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ソウルヨガ

主流秩序、DV,スピシン主義、フェミ、あれこれ

好きになってよかった

 

ももクロのバックとかしている加藤いづみさん。
この歌はいい。

 

好きになって、よかった 加藤いづみ

 

もう一度~好きになって、よかった

 

https://www.bing.com/videos/search?q=%e5%8a%a0%e8%97%a4%e3%81%84%e3%81%a5%e3%81%bf%e3%80%80%e5%a5%bd%e3%81%8d%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%82%88%e3%81%8b%e3%81%a3%e3%81%9f&view=detail&mid=22C5E0BED3823282290922C5E0BED38232822909&FORM=VIRE

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Perfume広島時代】 好きになってよかった 【のっち&あ~ちゃん】
http://www.bing.com/videos/search?q=%e5%a5%bd%e3%81%8d%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%82%88%e3%81%8b%e3%81%a3%e3%81%9f&qpvt=%e5%a5%bd%e3%81%8d%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%82%88%e3%81%8b%e3%81%a3%e3%81%9f&view=detail&mid=8DF70DDE78F6448A86B48DF70DDE78F6448A86B4&rvsmid=0F0D2C1BBADB32F2D5890F0D2C1BBADB32F2D589&fsscr=-2310&FORM=VDQVAP

 

弱者も主流秩序を内面化している―――日本社会は、他者の痛みに対する感受性が欠如している


以下の記事、痛々しいです。主流秩序の底辺のものが、同じ境遇の他者に対しても、『自己責任だ』という冷たい視線を向けるし、他人に対して不寛容。「下からの自己責任」とでもいうべきことが、社会の一番厳しい層で起きている。


それは悲しいがひとつの事実でしょう。主流秩序にとらわれているとはそういうことです。

そして沖縄に犠牲を押し付けても平気なのは、主流秩序において沖縄が底辺に位置するようにしているからです。主流秩序論では沖縄への加害者責任を問います。

沖縄が犠牲になるのも仕方ないという学生もいます。恐ろしいことです。

 

」+++++++++

沖縄、黙殺される痛み 風俗の女性に見た日本の縮図

朝日新聞デジタル

 

 沖縄出身の教育学者で、琉球大教授の上間(うえま)陽子さんが今月、風俗業界で働く女性たちの生き方を、インタビュー調査を通じて描いた『裸足で逃げる』(太田出版)を出した。描いているのは、家族やパートナーからの暴力に日常的にさらされ、その暴力が自明視されている生活を送る女性たち。沖縄での暴力から浮かび上がるのは、「他者の痛みに対する日本社会の感受性の欠如だ」と語る。

 

 上間さんが2012年にスタートさせた、沖縄のキャバクラやソープランドなどで働く女性たち15人への継続的な調査をもとに、女性の生活史をつづった。昨年4月に沖縄で起きた元米兵が女性を殺害した事件が、本にまとめるきっかけになった。現場は自分がよく知っている地域。「『またか』と。女性への暴力が、なぜ繰り返されるのかを書かないといけないと思った」と話す。


 本に出てくる、現在21~30歳の女性のほとんどは10代で結婚・出産し、そして離婚してシングルマザーとして働く。夜の世界には、早ければ中学生の時には関わり始めている。
 脳性まひの子どもを抱えながら看護師になっていく女性。性暴力の被害に遭い、さらにパートナーの家庭内暴力に苦しむ女性。傷ついていく女性たちの境遇は厳しく、家族や恋人からの暴行で失神して病院に運ばれるというのもめずらしくない。「そうした生活しか選びようがない。体を掛け金のようにして夜の世界で生きている」
 女性の多くに共通するのは「社会に対する信頼感の低さ」だという。


 「手を差し伸べてもらえないことを悟っているから、助けも求めない。同じ境遇の他者に対しても、『自己責任だ』という冷たい視線を向けるし、他人に対して不寛容。(上が下に強いるのではなく)下からの自己責任とでもいうべきことが、社会の一番厳しい層で起きていることを、私たちは黙殺し続けている」
こうした厳しい現実は、決して日常とかけ離れたところにあるわけではない。沖縄の外の人たちが思い描く、美しい自然と穏やかな人たちに象徴される「のんきな沖縄」の内部に入り込んでいるという。


 その一例に、調査で出会った1人の女性のエピソードを挙げる。闘牛を育てる恋人の男性に連れられ、牛舎に通うのが日課。そこには地域の男たちが集まり、毎晩のように酒盛りをしながら牛の話などで盛り上がる。


 「一見ノスタルジックで、沖縄の『原風景』とでもいわれそうな光景。でもその女性はいつも居場所がなくて、酒盛りの間、外の車の中で寝ていました。『来い』と言われて来ているのに、です。そこは誰も見ない。苦しんでいる人のアングルに変えられない」


 こうした黙殺という「暴力」が分断を生み出す構造は、そのまま本土と沖縄の関係にも重なる。米軍による女性への事件が相次いでなお、沖縄から基地をなくす動きは本土で本格化せず、被害者側の「落ち度」を非難する声があとを絶たない。

 

 今、米国のトランプ新大統領と安倍晋三首相の首脳会談が終わり、「日米同盟堅持の確認」が安堵(あんど)感とともに報じられている。いつのまにか、オスプレイの「墜落」は忘れられ、その海に米軍普天間飛行場の移設のためのコンクリートブロックが投入されていることは沖縄の外では意識されていないではないか。

 

 「沖縄の海の美しさはほめても、その海にコンクリートを落とされるのが『痛い』という声には共感しない」


 でも、上間さんは、沖縄で起きている暴力ではあるが、「沖縄の問題」として切り離して考えてほしくない、と語る。日本社会が直面している問題だからだ。「他人の痛みに対する感受性の問題。通勤電車で隣に座った女性がこの本の女性たちでありうると、今の日本人が感じられるか。私は残念ながら悲観的です。でも絶望したくないからこれを書きました」

 

移民を入れないという権利はあるのか

 

上野千鶴子さんが「平等に貧しくなろう」と言うインタビュー記事を新聞に載せましたが、その主張に問題があると各方面から批判が起こり、それに対して上野さんが反批判するという事態になっています。


