ソウルヨガ

主流秩序、DV,加害者プログラム、スピシン主義、フェミ、あれこれ

ジャニーズ性暴力問題の4つの性質ーーー主流秩序とジャニーズ事務所の問題

 

ジャニーズ事務所問題は、主流秩序の観点を入れることで深く検討できる。メディアの多くは、薄っぺらな対応で無責任に終わらせようとしている。

 

2023年5月、ようやくジャニーズ事務所藤島ジュリー景子社長が、BBC放送や、かつての所属タレント(カウアンさん、二本樹顕理さんなど)からの性加害の告発を受けてジャニー喜多川氏(2019年死去)による性加害問題に対して公式に文書を発表し、一定の謝罪をした。だが、裁判も行われ、ずっと問題にされてきたのに、「自分は知らなかった」とまた嘘を言った。

その後、外部専門家による「再発防止特別チーム」が23年8月29日、喜多川氏が多数のジャニーズJr.に対し、長期間にわたり性加害を繰り返していたという事実を認定した。特別チームは、喜多川氏が事務所内では1970年代前半から2010年代半ばまで、ジャニーズJr.の少年たちへの性加害を繰り返したとし、少なくとも数百人の被害者がいるとの複数の証言を得たと発表した。さらに、その後、ジャニーズ事務所は9月7日、記者会見を開き、よる性加害の事実を正式に認めて謝罪し、問題を放置してきた責任を取って、藤島ジュリー景子代表取締役社長(57)が辞任したこと、所属俳優・東山紀之(56)の新社長就任を発表した。しかし新社長含めて、何となく噂とかは聞いていたが詳しくは知らないままだったというスタンスのままで、会社名も「ジャニーズ」を残すとした。

 

「知らなかった」というのはナチスユダヤ人虐殺をした時にも多くの人が言った言い訳の典型で、主流秩序に従属した姿勢の典型である。じつは知ろうとしていなかったし、知っても見ないことにし、考えるのをやめることを選んだ人が言うのが「知らなかった」である。

会社を運営していたトップ、ジャニー喜多川、会社運営の責任者であったメリー喜多川だけでなく、ジュリー景子などは最大の責任があるが、それだけでなく、その他、ジャニーズ事務所の全社員、そして年長者のタレントなどが「まったく知らない」ということはあり得ず、取締役やマネージャーであるなか、追求しない無作為の選択の責任、結果責任もあり、沈黙によって加担したという事例である(責任の正しいとり方についてはこの後で簡単にまとめる)。

 

若いタレントは被害者であるが、一定期間、事務所に所属していた年長のタレントは、知りながら何もしなかったという点でやはり重い責任がある。

またこの問題(SMAP問題でも)では、多くのメディアが、ジャニーズ事務所に忖度し、まったく報道自体をしてこなかった。また、ジャニーズ事務所から出ていったタレントや批判的なタレントをメディアは使わないことが多かった。これは自分が気に入らないものを攻撃するパワハラである。

この点で、芸能活動(出演)を制限・妨害されたタレントたちはパワハラ被害者である。

9月記者会見で質疑応答で示されたこと

テレビ朝日ミュージックステーション」で、同事務所からの“圧力”があるため、男性アイドルとしての競合に当たるDa-iCE、JO1、INI、BE:FIRST、DA PUMPw-inds.らが出演できなかった。

また元SMAP稲垣吾郎草なぎ剛香取慎吾による新しい地図が地上波に復帰するまで時間がかかった

King & Princeを脱退し、「TOBE」に移籍した平野紫耀神宮寺勇太、IMP.の今後の地上波出演がどうなるか

 

テレビ、雑誌、新聞、通信、などのマスメディア、芸能・音楽業界、広告関係者、スポンサー企業の姿勢などは、明示的圧力だけでなく、忖度含めて、事件を報道しなかった責任だけでなく、パワハラへの積極的加担責任がある。週刊誌報道や裁判などで事実がかなり明らかになっていたのに、無視してジャニーズを美化し続けたために、新たな被害者を生み出し続けたと言えよう。

その総括や謝罪、第3者委員会による検証や処罰は、テレビ局などメディアからは、23年9月末段階でなされていない。沈黙してきたり、ジャニー喜多川を美化・神格化し続けたタレント自身の真実を余すところなく語った反省や謝罪もない。

