自体を軌道修正する能力もなく、招致の時の「きれいごと」が嘘だらけであることがばれて、日本社会が人権感覚でオリパラの理念に反するレベルであることを示す「恥ずかしいイベント」「失敗のイベント」「国際的に日本がダメであることを示すイベント」に成り下がってしまった。

無駄な施設を浪費的に作ったことは、SDGsにも反する。警備・監視体制の強化など人権侵害の面だけを進める契機となった。

日本政府の唯一の「社会への貢献」は、オリンピック自体の欺瞞と日本の政治の低レベルさ・人権感覚の古さを世界に示したことといえよう。

 

 

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精神科医・森川すいめいさんの話を聞いて

NHK「 活動の原点にある“壮絶な生い立ち”~精神科医・森川すいめい~」(『こころの時代』2020年5月31日放送放送)をみた。

ガタロさんの番組を見た時以来の深いものを受け取った。僕は遠く及ばないが、この人がたぐい稀な“まともなひと”であるということはわかる。

 

以下は、内容を自分なりにまとめながら感想を書く。

 

最初は、野宿者支援をしている、いつもの活動紹介という程度にみていた。優しい語りだな、顔つきに影があるけど、深く優しい人だろうとは思ったが、それ以上ではなかった。知っているという程度の思いで見ていたが、途中からぐっと深くなった。

 

ん? この人の深さは何だ? どこまでの深さなのか。足がつかない深さだということが分かり引き込まれ、たたずまいをただした。

 

すいめいさんは、自分の過去を語り始め、それと並行して自分の生き方、学び、医者として武器を持つ思想そのものを見直すレベルでの科亜変わり方を語るのをみた。

いくら酒を飲んでも酔わないような別次元の意識レベルへ引き込まれた。

 

彼の言葉の選び方、声の出し方、間合い、声量、その総合は、ガタロさんのように本物だった。たましいのレベルが深かった。

 

彼は言う。「偉い人になろうとした。支配されないために。絶対的な力をもとうとした」

子どものころDV/虐待の家庭に育ち、大学生になってもその暴君の支配に立ち向かえなかった。

母の終末にも悔いを残した。

猛勉強して医学部に行き、医者という肩書、専門能力、治療の技術・技法という鎧を身に着けて、生きなおそうとした。それは、弱者が主流秩序の中で上昇する「生き延び生きなおす道」だった。

それが悪いわけではない。それだけでも「そこそこいい医者」になれるだろう。野宿者など弱者を助けるいい医者になれただろうし、なっていた。

だがすいめいさんは、進み続ける。野宿者との出会い、話を聞き続けてバケツに水が溜まっていった。そこに東北の大震災。その被災者支援にむかう中で一段深く自分に向き合い傷つき、自分の限界にぶち当たり、そこから這い出すために、オープンダイアローグ的なものとも格闘し、自分の鎧と心の奥底のふたをはがしていく。

それを伝えるとき、それは深い哲学や思想の語りとなる。結論は、言葉では届かない領域。

だから、このレベルに到達する人は少ない。分からない人がほとんど。

 

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儒者支援という夜回りをしはじめて、多くの人と出会い変化していく。虐待家庭に育ち、どうしたらいいかが見えていない中で、「誰かの役に立つ」というはじめて経験から何かを見つける。だが最初のそのレベル(質的段階)は、人権派的な活動家などのレベル。

まず彼は、社会的弱者に耳を傾け支援する中で「生きてるなー」と感じた。もともと鍼灸の大学に行っていたこともあり、野宿者へのマッサージをする、からだをさわるから、だんだん気持ちが近くなる。

まずこの「体をさわる」、そして気持ちが近くなるというのが、変化の第一歩。一段深い。専門というレベルでとどまる学者や専門家、医者は多いが、「さわり、気持ちを近づける」ような専門家は、ぐっと減る。

 

すいめいさんは、かかわりを続ける。この「続けること、経験する数が増えること」、それによって質的な変化にいたる。針やマッサージの治療から、「話を聞く」ようになる。りんごからこどものころのはなしをしてくれたひと。人生を語る時間に同伴する経験。

 

さらに、野宿している人が、なぜできあいの行政の支援に適合しないのか。逃げたりするのか。応じたりしないのか。

集団生活がダメというが、その理由が最初は不明。よくきくとウォシュレットがいるという。なぜか。そのホームレスのひとは痔だった。しかも知的障害が影響してうまくふけない、という特徴も持っていた。すると施設などで下着を汚したり迷惑かけたりしてやっていけないから、一人で、ウォシュレットがある公共トイレのある地下で野宿して生きていた。

「施設が嫌」とかウォシュレットは贅沢でもっわがままでもなかった。

聞かないとわからない。聞いても言ってくれない。

だがすいめいさんは、それを深く受け止める。

自分のスタンス・姿勢に視点を移す。専門家としての上からの治療や支援でなく、

人生のむつかしいことで、なにもできないまま、横にいて話を聞くことの大事さ。自分の武器・技能を持つ上昇志向的な、主流秩序的な生き方の見直しにいたっていく。

 

社会問題がある。いじめがあり、貧困があり格差があり差別があり、不正や不当弾圧があり、人権侵害がある。

すいめいさんは、最初は「そうした問題の解決のために、人の上に立とうとして」勉強した。武器をもとうとして睡眠を削って勉強し資格を取り、技法を学んだ。悪を切りつけ、弱者のためにがんばるとおもって権力を持つ専門家になった。

だがそれは“過去”がある彼には、当面の逃げの解決の道だった。ある意味楽な道を進んだ。頑張ればいいので楽だった。正義の道。

 

これには僕も思い当たることがある。

私が主流秩序論に至り、自分の過去の「いい人」「人権派、左翼、労働組合運動側、フェミ、リベラル、反体制的な正義の側の人」である道への見直しという話のレベル。

私はそれを40歳前後から考え始め、正規職を退職し、そのあたりの経緯を『主流秩序社会の実態と対抗』にまとめた。

***

すいめいさんの話に戻す。

東北の大震災の支援に行って、精神科の医者としてPTSDなどになっている人を助けようおもっていた。しかしその“現実”は想像以上に過酷で、彼は立ちすくむ。やれることをしていくが限界も感じる。

すいめいさんレベルの人の凄さは、その自分の支援のダメさを感じれる繊細さがあること。

通常は、あの震災支援でも、多くの支援者は、いいことをしていると思ってそこにとどまっている。それもいい。そんなもんだろう、ふつうは。

だが例えば私はそのとき、無名の一人として末端で自腹でボランティアにいっている人を多く見た一方、組織から送られた専門家や組織人を見て、その待遇さに疑問を持った。寝るところも移送も給料も保証されての支援。一方通常のボランティアは全部自前。この話は別のところに書いたから割愛するが、多くは鈍感なのある。あの震災支援で有名になった人、上昇した人、儲けたひとがどれほど多かったとか。

 

だがすいめいさんは傷つく。絶望的な無力感をもてた。

避難所で被災者の話を聴く活動をするが、そこで活発に動いていたある女性が

「先生、どうして生きなきゃいけないの」と問いかける。そして泣く。

家族など皆が亡くなったのにどうして生きないといけないのかという声。

 

すいめいさんはそこで感じる。いや、わかる。

ここで、医者として培い身に着けた道具、技、技法、治療法、薬を使ってはだめだと。

「生きる希望をみつけるように」と通常の支援のかかわりをすることは、今ここに本当に必要なことではないと思う。適切ではないと思う。

それは、いま目の前の人の横にいるということを拒否することとおもった。

技法を使ってはだめとおもった、というこの感覚こそ、通常の学者や医者・専門家では到達できないレベルへの入口だ。

 

私は この番組は、通常の予想レベルと違うと思った。

 

そうだからこそ、すいめいさんはそこで行き詰まってしまう。それで東京に戻り、部屋にとじ込もって泣いていたという。

なぜ女性の苦しみに寄り添え続けられなかったか

 

そして 投薬に頼らず対話を続けるオープンダイアローグを知る。

それを学びにンランドに行く。

そこでわかったのは、テクニック・やり方ではなく、自分を語るということだった。同じ地平で。

 

椅子の位置を対面から横にすわるサークル形式に変えて、専門家が複数できくような形。

専門家の権威ではなく、対等、答えは一つではない。

同じ目線で「人生の問題に答えなんてないよね」という謙虚さにとどまる力に気づいていく。

一人の人間としてそこにとどまるということには、深い洞察がある。

とどまる力。

 

私は今、DV加害者プログラムにかかわっているが、このすいめいさんの大事にしたいところは、とても重要だが難しいところだとおもう。それぐらいはわかる。

どうしても専門的な知識や経験からのかかわりになりやすい。カウンセラーとて同じ。このやり方でいいというかかわりは、じつは技法に頼っているのだ。

それを捨ててお互いのおもいを交感していくという実践。

専門的答えを言うようにならないで、自分を語る。聞くという対話。

 

***

フィンランドでオープンダイアローグを学ぶ中、

自分の家族のことを話す必要性に迫られる。それは虐待被害者としての彼が蓋をして心の繰底に押し込んでいた領域。

彼は話をした。まわりはそれを聞き、温かく受け止めてくれた。

この経験から彼はオープンダイアローグの神髄を学んでいく。自分の無意識の鎧を脱いでいく感覚にゆき当たる。

今までは丸裸でそのひとの横にいなかった。

技法をもって助けようとしていた。そのまちがい。

「その人の横にいる」とは何か。口で言うのは簡単だが、それをどのレベルで実践するかが問われる。

 

今回の番組では、すいめいさんの言葉でそのリアルな深さを伝えてくれた。私の手も及ばない深さだった。

 

彼は壮絶な被害者としての人生において、鎧を身に着けて生きてきた。だがそんな自分を本当には肯定できていなかった。ずっと嫌いな自分だった。

それを語り認め、そしてそのままの自分を許そうというところに行く。

それは他者をそのまま認める、横にいるということと重なる。

人にかかわるとは、ひとりの人間とひとりの人間として出会うこと。

「上」にはいかないこと。

 

****

 

すいめいさんは愛する母が最後に言った言葉を語る。

自分の一番つらかったこと。それを自覚していなかった

自分を許せなかった。自分を肯定できなかった。だから逃げたり武器をもったりしていた。

その場にいなきゃいけないときに逃げてた。そういう人間だった

それを無意識に心の奥底におしとどめ、活動していた。

許せない自分、大嫌いな自分、そうでないように表面でつくろっていた、

そこをみて自分をうけいれ許した

 

その経験を通じて、次のステージになっていく。

逃げなくなっていく。

自分の気持を話せるようになっっていく

「にんげん 対 にんげん」になってきたという

 

***

最後、すいめいさんはこれからも野宿者の話を聞くることを続けるという。

新しいタイプの野宿は次々出てくる。

話しをきいたら心配になるし、友達のように思うという。

それだ。

ヘイト企業テイケイがユニオンに不当攻撃

プレカリアートユニオンからの情報です。

こういう企業、こういひと いるのはわっかる。許せないほど愚かな人たちだけど、存在している。米国では1月の議会襲撃さえなかったという人がいる。世界的に、平気でうそをつき、ネトウヨ的言説で生きている人、ヘイトを平気でする人が居直って存在している。プレカリアートユニオンなど、本当にまともなところの戦いが勝利することを願います。

DHCやテイケイなどヘイト企業を行政が許していていいはずがないです。

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プレカリアートユニオンや関係者に500通以上の怪文書を送付し、違法な組合攻撃を続けている

大手警備会社のテイケイに、東京都の施設である豊洲市場や、都営地下鉄の警備をさせないよう求める

ボイコットキャンペーンを開始しました。ぜひご協力くださいますよう、お願いいたします。

http://chng.it/PmwF7F4dg9

 

小池百合子東京都知事

労働組合に500通以上の怪文書を送付、違法行為を繰り返す大手警備会社テイケイに豊洲市場都営地下鉄の警備をさせないで!

 

大手警備会社のテイケイ株式会社(影山嘉昭代表取締役/高花豊代表取締役)から、個人加盟の労働組合プレカリアートユニオンの事務所に毎週毎週、10~20通程度の「怪文書」レベルの誹謗中傷の郵便物が届いています。上部団体の役員や組合員個人宅に届いたものなども合わせてその数500通以上。社名入りの封筒で、社長名で、代表者印を押した「抗議書」などの書面に、組合役員、組合員、上部団体である全国ユニオンの役員の名前を列挙して、街宣活動への参加を「立派な犯罪行為」「参加する者は共同正犯」と脅し、「雲助」等の職業差別や「○○のクズ」「ゴミ」と罵倒する紙片や顔写真を複数同封して送りつけるという異様さです。プレカリアートユニオンが、本社に抗議の街宣をすれば、出入り口に組合を「反社」と名指し、他国を貶めるヘイトスピーチを含む垂れ幕を貼る始末。

 

警備員が現場に直行直帰して働いていることから、テイケイでは、毎週1回、支社に勤務実績報告書を持参させられ、その際、装備の点検なども行います。明らかに労働時間なのですが、この時間についてテイケイは賃金を払っていません。労働基準監督署からは指導され、未払い賃金を請求して労働審判を申立てた警備員には解決金を払いました。団体交渉で警備員全員に未払い賃金を支払うようはたらきかけたところ、1回につき500円の手当が払われるようになりました。一歩前進ですが、移動時間も含めた賃金と交通費を支払うべきです。

 

テイケイは、プレカリアートユニオンに加入して未払い賃金の請求をした警備員をホテルに長時間呼び出して、退職届を書かせました。退職させられてしまった組合員が、現在、未払い賃金の請求と地位確認を裁判で争っています(労働審判で一定の金銭の支払いを行う審判が出された後、本訴に移行)。また、テイケイで働く労働者からは、コロナ禍でもサージカルマスクの着用が原則禁止されている、といった相談も寄せられました。これらの問題について、テイケイは、プレカリアートユニオンとの団体交渉を拒否し、「怪文書」の送付を繰り返しています。深夜に組合員個人宅の郵便受けに投函したり、公然化していない組合員の職場に嫌がらせの文書を送るなど、行動がエスカレートしています。組合の街宣活動を名誉毀損などであるとし1000万円の損害賠償を請求するスラップ訴訟を仕掛けてきたので、組合もテイケイからの文書送付や名誉毀損掲示物について反訴し請求拡張分も合わせて合計約3000万円を請求し訴訟でも闘っています。

 

これらの不当労働行為については、当然、東京都労働委員会に不当労働行為救済申立もしており、実効確保の措置申立てに対して、東京都労働委員会から「申立人とその

関係者(組合員及び上部組織を含む。)への文書の送付については、紛争の拡大を防止するため格段の配慮を払われるよう強く要望する。」という見解が示され

ています。私たちは、激しい組合嫌悪とネット右翼的な考え方を反映した違法な攻撃に萎縮することなく、労働問題の解決を求めていきます。

 

テイケイは、2021年3月までは東京都庁の警備を行っており、その後の豊洲市場をはじめ東京都の関連施設や官庁などを受託しています。労働組合に対する違法行為を繰り返し、テイケイと労使関係のない組合員個人にも執拗に嫌がらせの文書を送り続けるに、個人情報を取り扱う施設や公共性の高い施設の警備を任せてよいのでしょうか。テイケイが違法行為を改めない限り、テイケイには豊洲市場都営地下鉄の警備をさせないようお願いいたします。

 

テイケイに直接ご意見を送る場合は→テイケイ株式会社(旧名 帝国警備保障株式会社)

代表取締役 影山嘉昭/高花豊

東京都新宿区歌舞伎町1-1-16テイケイトレード新宿ビル(靖国通り

TEL03-3207-8511(代表) FAX03-3232-7404

 

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労働相談は 誰でも1人から加入できる労働組合

プレカリアートユニオン

〒160-0004東京都新宿区四谷4-28-14パレ・ウルー5F

ユニオン運動センター内

TEL03-6273-0699 FAX03-4335-0971

ウェブサイト https://www.precariat-union.or.jp/

ブログ https://precariatunion.hateblo.jp/

メール info@precariat-union.or.jp

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小学校長の松井市長への「提言」前後

 

維新御ひどい教育介入、そしてとくにコロナ禍での「オンライン授業にしろ」という松井市長の無茶苦茶な方針のしつけ、そんな中、オンライン授業は中止というようになりました。

 

大阪の志水さんという方の「まとめ」を紹介しておきます。

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木川南小学校久保敬校長が松井大阪市長に当てた提言前後のことを事実経過を中心にまとめてみました。

 

〈1発端〉

 ことの発端は、419日記者会見で松井市長が、何の権限もないにもかかわらず緊急事態宣言が発令された場合、大阪市立の小学校と中学校を原則オンライン授業に切り替える意向を示したことです。マスコミは一斉に報じ、学校現場は不安に陥りました。

2021.4.19記者会見

https://youtu.be/KQ9BfK51dqk

大阪市立小中学校、宣言発令なら原則オンライン授業に(日経)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF1944K0Z10C21A4000000/

 

〈2大阪市教委の奇妙な方針〉

 422大阪市教育委員会が小中学校に通知した方針は何とも奇妙なものでした。小学校は、2限目までオンラインやプリントで自宅学習を行い、登校後4限目のみ教室での「指導」、給食を食べたあと帰宅させる。中学校は、午前中は自宅でオンラインやプリント学習、登校して給食を食べたあと、教室での「指導」を行うというものでした。大阪府内の他の小中学校は、通常通り授業を行うことが通知されるなか、大阪市の小中学校だけが「通常授業」ができないことになったわけです。

 

〈3現場は大混乱〉

 425日緊急事態宣言が発出され、翌26日から、この奇妙な方針を実行することが求められた大阪市の小中学校では大混乱が起こります。

 一部ですが生の声を紹介します。中学生からは、「緊急事態やのに給食を食べる意味がわからん。不正会食?じゃないのか」「去年の分散登校でいいんじゃないのか」。保護者からは、「オンラインも、通信テストして以来全く進んでいません」「保護者、子どもでさえも中途半端な事してるなーってわかってるのに上の人達は何故それがわからない?って疑問です。しかも大阪市だけこのスタイル…この大阪スタイル、ほかの自治体から馬鹿にされてる事気付いてないの?って言ってほしいです」「小学4年生男子の保護者です。オンラインテストではログインすら出来ていない子がたくさんいたように思います。すぐにログイン出来た子は持て余し、ログイン出来ない子は苦戦してるのか諦めモードなのか…とても授業が成り立つには程遠い感じでした」。

 そして教員からは、「3時間目から登校して給食を食べて5時間目までの3時間授業です。国語や算数などの授業をしていても時数計算は全て特別活動の時数で計算せよと、わけのわからん指示が教育委員会から出されました」「うちで(タブレットが)配布されたのは今年の4月で、子どもたちは、ほとんど触れることなく、緊急事態宣言に入りました。低学年の子どもは、IDとパスワードの入力だけで、たくさんの時間がかかり、操作どころではありませんでした」「teamsの接続テスト、ネット環境がない生徒への対応、予備の接続テストなどに追われ、教育に充てる時間がない。学校がお客様サポートセンターのようになり、明らかに教員の業務の枠を越えている。もちろん、去年から準備はしていたが、それでもこの状況」。

 つまり、大阪市の小中学校ではハード面でもソフト面でも「オンライン授業」の基盤は整っていないにもかかわらず、その実施が求められたわけです。小中学校の中には、子どもの現状や保護者の希望から、子どもの登校を朝から受け入れるところも出てきました。

※ブログ「子どもを追いつめるな!市民の会」

緊急事態宣言下の大阪市の学校は?!

http://no-testhyouka.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-b6f01b.html

 

〈4教育委員会会議で出た驚くべき内容〉

 511日開催の大阪市教育委員会では、事務局の報告に約40分の質疑応答が行われました。委員から、“4月中教育委員会議が開かれなかったため、大阪市の方針(オンライン授業や給食)をテレビニュースで初めて知ったという事実にも驚きました。また、ここで文科省の見解では、オンライン授業は、授業時数としてはカウントできないこともわかりました。

2021.5.11大阪市教育委員会会議動画

https://youtu.be/_wb0vFaDvog

 

〈5知らなかった松井市長〉

 513日松井市長は記者からの質問になんのためにオンライン授業をしてきたか、授業時数としてカウントされないのはおかしい。今日にでも萩生田文科相に電話すると回答しましたが、文科省が、現時点で教員の立ち会いのないオンライン授業を「授業」として認めるとは思えません。このニュースに学校現場はますます疲弊していきます。

2021.5.13松井市長記者会見書き起こし

https://news.yahoo.co.jp/articles/4b0b028129672b2b33305ca560d7e4f112de94b4?page=3