上野さんが、移民を入れると日本社会では差別が起こり格差が拡大し治安が悪くなるという「リアルな予想」(客観的にありうる蓋然性の高い予測)のもと、移民受け入れに反対しているわけです。


移民を受け入れないという権利が、上野さんに、そして今の日本にいる日本人(日本政府)にあるという考えのもとでの主張です。この点を含めて批判されていても、上野さんが譲らないところに深い問題があります。


論点がいろいろあるので、上野さん批判はいろいろできると私は思いますが、私が特に言うまでもなく多くの人が行っていくだろうから、とりあえず、以下の3つの流れをここに載せておきます。

①上野さんの最初のインタビュー
②移住連の質問書(事実上の批判)
③上野さんの反批判

 

私があまり論争的に今かかわろうとしないのは、大所高所、上から、「人口や経済や治安や国際政治など」の政策を語るというスタンスこそ嫌うからです。総理大臣、政治家、学者の視点は鳥瞰図的な鳥の視点です。私は、拙著でも書いたように、主流秩序論を取るということの意味でもあるのですが、虫の視点で地面に這いつくばるところから考えて自分の行動を決めようと思っているからです。

目の前にひとりの移民や難民がいて日本社会で生きたいという時に、日本に入れないという口を私はもちたくないというスタンスなのです。自分がもし移民なら、難民ならと考えます。

移民に限らず日本社会も主流秩序に支配された格差・差別社会であり、日本人でも負け組は差別されています。移民も難民も日本で生き難い苦難を味わうことでしょう。でも、その人が日本に来たいと言ったら、受け入れないとは言えない。あとは目の前の人が労働問題で困っていたり差別されたらユニオンとして戦うし、DVされたらその相談に乗ります。色色こまったとがあれば相談に乗り、行政とも掛け合います。そういう人たちが、「上野さんの鳥瞰図・政策的な視点」に怒っているのだと思います。

 

以下
①上野さんの最初のインタビュー
②移住連の質問書(事実上の批判)
③上野さんの反批判

******************
◆1:2月11日付『中日新聞』『東京新聞』「考える広場 この国のかたち3人の論者に聞く」紙面 
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/hiroba/list/CK2017021102000006.html
「平等に貧しくなろう」
平等に貧しくなろう 社会学者・東京大名誉教授 上野千鶴子さん

 

 日本は今、転機だと思います。最大の要因は人口構造の変化です。安倍(晋三)さんは人口一億人規模の維持、希望出生率一・八の実現を言いますが、社会学的にみるとあらゆるエビデンス(証拠)がそれは不可能と告げています。

 人口を維持する方法は二つあります。一つは自然増で、もう一つは社会増。自然増はもう見込めません。泣いてもわめいても子どもは増えません。人口を維持するには社会増しかない、つまり移民の受け入れです。


 日本はこの先どうするのか。移民を入れて活力ある社会をつくる一方、社会的不公正と抑圧と治安悪化に苦しむ国にするのか、難民を含めて外国人に門戸を閉ざし、このままゆっくり衰退していくのか。どちらかを選ぶ分岐点に立たされています。
 移民政策について言うと、私は客観的に無理、主観的にはやめた方がいいと思っています。


客観的には、日本は労働開国にかじを切ろうとしたさなかに世界的な排外主義の波にぶつかってしまった。大量の移民の受け入れなど不可能です。
 主観的な観測としては、移民は日本にとってツケが大き過ぎる。トランプ米大統領は「アメリカ・ファースト」と言いましたが、日本は「ニッポン・オンリー」の国。単一民族神話が信じられてきた。日本人は多文化共生に耐えられないでしょう。
 だとしたら、日本は人口減少と衰退を引き受けるべきです。平和に衰退していく社会のモデルになればいい。一億人維持とか、国内総生産(GDP)六百兆円とかの妄想は捨てて、現実に向き合う。ただ、上り坂より下り坂は難しい。どう犠牲者を出さずに軟着陸するか。日本の場合、みんな平等に、緩やかに貧しくなっていけばいい。国民負担率を増やし、再分配機能を強化する。つまり社会民主主義的な方向です。ところが、日本には本当の社会民主政党がない。


 日本の希望はNPOなどの「協」セクターにあると思っています。NPOはさまざまな分野で問題解決の事業モデルをつくってきました。私は「制度を動かすのは人」が持論ですが、人材が育ってきています。


 「国のかたち」を問う憲法改正論議についても、私はあまり心配していない。国会前のデモを通じて立憲主義の理解が広がりました。日本の市民社会はそれだけの厚みを持ってきています。
 (聞き手・大森雅弥)

 <うえの・ちづこ> 1948年、富山県生まれ。認定NPO法人「ウィメンズ アクション ネットワーク」理事長。『ケアの社会学』『おひとりさまの老後』など著書多数。近著は『時局発言!』(WAVE出版)。

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◆2: 移住者と連帯する全国ネットワーク」(移住連・移住連貧困対策プロジェクト)
2月11日付上野千鶴子氏の発言についての公開質問状

公開質問状。
http://migrants.jp/archives/news/170213openletter
特定非営利活動法人移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)貧困対策プロジェクト〒110-0005 東京都台東区上野 1-12-6 3 階
移住連内 TEL:03-3837-2316 FAX:03-3837-2317

 

 

株式会社中日新聞社御中上野千鶴子

中日新聞』『東京新聞』(2017 年 2 月 11 日)「考える広場この国のかたち3人の論者に聞く」における上野千鶴子氏の発言にかんする公開質問状

 

私たち移住連貧困対策プロジェクトは、この社会で暮らし、働く、外国人移住者とその家族の生活と権利を守り、自立への活動を支え、よりよい多民族・多文化共生社会を目指す個人、団体による全国のネットワーク組織・移住連のサブネットワークです。

2017 年 2 月 11 日付『中日新聞』『東京新聞』「考える広場この国のかたち3人の論者に聞く」における上野千鶴子氏の発言は、事実誤認と偏見にもとづくもので、看過できないものと判断し、以下の公開質問状をお送りします。


