ソウルヨガ

主流秩序、DV,スピシン主義、フェミ、あれこれ

「君の名は。」について

 

この世界の片隅に」をみようと思てまちがって「君の名は。」を見てしまうという珍プレー勃発
かるく見るにはいいが、すごい作品でもなければ社会性もなく、いろいろなものの寄せ集め的な話。泣けることはなかった。「長く人を思う」というのは、僕は素敵な感情と思うが、そこに、若い世代のパワースポット好きとかと相性のよさそうな神秘やオカルト的なものを入れ込んで運命にするのは臭いなと思う。安易に防災訓練にしてたすかっというのも無理がある。助かるわけなかろう。
すれ違ってもわからないだろう。それでも思うってなら、もう少しはよかった。

以下のような批評もあるという。そういう意見があるだろうと思う。


園子温がシンゴジラ君の名は。を罵倒
園子温が『シン・ゴジラ』『君の名は。』を罵倒!「金儲け映画ごときで3.11を安易に暗喩にしたてるな」
酒井まど震災
2016.12.17

 

近年稀に見る邦画の当たり年と言われた本年だが、そのなかでも話題を一手に集めたのは『君の名は。』『シン・ゴジラ』の2本であることに異論はないだろう。『君の名は。』は興行収入200億円を突破でダントツの1位。そして、『シン・ゴジラ』も3位ではあるものの、通常の年なら邦画1位であってもおかしくない81億円を記録した。
 しかも、これらの映画はたんに観客動員数がすごいというだけでなく。マニアックな映画ファンや評論家たちも「新海誠はアニメの歴史を塗り替えた」「やっぱり庵野秀明はすごい」などと絶賛の声をあげている。

 

 そんななか、あの映画監督がこれらの作品を徹底的に罵倒して話題になっている。『自殺サークル』『紀子の食卓』『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』『地獄でなぜ悪い』などの作品により国内はもちろん海外で評価を受けている園子温だ。園子温は今月9日、突如こんな暴言をツイッターに書き込んだ。

 

〈糞ジャパアニメ、すべて死ね。〉
 そしてそれからさらに1分後、続けざまにこうツイート。
〈あとよ、怪獣映画のリメイクで儲けたクズどもも。〉
〈二度と怪獣映画のリメイクごときで現代の311を語るな、クズども〉(原文ママ
〈何か言った気になるなクズども戦後や311を安易に暗喩にしたてんな言葉を使うな〉(原文ママ
〈自主映画ならまだしもお金儲け映画ごときで現代は語れない。特にリメイク怪獣映画ごときで〉
〈リメイク怪獣映画は黙って金儲けサッポロビールでも飲んでろクズがいちいち何か言った気になるんじゃねえ黙って金儲けしてりゃいいんだよ。〉

 

 さらに、こんな捨て台詞まで書き殴るのだ。
〈俺は最初のゴジラ世代。愛してやまないゴジラを使って深刻なこの時代を金儲けもかねて世相なんかきってんじゃねえ、ならばちゃんとゴジラを使わずちゃんと新藤兼人はだしのゲン今村昌平見習って金儲けじゃない命はって作れボケ〉

これに対して、ネット上では『シン・ゴジラ』と同じ長谷川博己を主演で撮った園子温の怪獣映画『ラブ&ピース』(2015年)が興収5300万円だったことをあげつらい、園が嫉妬のあまり「中2病を発症」させたかのような批判ツイートが殺到している。
 しかし、園子温の怒りの言葉は、そういう卑近な理由から出てきたものではないだろう。園が『シン・ゴジラ』と『君の名は。』に共通する東日本大震災の描き方に我慢ならなかったのは当然ともいえるのだ。

 

 周知のように『シン・ゴジラ』では、ゴジラは遺棄された原発の放射性廃棄物に順応して生まれた怪獣という設定であり、第二形態のゴジラが陸上してきたときに東日本大震災を想起させる大津波が日本に押し寄せる。
 しかし、それらはあくまで観客のリアルな記憶を喚起するための仕掛けにすぎず、東日本大震災原発について何かを語っているように見えて、実は何も語ってはいない。

君の名は。』も同様だ。ヒロインの宮水三葉が住む糸守町が彗星によって壊滅するという設定、隕石が落ちたクレーターに張り巡らされた「立ち入り禁止」のテープ、フェンスなど、観客に震災や福島原発を思い起こさせるディテールがあちこちに散りばめられているが、それはファンタジー的な予定調和の結末に回収されてしまう。

 

 一方、園監督といえば、震災や原発という問題を「安易な暗喩」にしたてることなく、真っ正面から向き合ってきた。『ヒミズ』(2012年1月公開)では、古谷実原作漫画の映画化だったはずが3.11を受けて大幅に脚本を変更。全く別の作品につくりあげた。さらに、『希望の国』(同年10月公開)では、長島県という架空の街を襲った地震と、その結果として発生した原発事故により翻弄される人々に焦点をあて、「震災」を映画という表現でどう扱うべきかという問題に真摯に向き合っていた。

 

