事件をまとめ、「何が足りなかったか」について私の見解を書きました。最後に、京都のシンポジウムの情報を掲載しています。
2016年10月、東京都目黒区で、佐賀慶太郎容疑者(50)が元交際相手の中元志織さん(24)を、ストーカーしたうえで殺害し遺体をバラバラにして川や排水口に捨てたため逮捕された。
中元さんは2015年11月に、当時、アルバイトをしていた店で、客として来ていた佐賀容疑者と知り合い、交際を始め、2016年3月まで大田区にあった佐賀容疑者のアパートで同居していた。しかし、2016年5月ごろまでに別れたという。中元さんは2016年5月に現在のマンションに1人で引っ越した。
その後、中元さんは佐賀容疑者からストーカー行為を受けるようになった。7月には中元さんに暴力を振るったとして佐賀容疑者が暴行の疑いで埼玉県警川口署に逮捕されていた。
男が罰金10万円の略式命令を受けて7月27日に釈放された際、中元さんに近づかないとする書面を川口署に提出させられていた。
川口署は、中元さんと警視庁目黒署に経緯を説明し、目黒署は中元さんと連絡を取り合うようになった。
目黒署は中元さんに住居や連絡先を変更するよう指導したが、中元さんは引っ越し代を工面できないと話し、また佐賀容疑者から行政書士を通して交際時に支払われた現金の返済を請求されたことも打ち明けた。佐賀容疑者がかつてのアルバイト先を訪れて自分を探っていることなどを訴え、事件のおよそ1週間前まで4回にわたってストーカー相談をしていた。しかし警察は、実家やホテルなどへの避難を助言するばかりだった。
男は、8月に内容証明郵便で、「交際時にかかった200万円を返せ」と要求したが、中元さんは、身に覚えがないため弁護士を通して送り返していた。目黒署の指導で弁護士に対応を依頼していた。
男はこのことについて怒って直接話をして「借金の話をつけよう」と考え、9月16日夜に女装して中元さんマンションで待ち伏せし、部屋に入り込み、借金を返せといってガムテープで中元さんの手足を縛ったうえで、怒って刃物で刺して彼女を殺害した。
脅かすつもりで粘着テープで縛ったというが、これ自体異常で、DV的暴力的だ。ガムテープを準備していたということは縛る計画性を持っていたということだ。
その後その遺体をバラバラにして9月17日から20日ごろにかけて荒川や利根川や中元さんの自宅の排水口などに捨てた。その後部屋に2日とどまって入念に証拠隠滅の行動もとっていた。中元さん宅近くの量販店で切断に使った出刃包丁や清掃道具やバッグ数個を購入したり、レンタカーを借りたりしていた。
◆200万円貸したといっているようだが、「交際時にかかった200万円を返せ」と内容証明郵便で書いているので彼女に使った金のことだろう。「付き合っていた時の金を返せ」というのは、粘着性の加害者がよく持つゆがんだ考えだ。たとえば指輪やバッグなど高価なものをプレゼントしていた場合、フラれたあとでその金を返せというのは、器の小さい人間、粘着性のDV/ストーカー的な人物がよく持つ「被害感情、復讐感情」だ。だがもちろん交際時のプレゼントの代金などを返す必要はない。身勝手な理屈に過ぎない。金を返せということ自体が相手への嫌がらせであり攻撃であり、DVといえる。
◆今回も警察の対応が不十分だったと言わざるを得ない。
佐賀容疑者が7月に暴力をふるったことからも危険人物と認定すべきだったし、8月の「金返せ」というのも、近づかないという誓約書に反しているし、加害者的発想が明らかなのだから加害者に直接接触して警告するべきだった。
それなのに警察は加害者に何もしていない。女性が4回にわたって相談に来ているのに、ストーカー行為をしたことを警告しに男に連絡も接触もしていない。
9月12日に、佐賀容疑者がアルバイト先に出没して中元さんのことを聞きまわっていると伝えた時にも、警察は店から男の携帯番号を聞いて調べていたが、それが遅くて、その番号が佐賀容疑者の携帯電話と把握するまでに時間がかかり、担当者がメールを開かなかったために、事件に間に合わなかったという。危機感が欠如していたが故の結果だろう。