※同上文字起こし

https://news.yahoo.co.jp/articles/f411d4dbd5a840c9a3005437e022582c8aed9bf9?page=2

 

〈6現職校長の提言〉

 その最中に大阪市立木川南小学校久保敬校長が松井市長に「提言」を出したことがわかりました。私が知ったのは517日でしたが、正直感動しました。大阪の学校現場で長年携わってこられた方ならではの視点からやむに止まれず書かれたことが伝わってきました。翌18日には共同通信がこのニュースを取り上げ、ヤフーニュースでも掲載され多くの人が知ることになりました。

2021.5.18yahooニュース

https://news.yahoo.co.jp/articles/0a02728a512af57721ab28ab434595528a82e515

 

〈7弾圧のはじまり〉

 すると、何が起こったか?!519大阪市教育委員会は久保校長を呼び出し事情聴取を行いました。それがわかったのは、520大阪市会教育こども委員会で、大阪維新の会杉村幸太郎委員がこの件について質問したことによります。事務局は、事実関係の調査中であると断りながらも、大阪市職員基本条例4条、地方公務員法33条を持ち出し、一般論として懲戒処分の可能性もあると示唆しました。

※ブロググループZAZA

現職校長から大阪市長への提言ー大阪市会教育こども委員会における質疑応答

 

〈8弾圧は許さないーー支援の声広がる〉

 久保校長に「処分」?!ーー絶対に許せないという声が次第に広がり大きくなっていきました。また、久保校長とともに人権教育を担われてきた方からは、携帯ショートメールによる「提言」賛同署名も始まっていました。

 

〈9松井市長の反論〉

 520日記者会見で、松井市長は自らの教育観を述べ、久保校長については「社会人として外に出たことがあるのか」「ルールに従えないなら、組織を出るべきだと思う」と批判しました。

2021.5.20 松井一郎大阪市長 囲み会見

https://youtu.be/aNa2EN7osnU

※上記より抜粋(23秒)

https://twitter.com/senseiwakame/status/1395990755957633026?s=21

 

〈10朝日新聞、大きく報道〉

 521朝日新聞朝刊は、この件を大きく取り上げました。また「提言」全文も掲載しました。全国から久保校長の提言に賛同し、支援の声が集まっています。

※ 「学校は混乱極めた」 現職校長、実名で大阪市長を批判

https://news.yahoo.co.jp/articles/fb11429d3463b5af3cf97ca88ae613e16f775b4f?fbclid=IwAR1RyyjQMsFAuqB6VwfT1C8YAKQuVdbx17VLA41hu29CVu5_nEGr7bjKq7s

大阪市立木川南小学校・久保校長の「提言」全文

https://digital.asahi.com/articles/ASP5N6KWMP5NPTIL00R.html?fbclid=IwAR2gor1f3QWHkbX4rfsREQCwEI6iYMXLJTVlsqS_4P929KzYEOuy3BDR1IM

 

〈11萩生田文部科学大臣も発言〉

ついには、萩生田文科相も、21日の閣議後会見で、この件について聞かれ、「(校長から)不具合があったという報告であれば、耳を傾けて改善したらどうか」と市側に促すことになりました。

文科相大阪市側に「耳を傾けて」校長らの『学校現場は混乱を極めた』提言に対し

https://www.mbs.jp/news/kansainews/20210521/GE00038405.shtml

 

〈12賛同・支援の声大きく広がる〉

 そして、大阪では、久保校長の「提言」に賛同し、大阪市立中学校校長が自らのフェイスブック(公開設定)で、賛同者の声を松井市長に届けると呼びかけておられます。すでにTwitterにおいて「#木川南小学校校長を支持します」は6万件を超えています。

 

〈13「提言」に応えるために〉

 今回の件は、オンライン授業の強制をきっかけとして起こったことですが、提言をお読みいただければおわかりいただけると思いますが、現在の大阪の公教育が果たして子どもの学びを保障し、未来につながるものであるのか、という現場からのまさに私たちへの「提言」であると考えます。この問題は今後も続きますが、今、私たちがしなければならないことは、久保校長を「弾圧」から守り「処分」をさせないことだと思います。そして、大阪の子にとってどのような公教育が必要なのか、私もこの提言を真摯に受け止め考えていきたいと思います。(以上)

 

 

 

 

大阪の小学校校長が松井市長に維新のひどい教育政策を批判する「提言」を出したが、松井市長がひどい応答

大阪の小学校校長が松井市長に維新のひどい教育政策を批判する「提言」を出したが、松井市長がひどい応答

 

国旗国歌の強制など、維新の教育介入に抵抗する教員は一部いたが、多くの教員が無抵抗でいいなりになってきた。その中でついに告発した校長がでてきたが、それにたいして批判する松井市長や維新議員。 

この状況に対して、取材には一部、教員や校長が応じているようであるが、公には、以下の記事にあるように、大阪市校長会と、久保校長の木川南小がある淀川区の校長会はいずれも「ノーコメント」と答えた。

つまり主流秩序に何ら抵抗せず言いなりで、勇気ある一人に対して応援をせずに沈黙という形で、支えない選択をしているのである。沈黙は主流秩序への加担である。

 

 

https://digital.asahi.com/articles/ASP5N6KWMP5NPTIL00R.html?fbclid=IwAR3wKEKV5pNkz3dm5wAr7qBMtgeRiieTGjuXLnhkSeHwrDeI-oo_noAlPDo

 

大阪市立木川南小学校・久保校長の「提言」全文

大阪市長 松井一郎 様

大阪市教育行政への提言

豊かな学校文化を取り戻し、学び合う学校にするために

 子どもたちが豊かな未来を幸せに生きていくために、公教育はどうあるべきか真剣に考える時が来ている。

 学校は、グローバル経済を支える人材という「商品」を作り出す工場と化している。そこでは、子どもたちは、テストの点によって選別される「競争」に晒(さら)される。そして、教職員は、子どもの成長にかかわる教育の本質に根ざした働きができず、喜びのない何のためかわからないような仕事に追われ、疲弊していく。さらには、やりがいや使命感を奪われ、働くことへの意欲さえ失いつつある。

 今、価値の転換を図らなければ、教育の世界に未来はないのではないかとの思いが胸をよぎる。持続可能な学校にするために、本当に大切なことだけを行う必要がある。特別な事業は要らない。学校の規模や状況に応じて均等に予算と人を分配すればよい。特別なことをやめれば、評価のための評価や、効果検証のための報告書やアンケートも必要なくなるはずだ。全国学力・学習状況調査も学力経年調査もその結果を分析した膨大な資料も要らない。それぞれの子どもたちが自ら「学び」に向かうためにどのような支援をすればいいかは、毎日、一緒に学習していればわかる話である。

 現在の「運営に関する計画」も、学校協議会も手続き的なことに時間と労力がかかるばかりで、学校教育をよりよくしていくために、大きな効果をもたらすものではない。地域や保護者と共に教育を進めていくもっとよりよい形があるはずだ。目標管理シートによる人事評価制度も、教職員のやる気を喚起し、教育を活性化するものとしては機能していない。

 また、コロナ禍により前倒しになったGIGAスクール構想に伴う一人一台端末の配備についても、通信環境の整備等十分に練られることないまま場当たり的な計画で進められており、学校現場では今後の進展に危惧していた。3回目の緊急事態宣言発出に伴って、大阪市長が全小中学校でオンライン授業を行うとしたことを発端に、そのお粗末な状況が露呈したわけだが、その結果、学校現場は混乱を極め、何より保護者や児童生徒に大きな負担がかかっている。結局、子どもの安全・安心も学ぶ権利もどちらも保障されない状況をつくり出していることに、胸をかきむしられる思いである。

 つまり、本当に子どもの幸せな成長を願って、子どもの人権を尊重し「最善の利益」を考えた社会ではないことが、コロナ禍になってはっきりと可視化されてきたと言えるのではないだろうか。社会の課題のしわ寄せが、どんどん子どもや学校に襲いかかっている。虐待も不登校もいじめも増えるばかりである。10代の自殺も増えており、コロナ禍の現在、中高生の女子の自殺は急増している。これほどまでに、子どもたちを生き辛(づら)くさせているものは、何であるのか。私たち大人は、そのことに真剣に向き合わなければならない。グローバル化により激変する予測困難な社会を生き抜く力をつけなければならないと言うが、そんな社会自体が間違っているのではないのか。過度な競争を強いて、競争に打ち勝った者だけが「がんばった人間」として評価される、そんな理不尽な社会であっていいのか。誰もが幸せに生きる権利を持っており、社会は自由で公正・公平でなければならないはずだ。

 「生き抜く」世の中ではなく、「生き合う」世の中でなくてはならない。そうでなければ、このコロナ禍にも、地球温暖化にも対応することができないにちがいない。世界の人々が連帯して、この地球規模の危機を乗り越えるために必要な力は、学力経年調査の平均点を1点あげることとは無関係である。全市共通目標が、いかに虚(むな)しく、わたしたちの教育への情熱を萎(な)えさせるものか、想像していただきたい。

 子どもたちと一緒に学んだり、遊んだりする時間を楽しみたい。子どもたちに直接かかわる仕事がしたいのだ。子どもたちに働きかけた結果は、数値による効果検証などではなく、子どもの反応として、直接肌で感じたいのだ。1点・2点を追い求めるのではなく、子どもたちの5年先、10年先を見据えて、今という時間を共に過ごしたいのだ。テストの点数というエビデンスはそれほど正しいものなのか。

 あらゆるものを数値化して評価することで、人と人との信頼や信用をズタズタにし、温かなつながりを奪っただけではないのか。

 間違いなく、教職員、学校は疲弊しているし、教育の質は低下している。誰もそんなことを望んではいないはずだ。誰もが一生懸命働き、人の役に立って、幸せな人生を送りたいと願っている。その当たり前の願いを育み、自己実現できるよう支援していくのが学校でなければならない。

 「競争」ではなく「協働」の社会でなければ、持続可能な社会にはならない。

 コロナ禍の今、本当に子どもたちの安心・安全と学びをどのように保障していくかは、難しい問題である。オンライン学習などICT機器を使った学習も教育の手段としては有効なものであるだろう。しかし、それが子どもの「いのち」(人権)に光が当たっていなければ、結局は子どもたちをさらに追い詰め、苦しめることになるのではないだろうか。今回のオンライン授業に関する現場の混乱は、大人の都合による勝手な判断によるものである。

 根本的な教育の在り方、いや政治や社会の在り方を見直し、子どもたちの未来に明るい光を見出したいと切に願うものである。これは、子どもの問題ではなく、まさしく大人の問題であり、政治的権力を持つ立場にある人にはその大きな責任が課せられているのではないだろうか。

令和3(2021)年5月17日

大阪市立木川南小学校 

校 長 久保 敬

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「学校は混乱極めた」 現職校長、実名で大阪市長を批判

朝日新聞2021年5月20日 21時30分

大阪市の松井一郎市長に「提言」を送った市立木川南小学校の久保敬校長。取材中はマスクをし、記者との間についたてを置いた=2021年5月18日、大阪市淀川区木川東1丁目、宮崎亮撮影

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 大阪市立小学校の校長が、市の教育行政への「提言書」を松井一郎市長(57)に実名で送った。今回の緊急事態宣言中、市立小中学校の学習を「自宅オンラインが基本」と決めた判断について「学校現場は混乱を極めた」と訴える内容。全国学力調査や教員評価制度などにも触れ、子どもが過度な競争に晒(さら)され教師は疲弊していると訴えた。松井市長は20日、報道陣に「子どもの命を守ることを最優先にコロナ対応の手段としてオンラインを活用した」と反論した。(宮崎亮、加藤あず佐)

 現職の校長が実名で市長を批判するのは異例だ。提言書の筆者は大阪市淀川区の市立木川南(きかわみなみ)小学校(児童数140人)の久保敬(たかし)校長(59)。17日朝、松井市長宛てに封書で郵送し、山本晋次・市教育長にも同じ内容を送った。

 提言は、オンライン学習を基本とした松井市長の判断を「子どもの安全・安心も学ぶ権利もどちらも保障されない状況をつくり出している」と批判している。久保校長自身はSNSに投稿していないが、内容を聞いた知人が本人の許可を得て投稿し、広がっている。

 松井市長がこの判断を報道陣に表明したのは、府内で新型コロナウイルスの感染者が増えていた4月19日。これを受け市教育委員会は市立小では3限または4限から給食までを「登校時間」と決めた。家庭の要望がある場合、それ以外の時間も児童生徒を校内で預かることも求めた。今月17日、松井市長は宣言下で子どもが重症化した例がないとして、24日に通常授業を再開すると発表した。

 一方で小中学校の現場は、オンライン学習への対応や児童ごとに異なる登校時間の把握に追われた。保護者にも不安が広がっていた。久保校長の提言は「通信環境の整備など十分に練られること(が)ないまま場当たり的な計画で進められ」「保護者や児童生徒に大きな負担がかかっている」と書いた。

久保校長の「提言」を読んだ大阪市松井一郎市長は「言いたいことは言ってもいい」としつつ、「ルールに従えないなら、組織を出るべきだと思う」などと述べました。記事後半で詳報します。

 久保校長の木川南小学校は独自の運用を続けてきた。緊急事態宣言が出る2日前の4月23日、「通常通りの時間で集団登校をし、オンライン学習の練習もしながら午前に4時間の学習をし、給食後の午後2時ごろ帰宅」との方針を決めた。市教委の方針では、預かりを希望するか否かで登校時間が異なるため集団登校ができなくなり「交通安全や不審者へのリスクが高まる」と考えたからだ。

 運用を始めた4月26日にアンケートしたところ、回答した保護者128人の約9割が「いつも通りの集団登校」に「賛成」と答えた。「家庭でのオンライン学習が始まったらお子さんは1人で学習できるか」との問いには「できない」が約51%、「わからない」が約24%だった。

 久保校長の提言書は、より広い教育行政の問題にも言及している。

 虐待や不登校、いじめ、10代の自殺増加にも触れ、「子どもたちを生き辛(づら)くさせているもの」に大人が真剣に向き合うべきだと書いた。「『生き抜く』世の中ではなく、『生き合う』世の中でなくてはならない」と訴えている。

 全国学力調査などについては、「子どもたちは、テストの点によって選別される」として危惧している。教職員の人事評価制度も「教育を活性化するものとしては機能していない」と批判し、教職員は「やりがいや使命感を奪われ、働くことへの意欲さえ失いつつある」とも記した。

実名を出した理由は

 久保校長は取材に「(松井)市長が市長として仕事してはることに対しては敬意を持ってます」と話す。

 ただ、現場への意見聴取をせずトップダウンで「オンライン学習が基本」と決めたことについて、「テレビで(松井市長の発言を聞いて)僕らが知ることは、どうなんだろう?と思う」「プロセスが『これは民主主義なのかな』って。大げさに言うたらそんな風に思います」と疑問を呈した。

 5月中旬までに3回、大阪市の「市民の声」窓口に実名・肩書を出してメールで意見を伝えたが、方針が変わらないため手紙で市長らに提言書を送ったという。実名で送った理由を「37年間大阪で教員として育ち、本当に思っていることを黙ったままでいいのかなと。お世話になった先生方や保護者、担任をした子どもを裏切ってしまう感じがした」と語った。「今まで黙ってきた自分はどうなんやろうっていうのを、自分自身に問いかけた」とも述べた。

 大阪市立学校の人事権を持つ市教育長だけでなく、市長にも提言書を郵送したことについては、「教育長さんが(「オンラインが基本」の判断を)言ったわけじゃないので。言った人に言わないと」と話した。

大阪・松井市長「従えないなら、組織を出るべき」

 松井市長は久保校長の提言書をSNS上で読んだという。20日、報道陣の取材に対して自らの考えを語った。

 提言書が「競争社会」を批判した点については「校長だけども、(社会の)現場がわかってないというかね、社会人として外に出てきたことあるんかな」と言い、「今の時代、子どもたちはすごいスピード感で競争する社会の中で生き抜いていかなければならない」として、小中学校時代にそのための力を培うことが大事だと述べた。

 提言書にある人事評価制度への疑問や「教職員の疲弊」については「民間の会社であろうと、必ず評価のシステムがある。先生として、それは耐えられないと言うなら、仕事を変えたほうがいい」と話した。

 久保校長が実名で提言書を出したことは「言いたいことは言ってもいい」としつつ「(市教委の教育振興基本計画の)ルールに従えないなら、組織を出るべきだと思う」と述べた。

 自身が大阪府知事だった時代に府教育基本条例を成立させ、教委でなく首長が教育目標を決められる形を作ったことも説明した。

 提言書がSNS上で広まっていることについて、市教委は今後、市職員基本条例4条の「職務や地位を私的利益のために用いてはならず」に反するかどうかを確認するという。担当者は取材に「事実を確認して厳正に対処する」と話した。

 他の校長や教員たちは提言書をどう受け止めたのか。大阪市校長会と、久保校長の木川南小がある淀川区の校長会はいずれも「ノーコメント」としている。

 別の区の60代の市立小学校長は「声を上げにくい中でよく言ってくれた」と提言書の内容を支持した。区内の校長の間でも共感する声が多いという。「これまでも教育現場の声を聞かずに色んなことが決められてきた」。今回のオンライン学習の方針も同じだと感じるという。

 この校長の小学校では家庭の事情で8割強が1限目からの登校を希望。オンライン学習では集中力が続かない児童も多くプリントの答え合わせが精いっぱいだ。「多くの先生が、この混乱を予想していたはずだ」

 阿倍野区の市立小学校の50代男性教諭は通信環境が整わない中でオンライン学習を進めざるを得ず、児童の学習に遅れが出ていることに危機感を抱く。「私たちは決まった方針に対して何も言えず、従うしかない。諦めていたが、この提言に心から賛同したい」と話した。

 松井市長は20日、報道陣の取材に「僕は現場の声は、それぞれの部署の責任者からきちっと聞いています」と述べた。

 同日夕の市議会の委員会でも取り上げられた。かつて松井市長が代表を務めた大阪維新の会の議員からは提言書が広く出回っていることに対して、「あるまじき行為」とする批判の声が上がった。一方、市議会野党の会派「自民くらし」の議員は「先生一人ひとりの叫び声を、教育委員会は我がこととしてとらえるべきだ」と述べた。

 

 

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「従軍慰安婦」等の表現に関する菅内閣の答弁書の撤回を求める!

声 明

           

 従軍慰安婦」等の表現に関する菅内閣答弁書の撤回を求める!