問題は、上野氏が日本の移民の状況に無知であり、研究者として関連文献に目を通すような基礎的な作業すらしないまま、排外主義的な論理に取り込まれている点にあります。以下、上野発言の問題を質問状の形で指摘していきます。

 

1.「移民受け入れ」に対する無知と偏見について上野氏は、「移民を入れて活力ある社会をつくる一方、社会的不公正と抑圧と治安悪化に苦しむ国にするのか」と述べています。これは以下の点で事実に反しており、何を根拠にした発言なのでしょうか。

・移民受け入れにより「社会的不公正と抑圧」が増大するのではありません。日本に存在する社会的不公正と抑圧が、移民に集中的にのしかかる可能性はありますが、これは移民を受け入れた結果ではなく因果関係が転倒しています。上野氏は、女性が増えたら、性的マイノリティが増えたら社会的不公正と抑圧が増大するからよくないといわれるのでしょうか。

 

・治安悪化は、日本において特に頻繁に語られる移民への謬見です。実際には、日本で移民人口が増えたことによる治安悪化はまったく起こっていません。「治安悪化」というデマは、1990 年代後半に警察とメディアが広めたもので、上野氏もそれを信じ込んでいるようです。今回の発言は、自らそうしたデマを広めていますが、それについてどうお考えでしょうか。


2
2.労働開国にかじを切ろうとする日本?
「客観的には、日本は労働開国にかじを切ろうとしたさなかに世界的な排外主義の波にぶつかってしまった」という発言における「労働開国にかじを切ろうとしたさなか」とは、いつ出されたどのような法・制度・政策指針を指していますか。
日本では、90 年入管法改定において、日系 3 世とその家族に「定住者」の在留資格を認めたことや、93 年に設立された外国人技能実習制度により、すでに実質的な労働開国に踏み切っています。


一方、「世界的な排外主義の波にぶつかってしまった」と、「排外主義」があたかも日本の外からやってきたかのような発言をされています。日本において、植民地主義支配から続く在日外国人にたいする差別、近年、ネットや路上ではびこっているヘイトスピーチについてどのようにお考えでしょうか。


なお、移民制限的な政策をとっているかにみえる国であっても、実質的には移民の流入が続くことは、移民研究上の常識です。「世界的な排外主義の波」と移民増加は並行して生じるもので、排外的な風潮により移民流入が制限されるという排外主義の論理を、上野氏は実質的に追認しているのではないでしょうか。

 

 

3.「日本は『ニッポン・オンリー』の国。単一民族神話が信じられてきた。日本人は多文化共生に耐えられないでしょう」という発言について
・2008 年に国会の衆議院及び参議院において「アイヌ民族先住民族とすることを求める決議」が全会一致で採択され、日本が「単一民族」であることは公式に否定されましたが、「単一民族神話が信じられてきた」というのはどのような根拠にもとづいているのでしょうか。またこの発言こそが、「単一民族神話」を再生産していますが、その点についてはどのようにお考えでしょうか。


・現在日本には 230 万人を超える外国人移住者が暮らし、先住民や外国にルーツをもつ日本国籍者を含めると、民族的マイノリティはそれ以上になります。「日本は『ニッポン・オンリー』の国」というのは、どのような根拠にもとづいた発言でしょうか。

 

・このような、外国人移住者の増加や民族的マイノリティの存在の認知を背景に、各地で多文化共生の取り組みがすすめられてきました。2006 年には総務省も「地域における多文化共生推進プラン」を策定しています。こうした取り組みには、民族的マイノリティ当事者のみならず「日本人」も多く関わっています。


「日本人は多文化共生に耐えられないでしょう」というのは、いかなる根拠にもとづいてなされた発言でしょうか。

 

この発言を、上野氏のご専門であるジェンダー問題におきかえると、「日本は女性差別的な国。日本人はフェミニズムには耐えられないでしょう。日本に女性はいない方がいいです」となります。


この類推から、上記の発言が、いかにマイノリティの存在を否定したものであるかを理解していただければ幸いです。

 

以上、質問いたします

上野氏の発言。
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/hiroba/list/CK2017021102000006.html

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◆3:上野千鶴子東京大学名誉教授)から移住連への「回答」
http://migrants.jp/archives/news/reply
https://wan.or.jp/article/show/7070

 

人口減少か大量移民か? ちづこのブログNo.113
2017.02.16 Thu

中日新聞東京新聞』2/11付け「考える広場 この国のかたち 3人の論者に聞く」における上野の発言、「平等に貧しくなろう」

に対して、移住連こと特定非営利活動法人移住者と連帯する全国ネットワーク・貧困対策プロジェクトから公開質問状を受け取りました。

 

 

一部のネット等で話題になっているようでもありますので、上野の回答を以下に公開いたします。なお発端が『中日新聞』記事でしたので、反論の掲載を中日新聞に求めましたが、断られたことをご報告申し上げます。

 


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特定非営利活動法人 移住者と連帯する全国ネットワーク・貧困対策プロジェクト
高谷幸さま

 

   2月13日付け中日新聞あてに届いた公開質問状を転送していただきました。
   以下1時間以上にわたる「談話」を簡略にまとめた記事では意を尽くせなかったところを、文書で説明したいと存じます。
 移住連の方たちや、のりこえネット、国際人権NGO等の方たちが、すでに国内に在住している外国籍の方たちの人権擁護のための活動を担っておられることには、100%の敬意を払っております。


 とはいえ、ご批判には基本的な誤読があると感じました。わたしの論の立て方と質問状とが対応しておりませんので、1対1対応ではなく、自論にそってお答えしたいと思います。
 第一に、私の見解はこれまでではなく、「これから」先の将来について論じたものです。


 第二に、ジェンダーセクシュアリティと移民の問題が同じにできないのは、前者が選択できないのに対して、後者は政治的に選択可能だからです。(難民の問題は別です。)したがって、「公開質問状」にあった「この発言を、上野氏のご専門であるジェンダー問題におきかえると、「日本は女性差別的な国。日本人はフェミニズムには耐えられないでしょう。日本に女性はいない方がいいです」となります」は、まったく当たらない類推となります。