 妊娠中に原発事故に遭遇したことでノイローゼになってしまい、宇宙飛行士のような防護服で街を歩き避難先の周囲の人間から白い目で見られる家族。行方不明になった恋人の両親を探すため瓦礫だらけの街へ入っていくカップル。認知症の妻と牛たちを抱えた状況で避難区域からの強制退去を命じられ、やむにやまれず妻や牛とともに心中する酪農家の男。『希望の国』では、実際に起きたこうした過酷な現実が生々しく描かれていた。

 

このような作品をつくってきた園子音から見たら、『シン・ゴジラ』や『君の名は。』の原発東日本大震災に対する描き方は薄っぺらで、ユルすぎるもので、我慢ならなかったのだろう。いや、それどころか、物語を盛り上げるためのネタとして震災の記憶を利用しようというその姿勢は「被災地への冒涜」というふうに映ったのかもしれない。

 

 実際、園だけでなく、『シン・ゴジラ』や『君の名は。』の震災や原発への描き方について批判する意見は散見される。たとえば、生物学者の福岡伸一は「週刊文春」(文藝春秋)の連載で、『君の名は。』の設定が3.11を下敷きにしていることを指摘した上で、その展開について、こんな疑問を呈している。

「ならば、なおさらタイムスリップによって過去を変え“みんな助かった”ことにすることが、3・11へのオマージュになるんだろうか?」
 まさに正論だと思うが、しかし、こうした意見はしょせん異端に過ぎない。いまの日本の社会では、何かを見せているようでいて、むしろ、本当に見なければならないものを隠している描写こそが「押し付けがましくないリアルな描写」として評価され、それに異を唱える意見はそれこそ、今回の園子温のように「イデオロギーに凝り固まったいちゃもん」「中二病の発症」として排除されてしまう。

 

 そういえば、園子温はまるでいまの状況に呻吟するようなこんなツイートもしていた。
〈評論家のための評論しやすい映画ばかり。狙ってんのかお互い癒着して。革命家も産めない肉体のない言葉、、乾いた言葉を。去年見たSEALDSの何倍も何倍も薄めた小さなセカイ系とやら。セカイ系の正体は地球上の規模じゃねえ。このセカイの小さな島国辺境の、空想されたせ・・か・・い・・やめろ。〉(原文ママ

 薄まってるものばかりが評価されるこの世界で、園子温の言葉は果たしてどこまで届くのだろう。
(酒井まど)


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君の名は。新海誠石田衣良の「新海さんは高校時代、楽しい恋愛をしたことがない」の批評にキレた!
新田 樹
2017.01.09

 

近年稀に見る邦画の当たり年といわれた2016年。そのなかでも突出した話題作が『君の名は。』であることに異論を挟む余地はないだろう。現在では海外での公開も進み、今月4日から封切られた韓国では公開初日の興行収入と動員数で1位を獲得したとも報じられている。
 日本国内では、公開から4カ月以上経過しているのにも関わらず依然300館規模の上映が続いており、興行通信社調べによる16年12月31日から17年1月1日の2日間の全国映画動員ランキングでは、いまだ3位にランクインしているという驚くべき成績を叩き出している。


 細田守氏、庵野秀明氏と並んで「ポスト宮崎駿」などと呼ばれつつも、そのなかではオタク好み・玄人好みな作家という印象の新海誠監督だったが、『君の名は。』で一気にファン層を拡げることに成功した。
 そんな新海監督だが、新年早々、彼を激怒させる事件が発生した。怒らせたその相手は、『池袋ウエストゲートパーク』でおなじみの直木賞作家・石田衣良氏。
 その発端は、ウェブサイト「NEWSポストセブン」で公開された石田氏のインタビューだった。そのなかで彼は『君の名は。』が大ヒットした理由をこのように分析している。
「「君の名は。」の監督の新海誠さんも若い子の気持ちを掴むのが上手いと思いました。たぶん新海さんは楽しい恋愛を高校時代にしたことがないんじゃないですか。それがテーマとして架空のまま、生涯のテーマとして活きている。青春時代の憧れを理想郷として追体験して白昼夢のようなものを作り出していく、恋愛しない人の恋愛小説のパターンなんです。


 付き合ったこともセックスの経験もないままカッコイイ男の子を書いていく、少女漫画的世界と通底しています。宮崎駿さんだったら何かしら、自然対人間とか、がっちりした実体験をつかめているんですが、新海さんはそういう実体験はないでしょうね。実体験がないからこそ作れる理想郷です。だからこそ今の若者の憧れの心を掴んだのかも知れません。」


 これを受けてなのだろう、1月5日、新海監督は石田氏の名前を明言することは避けつつも、ツイッターにこんな文章を投稿。行間から怒りを滲ませていた。
〈最近は実に様々なお言葉いただきますが、なぜ面識もない方に僕の人生経験の有無や生の実感まで透視するような物言いをされなければならないのか…笑。いやもう口の端にのせていただくだけでもありがたいのですけれど!〉

 