 

2021・5・20

        「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク

 

1 菅内閣は、2021年4月27日、馬場伸幸衆議院議員の提出した「「従軍慰安婦」等の表現に関する質問主意書」に対する答弁書閣議決定した。そもそもこの質問主意書の質問の趣旨が、「従軍慰安婦」という用語を政府として使用することは不適切との立場で、政府の見解を求めるものであり、後に述べるような本来学問の自由・表現の自由の範囲内の事象に対する政府見解を求めるものとして不適切な質問であるが、これに対する答弁には看過できない問題があるので、以下の通り、この答弁書の撤回を求めるものである。

 

2 第一に、本答弁書では第一項で、明確に1993年8月4日の河野洋平内閣官房長官談話を政府として継承していることを明言している。この官房長官談話を継承していると言うことは、この談話に書かれている事実認識について、現在も日本政府の見解としているということである。同談話には、「慰安婦」とされた女性達が「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに荷担したこともあった」「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。」と明記されている。

  しかるに、今回の答弁書で、菅政権は、大手新聞社が吉田清治氏の虚言を報道したことによって軍による「強制連行」という誤った事実が世界に広がったと述べ、「従軍慰安婦」という用語が誤解を招く恐れがあるので、単に「慰安婦」という用語を用いることが適切であると述べている。

しかしながら、「慰安婦」とされた女性たちの募集が、河野談話の述べるとおり、強制連行を含む女性たちの意に反した連行であったことは明確であり、日本政府として「河野談話」を継承するということは、この談話に明記されている事実を政府の基本的歴史認識として表明しなければならない筈である。まずこの点からもこの答弁書は誤っている。

 

3 第二に、この答弁書において政府は、質問者の質問を受ける形で、「従軍慰安婦」という用語は、強制連行を伴うものであるとの誤解を招くおそれがあるから、「従軍慰安婦」、「いわゆる従軍慰安婦」、さらに「従軍」と「慰安婦」を組み合わせることまで適切ではなく、単に「慰安婦」という用語を用いることが適切であるとの見解を述べている。

しかしながら、歴史研究者らでつくる学術団体「歴史学研究会」でも、学問的見地から、「日本軍「慰安婦」」の呼称を用いている。「慰安婦」問題の研究者の中には、「1942年以降、日本政府と軍は慰安所業者や「慰安婦」を「軍従属者」としていた。そうならば「従軍慰安婦」という言葉は極めて適切な用語といえる。」という指摘もある。国連や国際社会は人権認識から日本軍性奴隷制を使用している。また、被害者・支援団体は、事実認識に基づいて「日本軍「慰安婦」」ないしカッコ付きの「慰安婦」という呼称を用いてきたことに見られるように、

この問題についてどのような表現を用いるかは、それぞれの歴史認識や立場に応じて多様な表現が用いられて当然の、学問の自由・表現の自由の範疇に属することなのである。

 政府としてどのような用語を用いるか、という点についての説明はあったとしても、閣議決定をもって、ある表現の意味を規定したり、それ以外の表現に対して制約を及ぼすような事があってはならない問題である。

 

4 特に教育の場においては、政府はあくまで学問の成果を尊重すべきであって、今回のような閣議決定をもって、教科書検定に際して、従軍慰安婦を使用不可とし、慰安婦という表現を強制するような事があってはならないことである。

  政府は2014年の教科書検定基準の改定によって、検定基準のなかに「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解…が存在する場合には、それらに基づいた記述がされていること」を追加し、適用してきた。そして、今回の答弁書に関しては、国会ではすでに検定に合格して現に使用されている中学校教科書についてまで、文部科学大臣からこの政府見解に基づいて訂正を事実上求めるかのごとき発言が行われている。

そもそも教科書記述が政府見解に基づかなければならないという検定基準自体が、学問の自由や表現の自由を侵害するものであるが、この検定基準を適用して、具体的に「慰安婦」に関する記述に文部科学省が介入する事はあってはならないことである。

 

5 いずれにしても、今回の答弁書は、政府自身が継承している河野談話の内容と全く矛盾するものであり、また、政府見解を定め、特に教科書に強制する点において、学問の自由や表現の自由を侵害するものと言わざるを得ず、直ちに撤回することを要求する。

 

 

                     慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク

共同代表 大森典子・坪川宏子・野平晋作・持橋多聞

連絡先: オール連帯 事務局

新宿区高田馬場3-13-1-B1ピースボート気付

TEL: 03-3363-7561(担当:野平)

FAX: 03-3363-7562

 

従業員だけでなく、通所の高齢者施設の利用者にもコロナ検査を

従業員だけでなく、通所の高齢者施設の利用者にもコロナ検査を

 

親がお世話になっている通所の高齢者施設(デイサービス)に、コロナ感染の検査を従業員(職員)だけでなく利用者にもしてほしい旨のお願いを送りました。

政府やメディアは、ほとんどこの点を指摘していません。従業員や新規施設入所者の検査というだけで事足りていると思っている人が多いという情けない状況です。

名前などを伏せて、紹介しておきます。簡単な関連資料もつけています。

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介護老人保健施設 ●●所長様

 

2021年4月27日                

お願い

 

母・まの長男、●と申します。母が貴●でお世話になっております。

さて早速ですが、お願いがあり、お手紙を書かせていただきます。

もうすでに考えたりご苦労されていることかと思いますが、ぜひとも具体的に動いていただきたく書かせていただきます。それは通所している方(サービス利用者)と職員全員に対して、早急にPCR検査を定期的に実施していただきたいということです。そして検査で陰性が示されていない人(検査を受けない人)は通えないようにしていただきたく思います。

 

高齢の母ですので、新型コロナウイエルスに罹患することを恐れています。施設と通所者の特徴からどうしても近くでマスク無しで話をせざるを得ない、食事も近くで摂取する等の実態があると思いますので、ワクチン接種が6月以降になりそうな中、PCR検査を早急に頻繁におここうなうことが現実的には必要かと思います。理想は2週間に一度ですがせめて月に1回の検査の実施をお願いしたいと思います。

政府も専門家会議でも高齢者施設での従業者への検査の実施とはうたっていますが(注)、現場で十分に実行されていないのが実情かと思います。従業者だけでなく、諸外国のようにサービス利用者も検査すべきは論理的には当然かと思います(施設の新規入所者に限ることには合理性はありません)。

思考停止が多い日本ですが、命にかかわりますので、行政の指導を超えて、積極的に貴施設でサービス利用者全員への検査の実施をお願いします。

実施困難な諸事情があるかとおもいますが、緊急事態宣言も出る中でも行わないのはなぜなのでしょうか。今、民間検査(簡易検査キット等)の利用もありますので、ぜひすぐに全員にたいして実施していただきたく思います。クラスターが発生してからでは遅すぎます。上からの命令を待っているべきではありません。費用負担はしてもかまわないと考えています。もちろん、利用者の中には費用負担が困難な方がいるかと思いますが、できない理由を挙げて座視すべきではない状況と思います。

すぐに行えない理由はどういうものがあるのか、教えていただけると幸いです。施設運営としても職員にとっても検査実施は利益があると考えます。

ご検討の上、早急な実施をぜひともよろしくお願いいたします。母が亡くなることは絶対に避けたいという思いから書かせていただきました。お返事をお願いいたします。

 

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資料

(注)●新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針(抄)(令和3年2月2日変更、新型コロナウイルス感染症対策本部決定)

特定都道府県に対し、感染多数地域における高齢者施設の従事者等の検査の集中的実施計画を策定し、令和3年3 月までを目途に実施するとともに、その後も地域の感染状況に応じ定期的に実施するよう求める。

 

  • 大阪府 高齢者施設等従事者定期PCR検査について

施設における新型コロナウイルス感染者の早期発見、及び無症状感染者を原因とするクラスター発生を未然に防止する観点から、施設等の従事者を対象に、2月22日より2週間に1回の頻度で定期的に検査を実施しています。4月以降6月末まで本検査を継続することとなりました。各施設におかれては、日頃から感染予防の徹底とともに、感染拡大の予兆をいち早く把握する体制をとっていただいているところですが、本検査の活用により、施設の感染対策の一助となることを願っております。

 

「市内介護保険施設への新規入所高齢者に新型コロナウイルス感染症検査を実施」

「高齢者を守る!高槻市新型コロナ防衛アクション」の一環として、重症化リスクの高い介護保険施設入所者の命を守り、介護保険施設内での集団感染を未然に防止するため、同施設の新規入所者のうち、希望する65歳以上の高齢者に対して新型コロナウイルス感染症における核酸増幅検査を無料で実施します。

  • 東京都の世田谷区は、「いつでも、だれででもPCR検査」という検査態勢の整備が取り組まれている。

 

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第2のお願い

 

介護老人保健施設 ●●所長様

2021年5月15日

                      

「お願い」の追伸

 

母が貴通所リハビリテーションでお世話になっております。母にとって心身の健康のために、週二回の通所は貴重な時間となっており、家族として貴施設には大変感謝しています。

さて、4月に、利用者にも検査をという「お願いの手紙」を書かせていただきましたが、丁寧にお返事・対応いただき感謝しております。

しかしながら、高槻市としては通所利用者の検査はしない、施設が自主的にするのは構わないというような趣旨の返事だった、当施設としては、利用者が負担する場合のことを調べているが、高額の場合むつかしいかもというようなお話でした。

以下の資料にあるように、沖縄市では2月から、通所介護(デイサービス)などの介護保険通所系サービスを利用する65歳以上の市民を対象に、新型コロナウイルスPCR検査を無料で受けられる事業を始めたそうです。豊中市でも目黒区でも希望者は行政で無料で検査してもらえるようです。広島県や世田谷区でも社会的検査(後ろの参考資料で説明)の方向です。

高槻市もそうした積極的対応をとるべきと思います。しかし行政の不作為を理由に何もしないまま、クラスターが発生して死者が出ては、貴施設としても悔やまれることとおもいます。(各地で高齢者施設での集団感染、集団死亡が起こっています)

政府・尾身会長も5月になって「簡便で結果がすぐに分かる抗原検査キットを活用して軽症状者を検査し、感染が確認された場合、その周辺の無症状者に対し広範なPCR検査をすることで大きなクラスターを防ぐことができる」とようやく言うようになっています。

そこで、コロナの検査実施にむけて参考になる情報を以下、提供させていただきます。それを踏まえて、ぜひ、早急に貴施設で自主的な検査の実施をお願いしたいと思います。

 

具体的な提案としては、

  1. 安価なPCRの検査(簡易なものでも可)をみつけて(8900円なら確実、もっと安いものもある)、施設利用者(その家族)に、「クラスターを予防するために、皆様にこの検査を受けていただきたく存じます。自己負担となりますがぜひともご協力をお願いいたします」といった趣旨の通知(ご家族にも配布)を行い、検査キットを使って検査する。(どうしても拒否する人はいるかもしれないが。「基本全員です」と積極的に推進する) 施設職員は全員、定期的に検査していることを伝え、早めに無症状や軽度の感染者の発見が皆の安全のためには決定的に重要であるという、検査の必要性、有効性を説明する文書もつくって、理解を求める。金銭負担に抵抗を示す人には分割などの負担軽減の相談にも応じる。とにかくとりあえず2回だけですからとご家族に対してお願いしていく。(結果、数人が参加できなくてもしかたないので、同意してもらった人だけで行う)
  2. (1)の案内において「費用は当施設が半額 負担します」ということを申し添える。

3)PCR検査の代わりに、抗原検査キットを使う。(3000円以下)

******

 私としましては、(2)が望ましいですが、(1)でも(3)いいので、ぜひやっていただきたく存じます。高齢者のワクチン接種がみな終わるのは8月ごろと思われます(ワクチン接種がさらに遅くなることもありえる)ので、それまでに集団感染が出ることはぜひとも避けねばなりません。。母一人が検査してもダメであって、全員が検査して、安全な場所となっていることが、皆が安心して通所するためには不可欠なので、よろしくお願いいたします。早急に(5月中、少なくとも6月前半)、そして2回目検査を2~3週間後に実施されるようお願いします。

検査キットの情報は、資料の最後に少し載せています

 

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以下、参考情報です。 私の意見も入れています。 

  • 2021年5月13日木曜のNHK時論公論「増加する高齢者施設クラスター 積極的な検査を」でも、施設の職員・従業員の検査を積極的に実施するよう主張していました。通所利用者の検査まで言わないのは全く不十分ですが、施設従業員の検査でさえ十分行われない原因を分析し応援体制が必要と述べていました。多数の命の危険がある、高齢者施設でのクラスターが発生しないためには「早めに感染をキャッチするための検査が必要」というのはもっともで、それならば利用者も検査したほうがいいのは理の当然で、そこまで踏み込まない限界はありましたが、主張の方向性はまともなものでした。

 

https://www.city.toyonaka.osaka.jp/kenko/kaigo_hukushi/topics/koureisyaPCRkennsa.html

新型コロナウイルス感染症の重症者の増加を抑制するため、無症状の満65歳以上の高齢者を対象に、無料でPCR検査を実施します。

基礎疾患があるなど感染に不安がある方はぜひご利用ください

 

 県内各地でPCR検査 沖縄市はデイサービス利用の65歳以上 ...

https://news.yahoo.co.jp/articles/a11b6b2a565bc7092499bf...

2021/02/04 · 【沖縄】沖縄市は1日から、通所介護(デイサービス)などの介護保険通所系サービスを利用する65歳以上の市民を対象に、新型コロナウイルスPCR検査を無料で受けられる事業を始めた …

 

  • 目黒区 希望者に検査  これも積極的

 和3年度 一定の高齢者等への新型コロナウイルス感染症にかかるPCR検査費用を助成します:目黒区公式ホームページ

https://www.city.meguro.tokyo.jp/smph/kurashi/korei_fukushi/korei_enjo/kourei-pcr.html 

令和3年4月5日(月曜日)から、感染した場合に重症化するリスクが高い一定の高齢者等が本人の希望により、PCR検査を行う場合の費用を助成します。

 

  • 無症状者や広い検査に消極的だった尾身会長もようやく検査に言及

 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は2021年5月7日夜の首相官邸での記者会見で、感染監視体制の強化策として、広範な検査実施の必要性を訴えた。

 尾身氏は、ある自治体が実施した調査で、軽症状者の7~8%が外出していた実態を例に挙げ、「簡便で結果がすぐに分かる抗原検査キットを活用して軽症状者を検査し、感染が確認された場合、その周辺の無症状者に対し広範なPCR検査をすることで大きなクラスターを防ぐことができる」と述べた。

 

  • 日本はアジアで最悪レベル

日本は(以下のグラフを見ても分かるように)今や1万1000人を超えるコロナによる死亡者が出ている国であり、「感染者が少なく死亡者も少ない国」ではありません。特に大阪府は医療体制のひっ迫もあり十分な医療も受けられないままのケースさえ出ており、死亡者が急増しています。家族としては「感染したが、病院にもいけないまま死んでしまう」などということは絶対にあってはならないことです。日本の感染は「さざ波」で大したことないというのは、最悪の国と比較しての誤った見解であり、死者一人一人の命を軽視した暴論と思います。高齢者は死んでも仕方ないという意識が背景に隠れている意見でしかありません。死者を数字でしか見ない傲慢な見解は、自分や自分の家族が感染して死ぬ場合を想像できない人のものです。しかし客観的には、この国の指導者は、愚かにも「濃厚接触者」を非科学的に決めてそれ以外は検査しないとするなど、十分な検査を行わない等点で、コロナ対策を本気でしていないと言わざるをえません。台湾やニュージーランド、オーストラリアなど「コロナ対応優良国」の政策をとれば、大阪だけで一日50人が死亡するということはあり得なかったのです。台湾では累計の死者総数が12人なのです。

以下は、死者が「コロナ対応優良国」に比べて日本が「コロナ対応に失敗している国」ということを示すグラフです。

「死者も増加 国内、1万人超す 新型コロナ」

朝日新聞デジタル 2021年4月27日 のグラフ

 

 

死者も増加 国内、1万人超す 新型コロナ

朝日新聞 2021年4月27日 5時00分

累計死者数の推移

 

 

  • 5月12日段階の 各国の累積感染者と死者

日本は 最近の1日感染者は6000人を超えている。パンデミック(世界的大流行)開始以降、累積感染者約665万人、死者1万1千人

オーストラリア

最近は1日11人の新規感染者、累積感染者29,947人、死者910人

台湾

最近は平均で1日10人の新規感染者、感染者1,231人、死者12人

ニュージーランド

最近は1日平均2人の新規感染者、感染者2,645人、死者26人

フィリピン

最近1日あたりの新規感染者数1日6,400人、累積感染者1,118,359人、死者18,714人

英国

日平均2,290人の新規感染者、累積感染者4,441,975人、死者127,640人

 

こうした状況のため、英紙「The Guardian」に、4月26日に掲載された記事「日本の遅い新型コロナワクチン接種がオリンピックに暗雲を投げかける(Japan’s slow Covid vaccine rollout casts cloud over Olympics)で、「疑似緊急措置”による感染者増加抑制に失敗し、感染者は50万人を超え、死亡者は1万人に迫る勢い。アジアで最悪……。」と言われている。

2020年においては新型コロナウイルスの感染者、死亡者ともに少ない国、つまり「成功した国」として取り上げられることもあったが、今や「アジアで最悪」と英国の大手紙から指摘されるようになっている。

 

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  • 検査の精度に絡めて「検査が不要・無意味」という論の誤り

1年以上前から、検査の精度に関連して検査の必要性や有効性に関して議論が行われていますが、徐々に検査して早めに感染者を発見して隔離することで感染拡大を防ぐことが有効という側の意見が正当ということが認知されていると思います。これは最初から論理的に考える人の間では常識ですが、今でさえ一部ではこうした観点を持っている人がいます。

PCR検査や抗原検査自身の精度にもばらつきがありますが、初期に言っていたよりも精度が高い、疑陽性は少ないということです。

仮にある抗原検査で感染を発見する精度が50%、2週間に一度検査するとしましょう。福祉施設の利用者と職員が100人として、無症状の感染者が6月1日段階で2人いたとしましょう。抗原検査をしたら100人中1人が感染者だと発見されて、もう一人は見逃されます。それによって周りの人3人に感染させてしまうとすると、6月10日時点で症状のある・無し合計で4人程度が感染しています。しかし6月15日の第2回目の検査で2人が発見されて、2人が見逃されます。それによって(一人が2-3人に感染させるとして:実際は強力に感染させる人と感染させない人に別れる)、6月25日に感染者が4~6人となっているとします。

このように検査をしても感染はなくならないから検査をやっても意味ないという人がいるのです。

しかし、検査を全くしなかったら、上記の前提では6月1日段階の2人が放置され、施設全体で6月10日ごろに6人、その後も感染が拡大して、6月25日ごろには12-18人ぐらいになります。つまり検査しないことによって、「検査したケース」よりかなり多くの感染者が出てしまうということです。単純ケースですが、これは理の当然です。

しかも実際は、もし一人でも発見されたら、たぶん、全員にPCR検査をすぐにするでしょうし、施設は当面休館とするでしょうし、感染対策が強化され、皆さんの注意意識も広がるので、抗原検査で一人でも見つかれば、上記予想よりも感染は抑えられるものと思います。

PCR検査の7割の精度だともちろん一層検査の意義は大きく高まります。3割が見落とし 偽陰性でも、2回検査すれば精度は約90%に高まります。

(0.3×0.3= 0.09、つまり2回同じ人を見落とす確率は9%≒約1割だから9割の確率で発見できる)

尾身会長も、簡易検査で無症状者を発見し、見つかれば更なる検査でクラスターを防げるとようやく言っているのです。こういう認識段階で、いまだ、「発見精度が低い殻検査をしても意味がない」というのは、理性的な意見ではありません。そんな馬鹿な意見に影響されている場合ではありません。不十分でも検査はしたほうがしないよりは絶対によいのです。そして1回だけではなく、2回、3回とすることで、見逃しも減ります。誰も発見されなければ安心が得られます。それでも100%安心ではありませんが、精度50%の検査でも1回の検査で危険性は半分になります。2回の検査で危険性はさらに減ります。

以上より、通所サービス利用者にもぜひ、早急に全員検査をしていただきたく思います。

 

【補論】厚労省の民間・自費検査抑制の問題

厚労省は、一貫して自費検査に消極的で、明確にそれを公表しています。それを受けて、各地方自治体も同じようことをHPで載せています。

厚労省新型コロナウイルス感染症 対策推進本部)は令和3年2月25日に、「 新型コロナウイルス感染症の研究用抗原検査キットに係る留意事項について(周知依頼)」を発し、全国の自治体がそれをそのまま無批判にHPなどに載せています。

研究用抗原検査キットに係る留意事項について(厚生労働省事務連絡) (PDFファイル)(120KB) 

参考事例

広島県HP

コロナウイルス感染症について | 広島県 (hiroshima.lg.jp)

新型コロナウイルス感染症の研究用抗原検査用キットに係る留意事項について

今般、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、新型コロナ ウイルス抗原の有無を測定する検査キットのうち、診断を目的とせず 研究用と称する製品(以下「研究用抗原検査キット」という。)が、ドラッグストア、インターネット等を通じ、広告・販売されている事例が見受けられます。

このようなドラッグストア、インターネット等を通じ、広告・販売 されている研究用抗原検査キットは、 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律に基づく承認を受けたものではなく性能等が確認されたものではないこと 、 また、 新型コロナウイルス感染症の罹患の有無を調べるために必要な検査の種類や検査結果の取扱いは各検査の特性・性能等に基づき医学的に判断する必要があることから、 消費者の自己判断により、 新型コロナウイルス感染症の罹患の有無を調べる目的で使用すべきではないとされています

発熱等の症状が生じた場合には,まずは,かかりつけ医など,身近な医療機関又は積極ガードダイヤルに電話相談してください。

発熱等の症状がない方が、新型コロナウイルス感染症に関する検査の受検を希望する場合には、自己負担で受ける検査(自費検査)を提供する医療機関を受診するか、提携医療機関を有する自費検査 を提供する機関において新型コロナウイルス感染症に関する検査を受検してください。

自費検査を提供する検査機関一覧(厚生労働省ホームページ)

研究用抗原検査キットに係る留意事項について(厚生労働省事務連絡) (PDFファイル)(120KB) 

 

