学生さんのレポートを読んでいて忙しいのでひとことだけ。
この数年、主流秩序、スクールカーストなどにからんで「陰キャ」にふれる学生が多く、この言葉が広がっていることを実感する。80年代?の「ネクラ」に近い。簡単に人をそのような程度で切り捨てる。主流秩序に無批判ゆえの言葉だ。多くの学生は、自分もそれを使ってきたが、主流秩序との絡みで、そういう切り捨て方がおかしいなと思うと書くような概念の一つだ。
そしてもう一つの特徴が、SNSへの批判的な意見。 それはこのレポートが主流秩序に気づいた時点での反省的なものだから。
で、そこに出てくるのが「インスタ映え」ばかり考え、インスタなどに自分(たち)の幸せ自慢、楽しそう、リア充ぶり、を載せることの愚かさだ。
「いいね」の数を多くすることに躍起になること(底の浅い承認欲求)のむなしさや愚かさを書いている。(講義では承認欲求批判を伝えている)
自分もSNS依存、幸せ書き込みしていたが、そうした状況にいやになったというような人が多い。思い切ってSNSをやめたという人も数人いた。
少し主流秩序について考えるとそういうことが見えてくる。ある意味、頼もしい。
ところが先ほどテレビ(ニュース23)で、まったく無批判的に「インスタ映え」するところに行き、「インスタ映え」する商品を買うひとたちを紹介していた。 「インスタ映え」を消費活動に利用する企業。この程度で喜んでいる人たち。
愚かしいことにこの番組の一人の若いスタッフが嬉しそうに自分の「インスタ熱中」を語り、番組はそれに無批判的。 その人は「いいね」が多いと承認されているようでうれしいとか言っててあきれた。
消費主義へ、少しでも考える、あるいは学ぶという姿勢がないのはどういうことか。
情けない時代だ。 もう少し主流秩序論的な視点で、世の中を考える人が増えてほしいなと思う。