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野田市虐待死 DV受けていた母親が「この子さえいなければ…」と追い詰められる負の連鎖

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野田市虐待死 DV受けていた母親が「この子さえいなければ…」と追い詰められる負の連鎖
吉祥眞佐緒

2019.2.14 11:23dot.#出産と子育て

 


傷害容疑で千葉県警松戸署から送検された栗原なぎさ容疑者(c)朝日新聞社

 千葉県野田市の小学4年生、栗原心愛(みあ)さん(10)が自宅で亡くなった事件は、痛ましい事実が徐々に明るみに出ている。14日に心愛さんに対する別の傷害容疑で再逮捕された父・勇一郎容疑者(41)が虐待する様子を、母親のなぎさ容疑者(31)が撮影していたこともわかり、長時間立たせたり、食事を与えなかったこともあったという。

【もうこの笑顔はみられない。亡くなった心愛さんの写真はこちら】

 

 小学校のアンケートで「お父さんにぼう力を受けています」と書いたことをきっかけに、心愛さんは一時保護され、その後は親族宅で生活。しかし、父親からの強い要求や恫喝により市教育委員会がアンケートのコピーを父親に渡したほか、柏児童相談所は虐待のリスクが一時保護解除時より上昇しているのを把握しながら、帰宅を認めていたと報じられている。

 

 父親に虐待される我が子を、どうして母親は守ることができないのか。どうして児童相談所などの関係機関は判断を誤るのか。そして、なぜ悲しい事件が繰り返されてしまうのか。

 DV被害者支援団体「エープラス」代表の吉祥眞佐緒さんは「児童虐待が起きている家庭には、もれなく両親の間にDVがあると考えられる」と指摘する。それらが縦割りで連携できるシステムがないことに問題があると危機感を持つ。

*  *  *


「もうお父さんとは暮らしたくない。お母さんとふたりだけで暮らしたい。でもダメって言われた」

 これは少し前に私の事務所に相談に来たA子さん(30代)の子どもBくん(小学生)の言葉だ。

 

 千葉県野田市の自宅で小学4年生の栗原心愛さん(10)が亡くなり、両親が逮捕された事件の報道を目にして、Bくんのことを思い出した。どうしてこのような悲しい事件が無くならないのか、DV被害者支援の視点から考えていきたい。

 

 A子さんは夫から首を絞められるなどの身体的暴力を受けていたほか、毎日のように家事や育児にダメ出しをされ、怒鳴られていた。DVが始まったのはBくんを出産した直後。結婚当初は夫婦共稼ぎで、出産後も仕事と育児を両立するつもりだったが、夫は家事や育児には全く理解も協力もしないどころか、細かいことにダメ出ししては、A子さんに暴力を振るうようになった。


子ども中心の生活になってしまったことを夫に申し訳なく思い、「もう少し自分が努力すれば夫の気持ちも満たせるようになるかもしれない」と、夫のごきげんを取るような生活になっていった。どんなに頑張っても、夫はA子さんの努力を認めて労わってくれることはなく、それどころか暴力は日ごとにエスカレートしていった。

 

 夫が求めるような家事と育児の両立はA子さんにはとても負担が大きく、

「家のことを完璧にできない自分は、仕事をする資格もない」

 そう思い詰めるようになり、やりがいのある仕事を辞めて、家事と育児に専念した。しかし、仕事をやめたからといって夫からもらえる生活費は増えるわけではなかった。

 

「お前のしつけが悪い」
「家計のやりくりもできないなんてだらしない」

 そういわれると、A子さんは何も言えなくなってしまった。何をやっても認めてもらえず、少しでも夫の気に障れば、容赦なく拳や物が飛んでくる。

「どうしたら夫に怒られないか」

 そればかりが24時間ずっと頭の中を支配した。

 

 しかし、A子さんがどんなにつらくても、殴られて身体が思うように動かなくても、小さなBくんにはA子さんの辛さがわかるはずもない。お腹が空けば騒ぐし、眠くなったらグズる。夫に殴られていても隣で何事もなかったかのように遊んでいるわが子に対して、いつしかA子さんは怒りを向けるようになった。

 

「この子さえいなければ……」

 24時間止むことのない緊張感と恐怖感が、彼女の感情の矛先を歪めてしまったのだ。

 当初、A子さんの相談の目的は離婚やDV被害の相談ではなく、Bくんを施設に預けたい、という趣旨のものだった。

 