 

 日本の人口推計によれば2060年の人口推計は8674万人、人口規模1億人を維持しようと思えば1.3千万人の社会増(移民の導入)が必要となります。つまり40年間にわたって毎年およそ30万人、中都市の人口規模にあたる外国人を移民として迎えることを意味します。現在の1億2千万規模を維持したいなら3千万、およそ半世紀後に人口の1-3割が外国人という社会を構想するかどうかが問われています。


 出生率を政治的にコントロールすることはできないし、すべきではありませんが、移民は政治的に選択することができます。2000年代に入ってから経団連は「移民1000万人時代」(これまで「外国人」という用語を使い、「移民」と言ってきたことがなかったので、驚きでした)をうたい、政府は家事・介護労働市場への外国人の導入を検討しています。今のところいずれも及び腰ですが、この先、「この国のかたち」をどうするかについて、政策が提示されれば、わたしたち有権者も、それに対して賛否の判断をしなければなりません。

 


 現実には日本にはすでに相当数の外国人労働者が入ってきており、外国人労働力依存の高い業種があること、その外国人労働者技能実習生制度等のもとで不当な取り扱いを受けていること、外国人の犯罪率は人口比からいうと日本人よりは低いこと…等はデータから承知しております。


 ですが、移民先進国で現在同時多発的に起きている「移民排斥」の動きにわたしは危機感を持っておりますし、日本も例外とは思えません。これから先、仮に「大量移民時代」を迎えるとしたら、移民が社会移動から切り離されてサバルタン化することや、それを通じて暴動やテロが発生すること(フランスのように…と書けばよかったんですね、事実ですから)、ネオナチのような排外主義や暴力的な攻撃が増大すること(ドイツのように)、排外主義的な政治的リーダーが影響力を持つようになること(イギリスのように)、また移民家事労働者の差別や虐待が起きること(シンガポールのように)などが、日本で起きないとは思えません。(なお移民国家であるアメリカとカナダは国の来歴が違うので、比較対象にするのは困難です。)

それどころか移民先進国であるこれらの諸外国が直面している問題を、日本がそれ以上にうまくハンドリングできるとはとうてい思えません。それはすでに移民先進国の経験が教え、日本のこれまでの外国人への取り扱いの過去が教える悲観的な予測からです。

 


 アジアには人口輸出圧を持つ国がいくつもあります。もし非熟練市場を含む大規模な労働開国をしたとしたら、そのことによって得られる利益は当然あるでしょうが、その結果近い将来、起きうることが容易に予見可能でしょう。家事労働者を導入したら、「育メン」論争などふきとんで、機会費用の高い男女は、より稼いで家事をアウトソーシングする選択肢を選ぶでしょう。ケア労働者を導入したら、ケアワーカーの労働条件を改善しようという議論はふきとんで、現状の低賃金に同意して参入してくる外国人労働者への依存が高まるでしょう。

 


 これまでもとっくに外国人依存は進んでいた、というお考えの方もいるでしょう。EPA協定で年間500人の看護・介護労働者が入ってきましたが(もともと労働力不足の解消のためではなく、そのためなら焼け石に水の人数でしたが)、これが年間5千人、5万人の規模なら、どうなるでしょう。外国人家事労働者の導入にあたっても、労働者の人権を守るために「入れるならば、日本人と同じ労働条件で」という声は聞かれますが、だからといって、家事労働者の導入そのものに対する賛否の議論は避けられているように思えます。「移動の自由」と「労働の自由」を唱える「正義」のために、移民導入には表だって反対しないものの、現行の入管法を維持したまま、小出しに特例をつくっていくような姑息な政府のやりかたに怒りを覚えつつ、結果として沈黙によって追認を与えてしまっている事実を、わたしは苦い思いとともに自覚しています。その点では、移民導入是か非かの議論を避ける多くの人たちも、同じではないでしょうか。

 


 わたしは日本の女性のかかえる問題が、外国人労働者への負担の転嫁を通じて解決されることをよしとしません。日本の女性が手を汚さずにすんでいるのは、たんに利用可能な選択肢がないからだけのことでしょう。これとても、とっくに国外労働力へのアウトソーシングを通じて負担の転嫁は起きているという反論もありうるでしょうが、問題は規模の違いです。「五十歩百歩」という言い方がありますが、「五十歩」と「百歩」は違う、というのが政治的選択というものです。

 

 

 こう言うことは、もちろん、すでに国内に在住している外国人に出て行けということを意味しませんし、日本の難民受け入れが極端に少ないことは是正すべきだと思います。皆様方の熱意あるご活動にもかかわらず、すでに起きている国内の排外主義の動向やヘイトスピーチの現状を見れば、さらなる大量の移民の導入で、事態は悪化することこそあれ、改善することは望み薄というのがわたしの観測です。

 


 ご指摘のとおり、「社会的不公正や抑圧」は「移民の導入」の結果であって、原因ではありません。また「世界的な排外主義の波と移民増加は並行して生じる」というご指摘もそのとおりです。ですが、このうちの一方だけを手に入れることが難しいとしたら、その両方を避けるという選択肢もあってよいのではないでしょうか。

 


 反対にわたしの方からも、みなさま方に「移民一千万人時代」の推進に賛成されるかどうか、お聞きしたいものです。そしてそれが実現したときの効果を、どのように予測なさるかも。わたしたちが外国の人たちにどうぞ日本に安心して移住してください、あなた方の人権はお守りしますから、と言えるかどうかも。みなさま方の理想主義は貴重なものですが、理想と現実を取り違えることはできません。

 


 わたしは移民の大量導入に消極的ですし、その効果についてかつてよりも悲観的になってきました。悲観的になる根拠が増えてきたからです。
 どの社会も移民の導入について一定の条件を課しています。リベラルな移民政策を持つように見えるドイツやカナダも例外ではありません。まったく国境を開放した国民国家はいまのところ、ありません。それは再分配の範囲をどう定義するかという福祉国家の分配政治に関わるからです。そして福祉国家にはつねに潜在的に境界の管理が伴います。人口減少社会で「平等に貧しく」というシナリオは、再分配の強化を示したもので、国内の階層格差の拡大はその条件を掘り崩します。再分配路線に舵を切る、今が最後のチャンスかもしれません。