そしていったんほかのテレビ局やスポーツ新聞などが報道すると横並びでいっせいに一般論で報道してすまそうとしている。自分で判断せず、事なかれ主義で、無責任の極みが続いている。

勇気をもって告発したものが出てきたことや、SMAP問題の絡みもあるので、まさに主流秩序への従属や加担や抵抗の問題である。そこで以下の図を23年5月に作って講義でも紹介した。

 

 (2023年5月作成)

 

  • この問題の多面性と深い問題性

 

講義では、SMAP問題を契機に、昔からこの問題にも言及してきたが、ようやく動いてきた。主流秩序は個人の行動によって変えることができるという例としても見ることができる。

***

なお、元NHKで現在はフリーランス武田真一アナウンサーは、最初の段階で、例外的に、伝える側のメディアにもその責任があるという見解を少し踏み込んで示した。武田アナは「私も報道の現場に長くいましたけれども、この間、こうしたことで、ニュースとして伝えるべきことなのかどうかということをですね、突き詰めて議論したり、考えたりすることをしてきませんでした」「藤島氏が、自らも積極的に知ろうとしたり追求しなかったことについて責任があると考えているとしていますけれども、同じ責任を伝える側としても今感じています」と述べた。

23年9月11日NHKは,不十分であるが、なぜこの性加害を報道しなかったかを考える番組を制作した。内容は途中段階で浅いものだったが、検証を始めようとしている点は評価できる。他の各局は、検証番組を作ったり第3者委員会を作って、局の対応の何が問題だったのかを明らかにする責任を取ろうとしていない。

他のテレビ番組はコメンテーター含め沈黙したり他人事のように語り、自分たちの深い不快パワハラ加担責任については言及しないか、少し触れてもあいまいな一般論でおわらせている。

 

「なぜ知ろうとしてこなかったかというと、大手ジャニーズ事務所のことがあるので意識的にこの問題には触れてはいけない(触れると自分・自社の立場が危うくなる)と考え、長いものに巻かれ、臭いものにふたをした」「ジェンダーや暴力に非常に鈍感で、これが大問題と思わない感性だった」「とくに男性の性暴力被害というものを軽視して、暴力と思っていなかった」「思考を停止して、触れないでおこうと思い、誰も会議で提起しないことにも問題と感じる能力がなかった」

「タレントが多くテレビ局にかかわっているので、SMAP問題や性加害問題にふれると、ジャニーズのタレントが出てくれなくなると、そんなことになると自分の責任が問われるので、悪いとも思わず長いものに巻かれるのは当然と考えた」「ジャニ担がいてテレビ局や雑誌などはジャニーズに依存し言いなりになっていた」と正直に反省を語る点で、まだまだ不十分である。

23年9月段階でも、SMAP新しい地図」3人などを使わないなどのパワハラへの加担をちゃんと総括していない。「メディアの沈黙」だけに焦点を当てること自体が、主流秩序の観点からは間違っているのである。

 

また「報道してこなかったことに責任を感じている」と決まり文句を皆言うが、誰も具体的にどう責任をとるのか(各放送局も第3者委員会を設置して報道しなかったことの原因を調査すべきだし、処分や再発防止策を示すこと)はまったく示していない。

隠ぺいするときも、現在のように一定の報道が始まるときも、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という無責任・思考停止で主流の流れに沿うだけの姿勢を続けており、その意味でじつは、主流秩序への加担の反省など全くしていないのである。主流秩序に従属してきたという自覚すら持てないのである。

口先だけで反省を言う(だが実際は何の責任も取らない)のは安倍元首相を典型として政治家がよく使う手である。真に責任をとるというのは、なぜ自分がそうした誤った選択をしたのかを分析し(組織としては調査し)、今後はその道を選ばないためにこのように、単に個人の意識啓発でなく、「ここをこう変える」という再発防止の組織的制度的具体策を示し、過去のことに対して適切な処分や辞任、謝罪や賠償をすることもすることである。「遺憾である」「責任を感じている」「お詫び申し上げます」「今後再発防止に努めます」と口先で1回いえばすむような話ではない。

 

今回、告発する人や報道する人(BBC)が動いて主流秩序が動いた、変化したということで、このケースは、主流秩序に従属する人がほとんどで時間がたったが、勇気を出して真実に向かう人が出てきて動いた。BBCという海外メディアの影響が大きく、それに続いて実名告発したカウアンさんの動きが大きかった。

 

  • ジャニーズ問題の4つの性質

 