 報道によれば、心愛ちゃんの母親は女児が日常的に暴行を加えられていることを知りながら、黙認していた可能性があるという。また、母親は、事件後に知人に対して「仕方なかった」という内容のLINEを送っていたことも明らかになっている。どうして母親が虐待されている子どもを守らないのかと疑問に思う人もいるだろうが、それが難しいのが現実なのだ。


なぜなら、児童虐待が起きている家庭には、もれなく両親の間にDVがあるからだと私は考える。DVとは、必ずしも殴る蹴るなどの身体的な暴力だけを指すものではなく、逮捕された栗原勇一郎容疑者のように、「お前は無能だ。何もできないバカだ」といった暴言のほか、お金の使い方を管理したり、行動の監視、親族や友人との連絡を禁じて孤立させたりする行為も立派なDVだ。しかし、身体的暴力以外のDVは被害者自身も自覚しにくく、第三者にも発見しにくい。

 

 虐待者である父親が、家庭の中で絶対的な権力を誇示するために、または家族を支配するためにあらゆる暴力を使う(使ってもいいと思い込んでいる)というゆがんだ家族観は、それが配偶者に向かえばDV、子どもに向かえば児童虐待という言葉に変化する。問題の根本は加害者が持っているゆがんだ価値観にあり、DVも児童虐待も全く同じであると言える。

 

■父親に押し切られた教委と児相の問題点

 

 柏児童相相談所や学校は、父親の虐待を認識していた。しかし、一度は心愛ちゃんを一時保護したものの、父親の親族に預けることになった経緯や慎重な検討をせずに父親のもとに戻す決定をしたことについては大きな疑問がある。逮捕後数日経ったが、未だに父親は警察の取り調べに対し、「自分の行為はしつけだった」として反省の言葉は出ていないという。今後も捜査が進展するにしたがって、さらなる悲しい事実が出てくるだろうと思うと、胸が痛い。

 

 今回の事件は間違いなく、関係機関の連携不足にあったと思う。当事者である児童相談所をはじめ学校や教育委員会等の関係機関は責任のなすりあいをしたように見える。自分たちが心愛ちゃんを救わなければならないという意識よりも、“しつこくて威圧的でうるさい父親”の対応方法を間違えて、結果的に言いなりになってしまった。

 

 専門家や識者は児童相談所の人員不足を指摘し、関係機関の連携強化や情報共有、学校現場に弁護士や警察OBを配置する人員強化に賛同するコメントが多いが、果たして人員を増やしただけで、本当に問題は解決するのだろうか。


話をA子さんとBくんに戻そう。

 Bくんもかつて、児童相談所に一時保護された経験を持つ。土曜日に持ち帰った上履きがランドセルに入れっぱなしになっていたことに母親のA子さんは激怒して、上履きでBくんの顔を叩き、B君は赤く腫れあがった顔のまま登校。学校からの虐待通告により、そのまま一時保護された。

 

 Bくんの話によると、児童相談所の生活は、決して安心して過ごせる場所ではない。

 職員は子どもを名前でなく番号で呼び、子ども同士の私語は禁止されていたという。服も下着さえも施設が用意したものに着替えなければならず、もちろん携帯電話の使用も持ち込みすらもできない。一緒に保護されている子どもたちは虐待の被害者もいれば、非行で保護されている子もいるわけで、職員は子どもたちのケアというよりも、管理で手一杯という印象を受ける。私語禁止と言われても、職員の目を盗んでいじめもあるという。

 

 子どもがたった一人で保護されて、そこが安心できる場でなければ、多少父親にひどい目に遭ったとしても、慣れ親しんだ家で大好きなお母さんと暮らしたいと思うのは自然だろう。それでも保護してほしいという子どもには、よっぽどの事情があると考えないといけないのだ。

 

 A子さんは自分のしてしまったことを深く反省し、今後は二度と子どもに暴力を振るわないと約束し、Bくんも家に帰りたいと強く希望したため、児童相談所での何度かの面談を経て、早い時期に家に帰ることができたそうだ。しかし、この間に、A子さんの夫は仕事の多忙を理由に一度電話で事情を聴かれただけだったという。児童相談所は、A子さんによる子どもへの身体的虐待だけに注目し、その背景について訊ねることはなかったのだ。

 

 Bくんが帰宅した後、この家族への介入は終了し、案の定A子さんが夫から受ける暴力はエスカレートした。同時にA子さんはBくんへの虐待を止めることができず、いっそ子どもを手放した方がお互いのためなのではないかと考えて、知人のつてをたどって私の事務所に相談に来た。その時にBくんが私に話してくれた彼の気持ちが冒頭の言葉だった。