 

 

 ちなみに後半の憲法改正について「心配していない」というのは、今の段階で仮に憲法改正国民投票が実施されたとしたら、高い蓋然性で「否決」されるだろうという観測からです。ちょうど橋下大阪市長の提案した「大阪都構想」の住民投票が否決されたように。いくらかは現状維持の保守的心性からもあるでしょうが、各種の世論調査がその根拠を示しており、その点からいえば、国民投票の時期が早ければ早いほど否決の可能性は高いと言えるかもしれません。もっとも政権は、解釈改憲でこれだけのことができるのだから、もはや改憲の必要性を感じていないかもしれませんが。

 

 

 前半についてはわたしは悲観的、後半については楽観的な予測をしました。できれば悲観的な予測ははずれてほしいし、楽観的な予測には当たってほしいものですが、いずれにしても、アメリカの大統領選において、ほとんどの良識派ジャーナリズムの予測がはずれたのですから、わたしの予測も当たるかどうかはわかりません。

 

 

 日本の将来をどうするのかを決めるのは、政治という名の人為的な選択です。人口問題と移民政策とは切っても切れない関係にあります。人口減少社会を受け入れるのか、それとも自然減を社会増(移民の大量導入)で補完するのか…この問題をみなさまの公論に処してほしい、というのがわたしの意図したところです。

 


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「ポスト・トルース」というが前から真実は重視されていなかった

 

「ポスト・トルース」について前田さんがもっともなことを述べています。「ポスト・トルース」を批判的に扱うならいいですが、仕方ないもの、どうしようもないと言って、その時流を容認するなんてもってのほかです。トランプや日本のネトウヨレベルの言説にちゃんと対抗するかどうかですが、慰安婦問題でも沖縄問題でも、ひどい言説がまかり通っている。

真実なんて全く尊重されていないこの現状。それを自覚しないで、「ポスト・トルース」とか言うなってことです。

 

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日本は本当に「真実後」なのか?  前田朗
http://maeda-akira.blogspot.jp/2017/02/blog-post_11.html


このところ、「真実後(ポスト・トルース、post-truth)」という用語がさかんにつかわれるようになってきた。アメリカの評論家ラルフ・キーズ(Ralph Keyes)が2004年の著作で用い、2010年頃からアメリカ政治の世界で使われるようになったと言う。それが日本政治にも適用されている。

 

政治の世界では、真実を語ることは必要でなくなった。政治家に真実を求める文化がなくなっている。虚偽を語っても検証されず、批判もされない。たとえ虚偽を語っても、あれこれとごまかしの弁明が通用する。
 アメリカでは、オバマ政権に対しても用いられたが、何と言っても2016年の大統領選挙において、「真実後」現象が爆発した。2017年に入っても、トランプ大統領は平然と嘘を繰り返す。「オルタナティヴ・ファクト」という珍妙な言葉も流行した。

 日本でもこの言葉を用いる政治評論家やジャーナリストが増えてきた。そのすべてを見たわけはなく、一部しか確認していないが、まともな政治学者は用いていないのではないか。その場しのぎの「おみくじ評論家」が用いている印象だ。
2点だけ指摘しておこう。

 

 第1に、定義が不明確である。真実の定義自体、もともと流動的である。政治の世界では、それぞれの「真実」を求めて争う歴史がある。
 第2に、日本政治が「真実後」になったという主張は、同時に、日本政治は「真実」だったという主張を前提としてしまうことになる。


 だが、日本政治がいったいいつ「真実」だったことがあるだろうか。明治維新以来の近現代日本政治は一貫して「真実前」だったのではないか。あるいは、「反真実」、端的に言って「虚偽と隠蔽」だったのではないか。
 そのことも踏まえたうえで、「真実後」という表現をするのでなければ、歴史修正主義に加担することになるだけだろう。



 以下は昨年11月にソウルで開催されたシンポジウムでの私の報告の一節。

罅割れた美しい国――移行期の正義から見た植民地主義(3)
http://maeda-akira.blogspot.jp/2016/11/blog-post_4.html
<しかし、本報告が縷々述べてきたように、東アジアにおける日本における/日本による戦争と植民地支配の歴史、及び今日に至る未清算の現実に向き合うならば、わたしたちが置かれている状況は「真実前の政治(Pre-truth politics)」ではないだろうか。
 「真実前」と見るか、「真実後」と見るかは言葉の綾に過ぎないという理解もありうるかもしれないが、「真実後」であるならば、少なくとも一度、私たちは真実の世界に身を置いたことになる。近現代日本の歴史を虚偽と隠蔽の歴史と一面的に決めつけることは適切ではないかもしれないが、移行期の正義と植民地支配犯罪論を踏まえて検討するならば、私たちは一貫して「真実なき政治」の世界に身を浸してきたと見るべきではないだろうか。「戦争では真実が最初の犠牲者となる」という警句があるが、150年に及ぶ日本の戦争と植民地支配の歴史(未清算の歴史)を通じて、真実はおぼろげにでも姿を現したことがあっただろうか。>


Posted by 前田朗at 10:12 PM

 

右翼幼稚園経営者が今度は右翼小学校 その用地買収問題

 

森友学園(右翼で有名な塚本幼稚園を運営している、籠池園長の団体、この男は日本会議の幹部)が、大阪府豊中市に私立小学校「瑞穂の國記念小學院」の建設を進めてきていた。2017年4月に開校するという。今、その用地買収に絡んで様々な問題が出て来ている。

 

大阪府豊中市内の国有地が近隣国有地の約1割の価格で―――隣地の取引実績から推測して約14億円とみられる国有地(約8770平方メートル)が、森友学園にたった1億3400万円で―――学校法人「森友学園」に小学校用地として売却された。

森友学園側に契約違反があった場合、国が「1億3400万円」で買い戻す特約がついていた。

 