ジャニーズ問題とは何か。それは一つは、性加害/被害問題、特に特に男性の性被害の軽視問題である。その背景には、もそものジェンダー問題への鈍感さ 性暴力の軽視がある。ニュースで報道すべき問題と思っていなかったというのは、分野の分担問題ではなく、人権意識の問題である。「セクハラ」「レイプ」は問題とされていたのに、「男性への性暴力」という視点さえなかった問題。(男性への性被害に認識が甘かったのは、私・伊田にもある問題)

 

それに加えてメディアが報道しなかったという「メディアの沈黙問題」。これが2番目の性質。自粛・委縮・忖度などと言われている。加害が世間に知られることに対し、ジャニーズ事務所は隠ぺいを図ってきたのであり、それに従って沈黙したことは単に「報道しなかった」というより、「性暴力隠ぺいへの加担」である。だがこれをいうだけでは浅い。

 

ジャニーズ事務所性暴力問題の4つの側面

1:性暴力問題、ジェンダー問題への鈍感さ、特に特に男性の性被害の軽視

2:配慮・忖度によるメディアの沈黙、性暴力隠ぺいへの加担

3:芸能界・メディアへのパワハラ(非ジャニいじめ・排除)とそれへの加担

4:「成功のためには汚いことには目をつむるしかない」という価値観

 

3番目の性質は、パワハラ問題(《非ジャニ》いじめ・排除)である。ジャニーズ事務所ににらまれたタレントたちをいじめる、排除する、使わない、テレビやラジオや雑誌に登場させない、という、パワハラ=人権侵害に多くの人が加担したという問題である。これは、性暴力報道沈黙とは根っこでは繋がっているが、一応性質的には別問題である。

ここが理解されていないというのは、ここは、主流秩序に加担した自分の責任の問題の側面が特に大きいので、多くの人は認めたくないのである。だからここにかかわることを少し言及しても、「仕方なかった」というニュアンスで語っている。

 

例えば、NHK[クローズアップ現代]が、ジャニーズ事務所が文春を名誉棄損で訴えた裁判において最高裁で高裁判決[1]が確定したころに、それを報道・考慮しなかった人たちに聞き取り調査をした。そこでかかわった人が語るのは、深い反省ではなく、仕方なかった系のいいわけであり、また本稿の「4つの性質」に関わる人権意識が非常に低いことを示す言葉であった。

 

NHKや民放の元職員や現役職員の言葉

*スポンサーへの配慮から、ジャニーズはさわらないと思ってやり過ごした。営業・スポンサーにかかわるからアンタッチャブルと思い、思考は停止して疑問もたなかった。

*逃げたほうがいいなという打算をして報道しなかった。

*警察が捜査・逮捕しなかったので、報道しなくていいと思った。

*ペン(真実報道)よりパン(利益)の方をとっので、責任は少しある。

*重大な問題だというセンサーがなかった。許せないことだという意識がなかった。

*裁判のことはしっていたが、出演の判断に影響を与えることはなかった。

*売れているタレントをキャスティングしたかった。

紅白歌合戦の視聴率が低迷していたので、人気あるジャニーズを起用した。芸能は見てもらって視聴率が一番大事という考え。

*今は、若い子供たちを傷つけた点で、マスコミは加担したといわれて、反省し猛省する。

*裁判を理由に「ジャニーズの起用どうしようか」などと言えば「お前、おかしいんじゃないの?」と言われるような時代だった。

*性加害については、「そういうこともあるのかな」くらいのレベルでとらえていて、上からも現場からも懸案事項として議論に上がったことがない。

*(90年代、喜多川と親交があった元プロデューサー)「ジャニーさんの家に子供が泊まっているのは知っていたが、“えげつない世界”や、“性的な部分”は知りたくないと思っていた。視聴者獲得のために、清濁あわせて飲んでやってきた。

*ジャニーズが使えなくなったら、ドラマも止まり、番組もできなくなり、どうするのか。考えるまでもなくNOだ。(民放社員)

*ジャニ担という御用聞きがいて、その人物以外はジャニーズの話題に触れてはいけないし、マネージャーに電話もできない状態だった。もしクビ覚悟で取材できたとしても、放送はできなかったと思う。(民放)

