ソウルヨガ

主流秩序、DV,スピシン主義、フェミ、あれこれ

三木清の主張

 

100分で名著で「三木清 人生論ノート」が紹介された。

岸見の解説で、かなり独自の見解も入れて紹介された。

私は、三木清が言っていることはそれほどすごくないと思う。まあまあのことを言っているに過ぎない。生き方としても体制に協力していた面もある。学者としての抽象性で、たいしたことないことを難しくいっているだけという面もある。

しかし、まあその基本スタンスは理想主義で、知性主義で、リベラル的と言えるだろう。

 

岸見はそれを、現代の人権侵害、ヘイトスピーチ、メディアや書き手の大衆操作、保身ゆえに真実に口をつぐむ姿勢、歴史修正主義などを批判的に扱って三木とつなげていた。

以下、あえて主流秩序と少しつなげた解釈。

 

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成功ではなく幸福 →主流秩序の上昇としての成功ではない「幸福」というものを見つけること

 

虚栄心への向かい方 →人と比較せず、自分で創造的に生きれば「だめな虚栄心」にとらわれなくなる

 

ヘイスピーチトなど憎しみへの向かい方 → 具体的な生身の人・個人を知ることで過剰な憎しみの妄想感情から離脱すること

 

思考のオートマティズムになっている → 主流秩序に従属して思考停止していることに対しては、ちゃんと考えろという

 

虚無の中で形成して生きていくしかない(人間個人は大海のなかのひとつの泡に過ぎない)

過去は具体的な生身の人間との関係で生きていたが、現代社会はインターネットなど無限とつながる中で自分が亡くなって孤独になっている。そのなかでの孤独・虚無感がひろがっている。

 

外的秩序=国家による秩序は、強者の支配。→そうではない、優しい「心の秩序」が大事という

 

三木は価値多元主義の危険性を意識して、土台になる価値を認めないといけない=価値体系が大切という。ヘイトスピーチとか集団洗脳とか、ニヒリズム(独裁の温床)にならないよう、人間存在を大事にする価値をベースにしないとだめという。

 

孤独に耐えることは生きる上で大切

孤独は感情でなく知性に属していなければならない→ 戦争(オリンピック)への熱狂から離れた孤独が大事という主張 

 

言ってもしょうがない、ではなく → 「私は希望を捨てることができなかった」(三木)

三木は生涯、理想主義者

 

 

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