この異常な安さ、値引きについて、財務省は「地下の廃材や生ごみの撤去費用約8億円を控除した」と説明しているのだが、撤去費用が8億円というのはむちゃくちゃな数字だといわれている。

8億円もの撤去費用がかかるほど莫大なゴミが出る土地に学校を建てるのもおかしい。「地下埋設物」が実在するなら、そのことを隠蔽して小学校を開校することもおかしい。周辺土地価格の10分の1にまで地下を下げてしまう「地下埋設物」というのはほんとうに(そんなにたくさん)あるのかも怪しい。でっち上げの可能性がかなりある。少し「地下埋設物」があるだけで撤去費用はとても安いのに8億円に大幅水増ししたのだろうと推察される。

 

超安すぎるのがおかしいが、そもそもこの経営主体森友学園は、極右的な「教育」を行ってきたところで、そういうところが学校を運営していいはずがないというレベルのところである。認可されたこと自体が怪しい。


しかもスピード認可だった。近畿地方審議会で、森友学園の新設小学校の認可申請書が、14年12月18日に継続審議となっていたが、わずか1カ月後の2015年1月27日の臨時審議会で認可適当の答申が出されている少子化の中で生徒確保が可能なのかや、計画通りに寄付が集まるのかなど建設計画そのものに疑問符が付いていたのに。

 

認可するのは誰かというと、大阪府が学校設置認可を出した時のトップは、右翼で維新の松井一郎知事で、当時の文科大臣は下村博文日本会議国会議員懇談会副会長だ。なるほど、右翼の学校設置を右翼の知事と大臣が認可したわけだ。


2017年4月開校に向けて右翼が連携して進めたわけだ。


しかも安倍首相の妻昭恵氏が問題の「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長についている。
怪しすぎる右翼学校の動きだ。

 

何らかの政治的な圧力があって、この右翼団体に不当に安く土地が販売された、学校運営が許可されたとみるべきだろう。


政治的に怪しいから当初、この国有地販売価格も非公表とされた。何が問題かというと、同校の土地は財務省近畿財務局が売却した国有地なので通常は価格を公開するのが原則。にもかかわらず、その売却額が公開されなかったのだ。官僚による犯罪の隠ぺいだ。


こうした疑惑の解明のきっかけをつくったのは、豊中市議の木村真氏。
この小学校設置の動きがおかしいと気付いて、売買契約書類の公開を請求したが、売却額が黒塗りにされていた。公開しない理由は『当該法人の正当な利益を害する恐れがある』という曖昧なものなので、“法人から公開しないでとの希望があった”という。
金額の公開を求めて提訴した結果(朝日新聞が続いた結果)、いまのように隠ぺいされていた犯罪的なことが明るみに出始めている。

 

こうした怪しい右翼のうごきに、安倍首相とその妻の名前が出てきており、少なくとも利用されていた。これまで塚本幼稚園経営者、籠池園長は安倍首相とその妻と懇意にしてきていた。
妻は先ほどのブログ( 塚本幼稚園「韓国人と中国人嫌い」副園長が保護者に手紙渡①②
http://hiroponkun.hatenablog.com/entry/2017/02/18/102614
http://hiroponkun.hatenablog.com/entry/2017/02/20/013627

)にも書いたように同園を視察し、そこで講演会までしている。


これまた右翼の宣伝紙に成り下がっている産経新聞(2015年1月の産経ニュース)に、昭恵夫人が塚本幼稚園を訪問した様子が誇らしげに報じられている。

 

全体は、首相と官僚を巻き込んだ大きな事件と言える。

 

2014年時点での募金において「安倍晋三記念小学校」の文言で寄付金を集めていた。振込用紙には「安倍晋三記念小学校」と明確に書かれていた。

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これに対して安倍側が裁判もしないということは知っていて容認したのだろう。そもそも妻が名誉校長についている。安倍晋三記念小学校にする予定だったことは 安倍側も知っていてさすがにそれは断ったのだから、この動きを知らなかったとは言えない。

 

 首相は衆院予算委員会で学校法人との関係をめぐり、「私や妻が(小学校の設置)認可や国有地払い下げについて、(自身の)事務所も含めて一切関わっていないことは明確にしたい」と述べたが、これはいつもながらのヒトラー張りの平気で嘘をつく行為である。


妻が名誉校長についていること、今までこの右翼と安倍夫婦が懇意にしていたこと、安倍晋三幼稚園にしたいと言われていたこと、講演会にも呼ばれていたこと、妻は講演をしてこの右翼の幼稚園を支持して夫にもいいように伝えていたといった諸事実は否定しようがないし、逃げようもない。

 妻が名誉校長についていることについては、首相は「妻から森友学園の先生の教育に対する熱意は素晴らしいと聞いている」と説明したが、そうだとしたら、もうこんなとんでもない極右の学校に肩入れしていたことを自ら認めていることになる。妻が名誉校長になる時点でアウトだ。

 

また、同学園が「安倍晋三記念小学校」とい名前でやっていこうとしていたこと、そして「安倍晋三記念小学校」の文言で寄付金を集めていた事実には安倍首相の責任がある。

 

国会答弁で、
私の考え方に非常に共鳴している方から、(2007年に内閣総辞職して)首相を辞めた時に『安倍晋三小学校にしたい』という話があったがお断りした。まだ現役の政治家である以上、私の名前を冠にするのはふさわしくないという話をした」
と言ったことからわかるように、

2007年ごろからこの動きがあり、関係があったのだ。そこがこの10年行ってきたことに無関係だとは言えないし、妻が名誉校長になっている点でもむしろ加担してきたのだ。「私の考え方に非常に共鳴している方」とか言っているし。笑

 

***


森友学園では、籠池泰典氏が総裁という地位らしい。籠池泰典氏は、「日本会議」の大阪代表・運営委員


そしてこの「瑞穂の國記念小學院」自体がおかしい思想で進められている。
「瑞穂の国小学校」のホームページによると、同校は「日本初で唯一の神道の小学校」とし、教育理念に「日本人としての礼節を尊び、愛国心と誇りを育てる」と掲げている。