時、A子さんの思考にはだいぶ危険な偏りがあった。普通の生活がしたいだけなのに、どうして私だけがこんな目に遭うのかと自分の人生を恨んだ。自分ひとりなら、夫から逃れても何とか生きていけると思うけれど、私なんかにこの子を育てられはしない。この子がいなければよかったんじゃないのか……。そう思いつめていた。でもそれは多くのDV被害者がそうなるのと同じで、DV被害の影響によるところが大きいように思う。母親だけを責めるわけにはいかないと私は思う。

 

 児童相談所の介入のきっかけはBくんへの虐待だが、子どもが受けている直近の虐待行為という事象だけでなく、その行為の背景には何があるのか、家族の関係や両親の夫婦関係はどうなっているのかという、家族そのものを大きな枠で見極めていく必要がある。しかし、DV問題と児童虐待の問題は縦割りとなっており、それを繋げるシステムは未だ構築されていないといえる。

 

 児童虐待防止法では、子どもへの直接的な暴力だけでなく、配偶者への暴力(DV)も児童虐待であると定義している。しかも、子どもの面前で暴力を見せることだけではなく、常に暴力的で緊張感が充満する空気の中で生活させることが虐待なのだ。

 

 経験上、被害者がどんなに加害者を怒らせないようにと努力しても、被害者の努力やがんばりで加害者の虐待行為をやめさせることはできない。A子さんは何とかしなければならないと、誰かに相談することを選んだが、栗原容疑者をはじめ、多くの虐待加害者は「自分の“しつけ”は間違っていない」とか、「自分には家庭内で暴力を振るう特権がある」という信念があるので、加害に気づいて自ら誰かに相談することはほとんどないのが実情だ。

 

 DV被害者支援の視点から考えると、今回の心愛ちゃんの事件も、Bくんの虐待加害者として扱われたA子さんの件も、児童虐待の関係者にDVの視点があれば、もっと早い時期に子どもを救うことができたし、DV被害者である母親を救うこともできたはずだ。
海外では、家庭内の児童虐待の問題やDVの問題は“ファミリー・バイオレンス”とも呼ばれ、大きな社会的課題として認識され、各国はそれぞれの取り組みを行っている。虐待に対するとらえ方や対策は国の文化や宗教観によって様々だが、子どもと親の人格は別個のものだとして、子どもの権利が尊重されている。日本では子どもの権利よりも親の権利が重視され、“しつけという名の虐待”が未だに正当化されて堂々と行われている。

 

 幸いBくんは、自分の気持ちを大人に伝える力のある子だった。そのため私達は、お父さんとはいっしょに暮らしたくないが、お母さんと一緒に暮らしたいという希望をかなえるにはどうしたらよいか、一緒に考えた。Bくんとは別に、A子さんの状況を改善するには何が必要かを一緒に考えた。BくんとA子さんは親子ではあるが、それぞれ立場が違うので、ニーズも違う。それぞれの話を、時間をかけてすり合わせていくことで、受けとめてもらえる実感や安心感が気持ちの安定や生きる力につながる。不信感を抱いていた関係者との信頼関係も再構築できるようになり、今は2人で静かに暮らしている。

すぐにカッとなって他者に攻撃的になっていたA子さんは、今では顔つきも変わり、別人のように穏やかだ。

 

「もちろん今も親子ゲンカするし、カッとなることもしょっちゅうあります。でもそんなときには話を聴いてもらえる人が増えたんで、前のように気持ちが追いつめられることはもうないです」

 

 一つひとつの相談に丁寧に対応するには、多くの時間と支援の輪が必要だ。児童相談所の専門職の人員増も最重要課題だが、児童相談所だけが抱える必要はないと思う。児童虐待とDVの関係機関の連携と同時に、行政と民間支援団体との連携が、虐待のない社会づくりの早道だと信じている。そしてみなさんが「しつけ」や「指導」という名の暴力を容認しないことも、引いてはDVや虐待防止につながる社会のうねりになると信じている。(文・吉祥眞佐緒)

 

吉祥眞佐緒(よしざき・まさお)/一般社団法人「エープラス」代表。DV被害を受けた女性たちの自助グループから、2006年に同団体を設立。電話相談や行政機関、警察、裁判所などへの同行、親子カウンセリングを通じてDV被害に悩む女性を自立までサポートする活動を続ける。関東を中心にデートDV防止プログラムや講演活動も。