*ジャニーさんはまじめな人柄で、ジュニアたちのことを真剣に考えていた。事件化されて大々的に報道されていなかったので、ジャニーさんを責める人はいなかった。

*芸能ネタは、民法や週刊誌に任せてておけばいい、newsにする基準に達していない、NHKの報道では扱わないという考え。

*(芸能担当)「自分たちのカバー範囲という認識はあったが、文春報道に対しては「芸能界の内輪の話だよな」と思っていた。

*(クローズアップ現代関係者)「当時、性犯罪事件だという認識が欠落していた。」「あの世界はそういうものなんだという認識で、クロ現でとりあげようとはならなかった。芸能の世界はきれいごとばかりではなくて、俳優の起用も判断基準があいまい。監督などの好みによるところが大きいから、芸能界とはそういう世界だと思っていた。」

 

◆なお、NHKを退職後、ジャニーズ事務所の顧問をしている人物(元理事)に取材しても回答はなかった。

 

つまり実態は、性加害を報道しなかっただけでなく、 各テレビ局などは「ジャニ担」を置き ジャニーズに反発した人、ジャニーズを批判する人、ジャニーズ事務所を出て行った人、そういう人を徹底して差別した。その種の意見を世間に見せないようにした。隠蔽である。 その方針を、明示的暗示的に空気として形成し、それを各テレビ局や雑誌に事実上伝え、「こっちの言うことを聞かずに そういうやつらを扱ったら、もううちのタレントを出させないぞ」 という脅しを事実上かけ続けていたのであり、それに積極的に加担していた人が多くいたのである。

それはSMAP問題でも明らかであった。そしてそれと裏表関係にある言動が、ジャニー喜多川・讃美である。面白い人、素敵な人、すごい人という逸話を多くの人がテレビなどで語ってきた。批判どころか美化である。

そこを第3者委員会で解明し、組織で加担したものを「処罰する」(様々なレベルのなんらかの責任をとらせる)ことが必要であるが、それをしないのは、またまた「みんなで真実を隠蔽し、一億総ざんげ的に一般論を言うだけにし、無責任にことを終わらせよう」としているからである。ひとことでいえば、「自分の加害責任を認めたくない、責任をとりたくない」からといえる。事実調査も、責任も処罰もなく、口先だけで謝って事を終わらせ、前からの構造はそのままにする。まさに、主流秩序の構造を維持したままの対応の典型である。

 

90年代のある時以降、どこまで毎回圧力や脅しをジャニーズ事務所がかけていたかは不明であるが、DVがそうであるように、「怖い相手の言うことをきく」状態は、支配状態なのである。以前に殴って怖さで支配した後に、殴っていなくても相手が言うことをきいているのは、DV状態継続なのである。

それと同じように、ジャニーズ事務所が何も言わなくても、「脱ジャニーズ」(非ジャニ)のものを使わないのは、パワハラ=支配関係が続いているということである。それが毎回毎回言われたかどうかは、問題ではないのである。 少なくとも過去に圧力的に言ったことは 誰もが認めている[2]。 そしてそれが続いているのである。

記者会見では、「忖度があった」「どうしてかなとおもった」といっていたが、芸能界で先輩的な地位になったらその「ジャニーズ事務所の帝国化=パワハラ放置」には、主流秩序への加担責任が伴うのである。「そういう、なんかへんなことが続いているなあ」と思っているだけで何もしなかったのは、「強いものに逆らったやつはこういう冷遇扱いをされるんだ」という空気を再生産していたのである。

 

ここを深く反省しないで、いまだ、ジャニーズタレントを無批判に使い続けるのは、主流秩序に従属した姿勢である。

この3番目の話は、2番目の性質とともに、一般化すれば、主流秩序に合わせる(抵抗しない)のは、「主流秩序は変わらない」「芸能界てこういうもんだ」「食っていくためには仕方ない」「自分のような一個人が抵抗して何とかなるもんじゃない」「俺は組織人だから」「私には家族がいるから」「会社の仲間を裏切れない」「清濁併せ呑む」などというお決まりの考えで、自分の加担を正当化する問題である。

上記、NHKや民放の「担当者の証言」には、そのような意識がにじみ出ているものが多かった(考えるまでもなくNOだとか、アンタッチャブルと思ってからは思考停止、深く考えないというような発言など)。メディア人の矜持などないのか、自分の頭で考えるという力がないのか、と思うほどの質・意識の低さである。

 