なぜ小学校運営なのかという問いに、籠池氏は以下のように答えていた。
 「集合時にだらだらとしていたり、子供が先生と友だちのようにしゃべったりというのが『普通』になっている小学校に、当園を出た子供たちが入っていくと、自分の根っ子に不安を持ち始めるんです。せっかく、当園で身につけたことが潰される…。それで小学校をつくることにしたんです」

 

つまり生徒が先生と友達のように喋ってはいけないらしい。さすが、コーラを飲んではいけないと堂々と言う右翼夫婦の方である。幼稚園運営と同じく、日の丸を掲げ、君が代を斉唱し、皇族が関西に来られると生徒を連れて旗を振らせて奉迎に出向く小学校にするということだ。

 

 

ロイター通信によって〈同園のカリキュラムは戦前の日本を思い起こさせる〉〈3~5歳の幼児に愛国心を育むことを目的としている〉と報じられているほどだ。


塚本幼稚園では昭恵夫人のほか田母神俊雄櫻井よしこ百田尚樹といった右派文化人の講演会を開催してきた。

 

 

どうしてこんなところが認可されるのか。しかも前のブログであったように「中国人韓国人が嫌い」「韓国人はコーラを飲むダメな人」「中国韓国の親は不良保護者」という趣旨のことをいう差別思想の実践者だ。そこに10分の1で土地を売る。首相の妻が名誉校長で、簡単に認可された。


怪しい怪しい怪しい。

 

 

でも事実なんてどうでもいい、「もう一つの事実」で考えれば、何も問題はなあい、ということなのだろう。まさに時流にのってます。

 

木村真議員は、小学校の新設の狙いとして、「体育館を何百人も入れるホールとして使うなど、大阪における日本会議の拠点にしようという狙いもあるのではないか」といっているが、今までの幼稚園の使い方をみれば、さもありなんと思う。

 


さて、日本で、この問題はまたまた隠蔽されるのか、ちゃんとスキャンダル全体・違法行為が暴かれ関係者が処罰されるのか。この学校が開校されないのか。

 

なお、この問題では、日刊ゲンダイ朝日新聞のほかに、植草一秀の『知られざる真実』
「瑞穂の國記念小學院」用地払い下げ問題解明急務
2017年2月13日 (月)
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-b4c9.html
がまとめて記していた。
参照されたい。
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塚本幼稚園「韓国人と中国人嫌い」副園長が保護者に手紙渡すーーその2

 

右翼幼稚園、塚本幼稚園の副園長より元保護者に渡された手紙が差別文書であることについて先にブログで書きましたが、
http://hiroponkun.hatenablog.com/

 

詳しいことがさらにわかってきたのでまとめておきます。国有地払い下げ問題もこの後にすぐまとめます。


赤澤竜也「友学園ヘイト文書配布」2017年 2/18記事を参考に、この問題の追記を書いておきます。


以下の写真が、「韓国人と中国人は嫌いです」という、副園長が、園児の親に渡した毛筆の手紙です。

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元園児の保護者Aさん(元在日韓国人で、現在は日本人の夫と結婚して帰化)が副園長から受けとった手紙は実は2通あった。まず最初の手紙には、

「〇〇ちゃんら(園児の名前)にましてや1歳の子にコーラやファンタを飲ませているとききましたが、それでも親ですか。韓国人とかは、整形したり、そんなものをのんだりしますが、日本人はさせません。根っこが腐ることを幼稚園では教えてません」

 

と書いてあった。もうムチャクチャである。


コーラを飲んでもいいし、整形してもいいし、韓国だけでもないが、それとあわせて、炭酸飲料を飲む=韓国人=だめ、という決めつけをする。日本人ならそういうことをしないという。これだけでも差別文書である。日本人でもコーラ飲むし。

 

余りにひどいので、Aさんは手紙を書いたが、其れに対して副園長から2通目の文書が来た。

 

まずAさんの手紙の一部。
「ここからが本題です。副園長先生のお手紙に『韓国人とかは整形したり、そんなものをのんだりしますが』と書かれていましたが、はい、私自身、韓国人です。両親共に韓国人の元育ってまいりました。この手紙を読んで、私は言葉をうしないました。数分かたまってしまいました。私が中学生の時、韓国人だといじめにあった事を思い出しました。副園長先生、どういうつもりで、このようなことを書いたのか分かりませんが、私もショックをかくしきれず、数名の身内の方、そして主人に手紙の内容を伝えました。みなさん、そろって『差別だ!』と言っています。差別するつもりでかいてないのなら、『韓国の方なら』とかまた違った言い方があるんじゃないですか? 

ましてや『整形』なんて書いてる事じたい差別です。園長先生が差別はしてはいけないとおっしゃってた事を思い出しました。ご夫人の副園長先生が差別しているではないですか。昨夜は色々と考えさせられることがあり眠れない夜になりました。精神的にまいっています。朝、子ども達の顔を見て幼稚園に行く姿を見て涙が出ました。子どもはこんなにも純粋な目をキラキラさせているのに、私たち大人は何をしているのかと……。
今や日本には大勢の私と同じ様な韓国人がたくさんいらっしゃいます。塚本幼稚園にもきっといらっしゃるでしょう。副園長先生たる者が『私にそれでも親ですか?』と言う前にあなたはそれでも大切な園児たちをお預かりする幼稚園の先生ですか。真の指導、真の先生を育てられる前に、今一度ご自身を見つめ直すことが必要なのではないでしょうか?」

 

 

これに対する、副園長からの返事が以下である。

 

「私は差別していません。公平に子どもさんを預かっています。しかしながら心中、韓国人と中国人は嫌いです。お母さんも日本に嫁がれたのなら、日本精神を継承なさるべきです」

 

これが前回ブログで書いた「韓国人と中国人は嫌い」発言である。

 

あきれるほかない。
で、この副園長というのは、園長・籠池泰典の妻である。夫婦そろって極右かつ馬鹿である。バカとはひどい言い方だが、これはまともな保守や右翼の人もあきれるほどの「馬鹿な差別文書」だろうと思う。

 

 

コーラはダメで、ご飯と味噌汁でないとダメといい、教育勅語や五箇条の御誓文を暗唱させるというこの馬鹿さ加減には笑うしかない。

 