これは非常に、非科学的なふざけた態度です。「精度に疑問があるので陰性が出ても陰性証明にならない、感染したかどうかに使用すべきでない」という趣旨のことを言いますが、そもそも検査してないひとのほうが「自分は感染していない、人にも感染させない」とおもって活動しているので、そういう人が多い事自体が問題であって、偽陰性の人が間違って『自分は大丈夫』と思って行動すると批判するのはお門違いです。積極的検査のプラスはあってもマイナスはありません。民間であろうと、諸外国のようにあらゆる機会を通じて検査して早く発見することが有効です。民間検査で陽性が出たら、もちろん、より詳しく調べればいいだけのこと。何も調べないまま経済活動を奨励するのではなく、せめて検査を増やして陰性の人が経済活動できるような方向にすべき。スポーツ分野で無症状者も含めて全員検査を頻繁にしている実態があることから、実は少し考えればそれが有効であることは明白です。オリンピックでも毎日検査などと言っています。

毎日とまではいかなくとも、できるだけ福祉施設利用者の全員定期検査もしたほうが良いことは明白です。そのためにも民間検査、自費検査を奨励し、公的にも費用援助すべきなのに、厚労省の姿勢は、民間検査が意味ないかのような誘導をしています。そして検査は濃厚接触者だけに制限しています。これは、国民の健康と命を優先する態度ではなく、自分たちの「独占的利権」を優先する態度と言わざるを得ません。すなわち厚労省・保健所系列という自分たちの組織で「検査とその結果、調査研究」を独占したいというエゴ優先の姿勢といえます。こうしたことをよく考えず、「お上」「専門家」(一部)の言うがまま、「濃厚接触者だけ」などと思考停止して、検査したい人さえ制限するなど、国民の命を軽視した態度と言えます。

 

  • 濃厚接触者を狭く決めて、マスクしていればいいなどと、おろかな基準にこだわってきた行政

最初は接触だけでしか感染しないといい、その後、広義の空気感染もあると分かってきたにもかかわらず、いまだ濃厚接触者を狭く定義し、それだけ検査。無症状者のことも配慮していない。厚労省が保健所系での情報一括管理(ある種の利権)にこだわり、民間検査に消極的等の背景がある。

2020年4月に厚労省は、新型コロナウイルスに感染した人の「濃厚接触者」について定義を見直し、「発症の2日前から1メートル以内で15分以上接触した人」などと改めました。

濃厚接触者 (東京都)

濃厚接触者とは、新型コロナウイルス感染症の患者と感染可能期間(※)に接触した者のうち、次の範囲に該当するものをいいます。

同居あるいは長時間の接触(車内・航空機内等を含む)

適切な感染防護なしに新型コロナウイルス感染症患者を診察、看護もしくは介護した

患者の痰や体液等の汚染物質に直接触れた可能性が高い

手で触れることのできる距離(目安として1メートル)で、必要な感染予防策なしで、陽性者と15分以上の接触があった者(周辺の環境や接触の状況等個々の状況から患者の感染性を総合的に判断されます)

※感染可能期間とは

発熱及び咳・呼吸困難などの急性の呼吸器症状を含めた新型コロナウイルス感染症を疑う症状(発熱、咳、呼吸困難、全身倦怠感、咽頭痛、鼻汁・鼻閉、頭痛、関節・筋肉痛、下痢、嘔気・嘔吐など)を呈した2日前から隔離開始までの間

無症状病原体保有者の感染可能期間は、陽性確定に係る検体採取日の2日前から入院、自宅や施設等待機開始までの間

(引用:東京都福祉保健局HP「濃厚接触者の方へ」)

 

 

今ではマスクしていても感染することはあるし、15分でなくても、1メートル以内でなくても感染することは知られています。したがって、狭く限定するのではなく広く可能性のある人に検査をしてクラスターの発生を防ぐべきです。尾身氏は5月に一人が発見されたらそのまわりにPCR検査を広く行う旨を言いましたが、旧来の方式を未だ残しているところに矛盾があります。

 

  • マスクあればいいというわけではない

 

コロナウイルスは、マイクロ飛沫(エアロゾル)が空気中を漂うので、それを一定以上吸い込むことで感染すると分かっている。飛沫感染なので、厳密には空気感染ではないが、生活実感的には、結局、空気中を漂っている小さな粒子を吸い込むとだめということなので、広義の「空気で感染」と理解しても間違いではない。密室的な場所では喚起しないと空気中にマイクロ飛沫は残っているので危険性はあるということ。近くで咳やくしゃみを受けるとか、つばがかかるだけが危険なのではない。通常のマスクの付け方でも隙間からマイクロ飛沫は侵入するといわれている。

したがって。感染者が出た場所において、「近距離で15分以上マスク無しで関わった者だけが危険」とみなす「濃厚接触者の定義」、それ以外は危険とみなさないため感染者が発見されてもPCR検査しないという厚労省の基準・態度は間違いである。

 

  • 感染しても治療さえ受けられない問題;だからこそ今は絶対に感染してはならない

新型コロナ 治療受けず死亡、2021年3~4月で76人 

 新型コロナに感染したが治療を受けずに死亡した人が全国で3月に29人、4月に47人いたことがわかった。救急搬送の行き先となる医療機関が決まらず、現場に1時間以上滞在したケースも相次いでいる。また、救急隊が現場に1時間以上滞在した事案は、4月19日からの1週間で、大阪市で225件、横浜市で34件、さいたま市で19件、千葉市で26件あった。

 

  • 大阪などで医療を受けずに死亡した人、急増

3月からの新型コロナウイルス感染の「第4波」で、大阪府兵庫県で少なくとも計38人が自宅での療養中などに死亡した。これまえ明確にしていなかった。大阪では第3波までは自宅での死亡例は1人だったので、3月以降急増。大阪で、このうち2人は陽性判明後に保健所からの連絡がないまま、死亡。

 自宅療養中や入院先などの決定を待つ人は大阪府で1万7806人(5月10日現在)、兵庫県で3608人(9日現在)に上る。医療機関に入院できる感染者は大阪府が10%、兵庫県が15%にとどまっている。

大坂では、自宅療養者が1万5000人を超え、1カ月で3.5倍になったため、「自宅死亡」増加の大阪府で「訪問診療」を医師会に要請した。

 

  • 遺体解剖 新型コロナ死因が急増  

自宅などで死亡したものの、死因がすぐに特定できない遺体について、大阪府監察医事務所が解剖するなどして調べたところ、4月だけで、新型コロナウイルスで死亡したケースが20人見つかり、それまでの1年間合計14人を上回った。

発症から死亡までの日数は平均で6日間と短く、重症化が速いとされる変異ウイルス流行の影響があるとみられる。本人や家族が医療機関にかかることなどを判断する余裕がないまま亡くなったケースもある。

 

  • 悲劇:施設や行政はこの大量死亡に責任をとれるのか? とれない→ 今後法的に責任追及されうるほどの問題

介護施設クラスター133人感染、25人死亡 神戸

神戸新聞 2021年 5/7(金)

 神戸市は7日、同市長田区大日丘町3の介護老人保健施設サニーヒル」で4月14日以降、入所者97人、職員36人の計133人が新型コロナウイルスに感染する大規模クラスター(感染者集団)が発生し、うち70代以上の入所者25人が死亡したと発表した。 市内の医療体制の逼迫で、感染した入所者は基本的に施設でそのまま療養しており、重症化して転院できたのは3人だけ。死者25人のうち23人は施設で死亡し、その多くは入院調整中だった。死者の内訳は男性8人、女性17人。

  市は5人以上の感染者が出た4月15日の時点でクラスターと認識したが、これまで公表していなかった。市健康局の熊谷保徳副局長は「感染者が増えすぎて業務が逼迫し、(広報まで)手が回らなかった。申し訳ない」と謝罪した。

 

  • まったく間違った対応 

以下の事例は、保健所が「濃厚接触者はいない」と言ったからとして施設側が思考停止したまちがった対応例です。無責任であり、責任が問われる。

 

「デイサービスセンターふるさと苑」における 新型コロナウイルス感染症 陽性者発生に関するご報告

「デイサービスセンターふるさと苑」における 新型コロナウイルス感染症 陽性者発生に関するご報告 - ふるさと苑ブログ (furusatoen.or.jp)  令和3年3月11日 「デイサービスセンターふるさと苑」の利用者が、検査の結果、新型コロナウイルス感染症に感染していることが判明。 当該利用者様と同居しているご家族様の感染が判明。 「当法人では、その時点から市原保健所様からのご意見を伺いながら対応して参りましたが、3月11日(木)午後に医療機関を受診され、陽性と判定されたとのことです。 それに基づき、当事業所では、保健所からのご指示をお待ちしていたところ、本日昼前に、当事業所における「全職員のマスク着用・ご利用者間のパーテーションの使用・事業所内の換気の徹底・送迎時の外気取入れ等」が徹底されていたこともあり、ご利用者様・職員含め全員が「濃厚接触者」には該当しないとのご連絡を頂きました。・・・ また、保健所からは、特別のご指示はありませんでしたが、当事業所独自の判断として、当該ご利用者様と接触がある,ないに関わらず、事業所全職員にPCR検査を実施することとし、本日より検査を行っております。」

問題点→ 利用者も全員すぐにPCR検査すべきなのにしていない

 

  • 一応その曜日の利用者全員PCR検査した事例

通っているデイサービスでコロナ陽性者が出たと連絡が

 2020年12月  母の通っているデイサービスからコロナ陽性者の連絡が

突然の連絡「施設で陽性者が出ました」

母の通っているデイサービスからコロナ陽性者発生の連絡がある。

その曜日に参加されている方全員のPCR検査が決まる。

しかし母の参加されている曜日とは別なので、母には検査なし

PCR検査の結果が出るまでは、休業

当事者以外の同じ曜日の参加者はPCR検査は陰性だった

 

  • 大阪で自宅療養中に計18人死亡 うち17人は第4波で

大阪府は5月10日、自宅で亡くなった新型コロナウイルス患者が計18人にのぼると発表した。うち17人は3月以降の「第4波」の時期で、病院で治療を受ける前に亡くなる患者が相次いでいる。病床逼迫(ひっぱく)が全国で最も厳しい大阪府では自宅療養者が急増しており、今回、府が初めて集計した。 酸素投与や投薬治療を受けていた場合は除かれる。

 

  • 事例  こうならないために

「感染4日後に急死した母 大阪の娘みとれず「病床足りていたら」

毎日新聞 2021/5/13

 母が急死した。新型コロナウイルスへの感染が判明し、わずか4日後のことだった。感染後に症状が急激に悪化していたのに、重症患者用の病床が不足して入れなかった。最期をみとることもできなかった娘は「病床が足りていたら、助かったかもしれない」と複雑な思いを抱えている。

 大阪市の飲食店経営、三原真弓さん(42)の母・上治(うえじ)文子さん(当時71歳)は4月23日、長期入院中だった堺市内の精神科病院で亡くなった。

 母が感染したとの連絡が病院からあったのは、その4日前の19日。病院でクラスター(感染者集団)が発生し、文子さんも発症した。翌日には「熱が下がって体調は安定している」と知らされたが、すぐに容体が急変する。熱が40度まで上がり、重篤なコロナ患者に対応する重症病床に移る必要があったものの、転院先が見つからなかった。23日夕、新型コロナによる急性呼吸不全で亡くなった。

感染後に一度も会えず

 この病院では2020年9月から、感染予防のため患者と家族の面会を制限している。三原さんも文子さんとは半年以上前から会えず、感染後の様子は病院から聞くしかなかった。亡くなる前は食事や会話もできない状態だったという。「家族への言葉もなく、どのように亡くなったかは想像するしかない。あまりにも急だった」

ようやく対面できたのは、死後の4月27日。姉や弟ら身内だけで営んだささやかなお別れ会の場だった。手袋やマスク、フェースガードを着け、感染対策をして参列した。納体袋越しに会えた母は死に化粧もなく、病院着のまま。苦しい最期だったのかと思うと顔を見るのが怖かったが、いつもの優しい顔をしていた。母の好きだった「CHAGE and ASKA」のヒット曲「SAY YES」などのメドレーを流し、好物だった干し柿をひつぎに入れて送り出した。感染防止のため、遺体に触れることは最後まで許されなかった。

「そばでみとってあげたかった」

 三原さんは6年前から大阪市内で夫と居酒屋を営んでいる。料理好きだった母の影響だ。煮物には、文子さんの古里である大分県の甘いしょうゆを使うなど「おふくろの味」を受け継いでいる。3度目の緊急事態宣言により店は休業中だが、テークアウトができる料理を売り出すなど模索を続けている。

 母と話したのは、今春が最後だった。電話越しに、はきはきと「桜が咲いているよ」と話す声がはっきりと記憶に残っている。「そばでみとってあげたかった。大好きな果物とか、おいしいものをたくさん食べさせてあげたかった」。そう考えると、涙があふれる。

 感染拡大が収まらない大阪府では重症患者数が重症病床数を上回る状態が続き、医療体制が逼迫(ひっぱく)している。このため容体が悪化しても重症病床に入れず、入所先の施設や自宅などで亡くなるケースが相次いでいる。文子さんが入院していた病院では、患者計5人が死亡した。病院によると、他にも転院先を探したが、見つからないケースがあったという。

 「こんな急に命を落とすなんて、思ってもみなかった。このウイルスの恐ろしさを知り、一人一人が感染を広めないよう行動を変えてほしい」。三原さんはそう願う。もう誰も、自分のような悲しみを味わってほしくないから。【宮川佐知子】

 

  • 積極的な検査(社会的調査)をする世田谷区の取り組み

関連番組

クローズアップ現代+「"攻めの検査"はどうあるべきか 自治体のPCR検査戦略」(2021年2月17日放送)

 

これに関連した、NHKの記事が以下です。ここでは一部だけ紹介します。

「世田谷区はなぜ"社会的検査"を始めたのか」 | 新型コロナウイルス 格闘の証言|NHKブログ

https://www.nhk.or.jp/covid19-shogen/occupation/occupation2/446500.html 

取材日:2021年2月 4日

保坂展人 世田谷区 区長 インタビュー

インタビューの要点

・欧州の介護施設での悲劇を、決して日本で起こさない

・リスクの高いところに検査の的を絞る

・「プール方式」を採用し、膨大な対象者に対応

・無症状感染者の早期発見や意識向上に効果

・検査で増える陽性者、訪問診療などでも対応

・近隣の自治体が連携し、持続可能な制度に育てる

・社会的な機能を維持するための検査へ

 

社会的検査=世田谷区が高齢者施設などを対象に独自にPCR検査を行うもの

 

世田谷区では介護施設を中心に大規模な検査をして、予防していこうということを考えました。

 症状があって感染の疑いが高いので検査を受けるという考え方は、従来の感染症では正解だったと思うのですが、今回の新型コロナウイルスでは症状がない方が(感染を)相当広げているということも分かってきています。しかし、症状のない方をとらえるというのはすごく難しいんですね。そこでリスクの高い介護施設などに出入りされている方、働かれている方、入居されている方全員にPCR検査を始めているわけですけども、同じような考え方でさらに拡大すべきときが来るかもしれないと思っています。

まずエッセンシャルワーカー。介護はその最たるものだと思いますし、保育や障害者施設などいくつかの職種を念頭に置いていました。医療機関はだいぶ自衛策をとっていましたから、介護の施設を最優先でやろうと。実際に検査を進めていくと、介護施設職員で陽性が出た場合に入居者の方に感染が広がっているというケースもありましたので、途中で介護施設職員だけではなくて、入居者の方、高齢者の方にも一斉に広げました。そういうふうに少しずつ範囲を変えながら進展をしてきています。

無症状の人が感染を広げるので、施設自体がどんなに気をつけていても、防ぎようがないんですね。この間で分かってきたのが、病院とか介護施設の中では二重三重にガードしていても、働く人が生活を共にしている家族から感染が広がるということも実際にはありましたので、そこは徹底して繰り返し検査をしていくしかないと思っています。

 無症状感染者の早期発見や意識向上に効果

・・・そのときに一番驚いたのは、2日目にもう陽性者の方が出たことですね。症状がなかったので、本当にそういうことがあるんだなということが分かりました。もちろん周りに広げないで収束できました。さらには区内の特別養護老人ホームで一挙に15人。これは入居者の方が2人、職員の方が13人。症状は全員ありませんでした。これはたぶん"社会的検査"でなければ見つけられなかったことです。

つい先日も、そこの施設の責任者の皆さんと話す機会があったんですが、当初は非常にショックだったと。けれど、15人という多い数だけれども、なんとか職員をやりくりして継続ができた。感染が大きく燃え上がる前に見つかってよかったという声は聞いています。

だから"社会的検査"の最大の効用というのは、火が大きくなる前に消し止めることができること。検査チームが即座に全員を検査し、翌日には結果が出てくるというところで、それ以上の拡大を防止するという役割はしたんじゃないかと思います。

 "社会的検査"はそこで見つけるかどうかという手前に、行きますよということがさらなる用心深い体制をつくる副次的な効果を生むことができたかなと思います。

 症状のある人のPCR検査と"社会的検査"を積極的にやって、早い段階で発見することで広がりを断つということがどこまで重症化を防止できたかというのは、これからの分析課題になります。

一般論から言えば、無症状の方も含む、例えば介護施設全員に検査をすることは、感染爆発を未然に防ぐことになり、医療のひっ迫にブレーキをかけてきたと思います。というのは、実際に何もしなかったら、無症状の方が10人、15人いた施設でさらに広がって、場合によっては二桁の方が入院するということにもなりかねない。その手前でチェックして対処するという意味では効用があったと思います。

国のほうは9月に、行政検査としてこの“社会的検査”を認めますといった意思決定を全国に通知したんですね。そのことで“社会的検査”も地方自治体だけじゃなくて、広島県香川県などの県単位でいくつか出てきていると思います。

このPCR検査自体は、当初非常に高い検査費用がかかっていました。自主的な検査についても、1人3万円、4万円、5万円という話も聞いたことありました。現在もっと安い、数千円で検査可能だという機関も出てきました。

“社会的検査”は、クラスター追跡ということではなくて、社会に幅広く広がってきたこの新型コロナウイルスに幅広く“投網”をかけて、そして再生産しないように穴を塞いでいくといった効用があると思います。

 

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「LGBTQがいじめ・差別から守られる法律を!緊急声明」

「LGBTQがいじめ・差別から守られる法律を!緊急声明」

https://note.com/lgbtq_houritsu/n/n56acf6a6d9d2

 

現在、与野党間で「LGBTQ」をめぐる法案についての議論が大詰めを迎えています。

しかし、法案は差別を野放しにし、性的マイノリティに関する世の中の動きを抑制し、むしろ「後退」させる懸念もある骨抜きの内容になっています。

性的マイノリティの約半数がいじめ被害を経験し(※1)、自死未遂の割合がシスジェンダー異性愛者に対してLGB(同性愛者や両性愛者)が6倍、トランスジェンダーが10倍という調査もあります(※2)。

こうした差別をなくすためには、性的指向性自認に関する「差別をしてはいけない」という基本的なルールを示すことが重要です。

しかし、自民党は「差別の禁止」ではなく「理解の増進」を掲げ、「LGBT理解増進法」の制定に向けて調整を進めています。

「理解増進」は、一見賛同しやすい響きですが、実際には差別を放置し、同性婚やパートナーシップ制度導入の動きを阻害、トランスジェンダーへのバッシングを助長するような、性的マイノリティがいじめや差別から守られない、むしろ性的マイノリティに関する世の中の動きを抑制、後退させる危険性すらある内容です。

与野党間での協議は、ゴールデンウィーク明けに終わる方向で議論が進んでいます。

今国会での法整備を逃してしまうと、性的マイノリティに関する差別をなくすための法律ができるのはいったい何年後になるか、予測不明です。

しかし、もしこのままの内容で法案が成立してしまうと、今後10年以上、法律の根本や大元の内容が大きく変わらない可能性もあり、むしろ「法律がない方がマシ」ということになりかねません。

2019年の全国意識調査では、性的マイノリティに対するいじめや差別を禁止する法律に対し、約9割の人が賛成しています。なぜ「差別の禁止」を法律に明記することができないのでしょうか。

性的指向性自認に関する差別的取り扱いの禁止を明記し、性的マイノリティがいじめや差別から守られるための法律の整備を求めます。

 

※1 宝塚大学看護学部日高教授「第2回LGBT当事者の意識調査(ライフネット生命委託調査)」2020

※2 「働き方と暮らしの多様性と共生」研究チーム「大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート 報告書」2019

 

LGBT理解増進法の3つの懸念

1.差別を「放置」する懸念

すでに80以上の国で、性的マイノリティに関する差別の禁止が法律で規定されています。

差別禁止の規定がなければ、例えばトランスジェンダーであることを理由に採用面接を打ち切られたり、ゲイであることで左遷やクビにされたり、学校から追い出されるといった、いま実際に起きてしまっている「差別的取り扱い」から当事者を保護することができません。