警察は「女装した人を見かけませんでしたか」と聞き込みを事件の1か月前にしていたというのに、危険性の把握で完全に間違っていた。朝日新聞報道では「警視庁は2人の交際トラブルを把握していたが、佐賀容疑者の行為はストーカー行為のための前兆であり、緊迫性はないと判断」していたという。
殴って有罪になっているし、接近しないと約束させたのに文書で金を返せと怒っているのに、どうして「ストーカー行為のための前兆であり、緊迫性はない」などといえるのか。完全に間違いだ。
勤務先や電話番号、住居などを変えるようアドバイスしていたというが、簡単に職場を変えられるはずがない。引っ越しなども簡単にはできないし、会社も知られているからどうせ見つかる可能性も高い。だから他の対策も講じるべきだった。転職や引越しをいうだけでは全く対策になっていない。
実際、中元さんは「お金を工面できない」といってそれは無理と答えていた。ならば、近所を見回ること、加害者である男に接触し、話を聞き、警告し、カウンセリング(加害者プログラム)などにつなげるべきだった。
だが、今回も加害者には全く接触していない。そこが決定的に欠如している。今のストーカー対策が、被害者に接触して、大丈夫ですか、と聞くことと、危なければ逃げなさいというだけなので、事件が続いている。加害者に接触して危険性を把握するとともに、監視、警告し続けることが大事だ。
9月12日、中元さんから「佐賀容疑者がアルバイト先に来て、自分のことを捜しているらしい」と目黒署に相談があったときが、事件回避の最後のチャンスだった。完全にストーカー行為をしているので、警察はすぐに男に会いに行って事情を聴き、警告すべきだった。
警視庁の「被害者のアクションがなかったことはあるが、結果として残念だ」「命を守れなかったのはじくじたる思いで残念だ」というコメントは責任逃れであり、何が足りなかったかを真摯に明らかにしていない。だからまた事件は繰り返されるだろう。
警察庁などは、これまでも事件が起こるたびに「被害者の安全確保を最優先にしろ、認知段階からの組織的な対処を徹底しろ」といったことを全国に伝えてきた。2016年5月に音楽活動をしていた女子大生が刺され重傷を負う事件でも、そうした意識改革を呼びかけていたが、また今回の事件を防げなかった。
******
11月26日、京都でのストーカーシンポジウムでは、こうした点について、警察がどこまでできているか、何が足りないかを話し合いたいと思う。
私は『デートDV・ストーカー対策のネクストステージ』(解放出版社、2015年)で上記の様な事を提言しているが、この認識が全く広がっていない。
*************
京都のシンポジウム案内
ストーカー事案再発防止シンポジウム
平成28年11月26日(土)午後2時から午後5時まで
場所 ウィングス京都大ホール(定員約200名)
主催 京都府警察本部、ストーカー事案再発防止研究会
◆基調講演
NPOヒューマニティ 理事長 小早川 明子 氏
演題「加害者が無害な存在に変わることを目指して」
◆パネルディスカッション
コーディネーター
DV加害者更生の専門家、加害者プログラムNOVO 伊田 広行 氏
パネリスト
⊿ 逗子ストーカー殺人事件遺族 大学教員 芝多 修一 氏
⊿ NPOヒューマニティ 理事長 小早川 明子 氏
⊿ 北海道警察本部生活安全部管理官 警視 田村 厚己 氏
⊿ 京都府警察本部生活安全対策課長 警視 有吉 卓也 氏
主旨
本パネルディスカッションでは、小早川氏の基調講演を受け、テーマである「ストーカー事案の再発防止及び未然防止対策」を効果的に推進するため、逗子ストーカー事件の御遺族である芝多氏、ストーカー加害者の精神的アプローチを先進的に行っている北海道警察、また、本シンポジウムの主催であり、ストーカー事案再発防止に取り組んでいる京都府警察、更には基調講演をされたストーカー対策の専門家である小早川氏にも入っていた だき、今後、ストーカー事案の再発防止及び未然防止のためにどのような取組を推進すべきかなどについて議論し、今後のストーカー対策に活かしていきたいと考えている。