第4の性格は、以上に絡むが、「成功のためには汚いことには目をつむるしかない」という価値観の問題である。有名タレントとして売れて成功すること(成功したトップアイドルになること≒有名人になりモテて、金儲けができる)が何より価値あることだ(至上的価値)という価値観にとらわれていることの弊害が出ている問題だということである。

 

つまり、もし主流秩序への批判的な意識が醸成されていれば、そして適切な性教育がなされていれば、性被害者が悪いとか恥ずかしいのではないと分かり、悪いのは加害者だと確信を持て、嫌なことをされたら逃げたり告発したりしやすいが、アイドルとしてトップになって金儲けできるようになるめには、どんな犠牲もいとわない、嫌なことにも耐えなくてはならない、世の中なんてそんなもんだ、と考えるようになっていれば、「性暴力も我慢して受け入れ、黙っておこう」「成功には犠牲がつきものだ」「強大な人には逆らえない」となる。性被害は恥ずかしいことだし、受け入れてしまった自分が悪いと思って、告発もできなくなったり、自分を責めて病的に傷ついたりする。

もちろん、このことは世界的にセクハラがある構造とよく似ている問題である。日本中で若い人にそうすべきであるように、若いタレントに対しても、「アイドルとしての成功や金儲けがすべてにまさる価値だ」「すべては“やるか、やられるか”の競争で、他者を蹴落として、勝ち組になるしかない」「世の中は汚さや、闇・裏社会はあり、金や権力ある者には屈服するしかない」というような考え方が“ゆがんでいる”という教育をしなければならないが、そうなっていない。そういうことを学校で教えているかというと教えていない。

この講義のような授業が一体どこでなされているだろうか。そこに付け込まれて、他者を蹴落として自分が成功するには、「ジャニーさんの希望に逆らったらだめだ」と思い、隠蔽が長く続いてきた問題というとらえ方も必要である。だがそうした指摘はほとんどないのではないか。

***

以上の話を少し別角度からもまとめておく。

「性加害については、報道系の自分の仕事ではないんじゃないか」と思い、見過ごしてきたという反省の言葉を言う報道人は一部いるが、それも不十分な反省で、その意識の背景には、「ジャニー喜多川の性の話は芸能界のゴシップであり、ゴシップというのはレベルが下の話で、政治などの社会問題から見て扱うに足らない些細などうでもいいことであり、「性暴力」とか「セクハラ」という範疇でさえとらえず、特に男性のそれは、女性の時以上に軽視していた」という重大な人権意識の欠如・低さの問題だったのである。

 

報道が徹底的に権力チェック含めて不正や人権問題に切り込むという意識が低く、会社とかテレビ局とか、芸能界とか、そういうものとの絡みを意識して自己保身をはかり、大きな主流秩序に立ち向かうような勇気も思想もない、ただ、組織に従属し、「大きなものには逆らわないでおこう」という恥ずべき生き方をしていた問題であるという総括をすべきなのに、そこまでいかない。

だから本当に反省はしていないし、今後も似たような問題で又自己保身の道を選ぶ人がほとんどなのである。

 

このジャニーズ事務所問題の処理の仕方から浮かび上がるのは、今後、より大きな力が働く【戦争】という大テーマで社会が大きく動くときに、戦前の報道陣、アナウンサーたちが軍部の一部のように戦争に協力するサラリーマンになったように、今後も、大きな流れに逆らわない、長いものに巻かれるだけでいい、それどころか積極的に、それに加担して上昇しようとするものが出てくるであろうということである。

ジャニーズ事務所と仲良くなって、出世したものがいたのと同じである。

 

 

  • 主流秩序の観点で加担の程度を見極めることが大事

 

以上のような、主流秩序に絡めて広く深く考えないと、この問題は芸能界の小さな問題で、ジャニーズのアイドルたちは巻き込まれてかわいそうだと思ってしまう。いまだ、ジャニーズ事務所が悪いと思ってていない人がいる。そこの所属タレントはだれも悪くないと思っている人がいる。だから事務所名を残そうとか、タレントを起用し続けようという話になる。

***

上記の図を作って以降の問題の展開を踏まえて、詳しく、主流秩序に加担や抵抗する程度で分類したものが以下である。こうした観点で、責任の程度を見抜き、どう動いているかを見ていくことが必要なのである。それなしに、またまた主流の流れに身を任して、一般論で逃げたりするだけなら、それはまた同じことを繰り返していると言えよう。今、特に必要なのは、各放送局や雑誌など各社それぞれで第3者委員会を立ち上げて究明していくことである。