「障害者差別解消法」や「男女雇用機会均等法」「アイヌ新法」などでも、差別的取り扱いの禁止が規定されており、本当に差別をなくす気があるのであれば、大前提として取り入れなければならない条文です。

2.同性婚やパートナーシップ制度の導入を阻害する懸念

もしLGBT理解増進案が成立してしまうと、今後、同性婚の法制化や、または自治体のパートナーシップ制度の導入には、いつまで経っても「社会の理解が足りない」と言われ続け、「理解を広げることが先」など、言い訳としてこの法律が使われ続ける可能性があります。

法案では「理解」がいったい何を指すのか、どこまで広がれば「理解が足りる」のか、一切示されていません。地方自治体は、この法律をベースに施策を進めていくことになりますが、このままでは、自民党の考える「理解」に合致しないという理由で、例えば「同性婚」という言葉の入った啓発パンフレットは作ることができず、パートナーシップ制度導入などの広がりも阻害され、教育や労働、医療の現場の取り組みも制限されてしまう懸念があります。

3.トランスジェンダーへのバッシングを広げる懸念

自民党で開催された複数の会合で、トランスジェンダー女性に対するバッシングが行われたと聞きます。

例えば「いま私も女性になりたいと思えば女性になれる」という曲解や、海外のトランスジェンダー女性の写真を資料として提示し、「グロテスク」などという言葉も使って「女性の活躍、安全が脅かされる」とトランスジェンダー女性の実態を無視した、あまりに差別的な発言がされています。

このような認識のもと「理解」を広げる法律をつくるというのは、トランスジェンダーに対するバッシングを助長しかねません。

※5月6日(木)に緊急記者会見を行います。ぜひ一人でも多くの賛同をお待ちしております。

呼びかけ人

(以下略)

『緑豆の花』と主流秩序(その3)

『緑豆の花』――「意志を継ぐ」という感覚を持てる人とそうでない人の話(その3)

 

第3章 まとめ 「緑等の花」の魂を受け継いで

 

  • 「負ける側」と「グッド・ルーザー」

負けたいのではないが、負けるしかない。その負ける「側」に立った人にしかわからないものがある。主流秩序を前提(自然)としてしか考えられない人々にはわからない景色。「負ける側のその魂」のすばらしさを描いたのが物語『緑豆の花』」だということを書いてきた。

「グッド・ルーザー(goog loser)」という言葉がある。「潔く負けを認める人のこと」だが、もう少し深くは、負けた時にどういう態度をとるか、そこから何を学びその後どう生きるかで、何か大事なものを「敗北」から得る人こそ「勝者」という意味ととれるだろう。負けた時に人の本性が出る、そのときに素敵な人が「グッド・ルーザー」。

それを転じて考えれば、東学農民軍として蜂起した人々は、死んだ者も多くいるが、個人の人生時間・時代を超越しての『グッド・ルーザー』だったともいえるかもしれない。本稿の言葉でいえば、負ける側になることで見えた『緑豆の花』という景色の美しさと幸福感。緑豆将軍とともに理想の社会を目ざして、憎い奴らと戦う幸せ。負けるのに幸せ。あとのものたちに夢を託し、東学の戦いに参加したことを後悔しないでいさぎよく負けていった、負けっぷりのいい人たち。

 

  • 主流秩序に対して負ける側に行く道

子の物語『緑豆の花』が示し、観る者に問いかけるのは、人の生き方を分ける大事な分岐点をどう考え、どの道を選ぶかということだ。それは、東学農民の蜂起と敗北を受けてあなたは今を生きているのかという問いかけともいえる。商団の家長ソン・ボンギルが、娘ソン・ジャインの意志に反する選択をしたことをどうとらえるか。ペク・カが「人は実利で動く、人を踏みつけて上昇しろ」といったことをどう受け止めるか。命や金儲けよりも大切なものがあるということを分かるか、わからないか。この「理想を目指して戦い、負けつづけてきた側」の「希望」ってものがわかるか。

それは、今現代の社会において、私やあなたは主流秩序に従属しない、「抵抗・非協力・不服従」の道を見ようとしているか、していないかということにつながっている。そんなこと考えたことない、そんな道などみえない、負ける道など行きたくないという人は、今の日本では多いと思う。、それは、「体制、主流秩序、権力」と戦う運動や実践・生き方をしている人が少ないからだ。

だが世界を見てみれば、今日、この瞬間にも東学農民の蜂起、牛禁峠の虐殺と同じようなことは起こっている。負ける側に立って見えるものは、例えば、香港やミャンマーウイグル自治区チベットで、ベラルーシで、BLMのデモで、弾圧される側のひとは「緑豆の花」をみているのだ。そういうひとにしか見えないものがある。

  イガンの「あなたが死んでも安心してください。あなたの意思を引き継いで戦い続けます」という言葉が、2021年においても、ある人々にはひき継がれている。

その「目をとじれば見える景色」を、一度みたものは、もう「知らなかったとき」には戻れない。だから1894年以降、何度も世界各地で緑豆の花は咲き続けてきたし、今も、今日も、明日も咲くだろう。敗北の中で。

皆が、東学農民軍の蜂起・その顛末を知っているわけではない。牛禁峠の戦いを知っているわけではない。だが、そんな「知識」「情報」を知らなくても、面々と伝わってきたものについては知っている。それは言葉にしなくても伝わる関係であった、イガンとボンジュン、イガンとその母の関係のように。

私たちは、不利を承知で、死ぬことを承知で、サムレ(第2次蜂起のための集合場所)に参集した人々を知っている。無名の虐殺されたものたちの悲しみや怨念、戦って死んでいたものたちの「後に託す思い」を知っている。

歴史は基本、民衆が抑圧され続ける歴史である。権力側には組織された武力があるので被支配階級、民衆側は基本負ける。負ける運命なのだ。それが続いての歴史だ。実際、この物語の舞台となった1894年から95年においても、「悪い」のは日本軍だけではない。「清」も、強国に従属して保身を図る王族も日本軍に媚びていく両班たちも反吐が出るほど愚かしい。そしてそんな支配層の言うがままに動き、民を虐殺する官軍・討伐隊も民保軍も、恥ずべき人々だ。命令だからと思考停止し、ひどいことに加担する一人一人に責任がある。命令に従った下級の兵士たちも日本に協力した両班たちも地獄で炎に焼かれるべき罪びと(売国奴)だ。だが実際に死ぬのは蜂起した側であり、主流秩序にすがった者たちはそれなりに生き残ったり利益を享受する

 歴史は基本、民衆が抑圧され続ける歴史だが、その腐敗ゆえに永続はできない。時々、その体制が制度疲労にいたり矛盾が拡大し、内部から崩壊し、別のものになっていく。それが繰り返されてきた。その過程では常に、累々と無名の人々死体が積み重ねられていくのだが。義兵や緑豆将軍が目指した「身分制のない平等な社会、つまり民主主義のような世の中」を夢見た人たちは、勝つまでは負ける。だがそれは時代の先取りであり、民主主義が発芽する前の肥料となっていく生き方だ。

しかも、それは単に「後に発芽するのであって、その時は後悔や苦しみだけ」ということではない。その負ける時点においても、「緑豆の花」を見ているものは、身近なところでその「未来社会の芳醇な香り」を嗅いで生きているのだ。例えば「蜂起の場所に集まる人や蜂起を応援する人々を見るときに、そこでの人間の勇気や仲間意識や信頼関係を見るときに、「戦い続けます!」という後に続く者たちの決意を聞くときに、目指している未来社会は常にもうすでに「いま、そこ」にあるのだ。どんな社会にも不平等や差別はあるが、逆にどんな時代にも、生き方によって「理想社会」は今の生活に顔を出す。

 

  • 記録に残っていない名もなき人々

 この「緑豆の花」の作家(脚本家)チョン・ヒョンミン氏[1]はいう。私たちはこの無名の、まともな名前さえ持たず、武器といえば竹やりだけの民衆の「個別性をもったひとりひとり」「個々人というもの(個別の名のようなもの)」を知っていると。

記録として残ってはいないが、そこには顔を持ち、笑顔を持ち、呼称を持ち、人間関係を持った人生を生きていた個々の人がいたことを知っている。それを描いたのが物語『緑豆の花』なのだ。牛禁峠の戦いで死んでいった約2万名の人、ひとりひとりに、人生があり、理想に準じる気概があり、愛する人がいたことを描いたのだ。

だからこの物語『緑豆の花』の最後は言う。

これは忘れられた誰かの話だ。

あの熱かった甲午年(こうごのとし1894年)

人が天になる世を目指し

突っ走った偉大なる民たち

歴史は“無名の戦士”と呼ぶが

私たちは名を知っている

緑豆の花

彼らのおかげで私たちがいる

「人は天!」(人即天)

 

東学農民軍・義兵たちに対して弾圧・虐殺しまくった官軍・討伐隊や日本軍。同じことが今ミャンマーでも中国のウイグル自治区デモチベットでも、香港でも起こっている。日本でも難民や亡命したい人を受け入れず、非人間的に収容し本国に追い返す入管制度がまかり通っていたりする。

 短期的全体的には「勝利」はない。しかし、そこで戦っている一人一人は「すでに勝っている」ともいえる。それは≪やつら≫には見えない「緑豆の花という景色」が見えているから。「それ」を見ながら生きる喜びと誇りを知っているから。もう、「その生きる基準」がない生き方はできない。

「人は実利で動く(主流秩序に従って生きる)」というのだけではないと思って生きる人がいるということ、「勝てない」(主流秩序の上位に行けない、主流秩序の呪縛から離脱した人)側にしか見えない「緑豆という景色」を見た人たちの壮絶に幸福な人生の話であった。

 

  • “たましい”を受け継いで生きていく

私は、生き方の道は人によって異なると考えるが、ちゃんと生きている人は自分の“たましい”に向き合っていると考えている。私の言う“たましい”とは、「その自分にとって大事な生きる基準のようなサムシング、実利だけではないもの」のことであり、それは地球上のほかの命・自然全体とのつながりの感覚にかかわる、微細なものである(スピリチュアル・シングル主義)。

それは主流秩序どっぷりの人には感じられない。たが歴史においてどの民族、どの社会においても、そうした“たましい”的なものは概念化されている。呼び方は様々だがその「なにか」に触れてひとは繊細に豊かに、深く生きてきた。それは愛と呼ばれることもあれば誠実さ、勇気、誠意、神秘、共同体意識。信仰といった言葉で捕まえられることもあった。世界的にその共通性をいうならスピリチュアリティであろう。

その微細で崇高な精神・つながり感覚は、自己をどこまで拡張できるかということで、他者、多民族、過去や未来の人々、そして命あるもの・動植物や空気や水といった地球環境全体との交感と責任意識の装置の名称として表現されてきた。この感覚が分かる者たちは、自己を拡張して、過去の人々の戦いの苦闘の営みを尊重していこうとする意志、スタンスをもつのだ。

だがこの“たましい”感覚がないものは、過去の(広義の)先人・先祖たちの闘いを忘れて、いま自分さえ実利的によければいいとしか思えない。、「勝てば官軍」的な感覚を持ち、目の前の主流秩序に無批判にのってただ即物的快楽や利益に耽溺する。流行に乗って受けることをいうような「リベラル」や「人権尊重系」や「反体制的」なものも、そこに“たましい”的な微細な感覚がない場合、力による戦いになったり、「ミイラ取りがミイラになる」ように、またまた自分も主流秩序の上位者(利益享受者)になってしまう。

だからこそ、主流秩序の上位的な生存スタイル、つまり物質的に高度な消費をすること、勝つこと、強いこと、調子に乗ること、自己責任的であること、には警戒的にならねばならないのだ。

主流秩序(の上昇志向)に批判的になり、“たましい”的なものを大事にできないなら、いったいどこに自分の言動を「恥ずべきものにしない」とする倫理観がもてるだろう。その時代時代の主流秩序への従属を拒否し、「損な道」「負ける道」を選び、理想をもって格闘した死者たちの思いを継ぐ感覚は、自分の生き方をつながりにおいて責任をもって生きていくことになる。

こうしたスピリチュアルな感覚を示した作品が、私にとっての物語『緑豆の花』であった。

 

  • 連なっているものーー暴力に負ける側にとっての「非暴力」

権力者による支配・差別・弾圧に対して、「負ける側」にとってのグッド・ルーザーとなって“別水準の勝利”を得るには、自分が非暴力の存在になり、非暴力の思想・空気・関係・社会を広げていくことである。非暴力とは、「暴力を使わない」とか暴力に対して傍観していることではない。暴力の社会・暴力的人物と戦うことを非暴力というのだ。

たとえばキング牧師の非暴力直接行動は激烈なものであった。弾圧や逮捕、暴力被害(時には殺害されること)を覚悟でのデモや座り込みや不服従闘争であった。それは真摯な話し合いを拒んできたものに対して、交渉のテーブルにつかせるための環境づくりの、ある種“力づくでの”運動であった。キング牧師はそうした状況に至らしめるための直接行動を「建設的な非暴力的緊張感」を作るものと表現している[2]

こうした直接行動を担う人々がいて歴史は動いてきた。れはマルクス階級闘争で歴史が動いてきたと表すことと近い。緑豆将軍たちの戦いもこうした系譜の一つである。蜂起・一揆・民乱・革命的武力闘争・ゲリラ闘争と非暴力直接行動は連なっている。さらにその先に、主流秩序を解体していく多様な戦いが連なっている。DVやパワハラ・セクハラをなくすための活動、非正規差別をなくすなどの労働運動、LGBTQや少数派民族などへの差別を是正する戦い、フェミニズムナショナリズムヘイトクライムに対抗する運動等はその一部だ。

この戦い、こうした人々の営み。過去この系譜で戦いを積み上げてきた人々、その中での多くの敗北や死を忘れないならば、私たちは、イガンが言う「人間らしく生きた人」に名を連ねることができるだろう。

これをまとめている現在も、牛禁峠の戦いにおける虐殺のようなことが起こっている。ミャンマーのクーデターを起こした国軍は、市民を弾圧し多くのものを不当に逮捕し700人以上虐殺しているが、軍の報道官は「木が成長するためには雑草は根絶やしにしなければならない」と言って市民の抵抗を雑草に例えて虐殺弾圧を正当化している。デモに賛同した俳優や歌手など120人以上を指名手配し逮捕している。メディア人もネット民も逮捕されている。死刑判決も出されている。市民はそれでもSNSなどで情報を発信しデモを行って抵抗。軍はインターネットの接続遮断などもしている。

ミャンマーの人民に対して虐殺する軍隊・軍事政権は、経済的実利とも大きくつながってもいる。ミャンマー軍は実は経済的社会的利権を大きく持っている勢力であり、だからこそ、利権を奪われそうになることに抵抗してクーデターを起こした。外国企業はミャンマーで商売をするとなると軍と仲良くしないといけない構造となっている。日本企業・日本政府はそことつながっている。これはまさに物語『緑豆の花』の中の、日本軍や朝鮮官軍、商売人・軍商たちの生きざまと重なる。

では、こんな時代において、私たちひとりひとりは、現代においてどう生きるのか。物語『緑豆の花』が提起していることは何なのか。

もちろん現実は複雑で、空論、理想論を口にしているだけではだめだろう。渋沢栄一論語(道徳、理想)もいるが「そろばん」(実利で動くという経済面)も大事で、そのバランスで現実的な社会の前進、問題の解決を図ることを説いた。TVドラマ『ゴッドファーザー オブ ハーレム』でボンピー(黒人のギャングボス)に対してマルコムXは「目覚めよ」という。それは黒人がまともに生きていけるようにするためには、社会的政治的な意識を高めて黒人解放運動に協力連帯しろという意味だ。一方、孤立するマルコムは 本当に自分の政治的な目標を達成するためには、現実的にはギャングの力を使わないといけないと判断していく。

これはかなり普遍的な話で、実際の政治的成果を上げるには、おおむね「そろばん」的な面も入れた様々な妥協も必要、主流秩序にのりながらの『力を持つこと』が大事ということはある。だがそう言いながら自分が主流秩序の上位に行ったり、主流秩序の維持強化に加担する人が多い事を問題としたいというのが私の問題意識であった。そろばん大事という話の人は「負けていては実現出来ないでしょ」という方に目が向きがちだ。

それにたいして、私は、そのような現実的な形で社会問題を解決していく人は、それはそれで必要だが、一方で、負ける側から見えるものも大事ではないかということを今一度重視したいと思って、主流秩序論の切り口から問題提起している。『論語』的な面が非常に弱くなって主流秩序に囚われている人が多い中で、主流秩序を揺るがしたり解体していくための実践は、今ここで、未来社会を先取りしていくことなのではないか。その文脈で、DVを学び非暴力な存在になっていくというようなことを大事にしたいと思っている。

そんな私にとって、物語『緑豆の花』は私たちの通常の認識が届きにくい、つかみにくいものを、忘れてしまっているものを、目の前に展開してくれた。私にとっては、大切なものだったので、時間をかけて、ここに感想を記した。そしてこの作品を作り上げた人たちに感謝する。ぜひ視聴されることをお勧めする。

以上

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 

[1] 東亜大新聞放送学科を卒業した後、労働運動をしていたチョン・ヒョンミンは、民主党パク・インサン議員とハンナラ党イ・ギョンジェ議員の補佐官として働いていた経歴がある。約10年の間、国会議員補佐官で現実政治に足を踏み入れておいたチョン・ヒョンミン作家は、KBS脚本公募展に当選して、専業作家に転向した。(ネット記事「政治ドラマを専門とする作家 チョン・ヒョンミン『緑豆の花』 「鄭道傳を越えるか」2019-04-26 より)

[2] マーチン・ルーサー・キング『黒人はなぜ待てないか』(みすず書房、原著1965年)

 

 

韓国TVドラマ『緑豆の花』と主流秩序 (その2)

『緑豆の花』――「意志を継ぐ」という感覚を持てる人とそうでない人の話

 

第2章 激動の時代に登場人物たちが選んだ様々な「生きる道」

 

  • この歴史の中で選択を迫られた各人

この歴史的流れの中で、物語『緑豆の花』として描かれるのは、各立場で生きていく登場人物たちの「生きる道の選択」である。私は、この登場人物たちの選択を見ながら、主流秩序の中で人は(自分は)どう生きるかを考えることができた。

以下、物語『緑豆の花』を視聴していない人にもある程度わかるように、各登場人物の生き方を主流秩序との絡みで紹介していきたい。

***

  • 父が良かれと思って娘の生き方を否定してしまう誤り

人生で生き方を問われる瞬間というものがある。主流秩序に屈服してしまう選択もありえる。あるいはそれでいいのだと信じて疑問や躊躇なく主流秩序に沿った選択をするひとがいる。この物語では、例えばソン・ボンギルであったり、ペク・カであったりする。

***

商団の家長ソン・ボンギル(商団・全州旅閣の元主人 現在「都接長」)は、娘ソン・ジャイン(ソン客主:商団・全州旅閣の跡取り娘)を助け自分たちの商団が生き残るために、娘の東学協力を阻止し日本軍に協力(軍需物質を提供)することにしてしまう。行商人たちは都接長の言うことを聞いたため、娘とドッキ(娘を助ける部下)は東学農民軍への協力ができず、逆に商団は日本軍に加担することになってしまう。父は娘に「大人になれ、機会が訪れたときにつかんで巨商になれ」といい、大事な娘の命を優先したからこの選択は正しかったと思っている。

だがそれはドッキや娘の人生を狂わせる。娘は自分が誇れる生き方を妨害され、侵略者の虐殺に加担することになったのだから。その娘の父への絶望と怒りは大きい。親子の関係は破綻する。何を大事にするかで父は命や金儲けを選んだ。ある意味、金もうけに生きてきた父であり娘を何より愛する父にとって当然の合理的な判断と思えるものだった。だがそれは娘の“自分が人間らしく生きるという選択をした生き方”を否定することとなった。ソン・ボンギルは、自分の命や娘の命への脅しという危険があっても、娘の意思を尊重する選択もできた。だが脅しに屈してしまったし、それが商団の儲けになるので「現実的には娘のために取った良い選択だ」と判断した。だがドッキやジャインが蜂起に対する裏切り者ではないことを説明するためドッキは農民軍に赴き、そこで義兵となって結局死んでしまう。娘は東学農民軍の義兵たちが虐殺される状況を見ることとなる。娘もドッキも父ボンギルの「選択」によって人としての道を誤まってしまうことになった。仲間が虐殺される中で自分だけが助かる、しかもその虐殺に自分たちが加担してしまうなどジャインには地獄である。

 