 

園長・籠池泰典氏は、「よこしまな考えを持った在日韓国人支那人」と書かれた文章を保護者に配布したために、大阪府から事情を聞かれ、行政処分が行われるかもしれないという状況なのだが、
籠池泰典氏は、 「あれは民族差別なんてもんではありません。ウチの学園を攪乱するために、わざわざ支那の人と韓国の人が侵入してきたんです。4年も前から謀略があったんですよ。その保護者たちと(今回の問題を追及してきた)木村さん(木村真豊中市議)が結託していたんです。ですから、それらの人たちとは現在、裁判所で争っています」 と反論を言ったという。


籠池氏は、インターネット上で同園に対する誹謗・中傷があったとして一時期、声明文を掲載。「投稿者は、巧妙に潜り込んだ韓国・中華人民共和国人等の元不良保護者であることがわかりました」などと書き、後に「K国・C国人」としていた。(後で削除)

 

「韓国・中華人民共和国人等の元不良保護者」という、こういう文章を書く人に、まともな人権感覚や知性を感じるだろうか。

 

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塚本幼稚園「韓国人と中国人嫌い」副園長が保護者に手紙渡す

 

 

右翼で有名な塚本幼稚園が、こんどは副園長が「韓国人と中国人は嫌いです。日本精神を継承するべきです」とかいた手紙を保護者に渡すという差別行動をとった。

共同・日刊スポーツ[2017年2月16日]などによると、30代の女性の子どもが塚本幼稚園に通っていた2016年2月、「韓国人と中国人は嫌いです。日本精神を継承するべきです」と手書きされた副園長からの手紙を母親が受け取った。


この女性は、元々在日コリアンで、今は日本国籍という。ショックを受け、数日後に子どもを退園させた。

 


籠池泰典園長は、共同通信の取材に「園はどの国の人にも門戸を開いているが、日本人になったのなら、日本の文化に沿ってもらわないと困る」と話した。テレビではこの親がおかしな人物といっていた。

 

 

塚本幼稚園は、ホームページで「日本人としての礼節を尊び、愛国心を育てる」とうたい、籠池泰典園長は保護者向け文書などで「日本民族の統一性」を強調。2015年の運動会を撮影した映像では、園児に「日本を悪者にする中国や韓国は心を改めて。安倍(晋三)首相頑張れ」と選手宣誓させていた。年中行事として「海軍慰霊祭」などもしている。制服も水兵チック。

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HPの「園長の部屋」には以下のようなことも書かれていた。

「子供社会と同じ事が国際社会にも言える。中華人民共和国支那)にはまさにドンピシャである。異形の国と言われるが変な国なのだ。この国がなければ世界はまさにルールに基づいて動く。全てが民主的にルールに乗っ取って動く世界に駄々をこねて世界平和を乱す元凶は中華人民共和国支那)なのだ。・・・中華人民共和国は建国以来国家育成基礎的段階で大きな間違いをしでかした(共産主義を基盤とした国家…個人のことはどうでもよい集団最優先)だが、そのような揺籃期の権力闘争を経験し、素直な育ち方ができなかったがゆえに暴力装置(軍隊)を強大化し、近隣諸国に圧力と迷惑をかけ、領海領土まで侵犯し、実力行使をする。そして諸外国から外交的に抗議警告を受けるとサッと引き、また再び侵犯。お人よしで放っておくとフィリピンの南沙諸島のように実行支配される。…とすると、こちらが心に勇気をもって対応することだ。かの国がない方が世界平和につながるので、4つ位の国に分裂させるか、なくしてしまうことだ。」


塚本幼稚園は、「教育勅語」や「五箇条の御誓文」の朗唱をさせるとか、伊勢神宮への参拝・宿泊とか、兎に角、極右的なことを平気でやっているところ。 籠池泰典園長は「子供に学んでほしいことは何か、とつきつめたとき、その答えが明治天皇が国民に語りかけられた教育勅語にあったからです」と答えている。こういうところを放置している日本の政府がおかしい。八木秀次櫻井よしこ竹田恒泰といった右翼有名人を呼んで講演会もしている。

 

 

その塚本幼稚園の籠池泰典園長が、小学校運営に乗り出して不当な土地買収をしたためいま問題になっているが、それは次のブログでまとめる。

 

 

なお、こんなあやしい幼稚園に首相の妻昭恵氏がいったために宣伝に利用されている。首相夫婦にも責任がある。
 昭恵夫人は、同園の視察と教職員研修のため訪れたとき、鼓笛隊の規律正しいふるまいに感動の声を上げ、籠池園長が「安倍首相ってどんな人ですか?」いうと園児らが「日本を守ってくれる人」と答えた。それをみて昭恵氏は 「ありがとう。(安倍首相に)ちゃんと伝えます」といったという。愚かにもほどがある。2014年12月6日には 安倍昭恵首相夫人講演会「ファーストレディとして思うこと」という講演もしている。異常である。

 


で、産経新聞(産経WEST2015/01/08)はこうしたことを喜々として記事にしてこの幼稚園の宣伝に加担している。その表題が「【関西の議論】安倍首相夫人・アッキーも感涙…園児に教育勅語教える“愛国”幼稚園 「卒園後、子供たちが潰される」と小学校も運営へ」
いやー、安倍夫婦も今や困っているでしょうに。

 

 

安倍首相も2012年に(安倍が自民党総裁選に立候補したあと)、こんなあやしい幼稚園に行く予定をしていた。
「9月16日 安倍晋三先生 来る 尖閣諸島竹島北方領土(樺太の半分・千島列島・歯舞・色丹・択捉・国後)は日本固有の領土です。日本人および日本国は矜持を持って堂々と対峙せねばなりません。しっかりとした歴史観・国家感を持ち、それに裏打ちされた方向性と実行力を持ったリーダーに委ねたい。その最も有力な人物こそ、第90代内閣総理大臣 安倍晋三先生です。」といて安倍が来ることを宣伝していた。これは実際には自由民主党総裁選出馬による地方遊説などで忙しくなって中止になったが。