以下、主流秩序への加担の程度で「ジャニーズ事務所問題への4つのスタンス」をまとめておく。上記の5月段階の図の変更である。

 

【1:積極的加担】主流秩序に一番積極的に加担した、一番責任の重い人々

性加害を積み重ね、隠蔽してきたジャニー喜多川

メリー喜多川藤島メリー泰子氏が性加害を知りながら徹底的な隠蔽を図り、事務所も見て見ぬふりをして被害拡大を招いた)

藤島ジュリー景子社長(文春裁判時も当時も取締役)

ジャニーズ事務所のスタッフ全員、特に上層部、長年社員である人(ジュリーと双璧だった飯島氏含む)

タレントでも力のある上位の人(幹部系、ベテラン、報道にかかわった人)

ジャニーズ事務所とつるんで、積極的に問題を隠蔽してきたり、黙殺・傍観してきたものたち、および、ジャニーズ事務所が嫌いな「脱ジャニ」を使わないという形で、パワハラに加担した者たち全員(テレビ、雑誌、新聞、通信、などのマスメディア、芸能・音楽業界、広告関係者、スポンサー企業の姿勢など)

特にジャニーズ事務所と近い距離で懇意にして自分が出世・活躍してきた者たち、ジャニー喜多川を美化してきた人たち(ジャニ担やジャニーズ事務所を持ち上げる芸能レポーターやプロデューサー、ディレクターなど)

23年年にここまで問題が大きく発覚しても、タレントに責任はないから使い続けるなどと言っている組織(テレビ局など)や人(芸能人やコメンテーター等。ファン)など[3]

*ネットでジャニーズ事務所・性加害問題に対して、ジャニーズ事務所擁護の立場で批判的な意見に誹謗中傷を書き込む人たち

ジャニーズ事務所が文春を名誉棄損で打立てた裁判で、ジャニーズ事務所側についた人

*この問題のことを知っているのに、何も発言も行動もしないままタレント活動を続けているジャニーズ事務所の人(タレントだけでなく、マネージャー、職員など含む)

⁺23年5月段階で、BCC放送やカウアンさんの被害告発があった後に、『それは嘘だ、偏ている』などというスタンスをとった人、山下達郎のように批判した人を排除することに加担し、ジャニーさんにはいい面があったと発言するような人たち(いいところがあっても、性暴力はだめ)

*積極的にこの問題の事実解明に抵抗する人、第3者委員会設置に反対する人、調査に応じない人

*2019年にジャニー喜多川が死去したときに美化・賛美するような追悼番組作ったり、発言した人たち(タレント含む)

安倍晋三などジャニーズ事務所を美化し利用してきた政治家[4]

 

【2:消極的加担・傍観者系】

*この問題に関心を持たず、ただジャニーズタレントが好きというだけで、何の変化もないままのファン。まったく無関心で、まさかジャニーズ事務所がそんな悪いことするはずないと素朴に思う人々、そんなのは嘘だとおもってジャニーズ側の肩を持った人(ネット、ファン)

*一般的な反省の弁を出して事を終わらせている各放送局やメディアなど(第3者委員会作手の事実解明をしない組織)

*この問題で(本当に見聞きしたりしてなくて、かかわりもないようなところにいるなかで、消極的に)沈黙したひと(社員、タレント、メディア関係者、被害者)

SMAP問題での中居、あいまい姿勢

*(今後)東山紀之新社長と井ノ原快彦さんの2人が事務所改革不十分、社名もジャニーズ事務のままの場合

 

【3:主流秩序を変える方向で動き始めた人たち】

*検証を始めたNHKクローズアップ現代」(23年9月放送)のスタッフ

*「メディアの沈黙」などを反省し考え始めているメディア人。過去報道しなかったことを反省と表示した人

ジャニーズ事務所という組織が問題あるので、あそこのタレントの起用をやめた企業・番組等(経営観点や、責任逃れとしても)+積極的には今後使わないという程度の消極的な態度含む

ジャニーズ事務所の若いメンバーで、発言などしないが、少し(うまく)抵抗した、従わなかった、逃げた、疑問を持ったひとたち、ジャニーズ事務所をやめていったタレント

SMAP問題での草薙、香取、稲垣、(および解決に向けて努力した中居)