  • 父ボンギルに欠けていたもの、みえなかったもの

父は見誤った。その原因は3つの問題として整理できる。

それは第一に、シングル単位的に個人の自己決定を尊重できなかったという問題である。父は娘や大事な部下を「自分と一体の家族」のように思い、そのためには自分が判断してもいい――自分が正しい選択をしてやるーーと考えた。家族単位的な感覚である。それは娘やドッキ個人の判断を何よりも尊重し、境界線を越えないというシングル単位的な感覚の欠如という誤りである。父はよかれとおもって娘の判断を尊重せず、自分の価値観を押し付けた。境界線を越えて娘の人生をコントロールしてしまった。悪い方向に。それによって愛している娘との信頼関係を失った。

娘は病気で血を吐いた父に向って言う。「血を出すのは早いわ。朝鮮人の血の付いたお金で棺を満たすから、もう少し待って。まだ死なないで」

第二の問題は、父が主流秩序的な価値観にどっぷりつかって、それから離れるという道が見えなかったという問題である。この場面でのソン・ボンギルにとっては、強い日本軍、それに従う官軍側について東学の蜂起と敵対すること――主流秩序に沿って生き残る道――しか見えなかった。まして目の前で自分の命も含めて大事な娘とドッキの命を脅され、逆に協力すれば助かるし儲かるとなれば、その強者に従属する、言いなりになることは生き残るためには「それしかない」不可避の選択肢と父には思えた。だが、それは、主流秩序に対して、「従属する以外の道があるということを知らない生き方」といえる。

平時に生きてるなかで、金もうけが大事、命は大事と思う人は多いであろう。だが命や金儲けより大切なものがある。娘は「愛する人(イガン)や仲間を裏切り、大義に背いてでも自分一人生き残りたい、できれば儲けたい」などとは思わない。むしろそれは身が引きちぎられる苦痛であろう。民の側に立ち、理想社会を目指して戦って愛する人や仲間とともに負けたかった、死にたかったであろう。つまり、そのように、「日本軍とそれに従属する王族・官軍に加担する主流秩序の道」以外の道――日本軍と戦う道――があるのだ。それが娘ソン・ジャインにとって「ちゃんと満足して生きる道」だった。

それが娘には見えていたが、父によって奪われた。父には、主流秩序に反してでも「人が生きる上で大切なものがある」ということを、自分の狭い価値観によってみることができなかった。東学の「人が平等な社会を」というような主張を、矮小化して「たんなるきれいごと」「無理な夢物語」「空論」としか理解できなかった。それゆえの悲劇であった。ソン・ボンギルが「現実的」と思って選んだ選択の代償は大きかった。

そして最後の第3の問題は、父に娘を深く信頼し誇りに思うという感覚が欠けていたことだ。娘とドッキが死ぬのを見たくなかったというボンギルの考えに欠けていたものは何か?それはペク・イガンの母ユ・ウォリが、息子を愛し信じるからこそ、息子が死ぬ可能性の高い戦いにいくことを止めないような思いだ。息子の戦いの道を深く尊敬するような思いだ。

イガンの母は、ナムさんが戦場に行くときに「イガンへの伝言はあるか」と聞かれて答える。「何もない。以心伝心でわかるから。私がどれだけ誇りにおもっているか。誇らしすぎてどれだけ幸せかわからない。」

 

  • ペク・カにわからなかった「人間らしく生きた人だけにわかること」

 ペク家の家長ペク・カ(イガンやイヒョンの父)も、根っからの「現実派・実利派、主流秩序どっぷり派」である。とにかく現実的に権力を握り、主流秩序を少しでも上昇したいというタイプである。身分制を内面化し、平気で身分の低いものを搾取し、本気で使用人を殴打できる。

ペク家長は、ペクの妻などがイガンの母ユ・ウォリを助けようとすることを阻止する。「トンビに協力したとみられていいのか」と怒り、ユ・ウォリを棒で殴打する。「いいかげんにしろ!やめろといったときに聞かなかったからだ。主人が言ったら従うべきだろ!(なぐり続ける)使用人が出しゃばるからこんなことになる!」 そして民保軍に媚びて、「こいつが悪質なトンビだ」といって差し出す。妻は「それてでも人の子か!」と泣き叫んで怒る。

またペク・カは息子イヒョンーー日本軍に加担してひどいことを繰り返して出世してきた状況――が悩んでいるときに、いう。「鬼になったと思ったのにまだ人間なのか?それで宰相になれるのか?」「上に昇っていくには踏みつけねばならん、ずっと踏み続けるんだ 階段でも人でも」。そしてイヒョンが「必要ならば父上も?」と聞いたことに対して、「昔のことなど気にするな。記憶は歳月には勝てない」という。そういう世界観なのだ。

その父ペク・カと庶子イガンが対話する場面で、主流秩序しか見えないペク・カと、理想をもって「主流秩序から離れる視点」を得たイガンの世界観の対比が明確になる場面があった。

(父に何を感じているかと聞かれたイガン)「吏房[1]にならず本当によかったと」、父「吏房にならず義兵になって何を得た?」、イガン「父さんに話しても理解できないはずです。人間らしく生きた人だけにわかることですから。」、父「人即天と騒いでいたやつらはみんな死んで、鬼と呼ばれたイヒョンは郡主になった。それをみたらどう生きるべきか答えがでないか?」、イガン「そこは獣の遊び場で 人の生きる世界じゃない」、父「“あれ”のまま生きるべきだった。この世は鬼や“あれ”で生きるしかない。名前では生きられないんだ」。

 つまり父ペク・カには本当に答えは明白で、それは「理想を言って主流秩序に反抗したものが死んで、主流秩序側に立ったものが出世したのだから、主流秩序に合わせるのがいいのは当然」ということなのだ。

だが、それはソン・ボンギルと同じく「主流秩序に沿わない生き方」――民の側に立ち、理想社会を目指して戦って愛する人や仲間とともに負けることで満足して生きる道――が見えないということだ。イガンにはその「道」が見えていた。それを「人間らしく生きた人にだけ見える道」と呼んだのだ。そして父にはわからないということもわかっていた。かつての自分にもその道が見えなかったから。

ここに示されていることは、この「主流秩序という構造がわかったうえで、それに従属しない選択肢も見えてくる感覚」が、わかる人とわからない人がいるということだ。主流秩序どっぷりの人には見えない選択肢。それをこの物語は「緑豆の花」という景色・概念として示した。

ペク・カには主流秩序にそう道しか見えないことが分かる別のシーンもあった。

日本公使館配下の人間になって非道なことをし続けるイファン(日本名「鬼」)に対して父ペクが言う。「(今の朝鮮は)日本人の世界だからなんと言われようと まっすぐ日本の協力者の道を進め。それで“宰相の父になる”という私の願いをかなえてくれ。この国はとっくに滅びているから朝鮮という国など気にするな。お前のような賢い奴が他国の味方になった時点で滅びていたんだ。国なんてものは幻に過ぎない。国の前に人がいて、人は実利が大事だ。余計なことは考えずに今のように生きろ。」

つまり、強いものに従う道でいいのだ、人は実利で動くしそれでいいのだ、だから侵略国であろうと日本を利用して儲けたり出世していいのだ、という哲学だ。

だが、これは、それしか見えていない限界ある思想であり、それが真実だと決めつけている点で正しくない。ペクには人間とはそういうものとしか思えない、それしか生きる基準がないという告白をしているにすぎない。

現実は、人は実利だけで動くものではない。父は「人は忘れるから気にするな」というが、実利や人の目が第一の基準ではない人がいるのだ。世間が忘れようと自分が自分を裏切れば、自分を許せなくなるという人はいる。ばれなければいいという人もいるが、ばれなくとも自分の基準で恥ずかしくない生き方をしようと思う人はいる。このギャップは、自分が何を大事に生きてるかという問題のギャップだ。

 

  • 「負ける生き方」――主流秩序に沿わない幸せ

物語『緑豆の花』では、ギリギリにおいて「不利な選択」をした人たちが描かれた。それは「馬鹿な生き方をしたね、こうなったらだめだよ」というためではない。「不利な選択」をした人たちに対して、尊敬と感謝と「意志を継ぐ」という応答として記録されたのだ。私もその気持ちで本稿を記している。その「不利・損な選択」を「負ける生き方」と呼んでもいいだろう。「負ける生き方」の豊かさを見ていこう。

***

イガンたち東学の義兵たちは、強力な日本軍と戦えば死ぬであろう選択肢を選んだ。それは悲しみでも絶望でも生きる気力の喪失の結果でもなぃ。それは誇りをもって生きる道だったから。

イガンはいう。

(牛禁峠の戦いの中で圧倒的に不利な状況になって撤退するかどうかにおいて)「戦い続けるか、選択は義兵にさせてください」とボンジュンに言う。そして接長たちの前でイガンは言う。

「解散して再起をはかるべきか、戦い続けるべきか、接長たちの考えは?」(別動隊長の考えは?の声に)「“犬の犬のフン”という名の接長は挙手を」(多くが手を挙げる)

「多いな。卑しいやつばかりだ」(皆の笑い)「俺は“あれ”だった。」(笑い)「今日死んだ隊員の名は“村の犬”だった。ひどい名だ。家畜だってそんな名で呼んだらだめだ。だがそれがこの世の現実だ。人の上に人がいて、下は家畜と同じ。だから戦った! 必死に戦ってついに、使用人も接長、両班も接長! 俺みたいな庶子も接長! 宮殿にいる王様も接長!! 解散して命は助かっても、接長ではなくなる。日本人が両班の代わりになり、また家畜のように生きる。だから俺は戦う!」「わずかだったが 人が平等に接する世界で生きてみたら、もう別の世界では生きられない! だから俺は戦う!たとえ一瞬でも人間らしく生きて、人間らしく死にたい!」 

つまり、イガンたちは、身分によって卑しめられる不平等社会(当時の主流秩序)に苦しんできた中で、はじめて人が平等に生きられる世界の空気を味わったのだ。戻れない。だから「負ける道」であっても突き進む。このことをボンジュン(緑豆将軍)は、身分社会を所与のものとして諦める世界から、別の世界への境界線を義兵たちは越えたと表現した。「境界は心の中にある。彼らはそれを超えたのだ」と。

***

「自分が死んでも、仲間たちが我々の遺志を受け継ぎまた戦い続け、いつかいい世の中になる」、その思いはともに戦う仲間にはわるものだった。共有されていた。

敗北後、皆がばらばらに逃げる中、将軍が捕まり囚人檻に入れられて移動させられているときに、健康診断と称して医者に扮したイガンが接近して将軍と次のような会話をする。

イガン「将軍」 将軍「生きていたのか」 イガン「かける言葉を考えていたのに 実際に会ったら頭の中が真っ白に… 情けない」 将軍「こいつ 言葉にしないと通じぬ関係か?これで十分だ」

イガン「将軍を救出すべきなのに 力がありません(泣)。緑豆の花が満開の世界をお見せしたいのに 正直 自信がありません。だけど 最善をつくして戦います」

将軍「緑豆の花は 既に何度も見た。」 イガン「はい?」 将軍「(蜂起のために集まった)参禮で、(決戦の)牛禁峠で、そして今、目の前にも」(イガン号泣)

イガン「たとえ見えなくても落胆しないでください。信じてください。いつでも、どこにいても、将軍の意志を継いだ緑豆の花が戦っていると」 

将軍「もちろんだ 信じておる だから喜んで逝く。」

そして一発の銃声がなる。遠くには別働隊のヘスンとポドゥリが「人即天」と書いた大幕をもって将軍を見送っている。それをみて緑豆将軍とともに連行されている側近のギョンソンがいう。「将軍、義兵たちが別れの挨拶をしています!」

 ヘスン絶叫「将軍 すみませぇぇーん!」

ポドゥリ 涙の絶叫「私たちが最後まで戦いまぁぁぁーす!」

側近ギョンソン「これで 安心して逝けます」 (囚人の隊列に頭を下げ見送るイガンやソン客主たち。)

***

このボンジュンたちを見送る「ヘスンとポドゥリ」の涙の絶叫は、理想社会を求めて戦い死んでいった多くの者たちの声だった。それは悲しみではなく、生きるエネルーに満ちた声だった。自分もすぐに死んで将軍を追いかけるという思いだ。本作の脚本家・チョン・ヒョンミン氏の思いは、このヘスンたちの絶叫にあり、イガンの「たとえ一瞬でも人間らしく生きて、人間らしく死にたい!」という叫びにあった。

負けていくとしても、自分が不利になるとわかっていても、自分の選択への確信と仲間と未来を信じて選んでいく生き方。牛禁峠の戦いでの次々死んでいく者たちのうめき声と積み重なる死体の上に、次につながる希望を受け継ぎ生きていくという思いは、本作品に満ち溢れていた。

例えば上記以外にもチョン・ボンジュン(緑豆将軍)が次のようにいうシーンもあった。

(密告されて捕まり連行される時、嘆きうずくまる民衆の前に出たときに)「みんな 顔をあげよ 顔をあげて 我々を見るのだ。みんなの目に 涙のかわりに我々を焼き付けろ。 悲しまずに記憶するのだ。我々を覚えている限り 2度負けることはない。」( 民から「緑豆将軍万歳!」の声)

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私たちは、こうした各人たちの言葉のように、後に託して心置きなく死んでいけるという思い、そしてそれを受けて戦い続ける人々を知っている。「先に戦って死んでいったもの」に応答して生きていくという道を知っている。

 

  • 義兵となる道――獣にも劣る両班と戦うために義兵となる両班ファン・ッソクジュの生き方

インテリ両班であるファン・ッソクジュ(ファン進士(チンク))は、地元の名士であった。ボンジュンとは同門で親友だった。保守的な政治思想で開化(清の支配から離脱するために日本などに倣って文明化していく道)には否定的な考えだった。最初は階級意識が強く、両班以外を見下し、両班が社会を支配する身分制を正当化して傲慢な生き方をしていた。支配階級の思想に縛られた愚かな学者的エリートだった。そのため、妹の婚約者イヒョン(非両班)を妨害して策を練って戦場に行かせたりした。だが、日本の侵略を前にして、両班の誇りをもって「勤王兵(クナン)[2]」を結成して東学の第二次蜂起に合流する。自分がしてきたことの愚かさを悟っていく。

ファン・ッソクジュは言う。「(なぜ義兵として戦いに行くか) 真の両班になりたいからだ。弟子を戦場に追いやり、ヌクホン(勒婚)[3]された妹の苦しみにも背を向けるーー獣にも劣る両班と戦うためだ。戦わなければ先祖に顔向けができない。生きて帰ってきたら いい兄として生きる」

そのファン・ッソクジュは日本軍に負けて捕まって、(日本軍の手先になった)イヒョンに殺されるのだが、その最後の会話で次のように言う。

ファン・ッソクジュ「私は両班である前に朝鮮人だ。売国奴の声を聴くとすら恥ゆえ早く殺せ。」 

イヒョン「あの世で見ていろ。私が朝鮮を立て直すさまを」

ファン「ははは(笑)、どうかしている。お前にはこの地が朝鮮にみえるのか。」

イファン「そうだ 両班が滅ぼし、生まれ変わろうともがく国、それが今の朝鮮だ」

ファン「とんでもない。国が亡ぶときは内から滅びるという。確かに両班が朝鮮を滅ぼした。そして日本人に魂を売った輩が滅ぼした。ゆえに朝鮮はすでに亡びていたのだ。まさにおまえと私が亡国の元凶なのだ。」 

イヒョン「黙れー!」 

ファン「お前への謝罪はあの世でしよう。殺せー!パク・イヒョン!」

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ファン・ッソクジュの生きざまは、主流秩序の上位にいてひどいこともしたが、人生の後半で真実に目を向け反省し、路線を変更し、自分のあるべき姿に向き合い勇気をもって、「不利になる道」つまり、日本という勝ち組に従属しない道を選ぶのだ。彼に続く両班は少なかった。多くは、自分の身が大事で、「勤王兵(クナン)」の大義を捨てて保身に走った。王も日本軍の言いなりになって、途中から「蜂起しろ」と自分が言った東学農民軍を逆賊と規定し裏切るのだが、それを口実に両班は日ごろ言っていた建前とは乖離した、朝鮮という自国を守ることを捨てる道を選んだのである。「負け組の道」が見えたときに人の本性は現れる。

蜂起に集った人々

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ファン・ソクジュの妹、ファン・ミョンシムも、激動の時代の中で成長し、負ける道を選んでいく人だ。もとは良家・両班の女性なので「お嬢様」と呼ばれている主流秩序の上位のひとだったが、のちに主流秩序に抗して東学農民軍の蜂起に協力していく。

(イヒョンとの会話)ミョンシム「ペク隊長をどうするのだ」 イヒョン「東匪(トンビ)の運命はよくご存じでしょう」 ミョンシム「東匪と呼ぶでない。国のために戦った義兵だ。そなたたちには足元にも及ばぬ」

また、兄が義兵になって死体となって帰ってきて対面したときに「この世での願いをすべてかなえましたね」といって兄の生き方を肯定する。そして数年後 ソン客主の資金をベースに、子どもに無料で色々教える居場所「書堂」を運営して社会の民主化に努力していくのである。

***

物語『緑豆の花』では、ファンのような上位の身分の者だけでなく、官僚や官軍兵士や多くの農民が義兵となって蜂起に参集していった。ペク家に居候していた使用人的なナムさんや官軍のイ・ギュテ領官や下っ端役人・オクセなどは、自分の今の身分を捨てて、義兵となっていく。第一次蜂起に対しては、それに協力した観察使様(ファンチョルサ)や郡守などの官僚も一定いたが、そうした「東学=東匪(トンビ)」に協力的だった官吏は罷免・排除されていく。

物語では、オクセという刑房(ヒョンバン)という下級官吏は、東学に協力的な上司に言われて、自分も迷いながら義兵になっていく。その決断は命の危険がある中でも国と人々のために、安定した官吏身分を捨てて、王から逆賊と規定された側に身を投じることなので非常に勇気が要る選択だった。「損な道」とわかっているのに。行ったら死ぬとわかっているのに。ペク家のおじさん(ナムさん)も 特に戦うような武闘タイプではないが、オクセを見て自分も義兵になっていった。皆に死ぬからやめろと止められても従わなかった。

こうした義兵になっていった人々は、「損な道」の代わりに何を得ていたのだろうか。それは「人即天」という、人々が平等という、民主主義のような世の中を夢見ることを得たのだ。圧政に抵抗し怒りを表出できる自由と解放感。時代の先取りを体現する人々だった。ボンジュンが「緑豆の畑の肥料となりたい」と願ったように、両班や日本に差別され抑圧され搾取されている人々が、民主主義の発芽前の肥料となっていく道を選んだのだ。

 

  • 日本に加担する道に進む人々

一方、その逆に、変化する主流秩序に合わせてどんどん日本軍に加担して自分の身を守ろう、出世しようと思うものーー王族、官軍、討伐隊、民保軍、両班等――も多くいた。

官軍のドゥファン領官は、戦闘で倒れている兵士たちが本当に死んでいるか、とどめを刺していくという、日本軍がしていた「確認刺殺」を、自分もしていって日本軍に媚びて出世していく人物だ。ホン・元使用人も、イファンに拾われて日本軍の手先となって逃亡している義兵を見つけては殺していく。東学農民軍で別動隊メンバーだったのに、危なくなると逃亡して仲間を裏切ったキム接長(キム・ギョンチョン)は、その後も裏切り続け、最後は潜伏していたボンジュン(将軍)の居場所を日本軍に密告したような歌切り者の道を選んだ。

その他、自分の身を守るために、義兵を密告した人々が多くいた。両班の一部は、日本軍が朝鮮を支配していく中で、それに抵抗するどころかその言いなりになりつつ、東学の義兵を討伐する民保軍をつくって義兵を虐殺していった。

古臭い身分制にしがみつき愚かにも差別抑圧に安住する支配層は、恥を忘れて、強い日本に媚びていくのである。

このように激動の時代、主流秩序に対してどの道を選ぶのか、その分岐点での選択が、その人の生きる質を表す。史実に基づきながらのフィクションにおいて、そうした人間群像を描いたのが物語『緑豆の花』であった。

 