いかにもリア充作家(最近ではハロプロのアイドルにハマったりと新海監督とは違った意味でオタク化しているが)らしい石田氏のステレオタイプな批評が、本人からも、また、監督のファンからも不評を買い炎上してしまったわけだ。しかし、実は、こういった批評があることを新海監督自身も前々から認識していた。
 たとえば、「週刊プレイボーイ」(集英社)13年5月27日号ではこのように語っていた。


「風景がきれいなアニメを「新海作品みたいだ」と言ってくれる方もいれば、童貞臭がする物語とかハッピーエンドじゃない物語も「新海っぽい」と言っていただけることもありまして(笑)。そういう童貞くささとか悲劇性を求めている人からすると、昔からリア充の人には僕の作品が伝わらないだろうと思われるのかもしれませんね」


君の名は。』以前に彼の代表作として挙げられることの多かった『秒速5センチメートル』が特に顕著だが、『ほしのこえ』でも『雲のむこう、約束の場所』でも『言の葉の庭』でも、一貫して彼のつくる物語の主軸になっていたのは、「運命の相手だと信じた恋人と引き裂かれていく過程を、(男性側のナルシシズムを多分に含んだ視点で)感傷的に描いていく」といったものだった。
 それを世間は一言で「童貞臭」とまとめたわけだが、その作家性こそが新海監督をカルト的な人気を誇るアニメ監督に育てた大きな要素の一つであることは間違いない。
 しかし、『君の名は。』という作品は、そういった従来の作家性の殻を破ろうと苦心した末に生まれた映画だった。『君の名は。』の脚本を執筆するにあたり、新海監督は川村元気プロデューサーを筆頭とした東宝のスタッフと徹底した脚本会議を行う。その際には、「これは無神経ですよ」、「気持ち悪いです」といった遠慮ない指摘を受けたとの証言も監督はインタビューで語っている。


「下手をすると無神経な展開になりかねませんので、そう思わせないための「回路」をきちんと作る。その点、脚本会議で「これは無神経ですよ」とか「気持ち悪いです」とかダイレクトに伝えてもらったことで、だいぶ助かりましたね」(ウェブサイト「ダイヤモンド・オンライン」16年9月22日付)


 そのなかでも特に、『何者』、『怒り』、『バクマン。』、『モテキ』、『悪人』、『告白』など数々のヒット作を生み出してきた川村元気氏とのやり取りは壮絶だった。大根仁監督が「悪魔」とまで呼んだプロデューサーと仕事をした苦労を監督はこのように語っている。

 

「会議には、たとえば川村元気という東宝のプロデューサーに入ってもらいましたが、彼は別に一行も書いてくれるわけじゃない。けど、たとえば「瀧が三葉になって目覚めるまでに20分もかかったら、ちょっと退屈しちゃうかもしれません」とか言うんです。あるいは、何カ所か設定したクライマックスのうち、「こことここの2カ所の間がちょっと離れすぎているから、ひとつにまとめたほうが泣けるんじゃないですか」みたいなことを言うわけですよ。(中略)「いや、ここに来るまでに相当、構成を考えたんだけど」みたいな(笑)。しかも、照れもあるのでしょうが、「ここで泣かせれば興収プラス5000万ですよ!」とか、冗談めかして言うわけです。それもカチンとくるんですけど(笑)」(「アニメージュ」16年10月号/徳間書店

 

 この試みが実を結んだのは、記録的な興行収入、そして、『君の名は。』がこれまで新海監督のメインの観客とは言い難かった若い女性からの支持を集めているというデータを見れば明らかだ。
君の名は。』という作品は監督にとってそのような意味合いのある映画であったのにも関わらず、それを批評する言葉として石田氏から相変わらず「たぶん新海さんは楽しい恋愛を高校時代にしたことがないんじゃないですか」という発言が出た。自らの作家性を「童貞臭」と自認していた彼が敢えてここで怒ったのはそれが理由なのではないだろうか?


 とはいえ一方でゲスな見方をするならば、「やっぱり学生時代に恋愛できなかったのがコンプレックスだから怒ったんじゃないの?」という思いも拭えない。では、実際はどうなのか? 前掲「週刊プレイボーイ」ではこんなことも語っていた。

「コミュニカティブ(話し好き)で何人もの女のコと付き合っていたりなんてことはなかったですが、逆に女のコとの総会話時間が10分で、その鬱積を創作活動にぶつけていたとか、そういったこともなかったんですよ。残念ながら中途半端な学生生活でした(笑)。両極のいずれかに突き抜けていれば、ネタとして面白かったんでしょうけどね」


 新海監督が学生時代を童貞のまま過ごしたのかどうかは本人にしか分からない。彼の怒りの真相は藪の中であるわけだが、前掲誌で彼は自身の映画についてこう語っていた。
「常に健やかな精神状態のリア充の方は、アニメを観なくてもいいんじゃないですか(笑)。僕の作品は救いを必要としていない人には不要なものかもしれません」
 少なくとも、石田氏が新海監督的な「救い」を必要としていないということは明らかになった。そんな一件であった。
(新田 樹)

 

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