- 英国Netflixドラマ『アドレセンス』
講義録に載せた一文です。ご参考までに。
『アドレセンス』が示す「今の子供たちの状況」と、それへの「私たちに問われている課題」―――私は、主流秩序やデートDVの教育をして対応したいと思う
Netflixによる『アドレセンス』はみるべき価値のある作品と思う。
ドラマの紹介として示されているのは、以下。
わずか4話のこのドラマは、同じ学校に通う女子生徒を殺害した容疑で13歳のジェイミー・ミラー(オーウェン・クーパー)が逮捕されたことにより、世界が一変する一家の物語。
ジェイミーの父親役を演じる、共同制作者のひとりでもあるグレアムはNetflixの公式ガイドサイトである『Tudum』に、このドラマについて次のように語っている。
「ギャングやナイフを使った犯罪についてのドラマ、あるいは母親がアルコール依存症だったり、父親から身体的な虐待を受けたりしている子どもについてのドラマを作ることもできました」
「ですが、私たちはそうではなく、この一家を見ることからこう考えてほしかったのです。『なんてことだ、これは私たちにも起きるかもしれないことだ』、と。ドラマの中で起きることはごく普通の家族にとっての、最悪の悪夢です」
『なぜいま、こんなことが起きているんだろう?何が起きているんだ?なぜこんなことになったのだろう?』と」思って作られたのだと。
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このドラマをどこから評価するかは人によっていろいろだ。私はこの講義のテーマと絡んで、こういう教育が必要だということが浮かび上がったとみる。
というのは、このドラマは、ある意味、普通の家庭で、駄目なところも少しあるが、みんなそんなもんだろう、という面があるので、見る人によると、「解決策が見えない、非常に厳しい状況を浮き彫りにした、恐ろしいドラマ」とみるのである。「子供が持つ未熟さと凶悪性の結びつきが物凄くリアルに描かれている」と書いている人もいた。
だが、私は、不安定な思春期の問題とだけ見ることには反対で、大人だって、インセル関係での対立があるし、性的なことや暴力もいじめもあるし、ジェンダーと絡んだ性についての未熟な意識もあるので、決して13歳の男子だけの問題ではない、と考える。
そして学校の先生がてこずり、子どもの状況に、追いつけていないことも示されていた。昔ながらの「力での支配」をしているし、子供たちの中のいじめや力関係、そこでの主流秩序をつかんでいない、無力で時代遅れな教師たちという描かれた方をしていた。そうでない教師もいると思うが、全体として、世界の教育が、ネット・SNSがらみの新しい状況、根深い深刻な主流秩序に囚われている状況に対応できていないのはそうだと思う。
そこを見極められてないと、「どうしようもない、恐ろしい状況」としかとらえられない。
しかし私は、「万能、唯一の完全解決策」とは言わないが、かなり中核にかかわる課題として、本気で主流秩序にかかわる教育が必要と思ってこの講義で提起している。そしてそれとも絡むが、デートDV教育も不可欠と思っている。「アドセンス」を見て、その意義を再確認した。
『アドレセンス』では13歳の男子が、「13歳男子の世間」の価値観をもろに受けて、外見が良いのがよい、モテるのがよい、浅はかなネット情報を信じる、男はこう、性的なことはこう、こういう時にはこう怒っていい、自分は不細工でモテない、嘘をついてもいい、イジメるかイジメられるかだ、などを無自覚に身につけて、キレてしまってしまう、いまの状況が写し取られていた。これは例外的なケースではなく、多くの人となる状況と思えた。紙一重で、こうなる。
彼には、『それが「当たり前」ではない』という教育、父親のような口調や考えではないコミュニケーションの練習などが必要だったと思う。そうならないよう、多くの人がネット情報への対処、ジェンダー含めた人間関係のあり方の学びをして、シングル単位的で非暴力の関係を築けるようになっていってほしいと思っている。
ジェンダーと暴力についての実践的な学びの一例として、この作品は見る価値がある。
とくに第三話で、ジェイミーと心理療法士のブリオニーとのセッションでの浮かび上がる「何か」には示唆的なものが多い。
ジェイミーの揺れ、反発、自虐性、隠蔽、隠しきれないもの、そういうものが浮かび上がる。演技ではあるがシナリオをがすぐれているのだろう、やがてジェイミーが思いもかけない面を無自覚に自分でも分かっていないものを露わにする、そして心理療法士も過去に何か暴力的なものに傷つけられたことがあるのだろう反応を見せる。浅井定型的な質問では浮かび上がらないものが、徐々に流れの中で見えてくる。十代前半の少年が女性蔑視的な思想や攻撃性に染まっている実態が浮かび上がって来る。
ドラマ第4話では親の悩みも会描かれている。自分はがんばってきた。どこがダメだったのか。出来るだけのことはしてきたつもりなのに。という苦悩。
それはそうなんだろう。特別に「悪い家庭、悪い親」ではない。だが、変えるべき余地はある。私から見れば、親と教師の責任は大きい。システム的に問題を把握したとき、そこが状況を変えるポイントだからだ。
まずは私たちの前に大きくたちはだかっている「壁」を知らねばならない。そのうえでその「壁」とどう戦うのかを考えなくてはならない。この講義はその課題を扱っている。
Netflixシリーズ『アドレセンス』予告編
(C)Netflix
2025年/イギリス/全4話(51~65分)/原題:Adolescence