  • おろおろと日本に従属する朝鮮支配層

1894年の時点でも朝鮮は、昔ながらの王政、そのもとでの両班がいる停滞・腐敗した階級社会であった。その時点での王と朝鮮政府を掌握していた閔妃(びんひ)は、日本軍が勢力を延ばして朝鮮に進出しそうな時、密使を東学勢力に送り、挙兵することを求めた。それもあって両班の一部も 国と王を守るために挙兵。挙兵の名目は「斥倭」(日本を排斥すること)。だが脆弱な支配階級は、民の蜂起を当初は喜んでいたにもかかわらず、 日本に支配されると一転、東学農民軍を東匪(トンビ)=暴徒と規定し、討伐軍を作り、日本軍とともに日本のいうままに弾圧に走る。日本(井上薫)は王に圧力をかけて、東学農民軍の蜂起に対して暴徒と規定するように迫り、それを皆に伝える布告文「暁諭文(ヒョユムン)」を書かせた。義兵たちを暴徒・逆賊と規定し、解散を命じ、生業に戻れ、そうでないと殺すという内容。それを出さないなら王室を東学農民軍の背後勢力と見なすと脅されて言いなりになる。自分の命大事さに、国、民族、愛国の民を売る裏切り。

日本に腰砕けで言いなりになる中、暁諭文をベースに、官軍も日本軍の言いなりになっていく。朝鮮兵による討伐軍がつくられ、朝鮮兵士は日本軍の虐殺に加担していく。日本の手先となって義兵を殺戮していく両班の組織=民保軍もひどかった。

暴徒と規定して民を裏切る王も、それにしたがって義兵を虐殺していく両班や官軍兵士たちもまさに主流秩序に簡単に従属していったのである。

王はもともとは日本の支配を嫌って、日本に対して蜂起せよと密書を送っていたので、その思いをくみ取った者たちは 暁諭文を見ても、これは日本に書かされただけで王の真意ではないとみた。したがって国を思うものは「暁諭文」がでても、義兵になっていった。

だが、時流を見るような両班は、暁諭文が出たことでもはや「勤王兵(クナン)」ではなくなったと言って義兵となる道から逃げた。これも主流秩序に乗った態度である。危機で不利な道も見えて立場が問われる瞬間に人の深い正体は出る。

だがそうなっても、物語『緑豆の花』において上記したファン・ッソクジュたちは10人以下という少数になっても、そしてもはや「勤王兵(クナン)」とも呼べなくとも、蜂起の集合場所サムレにいく。死ぬ覚悟で。損な道を選ぶ人間。負ける道を選ぶ瞬間。

暁諭文をみてもイガンは将軍にいう。「王様のために戦うんじゃない。自分にとって大切なものを守るためにです。自分、自分の家族、自分の村、新しい世界を見せてくれた執綱所などを守るために戦う。王様が何と言おうと、サムレ(蜂起の集合場所)に集まった人たちこそが、将軍の言っていた本物の義兵です。」

 

  • 再び希望を持ち直すソン・ジェイン   

東学党の乱の中で、生き方、そして負け方・死に方を見出した人たちの生きざま、それは一度は諦めたソン・ジャイン(ソン客主:商団・全州旅閣の跡取り娘)にも、もういちど理想に向かって生きる覚悟をもたらす。

ソン・ジャインは金持ちの商売人の父のもとで育ち、金もうけを悪いこととも思わず、今の言葉でいえば、封建社会に対して資本主義的な社会に変革していくスタンスの持ち主だった。それは時代の要請を受けていた上昇期ブルジョワジーの側面を持っていた。だが、現実には、軍商として侵略する日本軍に結果的に加担し、武器・弾薬・食料など日本との交易で急成長していった。徐々に東学農民の戦いに共感していくものの、敗北の中で絶望してしまったこともあった。

そのジャインはイガンの言葉と生き方を見て再び希望を持っていく。

決戦で負けた後の逃亡中に出会ったジャインとイガンの会話

ジャイン「もう終わったのよ」 

イガン「一度負けただけで終わるのか。俺たちは日本と戦う義兵だぞ。一回負けてもまた戦えばいい。終わりじゃない。これが始まりだ。」

イガン(敗戦後 散り散りなって逃げる中、将軍とも生き別れのなか)「将軍の代わりに望みを叶える。義兵を一人でも助けて 売国奴を一人でも殺して 将軍に知らせる。将軍がいなくても戦い続けることを。将軍が死んでも志は死なないことを。将軍は遠くに逝くんだ(まもなく死ぬ)、餞別は渡せなくても 希望はあげたい。」

***

ジャイン「絶望していたの。牛禁峠(ウグムとうげ)の死体を思い出すと 生きる自信がなかった。でもこの敗北が終わりでないのなら また始めればいいのなら そうする(また戦う)。私もまた始めるわ。もう行って 思い切り戦って」

そうしてジェインはイガンの母に言う。「私もやってみようかと。新しい仕事を。義兵を。正確には義兵の資金源に」

 

  • 緑豆の畑の、一握りの肥やしになって死んでいく

物語『緑豆の花』はこのような「負けるものたちの幸せな生き方」を描いたものだ。

この物語のベースとなった史実・東学党の乱を率いたリーダー、ボンジュン(緑豆将軍)自身がもっていた世界観こそ、ここまで述べてきた「負ける生き方」そのものだ。

死刑が執行される最後のやり取りで、側近が「兄貴、お供できて光栄でした。一緒に死ねてさらに光栄です。ただひとつだけ“人即天”の世をみずに逝くのが心残りです」といったことに対して将軍は言う。「我々は甲午年(1894年)にすでに見た。目を閉じてみろ。そうすればみえる」「はい」(過去の民衆の立ち上がる数々のシーン、チョン・ボンジュン万歳という人々)

 また、イガンが将軍の骨を緑豆の畑に撒きながら将軍の言葉を思い出しているシーンでの将軍の言葉。

将軍「ムジョンで布告文宣布するとき、緑豆の種を撒いた。その種が芽を出し花を咲かせ 種が風に乗って飛んでいく。この村からあの山へ あの谷間から子の小川に…そうしてこの地が緑豆の花で埋め尽くされる日に 一握りの肥やしになって死にたかった」

***

蜂起・反乱・一揆などほとんどは敗北で終わる。かかわったものたちは殺される。にもかかんらず立ち上がる選択をする人々という生き方を、理解できないひとたちがいる。だが確実に理解できる人たちもいる。

それを信じているからこそ、そしてそのように戦ってきた先人たちが実際にいると知っているからこそ、この物語『緑豆の花』は作成された。そして視聴された。そして実際の自分の生き方に反映させて、今日、そのように生きている人たちがいる。将軍やイガンたちにはそれがみえていることだろう。

 

 

 

 

[1] イバン:下っ端役人

[2] 国王と王宮を守る軍隊

[3] 好きでもない人と強制的に結婚させられるもの。物語『緑豆の花』ではミョンシムは死んだ若い義兵と結婚ということにされた。

韓国TVドラマ『緑豆の花』と主流秩序

韓国TVドラマ『緑豆の花』の感想を主流秩序との関係でかなり長くまとめました。

3回に分けて紹介しておきます。本に入れるときには図表なども入ります。

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『緑豆の花』――「意志を継ぐ」という感覚を持てる人とそうでない人の話――「負ける戦いはしない」「結果がすべて」「保身が大事」ではなく、「勝てない側(敗ける側)にしか見えない景色」を人生に見るという話

  • はじめに

韓国のTVドラマ『緑豆の花』(2020年04月から放送、全24話)はすばらしかった。脚本はチョン・ヒョンミンで、現実政治や労働運動を体験した経歴の持ち主ゆえの世界観がちゃんと出ている。身分制や侵略などの現実への言及をちゃんと入れながら、人の生き方を深く問うた政治的社会的な「物語」で、なかなか日本の作品ではお目にかかれない骨太の作品となっている。私は主流秩序への多様なスタンスを浮き彫りにした作品と思ったので詳しく私の作品評価・感想を書いてみた。

これは忘れられた誰かの話だ。

あの熱かった甲午年(こうごのとし1894年)

人が天になる世を目指し

突っ走った偉大なる民たち

歴史は“無名の戦士”と呼ぶが

私たちは名を知っている

緑豆の花

彼らのおかげで私たちがいる

 

「人は天!」

(物語『緑豆の花』最終話より)

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第1章  物語『緑豆の花』のあらすじ、およびこの物語を考える「歴史の中での生き方」という枠組み

 

  • 私の人生の見方とこの作品の関係――無名で死んでいったものの意志(遺志)を継ぐということ

 

500年前、1000年前のひとのことなど 今はほとんど誰も知らないのと同じように、そしてミミズやセミや牛がどういう思いで生きて死んでいったかも知らないように、私の人生も、1000年後には消えている。TVドラマ『ゴッドファーザー オブ ハーレム』にみられるように、多くの「普通の人」は簡単に殺されたりあっさり人生が終わったりしていて、犯罪者も捜査されず捕まらず、闇にその真実、被害者の苦しみや悔しさ、理不尽さは吸い込まれていく。それくらい人の人生ははかない。生の輝きは線香花火のように一瞬だ。

だからこそ、この今日の一日を「無事に」、つまり大きな苦しみや痛みがないようにすごしていければいい、できれば少し輝かせて生きていければ御の字だ。ある日突然、人生が「終わる」ことを恐れずに。何か意味があるとか充実しなきゃ、活躍して金を儲けて皆に承認されなくっちゃなんて思わずに。そんなこと大したもんじゃない、生きているだけでいい、名声とか学問とか哲学とか意味など求めなくて、生きているだけでいい。そういう意見はある。半分は真実といえる。だが、足りない面、見えていない面がある。

それは「意志(遺志)のつながり」の中で“無名的に”生きて死んでいく喜びの感覚という面だ。こんな社会で、物語『緑豆の花』で描かれた人々のように、「人が平等になる社会=光」を夢みて闘いの中で生きて死んでいった人たちがいる。歴史の記録としては誰も名前も知らない。具体的に個々人のことは知らない。多くの人は「その人」のことを知らない。東学農民軍として蜂起に加わり、突撃して最初に撃たれたり切られて死んでいった多くの「反乱の農民」達。その思いを引き継いで次の時代、次の時代、そしてまた今の時代で戦い続ける人がいる。それを信じて死んでいったものたちがいる。そのつながりが見えるかどうか。それ はある個人の生き方を大きく左右する。

歴史に名が刻まれなくても、記録に残らなくても、個々人の人生において、どう生きるかは、自分の充足感、誇りある生き方・恥じない生き方、そして平等で平和な社会を夢見て意志を継いできたひとへの責任の点で重要だ。理想の社会を夢見ることの幸福感や充足感を知らない人には、その「意志を継ぐ光」は見えない。それが見えた時、人生は“たいしたもん”になる。主流秩序の上位に行くということではない、「たいしたもん」になる。「意志を継ぐ」という感覚を持てる人とそうでない人の人生の差を描いたのが、この『緑豆の花』だ。

保身・実利が大事、主流秩序にそっているしかないとおもう人は、それに従属する「恥」がわからない。そこから離れる自由の味、自由の解放感、がわからない。

このように、人生ははかなく好きに生きればいいという面と、不平等社会で悔しい思いをしてきた者たちの平等を求める意志(遺志)を継いでいくという両方を踏まえて、自分は、「緑豆の花」の後に続きたいと思う。それは、敗北と無名を引き受けて生きていくということだ。王族、両班、官軍、商人、日本軍への加担のような生き方をしないということだ。根源的に考えて、こうした「どう生きるかという選択」をしない人は、知らぬ間に主流秩序に加担しているということを理解していないと思う。私はいろいろ考えて生きてきて、最低そこは大事だなと思うようになったので、今後も根元的に考えて、大枠、大事なところを外れない生き方を選択していきたいなと思っている。

その意味では生きているだけでいいのではない。それは無責任であり、ひどいことへの加担者だ。歴史に、次の世代に、あとの世界に汚物を投げることだ。少なくとも自分のできる範囲で汚物をかたづけてそこを去れと思う。

以下の時代背景にあるような中で、そういう時代にどう生きるか、物語『緑豆の花』が考える材料を提供してくれるので、主流秩序とからめて具体的に考えたい

 

  • 時代背景と物語の展開の絡み(あらすじ・概論)

物語『緑豆の花』自体は想像的に創作されたものである。しかし大きな時代の流れや事件・歴史的人物など、一部は史実にもとづいて展開されている。その、物語の展開と歴史との絡みを少し整理しながら、登場人物たちの選択の、主流秩序へのスタンスを記しておきたい。以下、この作品を観ていることが前提だが、観ていない人にもある程度わかるように配慮して書いていきたい。

***

19世紀末の朝鮮。古阜郡[1]において、汚職役人ペク・カの長男ペク・イガンは庶子として蔑まれーー使用人である女性(イガンの母)が家長であるペク・カにレイプされて生まれた子――、弱者を殴って「民から搾り取る」ような父の汚れ仕事を手伝う最低の人間として生きていた。“あれ”という蔑称でみなに恐れられ、同時に見下されていた。自己肯定感の低い、自暴自棄的な生き方をしている。

一方、イガンの「腹違い」の弟で嫡子のイヒョンは、父親の期待を一身に背負い、日本留学を終えて科挙受験の準備中の優等生で、一家で使用人扱いされる「兄」のイガンにも優しい、思いやりと才能ある人間として生きていた。

またのちにイガンの人生に絡む、商団・全州旅閣の跡取り娘、ソン・ジャイン(ソン客主)たち(行商人)が行っている商売は、武力的自衛も含めて独特の世界を持っていた。

時代は、王室制度が19世紀時点でも続いており、貴族的な支配階級である「両班」(やんばん)はそうした身分体制を信じて、人間の上下を前提として生きていた。そして当時の社会にはあらゆるところに腐敗した政治や商売があった。

そんな中、将軍チョン・ボンジュンーー愛称は「緑豆将軍」――ら東学教徒が結成した反乱農民たちにより、民乱が勃発する。

イヒョンは尊敬する師匠・両班のファン・ソクジュ(ファン進士(チンク))の妹ファン・ミンヒョンとの結婚を予定していたが、彼女の兄ファン・ソクジュに妨害されて、過酷な討伐隊の兵士にされ、そこで地獄を見て人格が変わっていく。逆に、最低人間だったイガンはボンジュン・東学義兵の活動との出会いを通じて東学農民軍の義兵となり徐々に“あれ”の人生からまともに生きる道に入っていく。

イヒョンとイガン、“いい人”と“悪い人”が入れ替わっていく。だが、ことは単純ではない。背景には、清に支配されつつの封建的で腐敗した王室体制を変革すべき必要性、先進的な文明開化に進んで近代化していた日本に追いつく必要という側面もあった。同時に、日本の侵略――植民地的支配への野望――もあった。したがって身分制社会の改革を現実的に進めるには、侵略者である日本という強いものに従って生き延びつつ進めるという現実路線という選択肢(開化派)もあった(イヒャンはこの路線ということで自分を正当化)。商売人は利益を目指すなら勝ち馬に乗っていく(それでいいという居直りと思考停止)。様々な人の思惑が絡み事態は複雑に進んでいく。

その中で、両班でも、外国の侵略と戦うために農民蜂起と連帯するものも出てくる(後期のファン進士(チンク)の路線)。イヒョンは両班への復讐の気持ちや朝鮮の近代化を重ねて日本軍支配に加担していく。商人は、儲けるのが仕事だと思考停止して日本軍に協力していく。

ペク家は両班にはなれない劣等感と上昇志向の家であった。衰退する王室政治の下、愚かな朝鮮官軍は、義兵となった農民たちには残虐を尽くすが、侵略支配してくる外国勢力(清と日本)とは戦わず、いいなりになる。日本は、日清戦争で勝って朝鮮を植民地にしていく過程に入っていく。それでも内部争いをしている朝鮮。御多分に漏れず、近代化という美名で劣等民とみて馬鹿にする侵略国に、加担(勝ち馬に乗る)する朝鮮人も多い。商団・全州旅閣は、日本との交易で急成長していく。

創作としての物語では、商団の若き責任者ソン・ジャイとイガンの恋や、宿敵となった兄弟の血ゆえの絆と哀しい運命をからませて、激動の時代の中での“敗北の生き方”が描かれる。

当時の情勢を描いた風刺画(日本と清が互いに釣って捕らえようとしている魚(朝鮮)をロシアも狙っている)

 

  • 東学党の乱」というものを朝鮮の民衆側から知る

私は受験的な日本史の勉強で「東学党の乱」というものを知ったが、すぐに内容を忘れ、言葉だけが記憶に残る程度だった。それが今回、物語『緑豆の花』を見て、物語に出てくる事件についてすこし調べて、その後の日本の朝鮮侵略韓国併合、という日本の黒歴史に続いていく1890年代の朝鮮の動きを学んだ[2]

以下、物語『緑豆の花』の展開の中心の「東学党の乱」とは何であったのかを記していく。だがこれは歴史のお勉強ということでなく、物語『緑豆の花』に絡めて、私が主流秩序との関係で生き方を考えていくという作業の一部である。だから私には退屈なものではなかった。侵略国・日本側の認識で書かれた「歴史」が、いかに偏ったものであったかを学ぶことでもあった。これは現代においての「慰安婦問題」への認識のゆがみに通じる問題である。

***

朝鮮政府内部の腐敗による農民軍の大規模反乱暴動・内乱である「東学党の乱」は、「東学農民運動」「東学農民革命」「甲午農民戦争(こうごのうみんせんそう)[3]」などよも呼ばれている。東学党の乱は1894年1月11日に発生、1895年3月29日に終焉。

閔氏政権の重税政策、両班たちの間での賄賂と不正収奪の横行、そして1876年日朝修好条規江華島条約)をはじめとした閔氏政権の開国政策により外国資本が進出してくる等がある中で、当時の朝鮮の民衆の生活は苦しい状況であった。

東学党は困窮する朝鮮農民を主体とする一派で、政府に対する経済改革要求から政治運動に発展し、暴動は全土に波及した。当時の朝鮮政府を掌握していた閔妃(びんひ)政権(李氏朝鮮)の腐敗に対する不満は、「東学党の乱」以前から噴出しており、1883年頃から各地で農民反乱が起こっていた。

このような中、1894年全羅道古阜郡で、役人の税金横領が発覚し、横領に異を唱えた農民が逮捕される事件が起きた。この事件により、同年春に、崔済愚の高弟で東学党の二代目教祖となった崔時亨が武力蜂起し、甲午農民戦争に発展した。反乱軍はチョン・ボンジュン(全琫準)という知将を得て1894年5月には全州一帯を支配下に置いた。

この民乱の指導者に成長したチョン・ボンジュンを含め、農民の多くが東学に帰依していたことから、この東学の信者を中心とした民乱が全国的な内乱に発展していった。

東学党の乱の始まりとともに広まったチョン・ボンジュンの檄文

チョン・ボンジュンは下層の役人であった。しかし、17世紀から普及し始めた平民教育で、チョン・ボンジュンのような非両班知識人が形成されていた。このボンジュンが発した呼びかけ文(檄文)が東学信者の手で全道に撒かれ、呼びかけに応じた農民で、数万の軍勢が形成された。彼らは全羅道に配備されていた地方軍や中央から派遣された政府軍を各地で破り、5月末には道都全州を占領するまでに至った。

これに驚いた閔氏政権は、5月30日に清国に援軍を要請。これに反応した日本は1894年6月2日に朝鮮出兵を決定し、同月4日に清国に対し即時撤兵を要求した。だが拒否され、天津条約にもとづき、日清互いに朝鮮出兵を通告。その後、日本と清は双方、派兵を正当化し、戦争状態に突入していく。

この状況に慌てた閔氏政権は、東学農民軍の提案を基に全州和約を作成し締結した。この和約で従来の地方政府が復活したが、同時に東学農民側のスタンスでの役所的な「執綱所」が設けられ、全羅道に事実上、農民権力による自治が確立した。つまりこの時点で一旦、農民の反乱は成功のうちに終結した。

しかし上記したように、この騒動の中で日清が覇権争いをすすめ、日清戦争に発展し、結局日本が朝鮮を支配していくこととなってきた1894年7月23日、日本軍が郊外の駐屯地龍山から漢城(ソウル)に向かい、朝鮮王宮を攻撃し占領した。日本は国王・高宗を手中にし、大院君を再び担ぎだして傀儡(かいらい)の新政権を樹立させた。そして新政権に牙山の清軍掃討を日本に依頼させた。そして25日に豊島沖海戦、29日に成歓の戦いが行われ日清は交戦状態となる。31日に清国政府が駐北京日本公使小村寿太郎に国交断絶を通告、8月1日に日清両国が宣戦布告をし、日清戦争が勃発した。

こうして外国勢力によって国が亡んでいく、という事態を前に、チョン・ボンジュンらは、2度目の蜂起を行っていくことになる。1度目は腐敗した閔妃政権の打倒を目指したものであったが、今度は日本軍が標的であった(排倭)。この第二次蜂起は、王からの隠れた要請の面もあった。大院君は名士豪族に密使を送って東学の扇動を命じたり、東学幹部に会って東学徒の召集を促したりした。大院君は、東学には数十万で大挙して漢城に来るように命じ、平壌の清軍と共に南北から挟み撃ちにして日本人を駆逐する策を実行するように指示したということである。