*この3人を出場させたメディア関係者

*明確に性暴力への加担は指摘しないが、一般論としてジャニーズ事務所問題に言及する人

*(今後)調査に正直に応じる人

*(今後)東山紀之新社長とジャニーズ・アイランド社長の井ノ原快彦さんの2人が、解体的な事務所のスタイル変更へリーダーシップを発揮して改革を進めた場合(過去の加担責任を解明し、誠実に謝罪し賠償していった場合、脱ジャニーズのタレントたちと共演を進めていった場合)・・会見では井ノ原さんには正直さが一定あった。

 

【4:主流秩序に勇気をもって闘いを挑む人たち】

*1999年10月から、喜多川による所属タレントへの『セクハラ』についてキャンペーン報道を展開した週刊文春、同じような立場の記者たち

*告発本などを出し、この問題を追求・告発し続けてきた人(1988年、フォーリーブスのメンバーだった北公次さんが、著書で喜多川氏の性行為強要に言及)

*「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の活動をしている人たち

*メディアに出て被害を発言している人

*2023年:3月に喜多川氏の未成年者への性的虐待疑惑を取り上げた、約1時間のドキュメンタリーの番組の放映をした英国公共放送BBC

*被害の訴えを最初に顔出しでした元ジャニーズJr.のカウアン・オカモトさん

*ファンらでつくる「PENLIGHT(ペンライト) ジャニーズ事務所の性加害を明らかにする会」:ヒアリングを望まない人を尊重しながらも検証ができる方法を求めたほか、当時タレントと接していた社員に対して、性加害を知らなかったのかどうか調査するよう要望書発表

*なぜこうなったかを深く検討しようと動き始めた人たち

*日本政府に被害者救済を要請した国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会

*調査結果と提言を発表した、事務所が設置した再発防止特別チーム

*(今後)自分の過去の加担(沈黙やパワハラ、性暴力軽視)を正直に発表し、謝罪し、償いを考えていく人

*(今後)自ら自分たちの組織に第3者委員会を立ち上げて自分たちの加担責任を問うと同時に、ジャニーズ事務所を監視して、期限を区切って改革を進めるように提言していくテレビ局や雑誌などの側

 

 

 

 

[1] 性加害が認定され、名誉棄損も一部認められ、分取運賠償命令が出された。

[2] 文藝春秋に対する訴訟の東京地裁判決に以下のように書かれている。週刊文春の記事において、「原告事務所〔注:ジャニーズ事務所を指す〕は怖く、当局〔注:在京の民放テレビ局を指す。〕でも事務所にネガティブなことを扱うのはタブーである」「マスコミ対応を委ねられているメリー喜多川は、ドラマの共演者が気に入らないと、その放送局の社長に直接電話をかけ、外すよう要求することもあった」。

「日刊スポーツ」(2021年8月18日付)によると、1998年に、「日刊スポーツ・ドラマグランプリ」の決め方が、記者と評論家の「審査員票」と「読者投票」で各賞を決め、票の比重は半々だったことに対して、メリー氏はこの審査方法に抗議しに来たという。『あなた、全部のドラマ見ているの?』、『見られないのに(記者や評論家が)審査するのはおかしいですね』、『やはり視聴者に任せるべきです』といって、結局読者投票だけに切り替えられた。記者は、言外に『そうしないとジャニーズのタレントは出さない』のニュアンスを感じたという。

[3] 9月7日会見を受けて、所属タレントの起用についてNHKは「所属事務所の人権を尊重する姿勢なども考慮して、出演者の起用を検討したい」としたのに対し、テレビ朝日は「タレント自身に問題があるとは考えておりません」とし、これまで通り起用していく方針を示した。日本テレビは、、現時点でジャニーズ事務所所属タレントの番組出演について変更する予定はございませんとした。

[4] 2019年9月に東京ドームで行われた喜多川のお別れ会で代読された、安倍晋三首相(当時)の弔辞は、「ジャニーさんへのエンターテインメントへの熱い思い、託したバトンは、必ずやジュリー(藤島景子)さん、滝沢(秀明)さんをはじめ、次の時代を担うジャニーズのみなさまへと、しっかりと受け継がれていくと私は確信しております」というものだった。

安倍氏は、TOKIOのメンバーと首相官邸内で懇談したり会食、関ジャニ∞村上信五のインタビューを受けたり、V6の岡田准一と対談したり、嵐の東京ドームのコンサートに足を運び、ステージ裏でメンバーと面会したりしてきた。