チョン・ボンジュンは日清両国が軍を派遣して間もない7月には既に第二次蜂起を起こそうとしていた。しかし、農民の収穫期ということや平和的な解決を望む東学の上層部の説得に時間が掛かり、第二次の蜂起をしたのは10月に入ってからであった。王室は、日本に支配されて言いなりになってしまっていたので、今度は日本に屈服した李氏朝鮮の傀儡政権と日本軍を相手にする反乱となった。

つまり第二次蜂起は、貧しい農民の、民主主義的な改革を求める乱の面、かつ侵略者から国を守る愛国主義的な面(斥倭)と、日本を放逐せんとする王政・大院君側の思惑が重なった面があるものだった。

第二次蜂起を起こしたときには、日清戦争は既に大勢を決していた。勢いを増した日本は障害物となった東学農民軍の討伐に乗り出す。蜂起した東学農民は権力側からは王室体制への反乱分子=逆賊=東匪(トンビ)と規定され攻撃される。1894年11月末に忠清道公州で農民軍と大日本帝国軍が衝突するが、近代的な訓練を受けた兵器のある日本軍と、武器もない農民の竹やり集団の戦いは日本軍の圧勝で終わる(多くの農民が虐殺される「牛禁峙(ぎゅうきんじ/ウグムとうげ)の戦い」)。この時、日本軍に支配されている王政側は民乱側を裏切り、日本軍とともに、農民義兵を攻撃した。牛禁峠の戦いの後、東学義兵の残党刈り(東匪トンビ狩り)を官軍が日本軍とともに行った。

その後、残兵も一掃されて、1895年に東学の民乱は鎮圧された。牛禁峙の戦いに敗れ捕縛されたチョン・ボンジュンは1895年初頭に漢城(現在のソウル)で処刑された。

逮捕された後のチョン・ボンジュン(1894年12月)

 

 

[1] 古阜郡は実際に甲午農民戦争が起こった場所。この物語は、架空の人物たちをこの場所の人物として設定して展開した。

[2] 朝鮮には、支配する国からの独立の戦いの歴史がある。朝鮮王国時代のを中心とした冊封体制からの離脱の運動、清に代わって支配を強めた日本にたいする独立の諸運動などがあるが、南北分断独立に至るまで、思想によるもの、民族主義社会主義的なものやその他など、複雑なものが多々あった。本稿では、それらには触れないが、東学党の乱の後、東学党の乱の歴史的な位置がわかるよう、以下、すこしだけさまざまなものがあったことを想起させる名称とメモを記しておく。

。日本は、日清・日露戦争を通じて朝鮮支配に近づき、日韓協約など様々な不平等条約を旧韓国と結んで朝鮮における影響力を強めた末、最終的に日韓併合条約締結に至って朝鮮を日本の一部に併合した(韓国併合)。1919年の三・一運動、「大韓民国臨時政府」発足、抗日運動で民族の代表機関だった臨時政府は一弱小団体に転落するがその後、金九などの活動により復権、暴力的ゲリラ抗日活動、間島事件、国外での独立組織結成、国内外で日本の要人への襲撃や破壊活動、社会主義思想団体、光州学生事件、金九による1932年1月8日天皇の暗殺を試みる桜田門事件上海天長節爆弾事件、中国による臨時政府支援、満州を中心とした多くの地域での遊撃隊による抗日闘争、光復軍、日本と交戦することの無いままの日本の第二次大戦降伏、戦後、米国とソ連によって朝鮮人民共和国の政府承認が拒絶され各占領地で軍政を布いて朝鮮が南北に分割統治される、各地での反対派による武装闘争、それにたいする弾圧(済州島四・三事件)、最終的に南北それぞれの選挙によって南北分断の独立達成。

[3] 甲午年(こうごのとし)とは1894年のこと。

•夏目三久アナと有吉弘行さんの結婚におけるジェンダー平等・シングル単位欠如の問題

夏目三久アナと有吉弘行さんの結婚で、夏目さんが今秋で引退、全ての仕事を辞めると宣言。伊田が少し見た「サンデージャポン」とか他のTVでは、有吉がそこまでの覚悟して彼女を守る決断したので責任を持つ感じがしてすごい、かっこいい、評価が上がる、夏目さんも派手な仕事を辞めて彼を支えるなんてすごい愛情だというような文脈で二人に肯定的な声ばかりだった。 

 

有吉さんの説明は、夏目アナが仕事を辞めて専業主婦になるときめたのは「みんなの話を聞いていると、離婚の理由ってすれ違いか価値観じゃない? 価値観の方は無理だとしても、すれ違いだけつぶしておくか、みたいな」「(夏目さんが)今まで頑張ってきましたし、これからはゆっくりと」(したらいい)ということだった。そして夏目さんもマツコから「ええ~!? 大丈夫? 我慢できるタイプ?」と念を押されると、「はい」と答えたり、「表に出る仕事の緊張感や重責は少しは分かっているつもりなので微力ながら安らげる場所を作れればいいのかなと思ってます」といったりしている。

 

つまり女性の側が夫を支える側になり仕事を辞めるということになっている。これは実は明治、大正、昭和と続いたかなり昔からの性別役割の発想であり、山口百恵さんの選択と類似のものだ。40年ほど前の時点でも私は山口百恵の選択を古臭いしもったいないなあと思った。時代は徐々に変化してきた面もあるが、まだこのメディア・芸能界の反応をみていると同じことがまた起こっているといえる。

 

シングル単位とジェンダー平等(フェミニズム)がまだまだ浸透していないということだ。

もう言い飽きているが、簡単にだがフェミ的なシングル単位の基礎的整理を示しておく。 

  有吉が言う「価値観の違いとすれ違い」を避けたいというなら、有吉が引退して夏目が働くということがあってもいいがそれは検討されていない。それは有吉が家庭の中で家事や育児だけをして夏目を支えるということは毛頭考えていないからだ。人生としてやりがいある仕事、収入の高い仕事をやめて日陰の家事育児だけをひっそりとするなど男性である有吉にはありえない。だとすれば才能があり、仕事もあり、高い収入もある夏目が自分の人生から仕事を排除するのは、あまりに非合理な選択だ。

 

こうなっているのは、カップル単位で考えて、誰かが働いて一家で収入あれば後は分業でいい、外で働かないのは楽なことだから妻を楽にさせてやりたい、妻子を守ってがんばって働き稼いで裕福な生活をさせるのが男としていい、妻を夫の高収入で養うのはいいことで妻も喜ぶ(セレブ妻!)、夫を支えるのが女性として美徳、といった意識が絡まっているからだ。

 

そこに欠けているのが、シングル単位だ。収入を持つという個人の自由の基盤、やりがい、などを考えれば、ジェンダーによってすごくワークライフバランスが偏るのではなく、個人単位で仕事・収入も、余裕も、家事や育児の時間も、ふたりの時間も持てるようにすればいい。だから個人単位で働く時間を減らして、各人がアンペイドワークもする。具体的には「すれ違い」にならないためには有吉も仕事を減らし夏目も仕事を減らし、家庭と仕事を両立させる人間らしい働き方をする、一人の収入は少し減らしてでも金第一ではない考えで生きていけばいい。二人の時間を作ればいいのだ。

 

そういう主流秩序から離脱したゆとりある生活をすればいいのだ。そう言うこと全部を含めてシングル単位の生き方という。それがないと、家族で分業して性別役割意識も絡まって非常に「男女」が偏った生活スタイルになる。夏目と有吉は、仕事ばかりの有吉と、ずっと家にいる夏目になる。仕事の特性上、短時間労働は無理だというのは、本気で主流秩序からの離脱、低収入もOkという視点も入れて考えていないからだ。有吉に犠牲が大きいというなら、まさにその言葉は夏目にも向くだろう。安らげる場所をつくるのは女性だけの役割ではない。各人が自分の仕事を減らすことを考えないのは自分に対しても相手に対しても不誠実だ。

 

誤解内容に言っておくが、輪は自由が大事と思っているので、各人の生き方はその人が決めればいい。夏目さんの生き方は夏目さんが決めればいい。仕事をやめて無収入になる選択もありだ。

だが社会構造としてジェンダー格差や差別がある中で、この家族単位による性別分業をなぞる行動は、女性の低賃金や非正規化、助成の出生・管理職が少ないなどの問題も温存する。個人としての自由、ワークライフバランス、社会への責任を考えるなら人は原則、働き税金を払うのが大事であり、今の日本社会ですぐにその指摘がないなかで、繰り返し「有吉さんの発想にはシングル単位、ジェンダー平等感覚がない」と指摘することは重要だ。

働くことに疲れたとか病気になったからしばらく仕事を休むというのは「男女」関係なく誰にでももちろんあってもいい。短期的には人に依存したり養ってもらうこともあっていい。しかし、基本は人に寄生したり養ってもらうのは不自由であったり危険だったり無責任だということは忘れないほうがいい。それがシングル単位だ。

 

夏目・有吉さんの問題は、日本社会で未だ古臭い発想にとらわれている人が多いことを如実に示した。男女共同参画、フェミやジェンダー平等が、主流視点や店やシングル単位も入れて深く理解されていない結果が、いまだ古臭いジェンダー不平等社会を温存し、有吉さんの発想、それを美化する人々、問題とおもえない人をもたらしている。

 

ず―と前の100年前、1918年に、もうこんなことと近いことは主婦論争として論じられていた。働く女性子育てについて、そして女性の社会的、経済的地位の向上の方法論をめぐって与謝野晶子平塚らいてう山川菊栄、など議論した。家族単位的な土俵で性別分業擁護の議論もあったが、すでに社会全体で女性の家事育児を担っていく方向、それによ手女性が自立する道の方向も指摘されていた。

 

山川菊枝は、男性が作り運用する法や制度【伊田が言う家族単位の諸制度】を疑うことなく受け入れてきた女性自身にも意識変革を求めた。「男が決める女の問題」(『女の立場から』所収)で、菊栄は鋭く問いかける。

 

 「私たちはいつ私たち自身の魂を形成する権利を彼らの手に委ねたか。そして私たちはいかなる理由によって、私たち自身の意思を無視して審議し決定せられた彼らのいわゆる教育方針なるものに従って、生ける傀儡(かいらい)となって果つべき義務を認めねばならぬか」

 

 そして現状を懐疑し、批判精神を持とうと訴える。

 「かく疑うことは私たちの自由でなければならない。私たちの若き姉妹よ、まずかく疑うことを習え。かく疑うことを知ったとき、そしてこの疑いをあくまで熱心に、あくまで執拗に追求することを学んだ時、そこには私たち婦人の救いの道が開けてくることを、ただそこにのみ開けてくることを覚らるるであろう」

 

NPO法人京都暮らし応援ネットワークの労働問題

紹介します。

 

NPO法人京都暮らし応援ネットワークの労働問題

 

当組合は、NPO法人京都暮らし応援ネットワークへの抗議文で書きましたように、よりそいホットライン事業を受託して運営しているNPO法人京都暮らし応援ネットワークに抗議しています。

 

この問題の背景には、NPO法人京都暮らし応援ネットワークが、労働者の権利を蔑ろにしているという態度があります。

 

まず、労働組合と誠実に交渉しないことは、労働者の団結権を侵害する不当な行為です。

 

Aさんが当組合に相談したきっかけは、一方的な労働条件の不利益変更を受け、変更前の条件で働こうとしたら、就業規則上の根拠条項も示されないままに懲戒処分の通告をされたというものでした。

 

11月12日の団体交渉では、山上義人副代表理事が、Aさんの労働条件を把握しないままに、不利益変更となる出勤調整命令をしていたことが明らかになりました。

 

Aさんは、正当な根拠のない不利益変更となる出勤調整命令であると思いながらも、可能な限り応じてきました。しかし、職員の給料を定められた期日に支払うためにはどうしても9月上旬の出勤調整命令には従うことができないと説明した上で出勤したところ、懲戒処分の通告を受けたのです。

 

NPO法人京都暮らし応援ネットワークは、定められた期日に給料を支払うことの重要性を認識していないように思われます。

 

というのも、Aさんが退職した後には、期日通りに職員の給料が振り込まれず、ようやく6日後になって振り込まれたからです。

 

しかも、予定通りに給料が振り込まれていないことを日中に把握しながらも夜になってから知らせ、いつ入金されるかもAさんが3日後に問い合わせてようやく教えられました。

 

また、半年ほど前のことになりますが、ある職員が発熱してPCR検査を受けたことに伴い延べ3日の稼働が休止されたときも、Hコーディネーターは「2,3日なら休業手当を支払う必要はない」と述べ、別のコーディネーターも、「統括コーディネーターのHさんが言うのならそうだ」と言い張りました。

 

後日、Aさんは、労働基準監督署に問い合わせをして休業手当の支払義務があることを確認した旨を藤喬代表理事に伝え、無事に休業手当が支給されたということがありました。

 

人間らしい生活と労働の保障を求めることを目的に掲げているNPO法人京都暮らし応援ネットワークにおいて、労働者の権利を蔑ろにする運営がまかり通っていることに対し、ユニオンぼちぼちは強く抗議いたします。

 

 

NPO法人京都暮らし応援ネットワークへの抗議文

紹介します。

 

NPO法人京都暮らし応援ネットワークへの抗議文

 

この間、ユニオンぼちぼちは、組合員のAさんの働き方をめぐって、「NPO法人京都暮らし応援ネットワーク」と交渉をしてきましたが、不誠実な対応が続くので、抗議文を公開することにいたしました。ぜひご一読下さい。

 

NPO法人京都暮らし応援ネットワーク(代表理事 藤喬)は、一般社団法人社会的包摂サポートセンター(代表理事

熊坂義裕)が厚生労働省補助金を得て実施している、24時間年中無休の何でも電話相談「よりそいホットライン」事業を受託して運営している団体です。

 

「よりそいホットライン」については下記のホームページをご覧下さい。

https://www.since2011.net/yorisoi/

 

そこで非常勤事務員として働いてきたAさんは、他の掛け持ちしている仕事と両立できるように、自分で出勤日を決めてよいという約束で働き始め、実際にそのような働き方を1年半ほど続けてきました。しかし、Aさんの上司に当たる職員から「Aさんからパワハラを受けている」という訴えを受けた理事会によって、2020年5月以降、Aさんは理事から出勤調整を強いられるようになり、生活に多大な支障をきたすようになりました。

 

理事会は、訴えを受けて「ハラスメント問題委員会」を立ち上げたそうですが、Aさんは、どのような行為がパワハラに当たるのか理事会に説明を求めたものの、説明はありませんでした。出勤調整によって多大な苦痛が生じていることについても繰り返し訴えましたが、理事会は「暫定的・一時的な措置」と言って始めた出勤調整を続行しました。

 

Aさんは、全従業員の給与支払いを担当しており、9月は曜日配列などの都合から、指定された出勤日ではどうしても給与支払いの作業を完結することができず、事前に告知をした上で、やむを得ず指定日以外に出勤しました。

 

そうするとAさんに、10月12日付で「服務規律違反について」という文書が「弁明書の提出を求めます」というファイル名で送られてきました。

 

弁明書提出を求めます

 

服務規律違反について」では、「当法人のハラスメント委員会は、こうした事態を重く受け止め、再発の防止を含めて、『服務規律違反』の可能性があると認識し、職員就業規則45

条の懲戒処分の検討を行っています」と書いてあったものの、懲戒処分の理由として適用する就業規則の適用条項が示されておらず、こわくなったAさんは、以下の弁明書を提出しました。

 

弁明書

 

その後、Aさんは当組合に相談し、11月12日に第一回団体交渉を開催することになりました。団体交渉では、理事会の立ち上げた「ハラスメント委員会」には規約がなく、パワハラ行為の事実認定はおろか、事実関係の聞き取りすら行われていなかったことが明らかになりました。理事会は、人間関係のコンフリクトを解決することに主眼を置いたと理由を説明しました。

 

それに対して、当組合は、パワハラを受けたと主張する職員の希望を先に聞き、空いた日程をAさんに選択させる出勤調整はバランスを欠き不公正ではないかと指摘しましたが、藤喬代表理事と山上義人副代表理事は「不公正ではない」との主張を繰り返しました。

 

また、聞き取りを行わずに出勤調整を強いたことは一方的な労働条件の引き下げではないかという指摘に対しては、「出勤調整は命令であり問題ない」との認識を理事会は示しました。

 

そして給与の支払いを遅らせるわけにはいかないとやむを得ず出勤したAさんに対して「服務規律違反について」という文書を送ったことは問題があると当組合は指摘しましたが、理事会は「処分を検討すると言っただけで、実際は行っていないから問題がない」と述べました。当組合が「処分を検討すると言われただけでも労働者にとっては恐怖なんですよ。よりそいホットラインでは『会社から処分を検討していると言われた』という相談があったとき『処分されたらまた電話下さい』と回答するように指導しているんですか」と言っても、藤喬代表理事は黙ってばかりで「謝罪することもやぶさかではない」と言ったものの、結局不当であるという認識には至らず、交渉は決裂しました。

 

その後、解決に向け、組合から下記のような合意項目の案を送りました。

 

■解決に向けた合意項目の案

(1)NPO法人京都暮らし応援ネットワークは、正当な根拠なくA組合員を「ハラスメント加害者」として扱うなど人格を否定するような行為を行ったこと、公正さを欠く不適切な出勤調整を行ったこと、それによって多大な苦痛を与えたことに対して謝罪する。

(2)A組合員が業務上やむを得ず92日(水)および93日(木)に出勤したことに対して、就業規則の適用条項を示さずに懲戒処分を検討しているとして弁明書の提出を求めたことは不適切であったことを認め、撤回し謝罪する。

(3)A組合員の名誉と尊厳を回復するために、経緯を説明する文章を組合と共に作成し、全従業員に対してメールで送付する。

(4)今後、適切な環境においてA組合員が働けるように、一般社団法人社会的包摂サポートセンターとも協力しながら、情報提供のあり方など改善していく。

(5)不適切な出勤調整その他理事たちから人格否定を受けたことにつき、平均賃金の3ヶ月分を目安として慰謝料を支払う。

 

それに対して、129日にあった理事会から下記のような回答がありました。

 

「■20201112日の団体交渉で明らかになった点」について

「出勤調整は、「被害」の訴えをしたコーディネーターの出勤希望を先に尋ね、空いているところをAさんが埋めるという形で行われていた。」など、いくつか異論はあるが表現を修正して了としたい。

「■解決に向けた合意項目の案」について

(1)「公正さを欠く不適切な出勤調整を行った」など、表現について訂正が必要だが、概ね合意できる。

(2)合意できない。

(3)(2)と(5)を削除した内容で文案を再作成することになる。

(4)合意できる。

(5)合意できない。特に「その他理事たちから人格否定を受けたことにつき、平均賃金の3ヶ月分を目安として慰謝料を支払う。」は、いつどの理事から人格否定を受けたのか何も明らかにされていない。しかも平均賃金の3ケ月分の慰謝料を支払う財政的裏付けも法人にはない。

 

「正当な根拠なくA組合員を「ハラスメント加害者」として扱うなど人格を否定するような行為を行ったこと」に対する反論がないにもかかわらず、出勤調整が公正であったとの主張が繰り返され、また「弁明書」を求めた件についても撤回と謝罪が拒否されました。出勤調整の正当さが主張できないのに、調整方法や懲戒処分の検討が公正・正当であるとする理事会の主張は合理的ではありません。

 

しかも、9日の回答をきちんと文章にして一週間後を目安に送るという約束を理事会はしたものの、12月22日になっても文章は来ず、組合から催促して来た回答は以下のようなものでした。

 

1221日(月)の法人理事会の結論をお伝えします。

貴組合が作成した【経緯を説明する文章の案】を修正したり、作成することは法人

としてすべきではない。との結論となりました。」

 

これは、こちらが求めていた「回答」と呼べる代物ではなく、NPO法人京都暮らし応援ネットワークの理事会は、この問題に向き合うことを放り出したのだという印象を受けます。

 

理事会は、A組合員に与えた苦痛に対して向き合い、組合と誠実に交渉することを避け、自分たちの正当さばかりを主張して、その根拠を一切示さないという態度に終始してきました。人間らしい生活と労働の保障を求めることを目的に掲げ、どんな悩みにもよりそうよりそいホットライン事業を受託しているNPO法人京都暮らし応援ネットワークで、一労働者の権利を無視するようなことが平気で行われているのです。

 

ユニオンぼちぼちは、このような「NPO法人京都暮らし応援ネットワーク」の態度に対して抗議いたします。